第六話 面倒な人間だからな
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
東方連盟。
王都。
評議会庁舎。
その一室で、レイ・シェンは一通の親書を読んでいた。
王国から届いた正式な使節。
そして同盟要請。
内容だけ見れば珍しくもない。
国同士の付き合いではよくある話だった。
「どうだ」
評議員の一人が聞く。
レイはすぐには答えなかった。
最後の頁まで目を通す。
そして静かに紙を閉じた。
「悪くないな」
短い感想だった。
数人の評議員が眉を上げる。
レイが人を褒めることは珍しい。
もう一度親書を見る。
北方諸国。
西方諸国。
再侵攻。
物流への影響。
交易路への影響。
市場への影響。
東方側の利益。
支援した場合の利得。
全部書いてある。
しかも綺麗に整理されていた。
「よく出来ている」
ぽつりと呟く。
感情論がない。
助けてくれ。
救ってくれ。
そんな文章ではない。
だから読みやすかった。
「誰が書いた」
「王太子妃殿下と聞いております」
「なるほど」
レイは小さく頷く。
だが。
途中から違和感があった。
もう一度最初から読み返す。
一頁。
二頁。
三頁。
そして最後。
『この国には守らなければならない未来があります』
そこで手が止まる。
「ここだけだな」
「何がだ?」
「書いた人間が違う」
評議員達が首を傾げる。
「前半は利益だ」
親書を軽く叩く。
「支援する理由」
「支援した場合の見返り」
「履行体制」
「監査手法」
「リスク管理」
「全部揃っている」
実にレイナード王国らしい。
レイはそう思った。
「だが最後だけ感情だ」
守る未来。
願い。
決意。
「親書を書いた本人だろうな」
王太子妃ミリア。
会ったことはない。
だがそんな気がした。
「問題は」
レイは再び親書を開く。
「こっちだ」
机の上へ別紙を置く。
添付資料。
東方交易改善案。
港湾整備計画。
物流整備構想。
市場分析。
評議員達も目を通す。
「……なんだこれは」
一人が呟いた。
その反応は予想通りだった。
「俺も最初に見た時そう思った」
量が多い。
異常なほど。
しかも内容が深い。
東方側の利益分析まで入っている。
「王国の人間だろう?」
「王国の人間だな」
「なぜここまで調べている?」
「知らん」
レイは肩を竦めた。
本当に知らない。
だから困る。
ただ一つ分かる。
「作ったのは同じ人間だろうな」
親書ではない。
添付資料の方だ。
癖がある。
資料構成。
分類方法。
結論の出し方。
見覚えがあった。
「アメリアか」
数年前。
東方との交易資料を送ってきた人。
変な令嬢だった。
今でもそう思う。
「知り合いか?」
「一応な」
「優秀なのか?」
レイは少し考えた。
「優秀だな」
一拍。
「かなり」
それだけだった。
余計な説明はしない。
説明すると長くなる。
評議員が資料をめくる。
「この出来なら分かる気もする」
「だろうな」
そこで別の男が資料へ目を落とした。
「行方不明?」
室内が静かになる。
レイの手が止まった。
報告書。
添付されていた補足資料。
『アメリア・フォン・アルフォード』
『戦争終結時行方不明』
『捜索継続中』
短い。
本当に短い。
レイは数秒黙った。
もう一度読む。
やはり同じだった。
「本当か」
誰に聞くでもなく呟く。
戦争は聞いていた。
王国が大勝したことも知っている。
だから驚いた。
静かな沈黙。
「……で?」
評議員が言う。
「同盟はどうする」
レイは資料を閉じた。
今考えるべきことは別だ。
王国。
東方連盟。
交易。
市場。
国益。
皇子として判断する。
「話は聞くべきだな」
「受けるのか?」
「まだ決めん」
即答だった。
「ただ」
机の資料を軽く叩く。
「これを書いた人間がいるなら王国はまだ終わっていない」
評議員達が黙る。
レイは窓の外を見た。
遠く西。
王国のある方角。
「行方不明、か」
ぽつりと呟く。
死んだとも。
生きているとも。
まだ分からない。
だが。
「面倒な人間だからな」
小さく笑った。
「案外どこかで生きていそうだ」
その言葉に。
評議員達は首を傾げた。
だがレイだけは何となくそう思った。
根拠はない。
本当に全くない。
ただ。
仕事が増えるから東方行きを断った令嬢が。
そう簡単に消える気はしなかった。
お読み頂き、ありがとうございます。




