表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
能楽スクランブル!  作者: 夜宵氷雨
第4章 和の花競べ
42/52

野良猫とスピーカー

 放課後、佳織が能楽部の部室へ行くと、既に城之内と由梨が顔を揃えていた。二人の前には、コードが繋がった、小さめの丸い物体が置かれている。

「かおりん先輩、朗報なのですぅ」

 由梨が、両腕でガッツポーズを作る。よく見れば、両手の甲から手首にかけて、細かい切り傷が多くできている上に、まだ新しいはずの制服が、全体的に草や葉、土で汚れている。

「どうしたの、由梨ちゃん」

「スピーカーが見つかったのですぅ。ネコさんのおかげなのです」

 由梨の言葉に、佳織は頭の中にはてなマークを量産した。言いたいことがわからない。

「ええっと……ゆりりんさんが昼休みに、校庭で野良猫を見つけたそうです。それで、お弁当を分けたところ、すり寄って来たので撫でていたら、突然走り出した。そうですよね」

 城之内が説明しながら、確認するかのように由梨を見る。由梨は、笑顔で頷いた。

「思わずゆりりんさんが追いかけたところ、花鏡庵の裏道から、塀の中に入ってしまった。そこで花鏡庵の正面から裏庭に入ったところ、このスピーカーにじゃれついている野良猫を見つけたそうです」

「その通りなのですっ」

「それで、何とかその野良猫から、スピーカーを譲ってもらった、と」

「ネコさん、お気に入りだったみたいで、なかなか手放してくれなかったのです。後で、お返ししないといけないのです」

 結局、全てを城之内が説明し、当事者である由梨は、ほとんど笑顔で座っているだけであった。結局説明したのは、このスピーカーを野良猫に返すということだけである。


「それで、これがどうしたのよ」

「だからですね、おそらくここから聞こえていたんですよ、謡が」

「え、でもこれ、スピーカーだけよね。本体は?」

 スピーカーであることは見ればわかるが、何らかの音を発生する機会がなければ、意味がないのではないかと、佳織は訝しむ。

「これは、ワイヤレススピーカーです。庭において置けば、隣の家くらいからでも、音を流すことができるんです。もっとも、障害物があったり、離れ過ぎると使えませんが……」

 城之内の説明に、佳織はようやく朗報の内容を理解した。

「つまり、誰かが花鏡庵の近くに潜んでいて、謡を流すことができるのね」

「そうです。本当にこのスピーカーなのかどうか、確かめてみます。ところで、箏曲部はどうでしたか、榛木先輩」

 佳織は、朝の貴子との会話やその様子を、出来る限り思い出した。

「教頭先生、と仰ったのですね。松波先輩は」

 城之内は強い口調で確認する。あまり言われると、逆に自信が揺らいでしまいそうだが、確かに「教頭先生」だったと思い返す。

「なるほど、これでわかりました。ありがとうございました」

 城之内は、パソコンのディスプレイに一枚の写真を表示させた。それは暗闇の中、暗視カメラで撮影されたもののようであった。肩を露出している女性が、スーツらしき服装の男性から、何かを手渡されているようであった。

「何、この写真」

「この女性が、根岸優美です。そしてこれは、新川さん曰く『際どい店』の裏口です。四月の撮影ですから、まだ働いていたんですね」

 城之内の指が、肩を露出した女性を指し示す。仮にも高校の部活動に携わるコーチが、コーチ就任前ならまだしも、同時にこんな副業をして許されるのだろうか。

「こっちは人は誰なのですか」

 由梨は、もう一人の男性を指さした。

「おそらく、教頭先生のご子息です。仕事は確か……何もしていませんね」

「教頭先生の?」

「顔がはっきりとは写っていませんので、裏付け調査が必要ですが……背格好からして、それほど年配の男性には見えないんですよね。校長先生とは体格が異なりますし、教頭先生にしては、背が高い。実は、根岸さんには、峰雀在学中にある噂があったんです。当時英語教諭であった、楠木時雄と交際している、と」

「校長先生って、結婚してるわよね」

 佳織は、確かに時雄の左薬指に、プラチナのリングがあったことを思い出す。

「当時から既婚者ですね」

「じゃ、じゃあ、ダメじゃないですかぁ。そんなの……」

 城之内の言葉に、由梨は悲鳴にも似た声を出した。不倫疑惑は、かなりのショックを与えてしまったようだ。そのまま由梨は、頭を抱え込んでしまう。

「人それぞれですから。それで僕は最初、校長先生の接点で調査しました。しかし、当時ならともかく、今になっては全く接点がない。学校長と部活の代理コーチ、ただそれだけです。ですが、ある男性が、頻繁に根岸さんに接触していました」

「それが、この人なの?」

「はい。これが誰なのか、はっきりわからなかったのですが……似たような背格好の候補者が、何人もいましてね。絞り切れずにいたんですよ。候補者のだれもが、校長先生と根岸優美の間を取り持つには、どうにも関係が希薄で……ですが、教頭先生となれば、ご子息がいます」

 城之内は城之内なりに、根岸優美の周辺を調べていたのだ。

「それって、根岸優美と教頭先生の間に、何かあるとか」

「あるいは、教頭先生が、校長先生の隠れ蓑になっているのかもしれません。とにかく、これで根岸優美の代理コーチは、校長先生と教頭先生の意向であることがはっきりしました。コーチには報酬が支払われますから、彼女に便宜を図りたかったのでしょう。そのためにはまず、コーチの座を空席にする必要がある」

 城之内は、岡上の事故にも学校が関わっている可能性を示唆した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ