各々の思惑
小さな雪がひらひらと舞うように降っている。吐く息は白い。でも気分はとても高揚していて、朗らかだ。街中も色とりどりの電飾に飾られて、とても綺麗だった。
覚えてる。あの時一番好きだった漫画原作のコラボカフェに付き合ってもらった日のことだった。しかし隣を歩く『彼』を見て少し申し訳なさは募る。
「ごめん付き合わせて」
「いつもの事だろ」
呆れもせずにそう平然と返す彼に有り難さを感じながら、私は続けた。
「いや、何もクリスマスの日じゃなくても良かったかなって……」
「自分で入れたんだろ」
フッと笑ったようにも見えた彼に、ぐうの音も出ない。
「うぅ……」
「優亜」
名前を呼ばれ、ぱっと顔を上げて見る。
「ホワイトクリスマス」
差し出された小さなプレゼントボックスに、私は目を奪われ釘付けになる。
「店内じゃそれどこじゃなかっただろ」
確かにカフェではテンション上がって彼をおいて一人で満喫しまくっていた。私の趣味に毎度の如く付き合ってくれたのみならず、ちゃんとクリスマスのプレゼントまで用意してくれていた完璧な彼氏に申し訳なさと感激がこみ上げてくる。
「――翔太ぁ……」
「泣くな泣くな。こんなところでみっともない」
「だってぇ……」
仕方ないな、と呆れて笑うように。でもそれでいてとても優しく、愛しさや慈しみを乗せて。
「お前は――」
――――――――
気づけば懐かしい学内。4年間勉強した慣れ親しんだ場所だった。
――場面が変わる。これは、互いがもう離れてしまった頃のこと
――彼とは同じ大学だったが、学科も別で広い学内ではすれ違う事すら稀だった。それでも1,2年の時は会いに行ったりしたものだったけれど。
『――ぁ……』
視線の先、ガラスの向こうに偶然見かけた彼は、隣を歩く女性と親しそうに話していた。恐らく同じ研究室の子。彼女とはずっと親しくしていたのを知っていた。そして、彼は自分はもう久しく見てない顔で笑っていた。
肩から鞄が力なく落ちた。表情は、特に変わらなかった。指にはまだあの日クリスマスに貰ったリングが鈍く反射していた。――終わりだ。ただそう思った。その時にもう、終わりを決めたのだ。
当たり前のような日常が、いつの間にか大切なんだと思わなくなってしまっていた。当たり前の日々こそが一番難しく、尊いものである事を忘れて。
「――……」
朝から目覚めの悪い、胸糞悪い夢を見てしまった。目を開けばいつもの寮の天井。セリーヌは眉間にしわを寄せる。こんなのいつの、何年前の話だ。しかもなんで今更、こんな夢を見る。
ベッドから出て侍女を呼び、朝の用意をしようと起き上がる。そして体を起こした布団の上で夢を忘れようと思いながら、セリーヌはぼうっとしながら考えていた。
あの時、彼はなんて言っていたのだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そうしてあっという間に過ぎ去っていった長期連休。短いなりにとても濃い内容の連休にむしろ疲れたが、変わらず学園の日々はやってくる。
しかしここでまた、前生徒会任期が終わり、世代が交代した事で、今期の生徒会役員となった王子は忙しくなり、セリーヌも休み時間に追われることもなくなって落ち着き、安心である。
「家で何か変わったことはあった?」
連休中、セリーヌが王宮で過ごす事になったため、休暇を与えて屋敷の方へ帰していたレオにセリーヌは問いかける。
「……リクス様が、セリーヌ様にとても会いたがっておられました」
「そう……私も会いたかったわ。帰るつもりでいたのに……」
前もって手紙で帰る旨を伝えていただけに、直前になってあの予定の変更は痛かった。帰ると約束していただけに申し訳なくなる。
ふうと息をついて視線を落とすセリーヌは問いかける。
「リクスは何か言ってた?」
カバンを持ち上げて部屋を出ようと準備するセリーヌを、レオはじっと見つめていて、口を開いた。
「次の休みは絶対帰るようにと」
「もちろんそのつもりよ」
まあ次と言っても今度の休みは学期終わりの夏休みになってしまうのだけれど
答えながらもセリーヌは内心で苦笑した。しかし可愛い義弟だ。帰ってきてほしいなんて言ってくれるなんて。大きくなって少し憎らしさも増えていたが、その報告に嬉しくなってセリーヌは寮を出た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
しかし昇降口で上履きを履き替えようとした時、靴箱に入っていた紙を見てセリーヌは固まる。『昼休み、屋上』。乱雑だが、中々に達筆な字でそれだけ書かれた紙だった。しかしそれを見て、差出人はすぐにわかってしまった。そしてある種の絶望を感じる。
セリーヌにはまだ目先の最大の問題が残っていた。第二王子が屋上の君だったと言うことだ。思えば彼には散々となんでも愚痴ってしまっていた。友人の事も、婚約者の事も。彼は、話を聞き友人のように接しながら、裏ではセリーヌが王子と婚約破棄がしたいとわかって聞いていたのだ。
「セリーヌ様、どうかされましたか?」
「う、ううん、何でもないわよ」
レオにのぞき込まれ、慌ててメモを手の中にくしゃりと握って誤魔化した。
あれから屋上には行っていないし、見かけてもいない。このまま避け続けようと思っていた。どうせ彼は屋上に行かなければ会わないのだからと。
しかしこうなった以上、呼び出しに応えなければどう動いてくるかわからない。直に教室へ来られてラビア王子との仲をクラスの人達にバレてしまったらそれこそ困る。また何を噂されるかわからない。
もう逃げられない。セリーヌは覚悟した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「こんにちは。ラビア殿下」
昼休み。せっかくのランとのランチタイムを断ってきて屋上につくと、柵に腕をかけ景色を見ていたラビア王子が、セリーヌを見つけてああと答える。
「その殿下っていうのやめてくれねえか。これまでと同じにしてくれ」
「では――ラビア先輩」
こちらにも言いたい事は沢山ある。第一にセリーヌを知っていてそれを隠していた理由。授与式の前にあの場に現れた理由。文句だって、山ほどあった。それをグッとこらえて、ラビアの言葉を待つ。
「まず、心配してるだろう事だが、ここで聞いたことは他言しない。前に言った通りだ」
「……ありがとうございます。助かりますわ」
第一声の言葉に、セリーヌは少し安堵する。とどのつまりそこが一番不安だったところだ。次に、ラビアは何を言ってくるか。
「婚約を破棄したいんだろ」
オーマイ。ド直球できた。ラビアの言葉に視線を逸らす。
「王族が苦手だっていうのもわかる」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
ラビアも自身が王族であることについては鬱陶しく厄介だと思っていた。故に共感されたのだと理解するも、それでも王族本人には肯定はできまい。彼女が黙り込んでしまっていると、彼はセリーヌの反応を伺い見るようにしながら口を開いた。
「俺が手伝ってやる事もできるぞ」
「え……」
ラビア王子は、一体何を考えているのだろうか。従弟の婚約者にこんな事を提案してくるだなんて。笑みさえ浮かべる彼の顔はアンドリュー王子並みに読めない。セリーヌは素直に疑問をぶつける。
「……どうして、そんな事を?」
「俺は後継者争いや国のことに関しては興味はない。お前が協力してくれれば躱せることもある。――どうだ、俺にもお前にも損はない話。Win−Winの関係だろ」
正直王族には、と言うより攻略対象には近づきたくないというのがセリーヌの本音だ。しかしラビア王子の提案には心惹かれる。今はまだいいが、ヒロインが来たときに最悪まで想定して備えられた方がいい。とんだ打開策だが。セリーヌは思案する。
『――ただそんな、君と他愛もない話をしたいんだ』
しかし、この間の王子との話がセリーヌの心を引き止めた。珍しく吐露してくれた、王子の本音。それは、セリーヌに心を許してくれている証拠だろう。彼は向き合おうとしてくれていた。それに――
『あの日の事は、僕にとってとても大切なものなんだ。いつまでも忘れない。大事な思い出だ』
思い出を、大切にしてくれている彼を無下にはできなかった。セリーヌは俯いていた顔を上げ、まっすぐにラビアを見た。
「――……来たるべき時が来たら、お願いしてもよろしいですか」
王族相手にこんな提案失礼だとは自分でもわかっている。自分が欲しがった時にだけ、助けてほしいだなんて、馬鹿げているのもいいところだ。しかしセリーヌの返事に対し、ラビアは声を上げて笑った。
「いいだろう。交渉成立だ」
果たして、ラビアは一体何が目的なのだろうか。こんな不平等で不確定な約束をして。ただ、セリーヌを好意的に受け取っているのは確かだろう。アンドリュー王子にも自分との事を隠していてくれているようだし。
「よろしくな、セリーヌ」
何がそんなに楽しいのか、まるで面白いものを見るような目で見て笑う彼。セリーヌは、学園で初めてできた知人をとりあえず今はまだ信じておくことにする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――また新しい問題が出てきたのか」
生徒会の執務室。現在生徒会長を含む他のメンバーは出払っている中、アンドリューとライアンが二人、会長席の机を挟んで話す。
「まさかセリーヌ嬢とラビア王子が知り合いだったなんてね。どちらも近づくとは思えないのに」
そもそもラビアの方が毛嫌いするはずだ。第一王子であるアンドリューの婚約者なんて、関わりたくもないはずだったろうに。ライアンは続ける。
「それに身分と名前を隠してたってのも気になるな。あと、どうして突然公務に戻ってきたのかも」
そうだな、と王子も答える。
「このまま兄様が公務を全うし戻ってくるようになれば、何れは国防大臣、軍のトップに君臨するだろうね」
王子は目を細め、遠くを見つめるようにそう思案する。
「国をひっくり返す事も出来ちゃうってわけだ」
ライアンはフッと笑いながら、王子の思う懸念と同じ事を口にした。
彼の言う通り、そうなれば万が一にでも国家の転覆は可能だ。しかしこれはあくまでも仮定の話。今はそこまでの亀裂はないし、国も安定している。滅多な事がない限りは有り得ない事だ。そもそもそんな事を企てる理由もない。これまでも温厚でさわりなく接してきた。しかしこれから先を思っても、ラビアとは安定な関係を築いておかなければならない。
「――兄様はそんな事しないさ」
王子は気にもとめていないように笑みであしらう。そうかな、と言うライアンは王子を試し、伺うように続けた。
「でも、一顧傾城……っていうだろ」
ピクリと、王子は反応する。
時に一人の女によって権力者が惑わされ、町がひっくり返ってしまう事のことだ。その国を傾けるほどの女性、と言うのがセリーヌだとでも言うのだろうか。ラビアがセリーヌに惚れ込むと。
王子はライアンに酷く冷たい目線を送る。凍りつきそうなほど冷えきったその瞳に、彼は悪かったとすぐに愚見を認める。いい冗談ではなかった。
ラビアが後継者争いに名乗り出、いくら力をつけようとかまわない。真っ向勝負に出るのみだ。こちらは負けるつもりなど微塵もない。でも、セリーヌに手を出すのなら黙ってはいられない。大体今まで関心さえなかったくせに、どうしてよりによってセリーヌに近づいた。アンドリューは静かに怒りを燃やす。
「でもよかったじゃないか。思い出のデートがまたできて。しかも今度は二人きりで」
ライアンは話題を変える。セリーヌとの市井の話だ。アンドリューはライアンに顔を向ける。
「セリーヌ嬢、やっぱり一筋縄じゃいかないようだけど」
セリーヌが規格外である事はわかっているよ
ライアンの言葉に、王子は目を閉じてフッと笑う。
「だから今回は違う切り込み方にしたんじゃないか」
王子の言葉に少し怪訝そうに片眉を上げて、ライアンはちらりと見つめる。
「彼女は押すよりも、たまに引いて弱みを見せてやるほうが効くんだ。本音を混ぜこんで、そこにつけ込む」
「うわー、悪趣味ー……」
「彼女の気を引けるのなら何だってやるさ」
引きつって苦笑するライアンに対し、王子は悠然と笑う。
それこそ泣いて彼女が手に入るのなら、涙だって見せる。何だって厭わない。卑怯だと、意地汚いと人は言うかもしれない。それでも躊躇いは全くない。我ながら性格が悪いと自覚している。
『――いつまでも忘れない。大事な思い出だ』
――でもあの時の言葉は本心だった。
あの時間違いなく、自分の世界は変わった。紛れもなく、彼女のおかげで。
もしも自分が王子ではなく、下級の身分だったら、あんな風に毎日笑いあえただろうか。身分など気にしないで、周りを気にせず好きに笑って、怒って、騒いで。君は僕自身を見てくれただろうか。
例えそれは無理だとしても、僕らもそんな風になりたいよ。セリア
そう願うアンドリューは、将来の姿に、思いを馳せた。
次回はラビア王子視点です!




