第四話 何のお話だったのですか?
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その日の夜だった。
夕食を終えた後。
アメリアとミリアは公爵邸に宿泊することとなった。
当然のように。
セレナも一緒だった。
「久しぶりですもの」
セレナは楽しそうに笑う。
「今日は一緒に入りましょう」
というわけで。
浴室である。
◇
広い。
公爵家の浴室だから当然だが広い。
湯気が立ち込める中。
三人は湯船に浸かっていた。
アメリアは静かだった。
どこか落ち着いた様子で湯を楽しんでいる。
その隣。
ぴたり。
ミリアがいた。
ぴたり。
本当にぴたり。
肩が触れる距離。
いや。
ほぼ触れている。
セレナは微笑ましそうに眺めていた。
アメリアは気付いていない。
いや。
気付いているが気にしていない。
ミリアも気付いていない。
完全に無意識だった。
湯船から上がる。
ミリアも上がる。
アメリアが椅子へ座る。
ミリアも座る。
髪を拭く。
ミリアが横にいる。
セレナは内心だけで笑った。
(本当に離れませんのね)
そして少しだけ安心した。
半年。
アメリアは失われたと思われていた。
その半年。
ミリアがどれほど苦しんできたか。
想像するのは難しくなかった。
やがて。
全員が入浴を終える。
◇
部屋へ戻る途中。
セレナが口を開いた。
「王太子妃殿下」
ミリアが振り返る。
「はい?」
「……いえ」
セレナは微笑んだ。
「ミリア様」
少しだけ困惑した表情。
「なんでしょうか?」
「後ほど二人だけでお話よろしいでしょうか」
ミリアが固まった。
「え?」
思わずアメリアを見る。
アメリアも少し首を傾げる。
「何か問題がありましたか?」
「いえ」
セレナは笑う。
「少しだけですわ」
その笑顔が逆に怖かった。
ミリアは不安になる。
今日一日。
思い当たることが多すぎる。
アメリアに抱きついた。
服を掴んだ。
ずっと離れなかった。
思い返すと結構酷い。
それに。
夫人にとって。
自分は娘の婚約者を奪った人間だ。
「ミリア」
アメリアが声をかける。
「大丈夫です」
いつもの落ち着いた声だった。
「お母様は怖くありません」
「そういう問題でしょうか……」
不安は消えなかった。
「分かりました」
それでも頷く。
セレナは満足そうだった。
◇
夜。
廊下を歩く。
ミリアの隣にはアメリアがいた。
「本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
「その根拠は」
「お母様だからです」
よく分からなかった。
やがて。
セレナの私室へ到着する。
「それでは」
アメリアが言う。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってまいります……?」
何かがおかしい気がする。
だが。
結局そのまま扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声が返る。
ミリアは意を決して中へ入った。
◇
室内には紅茶の香りが漂っていた。
向かい合うソファ。
小さなテーブル。
そこには既に紅茶が準備されている。
「どうぞ」
セレナが座る。
ミリアも少し緊張しながら席に着いた。
沈黙。
先に口を開いたのはセレナだった。
「娘と仲良くしていただきありがとうございます」
「え?」
思考が止まる。
予想していた言葉と違った。
まったく違った。
「アメリアは」
セレナが紅茶へ視線を落とす。
「ずっと一人でしたから」
穏やかな声だった。
「親として少し心配でした」
一拍。
「ですが」
優しく微笑む。
「ミリア様がいてくださるなら安心ですわ」
ミリアは呆然とする。
そんな風に考えたことがなかった。
自分は助けられた側だ。
教えられた側だ。
導かれた側だ。
そして。
奪った側だ。
だから。
安心しているのは自分だけだと思っていた。
しばらく沈黙する。
やがて。
ゆっくりと口を開いた。
「……アメリアは」
一度言葉を切る。
「私にとって良き」
一瞬迷い。
「師匠であり」
浮かぶ。
厳しい指導。
笑顔。
仕事。
冒険。
成長。
「恩人であり」
さらに浮かぶ。
人生を救われた日。
手を差し伸べてくれた日。
そして。
一番大切な言葉が残った。
「……親友ですから」
自然と口から零れた。
セレナが柔らかく微笑む。
「そう」
それだけ。
けれど。
とても嬉しそうだった。
「でしたら安心ですわ」
一拍。
「アメリアは人に頼るのが下手ですから」
ミリアは思わず笑った。
「ええ」
「知っています」
むしろ。
誰よりも知っている。
全部一人で抱える。
全部一人で解決しようとする。
困った人だ。
「ですから」
セレナが言う。
「これからもよろしくお願いしますね」
ミリアはゆっくり頷いた。
「はい」
王太子妃としてではない。
ミリア個人として。
心から答えた。
◇
部屋を出る。
廊下には。
アメリアがいた。
「終わりましたか?」
「終わりました」
「何のお話だったのですか?」
ミリアは少し考える。
そして。
小さく笑った。
「秘密です」
「そうですか」
アメリアが首を傾げる。
本当に不思議そうだった。
ミリアはそんな姿を見て。
少しだけ笑う。
親友。
口に出して初めて分かった。
確かにそうだった。
だから。
今だけは。
何も言わない。
「戻りましょうか」
「はい」
二人は並んで歩き出す。
公爵邸の夜は。
穏やかに更けていった。
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