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第20話 大きな街


翌朝


まだ朝の空気が


少し冷たいうちに


私とバルドは


セレナを出た


荷物を積み終え


いつものように


バルドが手綱を握る


私も


いつもの場所へ座った


馬車が動き出し


果樹園の景色が


ゆっくりと後ろへ流れていく


振り返れば


昨日まで


商売をしていた村が見える


自分で商品を作って


並べて


客と話して


残った物を直して


また売った


「…………」


なんだか


随分色々やった気がする


「忘れ物か」


「違うわよ」


「なら前向け」


「最後に見るくらいいいでしょう?」


もう一度だけ


セレナを眺めて


私は前を向いた


次は


大きな街


「そういえば、街までどれくらい?」


「四日だな」


「じゃあ三泊ね」


「ああ」


「分かったわ」


四日


これまでの旅を考えれば


特別長いわけでもない


また何日か


バルドと馬車に揺られる


それだけだ


――


セレナを離れて


しばらくすると


道を行き交う人の数が


少しずつ増えてきた


これまで通ってきた道より


幅も広い


馬車同士が


余裕を持ってすれ違えるほどだ


向こうから


荷物を積んだ馬車が


何台もやって来る


木箱



布を掛けられて


中身の分からない荷物


「この辺りまで来ると、随分馬車が増えるのね」


「街へ続く道だからな」


「周りから商品が集まってくるの?」


「ああ。街から出ていく荷もある」


「なるほどねぇ」


すれ違う馬車を


目で追う


どこから来て


どこへ行くのか


何を積んでいて


向こうでは


いくらで売られるのか


ベルネで


物の値段は


土地や時期だけじゃなく


運ぶ手間でも変わると


教えてもらった


あの時も


分かったつもりではいたけれど


実際に


こうして商品を運ぶ馬車が


何台も行き交っているのを見ると


前より少し


実感が湧く


「……面白いわね」


「またか」


「何よ」


「昨日からそればっかりだ」


「面白いんだから仕方ないでしょう?」


「そうかよ」


「そうよ」


その時


前を走っている馬車の前後に


武器を持った人が


何人かいることに気づいた


「ねえ、あの人たちって護衛?」


「多分な」


「荷馬車の?」


「ああ」


「盗賊対策?」


「それもある」


「……それも?」


「魔物だ」


ああ


そっちもいるのよね


人が増えたからって


安全になったわけじゃない


「これだけ人が通る道でも出るの?」


「出る時は出る」


「そうなのよねぇ」


「何台かでまとまって移動する商人もいる。護衛を雇う奴もな」


「アンタも雇うことあるの?」


「必要ならな」


「今回は大丈夫なの?」


「この辺りは巡回も多い。今なら必要ねぇ」


「ああ、ちゃんと理由があるのね」


「当たり前だ」


「別に何も考えてないとは言ってないでしょう?」


「似たようなもんだ」


「違うわよ」


でも


バルドが必要ないと判断したなら


少なくとも


何も考えずに


危険を無視しているわけではない


「商品を仕入れて、運んで、売って……分かってたけど、こうして見ると色々あるわね」


「今更だな」


「だから、分かってたって言ってるでしょう?」


「そうか」


「ええ」


商品を仕入れて


運んで


売る


その間にも


考えることは


いくらでもあるらしい


――


一日目を


野営で終え


二日目も


私たちは


街道を進んだ


村へ向かう馬車


街へ向かう馬車


商人


旅人


護衛らしい人たち


大きな街へ近づくにつれて


人も


荷物も


少しずつ増えていく


その日の夜も


いつものように野営して


三日目


また朝から


馬車を走らせた


途中


反対側から来た


大きな荷馬車とすれ違う


荷台には


いくつもの木箱が


隙間なく積まれていた


「随分積んでるわね」


「ああ」


「あれも街から?」


「多分な」


「何が入ってるのかしら」


「知らん」


「気にならない?」


「他人の荷だぞ」


「そうだけど」


「気になるなら本人に聞け」


「さすがに聞かないわよ」


知らない商人を捕まえて


その荷物


何が入ってるんですか?


なんて


ただの不審者じゃない


「……アンタ、本当に色んなところ回ってきたのね」


「まあな」


「どれくらい?」


「覚えてねぇ」


「絶対嘘」


「数えてねぇだけだ」


「それを覚えてないって言うのよ」


「同じだろ」


「微妙に違うわよ」


でも


数える気にもならないくらい


色んな場所へ


行ってきたということだろう


村でも


商品のことでも


聞けば大抵


何かしら答えが返ってくる


私がまだ知らない場所も


きっと


たくさん知っている


「……何だ」


「何でもないわよ」


「なら見るな」


「ちょっと考えてただけでしょう?」


バルドが


小さく鼻を鳴らす


私は肩をすくめて


また前を向いた


――


三日目の夜


いつものように


火を挟んで


バルドと座る


馬を休ませ


火を起こして


食事を用意する


いつの間にか


バルドに一つ一つ聞かなくても


自然と


身体が動くようになっていた


何度も繰り返した


いつもの野営


「明日は?」


「昼過ぎには着く」


「そう」


明日の


昼過ぎ


ということは


これが


バルドとする最後の野営に


なるのかもしれない


「…………」


火の向こうを見る


バルドは


いつもと変わらない顔で


食事をしている


「何だ」


「何が?」


「見てんだろ」


「ちょっとくらいいいでしょう」


「気色悪ぃ」


「失礼ね」


本当に


こういうところは


変わらない


「……明日、着くのね」


「ああ」


「大きな街かぁ」


「楽しみじゃなかったのか」


「楽しみよ」


「ならいいだろ」


「そうなんだけどね」


楽しみ


それは


間違いない


でも


そこへ着いたら


最初から決まっていた


バルドとの旅も終わる


分かっていたことなのに


近づいてくると


やっぱり少しだけ


寂しい


「…………」


「飯、冷めるぞ」


「分かってるわよ」


もう一度


火の向こうを見る


いつもの火


いつもの食事


いつものバルド


最後かもしれないからって


急に何かを変える必要なんて


ないのかもしれない


「ねえ、バルド」


「なんだ」


「……何でもない」


「そうか」


「そこはもうちょっと気にしなさいよ」


「面倒くせぇな」


「ほんっと可愛げないわねぇ」


「お前に言われたくねぇ」


「あら失礼」


結局


いつも通り


私は文句を言って


バルドが適当に返す


それが


なんだか


少しだけ嬉しかった


――


四日目


昼を過ぎた頃


街道を進む人の数は


これまでとは


比べものにならないほど増えていた


荷馬車


旅人


商人


武器を持った人


何台もの馬車が


同じ方向へ進んでいる


「もう近い?」


「ああ」


バルドの答えを聞いて


少しだけ


姿勢を正す


しばらくすると


前方に


緩やかな坂が見えてきた


馬車が


ゆっくりと


坂を上っていく


そして


その先へ出た瞬間


「――わぁ」


思わず


声が漏れた


遠くに


大きな石壁が見える


横へ


ずっと


ずっと続いている


その向こうには


いくつもの屋根


周りより高い建物も


いくつか見えた


街道は


そこへ向かって


まっすぐ伸びている


そして


その道を


たくさんの人と馬車が


行き来していた


「……あれが?」


「アルネスだ」


アルネス


私がこの世界へ来て


初めて訪れる


大きな街


「……あれが、アルネス」


「ああ」


大きい


村とは


全然違うと聞いていたし


ある程度は


想像もしていた


それでも


実際に目の前にすると


想像していたより


ずっと大きい


「すごいわね……」


「まだ外だぞ」


「分かってるわよ」


でも


これで


中に入ったらどうなるのよ


どんな店があって


どんな物が売られていて


どんな人たちがいるのか


気になるものが


一気に増えていく


気づけば


少しだけ


身を乗り出していた


「落ちるぞ」


「あら、ごめんなさい」


座り直しながら


もう一度


アルネスを見る


「……楽しみね」


「ああ」


――


街へ近づくほど


石壁は


どんどん大きくなった


やがて


巨大な門が見えてくる


門の前には


人と馬車の列


徒歩の人たちは


門の前で


何かを見せたり


兵士にお金を渡したりして


中へ入っている


一方


商人らしい馬車は


それだけでは終わらない


荷台まで


兵士に確認されていた


「結構ちゃんと見るのね」


「商売の荷があるからな」


「まあ、何でも持ち込めたら困るものね」


「実際、危ねぇ物を持ち込む馬鹿がたまにいる」


「危ない物?」


「許可もなく強い魔物の卵を持ち込んだりな」


「……待って。それ、孵ったらどうするのよ」


「だから止めるんだろ」


「そりゃそうだけど」


「毒の強い薬草や、扱いに許可がいる物もある」


「なるほどねぇ……」


単に


怪しい商品を


確認しているだけじゃない


街の中へ


持ち込まれること自体が


危険な物もある


魔物がいて


薬草にも


色々な種類がある世界なら


こういう確認も


必要になるわけね


「でも、そんな物を黙って持ち込む人いるの?」


「いる」


「何でよ」


「売れると思ったんだろ」


「…………」


「商人だからって全員頭がいいわけじゃねぇ」


「それは……まあ、そうでしょうけど」


なんとも


嫌な説得力がある


列が


少しずつ進んでいく


その間にも


前の人たちが


何かを兵士へ見せている


「……あれ、何見せてるの?」


「ギルドカードだ」


「身分証になる」


「ああ、なるほど」


そういうこと


…………


待って


身分証?


「……待って。私、身分証ないわよ?」


「知ってる」


「入れるの?」


「金払えばな」


「……先に言いなさいよ。ちょっと焦ったじゃない」


「聞かれなかった」


「そういうところよ、アンタ」


一瞬


門の前で


どうするのかと思ったわよ


「いくらなの?」


「俺が出す」


「え?」


「もうすぐ順番だ」


「……分かったわ」


そうしている間にも


列は進み


やがて


私たちの番が来た


門番が


馬車の荷台を確認していく


「積み荷は?」


「村で仕入れた物と、売れ残りだ」


「危険物は?」


「ない」


「確認するぞ」


「ああ」


門番が


荷台を確認する


全部の荷物を


一つ一つ調べるわけじゃない


中身を確認しながら


いくつか


質問をしている


確認が終わると


門番が


バルドへ視線を向けた


「身分証は?」


「ああ」


バルドが


一枚のカードを取り出す


門番は


それを受け取って確認すると


すぐに返した


そして


今度は私を見る


「そっちは?」


「持ってないわ」


「なら入街料が必要だ。2,000G」


「2,000G?」


思っていたより


高い


「身分証がないと、そんなにかかるのね」


「俺が出す」


「お前はまだ自分の金持ってねぇだろ」


「ありがとう……後で返すわ」


「好きにしろ」


バルドが


私の分の入街料を払う


門番がそれを受け取ると


門の脇にある


詰所の前を示した


「次はこっちだ。ここに手を置いてくれ」


そこには


見たことのない魔道具が


置かれていた


平たい台座の中央に


手を置くためらしい


浅い窪みがある


「これに?」


「ああ。身分証がない奴は犯罪記録の確認が必要だ」


犯罪記録?


言われた通り


窪みに手を置く


ひんやりとした


硬い感触


「少し魔力を取る」


「魔力?」


「犯罪記録との照合だ」


「なるほど」


少しすると


手のひらから


何かが抜けていくような


微かな感覚がした


痛くはない


ただ


身体の中にある何かを


ほんの少しだけ


引っ張られたような


不思議な感覚


「もういいぞ」


「ええ」


手を離す


けれど


魔道具に灯った


淡い光は


そのまま消えない


どうやら


今取った魔力を使って


犯罪記録と


照らし合わせているらしい


「結果が出るまで少しかかるのね」


「ああ」


門番は


それだけ答えると


魔道具へ視線を戻した


しばらく待つ


やがて


淡い光が


ゆっくりと消えていった


赤くは


ならなかった


門番が


それを確認する


「問題なし。通っていいぞ」


「ありがとう」


まあ


何もしてないんだから


当然なんだけど


こういう確認って


何もなくても


少し緊張するのよね


馬車へ戻り


再び動き出す


厚い壁の下を通って


その向こうへ出た瞬間


景色が


一気に開けた


「…………わぁ」


思わず


声が漏れた


広い通り


行き交う人


何台もの馬車


両側に並ぶ


たくさんの店


店先から聞こえる


呼び込みの声


焼いた肉の匂い


パンの匂い


どこかから聞こえる


金属を叩く音


村とは


何もかもが違う


「すご……」


これが


大きな街


アルネス


「ぼさっとすんな。行くぞ」


「分かってるわよ」


そう返しながらも


視線は


あっちへ


こっちへ


忙しく動いてしまう


知らない店


知らない商品


知らない人


見たいものが


多すぎる


「ねえ、最初どこ行くの?」


「商人ギルドだ」


「商人ギルド?」


「ああ。お前の身分証を作る」


「やっぱり作った方がいいのね」


「街に入るたび2,000G払いたいなら好きにしろ」


「作ります」


即答した


そんなところに


毎回2,000Gも


払ってられない


「でも、身分証って商人ギルドじゃないと作れないの?」


「冒険者ギルドでも作れる」


「そっちでも作れるのね」


「ああ」


「じゃあ、何で商人ギルド?」


「そっちの方が俺は話を通しやすい」


「なるほどね」


バルドは商人だ


だったら


冒険者ギルドへ行くより


商人ギルドの方が


何かと話が早いのだろう


「でも、商人ギルドで登録するんでしょう? 商人じゃなくてもいいの?」


「身分証だけならな」


「なら問題ないわね」


「ああ」


それなら


今の私には


十分だ


この街で


何をするのか


この先


どこへ行くのか


まだ


何も決めていない


知らない店


知らない人


知らない道


これから


何をするのか


まだ分からない


それでも


不思議と


不安より


楽しみの方が大きかった


私たちを乗せた馬車は


人で賑わう


アルネスの通りを


商人ギルドへ向かって


ゆっくりと進んでいった


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