衝撃の再開と和解
パレードも終了し、この後は王族による勲章授与式。王族の隣席スペースに王子と隣、席を設けられたセリーヌはガチガチに固まっていた。王子の婚約者でほぼ公務として立ち会っているのだ。当たり前であることはわかっていたものの、いずれ婚約破棄したいと思っている立場からすると超絶逃げ出したい状況だった。
しかし見たところ、国王陛下と皇后が着席する場は、セリーヌ達のいる授与のスペースから離れて奥まった場所にあり、完全に授与式を観覧する様な位置にあった。そして授与を行う者の席として、セリーヌ達とはまた別の場所にスペースが設けられている。
「あの……授与は誰がなさるんですか?」
「勲章の授与は兄様が行う事になってる」
「兄……様……?」
疑問を思って王子に問いかけると、彼はセリーヌを見た。
「ぁあ、……セリアには話したことがなかったね。国王陛下の兄の子供、僕にとっては従兄弟にあたる第二王子だよ。兄様は武術が長けていて秀でた才能をお持ちで、本当はこういう行事を取り仕切る役になるはずなんだ――これまで、あまり公式行事には参加してこなかったのだけれど、今回は了承したみたいだね」
そう言って、王子は空いた席を見据えた。その視線につられるように、セリーヌもそちらに目を向ける。
そうだ。ラビア王子は後継者教育を放棄しているはずだった。王族としてのその行事ごとや公務さえも。中立派には『王宮の厄介者』とも一部では揶揄されていた。それなのにここにきて急に参加するようになったのだ。王子も相手の思惑が見えず内心戸惑っているに違いない。
第一王子はオールマイティに何でもこなし人々に愛される君主の才で、第二王子は孤高の武術の才か。全く違った系統だ。
それにしてもアンドリューはラビアの事を兄様と呼んでいるのか。仲は良くはなさそうだが……
複雑な継承位争いか……関わりたくない。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなしだ。セリーヌは心の中で手を合わせる。どうかこのまま巻き込まれず穏便に過ごせますようにと。
そんな式典の始まる前の王子とセリーヌの元へ、突如ある人物が顔を出した。
「――ぁあ、ここにいたのか」
「兄様」
王族席に現れた、軍服に近い礼服に身を包んだ男。王子もその登場には驚いた様子で、重々しく『兄様』と呼ぶその男に、セリーヌは息を止めた。その声は聞き覚えがあった。そして顔を上げて、固まった。
「あ、あな……」
セリーヌは口をはくはくとさせながら驚いて彼を見る。
「ああ、まだ名前を言ってなかったなセリーヌ」
彼はセリーヌを見つめふっと愉しそうに笑みを浮かべる。その美しい濃紺の髪と深い双眼。スラリと伸びた長い脚。どこか近づきにくく、その装いから放つオーラはより威厳を見せた。――昼休み、屋上で会うあの印象とはまた少し違って。
相手は既にセリーヌの素性を知っていたのだ。名前を呼ばれて更に目を見開く。しかし同時に隣のアンドリュー王子の空気も変わった。セリーヌをかばうように前に立つ。
「兄様、いつからセリアと知り合いに?」
「ああ、ちょっとした事があって、な」
屋上のシェルターの話は絶対に知られてはならない。セリーヌはハラハラしながら二人を見る。しかしその空気は険悪さがたちこめる。アンドリュー王子はラビアにさらに攻めいった。
「何がきっかけで?」
「大したことじゃない」
「ノ――ノア様から聞きましたの。本当はオリエンテーションでラビア様が私を案内するはずだったと。その後に会ったんです、ね?」
「……ノア殿が引き合わせたと?」
「はい! あの日は体調が悪かったと聞いて……」
そこに割り込み、話を合わせて頼むとラビアに同調を求めるセリーヌに、王子はまだ若干疑いの目を向ける。
「――の割に名前を知らなかったようだけど」
「そ、それは……――」
「――ノアが面白がって伝えなかったんだろ。まさかこいつも王族だとは思ってなかっただろうしな」
ここでラビアが助け舟をくれる。言葉の詰まったセリーヌはラビアに感謝した。アンドリューも彼の言葉に渋々だが納得はしたようだ。
――しかし、まだ重大な問題は残っている。
「ラビア・エスカルトだ。改めてよろしくな」
改めて向かい合った彼に、セリーヌは自分の愚かさを責めていた。まさかこんな身近に、第二王子がいたなんて。
イケメンを、見慣れすぎてしまっていたせいなのかもしれない。そういえば容姿はとても整っている。いや、間違いなく彼は規格外のとんでもイケメンだ。どうして気づかなかったんだろう。
初めて学内で人と打ち解けられた嬉しさで、そんな事まで頭に回らなかったのかもしれない。
……と言うかそんな彼に私、婚約者と別れたいとか言う話をしていなかったか?
イコールそれは王子との婚約破棄という事になるわけで……――
威厳をみせる風格で笑うラビアの顔は、セリーヌには面白がっているようにも見えた。差し出された手に引きつりかけながら、セリーヌは今までの事を思い出しながら手を添えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「王国騎士団第一部隊隊長、フレイ・ザルフィーラ。貴殿の活躍をここに称する」
ラビア王子に勲章を授与された第一部隊隊長が傅く。その姿を、セリーヌは直視する事ができず、視線を外していた。想定外のラビアと仲良く知人になってしまっていた事実にショックだったのもあるが、何故かフレイ、彼を見ると胸が騒ぐからだ。パレードで初めて見た時と同じで、落ち着かなくなる。ざわつく心をなんとか抑えて、式典を見守る。
一方王子アンドリューの方は少々苛ついているようだ。婚約者が知らないうちに継承順位二位の従兄弟と知り合い、仲良くなっていたのだ。二人の間にも気まずい雰囲気が流れる。
「……セリア」
「はい」
式典に視線は見つめたまま、王子が口を開く。慌ててセリーヌは返事をする。
「君は僕に少々隠し事が多いんじゃないか」
「……え?」
突然の言葉にセリーヌは動揺する。王子は責めるような口調ではないものの、そのなんてことのないような話し方が逆にセリーヌの不安を煽った。
「そう隠し事ばかりされると、婚約者としていい気はしない。僕はお互いありのままをさらけ出して、それぞれお互いを理解し合う関係性でいたいんだ」
その言葉に、セリーヌは止まる。彼は責めているわけではなかった。切望していた。
「今日も君が兄様と知り合いだったなんて初めて知った」
「それはっ……私も初めて知ったんです! 名前さえ知らなくて……」
「うん。でも僕は知っておきたかったんだ。君がどんな人と関わって、仲良くて、いつも誰と何をしているのか。ただそんな、君と他愛もない話をしたいんだ」
王子は、まるで吐露するように言った。セリーヌの事を何一つ知らないと、悲しげで、淋しげに。別に特別な事は求めていない。彼はただ、友人とするような普段の何気ない、とるに足らないような会話や時間をセリーヌと過ごしたかったのだと言っている。そんな風に苦しませてしまっていたことに、少し胸が痛み、切なくなった。
5年前から、何一つ変わっていない。むしろ、その頃より悪くなった。学園の入学に近づき、本来の世界であるゲームが始まってしまう事に怯えてより過剰に王子を避け続けていた。義務としてでも、婚約者として歩み寄ろうとしてくれていた彼を。彼も一人の人間で、傷つくこともわかっていたはずなのに。
「……ごめん、なさい……」
「謝ってほしいわけじゃない」
謝罪を口にするセリーヌに、王子は向き合って、その瞳を見つめた。
「ただ君をもっと知りたいんだ。何が好きか、嫌いか。何をするのにはまっていて、どんなことに興味があるのか。さすがに5年前とは、変わっただろう?」
この乙女ゲームのキャッチコピーがあるとすれば、アンドリュー王子は、『誠実』だ。きっとそう。だって悪役令嬢の無理矢理決まった婚約者にも、こんなにも真っ直ぐなのだ。
そう苦笑する王子に、セリーヌも小さく笑った。あの頃は確かに、何度も彼が遊びに来てたし、色んなところで会った。彼の公務が本格的に忙しくなる前は。
「……僕との時間を、取ってくれないか。月に一度、休みの日だけでもいい」
「……ぇえ、わかりました」
半ば王子に乗せられるような話だ。しかしセリーヌも少し、負い目がある。彼女はただ自身の破滅を回避したいだけであって、彼を悲しませたいわけではないのだ。履き違えてはならない。頷いたセリーヌに、王子はふっと息を吐いた。
「――嬉しいよ」
まるで花が咲いたような笑顔でキラキラと美しく笑う王子に不覚にも胸がときめく。頼むからそんな顔、向けないでほしい。本当に、心からセリーヌと時間を過ごせるのが嬉しそうな顔――
自身が王子に惚れ、悪女にならなければいい話だ。それならきっと、断罪されて死刑になったりお家をとりつぶされて一家離散になったりはしないはず。今なら王子とも友好な関係を築けている。むしろ築けていれば、少なからず最悪な結果は免れるのではないだろうか。
きっと、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、セリーヌは少し高鳴り乱れる胸をそっと落ち着かせた。




