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48:奸計



 ネルテラント王国の国境に接している隣国の街で、うらぶれた様子の男が路地裏に座り込んでいた。


「くそっ、妻も息子もこの私を見捨てて去っていってしまった!! 私の高貴な血筋のおかげで今まで贅沢出来たというのに、あの恩知らずどもめ!! 私がいったい何をしたというんだ!? 私が本来持つべきはずだった爵位を、父が愚兄に渡したことがすべての元凶だというのに!! 私は何も悪くない!! 悪いのは、父と愚兄と――……マグノリアだ!!」


 他責思考でグダを巻いているのは、マグノリアの叔父である。


 叔父一家は騎士に国境まで護送され、国外へと追放された。それからは徒歩で、一番近い隣国のこの街までなんとかやって来たのだ。

 新天地で家族で力を合わせて一からやり直す……などということはなく、まずは息子のバーネルが「父さんと母さんの面倒を見るなんて、まっぴらごめんだね。俺はさっさと金持ちの女を見つけて、前みたいに遊んで暮らすから。じゃーね」と夜の繁華街へと消えていった。

 顔が多少整っているとしても、巧みな話術や女性を喜ばせる気配りも持たない、ただ若いだけの我儘な青年が生き延びられる世界ではないのだが……。

 次に妻が「私の親戚がこの国で商いをしているはずだから尋ねてみるわ。え? あなたと一緒は無理よ。あなたみたいな傲慢な人、商売なんて手伝えるわけないじゃない」と去っていった。

 親戚と言っても何十年も交流のない相手の元に、生計を頼りに行くなど非常識としか思えないのだが、彼女は結婚指輪を売り払ったお金を持って、振り返ることはなかった。


 そういうわけで叔父は一人になってしまった。


 最初は息子と妻に腹を立てつつも、どちらも上手くいかずに自分の元に戻ってくるだろうと、最初の街で待っていた。

 けれど、幾日経っても二人は現れず、叔父は自分が完全に見捨てられたことを悟った(もしくは妻も息子も路頭に迷って、最初の街に戻ることすら出来ないだけかもしれないが……)。

 叔父はそれからは治安の悪い路地裏で浮浪者として暮し、すっかり老け込んで、日々愚痴ばかり零していた。


「マグノリアめ!! 自分ばかりフィンドレイ公爵家でぬくぬくと過ごしおって!! あの無表情で人形のように気味の悪い女が、公爵家でなんて上手くやっていけるはずがない!! 役立たずの出来損ないめ!! マグノリアが爵位を捨てたから、私はこんな目に……!!」

「……あの。少々よろしいでござるか?」


 叔父が自分の愚痴に煽られて、どんどん大きな声で叫んでいると。

 目の前に黒尽くめの男が立っていた。


「なっ、なんだ、貴様は!!? いったい、いつ現れた!!?」


 叔父はびくりと体を跳ねさせる。

 黒尽くめの男は、気配も足音もまったくしなかった。上下の衣服だけではなく、顔や頭も黒い布で覆われていて目元しか見えないのも、非常に怪しい。

 叔父は警戒して相手を睨みつけた。


「驚かせてしまって申し訳ないでござる。某、名乗るほどの者ではござらぬが、お近づきのしるしによければこれを」


 黒尽くめの男はそう言って、酒瓶を差し出した。

 叔父は受け取った酒瓶を確認したが、封は切られていなかったので毒は入っていないと判断し、もらい受けることにした。


「……フン。こんな安酒、私の口には合わんだろうがな。くれるというのならもらってやる。ありがたく思え」

「まっこと感謝いたすでござる」


 久しぶりに酒を飲んだ叔父は、いい感じに酔っ払ってきた。

 怪しい男などと会話するつもりはなかったのに、気が付けばいろんなことをスラスラと答えていた。


「先ほどフィンドレイ公爵家の話をされていたようだが、貴殿とはどのようなご関係があるのでござるか? それに、無表情で……人形のような女性がいるとも申しておったが、ぜひ聞かせてほしいでござる」

「……私の出来損ないの姪が、フィンドレイ公爵家で侍女として働いているらしい。あの女は本当にいつも無表情で、ピクリとも表情筋が動かん。人形のようで、気味の悪い奴だ……」

「姪御さんでござるか。お名前をお聞きしたいでござる」

「私か? 私の名は……」

「いえ、姪御さんのお名前でござる。外見的特徴なども、某、ぜひ知りたいでござる」

「フン……。マグノリアだ。髪は金色で瞳は青い。我がラインワース子爵家にはよく出る色だ……」

「なるほど、なるほど……」


 叔父はいつの間にか、酒瓶を抱えて眠ってしまっていた。


「なかなか面白い話が聞けたでござる。我が主、聖王ランドルフ陛下にすぐにお知らせしなければならぬな。では、某はこれにてドロンでござる!」


 黒尽くめの男はそう呟くと、叔父をその場に放置して去っていった。





 オウカ神聖王国の聖王ランドルフはその日、特に機嫌が悪かった。

 六年前に廃聖女サブリナを国外追放してからというもの、彼の人生は降下の一途を辿っていて、もはや機嫌が悪いことが常なのだが、さらに彼の機嫌を損ねる出来事が先日起こった。

 フィンドレイ公爵家に忍者が侵入しようとしたことについて、ネルテラント王国から正式な抗議文が届いたのだ。


(公爵家に捕らえられた上忍のフジバヤシを切り捨てねばならぬのは腹立たしいが、ここは知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。清廉潔白であるはずの聖王に他国から抗議文が届いたなど、国民に知られるわけにはいかないのだから。……だが、致し方ないとわかっていても腹が立つ。この私に抗議文だと……!? この私を誰だと心得ているのだ!? たかが小国の王の分際で、聖王に楯突くとは……っ!!)


 聖王はイライラと爪を噛む。


(それに、ネルテラント王家がフィンドレイ公爵家についたことで、ますますイセルを手に入れにくくなってしまった。サブリナを殺したあの時に失敗しなければ、今頃イセルは我が国の聖人になっていたのに……。ただの吟遊詩人だと思っていたサブリナの夫が、最初からゼオン・フィンドレイだとわかっていれば、上忍を差し向けたのに……!)


 何度も繰り返した後悔を再び噛みしめていると、聖王のもとに一人の忍者が現れる。

 確か、フィンドレイ公爵家が手に入れた人型魔道具の調査をさせていた人員の一人だ。


「ランドルフ陛下、某、人型魔道具に関する面白い情報を手に入れて参りましたでござる。なんと人型魔道具の正体は――……人間のおなごでござる!」

「……ほう。説明を続けてください」

「フィンドレイ公爵領に派遣されたほかの忍者たちも、領民たちから『とても強い護衛侍女が公爵家にいる』という話を聞きましたでござる! さらに某は件の護衛侍女の血縁者と接触し、彼女が『無表情で人形のような外見をしている』という情報を聞き出したのでござる! これらの情報を組み合わせると、フィンドレイ公爵家にいるのは人型魔道具ではなく、『人形のような外見をした凄腕の護衛侍女』が正解であると、某は判断したのでござる!」

「なるほど。やはりそうでしたか」


 人型魔道具など存在するはずがない。

 ペット型魔道具でさえ、犬や猫の姿を模して造られていても、本物とはかけ離れた姿をしているのだ。精巧な人型など作れるはずもない。

 そんなものが存在すると信じる者は、よほどの間抜けだけだろう。


「人間相手なら、いくらでもやりようがあります。ルビウスを呼びましょう」

「中忍のルビウスをでござるか?」

「彼は忍者としての技術は中忍ですが、……女性を堕とす手練手管だけならば『忍集団』で最も優秀ですから」


 聖王ランドルフは優しく儚げな微笑みを浮かべた。


「その護衛侍女とやらを、ルビウスに堕とさせましょう」


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