Tattica~駆け引き
「そこでお前の出番だ」
「はい?」
出番?
出番ってなんの?
私は首を傾げた。
「お前って、チビだし、男のわりに華奢だし、それに女顔だから…」
「女顔…」
その言葉にボソリと呟く。
…それはそうだろう、実際女なんだから。
男顔って言われた方が私としては傷つくよ…。
心の中で溜息を吐く私。
「お前が女装して、俺の相手役をやっても誰も気付かねぇと思うんだ!きっと、ハジメだって、信吾だって、アンジェラだって絶対気付かねぇさ!」
得意満面。彼はどうだ!と言わんばかりに私を見つめてきた。それはまるで子供が自分の宝物を紹介するかのように、藍色の瞳をキラキラと輝かせて。
(女装って…だから私は正真正銘の女の子なんだってばっ!)
そう憤る私は言葉をグッとお腹の中に押し込める。
そしてそんな彼を私はちょっと困った顔で見上げた。
なぜなら、その考えには無理があると思ったから。
だって、名波一や、信吾君はともかく、アンジェラは気付くと思う。私が女だって知ってるんだもん。いくら私がどう女装?して誤魔化しても、やはり同じ女性だけあって、きっといとも簡単に見破ってしまいそうだ。
いや?でもアンジェラは私の今の姿しか知らないから、ウィッグとか被っちゃえば案外バレないかも…?
例えばウェービーヘアーとか、さらさらロングとか…
髪の毛の長さとか変えちゃえば、なかなかいけるんじゃない…?
私もやっぱり年頃の女の子だ。
そういう変身的なヘアースタイルは正直憧れる。
今はやりの『特盛りヘア』なんかも挑戦したいかも…。
何となく自分の変身した姿を思い描いてみた。
(案外似合っちゃったりして)
ちょっとニヤけてしまいそう。
―って、ちょっと待て私!
何で私は変装する気満々なんだ?
確かに最近男装に慣れて来て、仕草まで『ちょーっと女捨ててるんじゃない?」とか自分を疑問視してしまう事もあるし、禁断症状のように、女の子の格好して、思いっきりショッピングしたり、喫茶店やケーキ屋さんに入って『チョコレートパフェ』や女の子らしい『苺のショートケーキ』を食べながら優雅にティータイムをしたくなるけれど、でも、だ、
その己の欲に負けて、折角テーマパークでの女装を賭けた勝負に勝ったのに、ここで女の格好をしたら元の木阿弥だぞ。
それに、この体形に女装したら本当にバレるって!
私はブンブン頭を振った。
「絶対無理ですよ!騙せないですって!オレ、オーナーに怒られるの御免ですからっ、」
私ははっきりと瑞森レオの申し出を断った。
そして「じゃぁ、そういう事で」と肩から彼の腕を剥がし、話を聞かなかった事にして足早にドアへと向かった。
「待てよ!」
その肩を瑞森レオに再び掴まれる。
「お前下僕のくせに命令に背くつもりかよ!」
下僕…
又言ったよ、この男。
こう言えば私が観念するとでも思ってるのか?
ったく、学習しない男だ。
ホント腹たつ!
私はイラッときて言い返した。
「だって瑞森さんだったら、オレが女装しなくても、声をかければもっと綺麗な女の人が見つかるんじゃないんですか?モテそうですし」
この言い方
殆ど嫌みだ。
でも本当にモテるから、そう言っても構わないだろう。
すると、彼は眉根を微かに動かし、怒りの表情をした。
「モテて悪いのかよ?俺がモテんのは当たり前だ、そんなの常識なんだよ!でもなぁ―」
私を鋭い眼差しで見つめる。
「それとこれとは別だ!さっきも言ったはずだろ!俺は自分が認めた女じゃねぇと傍になんて寄らせねぇ!例えそれが芝居だとしてもな!人をホストみたいに言ってんじゃねーぞ!」
そして私の肩をギュっと強く掴む。
「い、痛いっ、」
その彼の強い力と言葉に私は口を閉じた。
(やっぱりこいつがさっき言ってた事って、本当の事だったんだ)
あのお店や得意先で見せる天使の笑顔と、洗練された話し方。
実を言えば、私は今日まで瑞森レオの事を誤解していた。
こいつって、仕事の事の為ならば、きっと何でもする男だと思っていたのだ。それは女性に対しても…。
ちょっと変な言い方になってしまうかも知れないけれど、お客様を増やす為には、いくら心が無くても、そのぉ、女の人と気軽に付き合ったり、遊んだり、そういう事を平気でする人間だと思っていた。
顔だってプレイボーイっぽいし…。
『ぺ天使の微笑み』だって持ってるし…。
でも今の彼の言葉からすると―
案外女性に対して、真面目なのかも知れない。
私はそう思っていた自分が恥ずかしくなって、瑞森レオから目を背けた。
そんな少し大人しくなった私に、瑞森レオは真剣な眼差しで言葉を続ける。
「だからお前じゃないとダメなんだよ!」
「えっ?」
(お前じゃないとダメ…?)
その言葉に少しドキッとしてしまう。
「オレじゃないとダメって‥」
(まるで告白されてるみたいじゃない…)
彼の言葉に、微かに頬を赤らめ私は訊いた。
そんな慎ましやかな私にヤツは言ったのだ。
「だから言ってんだろ!女はダメだ!そんなの使うなら、まだ幼児体型のお前の女装の方がましだっ!」
「幼児体型…」
私は思わずそう呟くと、自分のスタイルを見下ろしてしまった。
…確かに、ボン キュッ ボン!なアンジェラや、程良く肉の付いた橙子さんに比べれば、付くべき脂肪も付いていない、お腹か背中か区別がつかない私の体は、女性らしさに欠けていると思う。
にしたって、
それにしたって、だ
二十歳の乙女捕まえて「幼児体型」とは何よ!幼児体型とは!
どこまでもデリカシーの無い男だ!
今ので硝子のハートは粉々に砕けた散ったじゃないのっ!
こいつの心無いこの言葉…
まるで女である私を全否定してるみたいじゃないっ!
私がこの体で女性として生きてきた20年の人生を、あんたにとやかく言われる筋合いはないっ!
この体は、大好きなお父さんとお母さんが立派に女の子として産んでくれたという愛の証なのだから!
私は肩に置かれていた瑞森レオの手を、自分の手で振り払うと言った。
「オレだって、女装したらそれなりの女の子になりますよ!見た事もないくせに、勝手な事言わないでくださいっ!」
そしてキッと彼を睨んだ。
するとその言葉を訊いた瑞森レオは、ニッと片方の口角を上げた。
「じゃぁ見せてみろよ。お前がそこまで言うなら。それなりのイイ女になるんだろうな?」
私に疑りの眼差しを向ける。
「あ、当たり前じゃないですか。ちゃんとした女の子になれますよ!絶対びっくりするんだからっ!」
私は自信有り気に言い切った。
大丈夫。
だって私は正真正銘の20歳の女の子なのだから。
お化粧して、ドレスアップすれば、絶対可愛くなれる…と思う。
お肌だってまだピチピチしてるし…。
そんな必死な私を見た瑞森レオは面白そうに口元を緩めた。
「そうまで言うなら、証拠見せてみろよ。そしたらさっきの言葉撤回してやる」
「証拠?」
私は瑞森レオに尋ねる。
「おう!俺の前で証明してみせろ。女装して、な!」
そして彼はニヤリとほくそ笑んだ。
「えっ?それって―――― あっ!!!」
私はそこで漸く、自分の危機的状況に気付いた。
女って…
これって、さっきの話に戻ってるじゃんっ!?
私まんまと騙されたっ?!
やられたぁーっ!不覚をとってしまったーっ!
私のバカチンがぁっ!!
私は心の中でそう叫ぶと、渋い顔のまま、握り拳骨を作って、自分の太腿を悔しそうにトントンと叩いた。
「まさか出来ないのか?男なんだから勿論二言はねぇよなぁ。それともやっぱりお前は嘘つきの幼児体型野郎か?」
(よっ、幼児体型って又言ったよコイツ!ったく何なのっ、このセクハラ王子ーっ!)
俯きながら「ク―ッ」と下唇を噛んで悔しがる私の姿を、したり顔をして面白がっている瑞森レオが見下ろしている。
ここまで言われて黙っていられるの私?
さすがに、これはちょっと言い過ぎでしょ!
このまま引き下がれるかってのよ!
いつもながら…いや今日はまた一段とむかっ腹が立つ~っ!!
怒りで血液が脳天に達した私は、いつものように口走っていた。
「わ、わかりましたよ!やればいいんでしょ!やれば!」
開き直って言い捨てる。
「やればいいってなんだよ」
お約束のように瑞森レオが私のセリフの揚げ足をとった。
「やらせて下さいだろ。後はなんて言うかわかってるな」
「ク―ッッ」
体の横に下ろしていた私の両手の拳に血管が浮き出た。
くっそぉー!
いつかマジで刺してやるっ!!
五寸釘で、丑三つ時にお百度参りして刺してやるーっつ!!
私は口先を尖らせた。
そして
「ヤラセテイタダキマス。ミズモリレオサマ―」
抑揚無く、単調に、機械的に片仮名発音で言ってやった。
ものすっごく不機嫌に。
「クッ、クククッ…」
しかし彼は嫌みをてんこ盛りに盛った私の言い回しにも、全く怯むことなく突然大きな声で笑い出した。
「アッハハハハ――」
「何笑ってるんですかっ!」
私は不貞腐れたように睨みつけた。
しかし当の本人はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、ますます声を大きくして笑い続ける。
「アハハ…だってお前…笑えるからさぁ、アハハハ」
瑞森レオはお腹を抱え、目に涙を溜めている。
(ったく、こっちは全然楽しくないっての!)
女の子が女装って、いったい何の罰ゲームよ!
おまけに何の因果か、コイツの婚約者って!
絶対ありえないからっ!
ムカついて、両腕を腰にあててソッポを向いた。
そんな私に向かって、瑞森レオはやっと笑うのを止め、涙を擦って拭うと、優しい声音でこう言ってきた。
「でもお前、案外イイ女に化けるかもな。お前の顔オレ嫌いじゃないぜ」
そして頭をクシャッとして撫でた。
カァァァァァ…
みるみるうちに私の体内温度が上昇する。
ホント何なの?この男は!
人を怒らせたり、喜ばせたりっ!
新手のツンデレ?
いちいち私を―
ドキドキさせないでよっ!
瑞森レオが私の顔を覗こうと首を傾げたが、それよりも先に私は彼の体を強く押し返した。
ゆでダコ状態のこの顔を見られたくなかったから―。
「話が終わったなら、早く出てって下さいよ!オレ今から着替えるんですから!」
そして私は、紅潮した顔を悟られないように、顔を瑞森レオから背けたまま自分のロッカー迄行くと、扉を開いてそれを隠した。
「なんだよその、明らかに俺を避けてますっ、て態度。でもまぁ話はついたし、出てってやるよ」
言って彼はスレンダーな体を翻すとドアへと向かった。
しかしドアの前で突然立ち止まり、再び私の方へ振りかえると、コックローブのポケットからメモ用紙とボールペンを取り出して何やら書き出した。
と一瞬脳裏に、以前私を散々悩ましてくれた『ピカソの絵』が過る。
「ほら」
「えっ?」
その声に私は開いたロッカーの扉の脇から顔を出した。
彼は片腕を真っ直ぐに私の方へと差し出している。
「なんですか?」
私は顔をヒョコッと出したまま不思議そうに尋ねた。
「ここまで来い」
その瑞森レオの言葉に、私は首を傾げながら彼の元へ歩み寄った。
そして近くまで行って彼の手を見る。と差し出された手にはメモが握られていた。
(やっぱりピカソ?でもなんで今?)
「これは?」
「ここは俺の知り合いの店だ。服買うならここで買ってこい」
「えっ?」
私は意味が分からず眉をひそめる。
そんな様子に瑞森レオはボソリと呟く。
「ここなら俺のツケがきく」
「ツケ?」
不思議な顔をして彼を見た。
そんな私に苛立たし気な態度をとると、瑞森レオは面倒臭そうに手で首を擦った。
「ったく、いちいちうるせぇなぁお前は」
それから、ちょっと照れたように私から顔を背けるとこう言った。
「その、ああは言ったが、俺のせいでお前まで巻き込んだって言ってもおかしくねぇからな。
だから、この件で必要になるものは俺が買ってやる」
いきなり太っ腹な事を言ってきた。
思わず私の目がまん丸になってしまう。
「なに凄い事いってるんですか!?買うって、いくらかかると思ってるんですか?やるっていったのオレなんですから、ちゃんとオレ自身で準備しますよ!」
買ったりしなくても、私の部屋のクローゼットには、入寮以来封印してある『女モノの服』が段ボールの中で眠っているのだ。わざわざ大金叩いて新しい服を買うなど、そんなリッチな事をしなくても、ちゃんと自分で用意できる。
私は差し出された手を押し返した。
しかし彼は退かない。
「ごちゃごちゃとうるせぇんだよ!俺がいいって言ってるんだ、とっととメモ仕舞えよ!俺の気まぐれなんてそう滅多にあるもんじゃねーぞ!それにこれはバイト代って事だ!そうすればお前だって、やっぱ止めたっ、なんて馬鹿な事ぬかさねーだろっ!ほらっ、」
言って尚をメモを取るように勧めてくる。
「馬鹿な事って…オレそんな無責任じゃないですよ!一度決めたら最後までちゃんとやり通しますから」
無責任と言われているようで、腹立たしく感じた私は頬を膨らませた。
しかし瑞森レオはそんな私と対称的な表情をしている。
何かを思いついたようにニヤついているのだ。
「なんですか…」
気味悪くなって恐る恐る尋ねる私。
「お前、そんな強がり言って大丈夫か?この間一円一円って騒いでたくせに」
そしてクスッと笑う。
「それはっ…ぐっ」
確かにテーマパークで、私は瑞森レオにお金の有り難さを理解してもらおうと、一円一円と喚いていたのだ。
あの時の自分を思い出して、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
そして何も言えないまま口を噤んだ。
「分かったら早く持ってけ」
瑞森レオはそんな私の腕をとってメモを掴ませた。
そして、項垂れていた私の瞳を覗き見て、こう囁く。
「その代わり俺好みの女になれよ」
「なっ…」
カ―――――――ッ…
まるで温度計を熱湯に刺した時のように、私の体温が足の先から頭の先まで一気に沸騰点に達する。
私は弾かれたように驚いて顔を上げると思わず叫んだ。
「何バカなこと言ってんですかーっ!」
しかし瑞森レオは悪戯そうに笑うと、私の頭をポンと一回軽く叩いた。
「楽しみだな」
「何言ってっ!」
と私の抗議にも全く堪えず、背中を向けて瑞森レオはドアへと歩き出した。
その背中に私は尚も声を投げつける。
「ちょっと、何が楽しみなんですかっ!」
「ハハハ…」
瑞森レオは後ろ姿のまま、楽しそうに笑うとロッカールームから去って行った。
「もうっ、勝手なことを~っ!」
私はそう吠えて腕を組むと、瑞森レオが去っていったドアを睨みつけた。