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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第一章 公爵家編

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第一話 私は平穏が好きです。

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「お嬢様」


「何かしら」


「本日のご予定です」


 机の上に積み上がった書類から視線を上げる。

 差し出された予定表を受け取り、アメリアは無言で目を通した。


 午前は王妃教育。

 午後は舞踏。


 夕方から礼法。

 夜は歴史学。


 その後、明日の試験対策。


「……減っておりますわね」


「は?」


 執事の口から間の抜けた声が漏れた。


「先週は午前と午後の間に、音楽と刺繍がございましたわ」


「あ、はい」


「今週はございません」


「はい」


「なぜですの?」


「教師が病欠ですので」


「そう」


 アメリアは静かに頷いた。


 そして。


「二時間も空くではありませんか」


 執事は天を仰いだ。

 まだ十一歳だというのに。


 普通の子供なら泣いて喜ぶだろう。

 遊べるのだから。


 だが、この少女は違う。


「空いた時間は何をいたしましょう」


「休憩でよろしいかと」


「休憩?」


 理解できない言葉を聞いたような顔をする。


「休憩とは何のために?」


「身体を休めるためでございます」


「昨日は六時間寝ましたわ」


「そうですね」


「十分でしょう」


「一般的には不足しております」


「一般的ではありませんもの」


 執事は頭を抱えた。


 この少女は幼い頃からこうだった。

 与えられた課題は全てこなす。


 勉学も。

 剣術も。

 礼法も。

 芸術も。


 すべてだ。


 そして恐ろしいことに。

 本人は努力しているつもりすらない。


 やるべきことだからやる。


 それだけ。


「……では」


 アメリアは椅子から立ち上がった。


「領地の帳簿を持ってきてくださる?」


 執事の顔が引きつった。


「帳簿、でございますか」


「ええ」


「なぜ急に」


「暇だからですわ」


 執事は思った。


 絶対に持ってきてはいけない。


 と。


 このお嬢様は好奇心の塊だ。


 興味を持ったら止まらない。


 そして大抵ろくなことにならない。


 三年前。

 厨房の家計簿に興味を持った結果。

 食材の仕入れ業者が変わった。


 二年前。

 騎士団の訓練記録に興味を持った結果。

 騎士団長が泣いた。


 一年前。

 使用人の勤務表に興味を持った結果。

 労働環境が改善された。


 なぜか。


 本当になぜか。


 十一歳の少女が。


「執事?」


「……はい」


「聞こえませんでしたの?」


「聞こえております」


「では」


 アメリアはにこりと微笑んだ。


 公爵家の誰もが恐れる笑みである。


「持ってきてくださる?」


「かしこまりました」


 執事は敗北を悟った。


 数十分後。


 大量の帳簿が運び込まれる。


 アメリアは紅茶を飲みながら、それを一冊ずつ開いていった。


 そして。


 十五分後。


「……あら?」


 手が止まる。


 執事の背筋が凍った。


 その声を聞いた時点で分かる。


 何かを見つけた。


 それも、ろくでもない何かを。


「おかしいですわね」


「何がでしょう」


「こちらの農村、昨年より人口が減っておりますのに」


 ぱらり。


 ページをめくる。


「税収が増えております」


 ぱらり。


「支出も増えております」


 ぱらり。


「ですが収穫量は減っております」


 ぱたり。


 帳簿が閉じられた。


「……面白いですわね」


 執事は心の中で祈った。


 どうか。


 どうか興味を失ってくれ。


 その願いは届かない。


 アメリアは立ち上がる。


 笑顔のまま。


 本当に笑顔のまま。


「調べますわ」


「お嬢様」


「何かしら」


「ほどほどで」


「ええ」


 アメリアは頷く。


「もちろんですわ」


 執事は確信した。


 終わった。


 誰かが。


 確実に終わった。

お読み頂き、ありがとうございます。

この作品は短編『投獄された悪役令嬢は、ブチ切れながら監査する』を元に生み出しました。

ですが、内容的にはほぼ異なるストーリーとなっております。

初めての方にもお楽しみいただければ、幸いです。

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