49:オウカ神聖王国使節団
その日、オウカ神聖王国へ送った抗議文に対する返答が、ネルテラント王国に届いた。
知らせを聞いたデボラ王妃は、国王の執務室へ向かうために、本日のお茶会を予定よりも少し早めに終わらせることにした。
オウカ神聖王国に伝手のある者を探すためのお茶会だったので、早々に今回の出席者たちには望み薄だと判断したことも大きい。オウカ神聖王国出身の祖母を持つご夫人や、オウカ神聖王国の隣国と商いをしているご夫人などだったが、前者は祖母が亡くなってからはそちらの家とは疎遠になっており、後者は「閉鎖的なオウカ神聖王国では、他国の商会にはなかなか営業許可が下りず、縁を繋げないでいる」とのことだった。
クリストファー国王はちょうど聖王ランドルフからの手紙を執務机に広げて、頭を抱えているところだった。
「まぁ、あなた。疲れ切った顔ね。大丈夫? 聖王からの手紙にはいったい何が書かれていたの?」
「……デボラか」
デボラ王妃が夫に近付くと、クリストファー国王は自身の胃のあたりを手でさすっていた。顔も若干青い。
彼は子供の頃から気弱なところがあったけれど、デボラや周囲の者が明るく励ませばやる気を取り戻す単純さもある人だったので、いろんな経験を重ねるにつれて大きく動揺することも減り、今では多くの民から信頼されている。
そんな彼が胃痛を感じるほどのことが手紙に書かれていたのかと、デボラ王妃は心配になった。
「聖王ランドルフは『知らぬ存ぜぬ』と言っているよ。フィンドレイ公爵家に侵入しようとした者は我々には関係ないとね。公爵家の地下牢にいる忍者は切り捨てられた。ここまでは僕たちの想定通りだ」
「そうですわね」
「ただ、ここから先は想定外で……。オウカ神聖王国が我が国に使節団を派遣したいらしい。『今回のような誤解が起こったのは、二国の間に国交が開かれていないからでしょう』だってさ」
「あら、まぁ。あちらがわざわざ敵地に乗り込んでくるというの?」
クリストファー国王に目で示されたので、デボラ王妃は手紙を手に取って読んでみた。
聖王は最終的に二国間で友好条約を結びたいと考えているらしく、まずは自国の使節団をネルテラント王国に送り込み、その後問題がなければネルテラント王国側の使節団をオウカ神聖王国へ招きたいといった内容が書かれてあった。
「友好条約を結んでネルテラント王国にじわじわと入り込み、イセルをたとえばオウカ神聖王国の貴族と婚約させて婿入りさせるということも出来なくはないでしょうけれど……。聖王がつい最近まで性急な手を使っていたことを考えると、妙ですわねぇ」
「僕もそこが不可解なんだよ。使節団の派遣も、イセルを手に入れる企みがあってのことだと思う。ただ、使節団がこちらにやって来た時にイセルの身に何かあれば、真っ先に疑われるのは自分たちだとわかっているはずだし……」
「いっそ使節団を拒否なさってみたら?」
「友好的な態度を見せる国に対して、門を閉じるわけにはいかないって、きみもわかっているだろう。他国から見れば、オウカ神聖王国より我が国のほうが失礼な態度になってしまう」
「そうですわね。我が国の評判が落ちてしまいますもの。こちらが拒否することが出来ないことを、聖王が予想済みだろうことが腹立たしいですわ~」
どうりで夫がいつも以上にストレスでやられているわけだわ、とデボラ王妃も納得する。
普段からストレスに強い自分でさえ、聖王の手にはイライラしてしまうのだから。
「わたくしのほうで調べている、オウカ神聖王国に伝手のある者のほうも、成果は芳しくありませんわ」
「そうか。結果は残念だけれど、連日お茶会で探ってくれてありがとう、デボラ」
「いいえ、わたくしがやりたくてやっていることですもの。イセルやマグノリアが気に入っておりますから」
労ってくれる夫にデボラ王妃は微笑みで返した後、気合を入れるように両手をギュッと拳に握る。
「あなた! オウカ神聖王国の使節団を迎え入れないわけにはいかないのなら、もう、徹底的に使節団を接待いたしましょう!? 城中の者たちに監視させて、聖王の企てを事前に把握するのですわ!!」
「……うん。それもそうだね」
聖王の企みはわからないが、退けることの出来ない困難に対して、落ち込んでばかりいても仕方がない。デボラのようにやれることを考えて準備し、迎え撃つのが最善だな、とクリストファー国王は気を取り直す。
「議会を開いて、オウカ神聖王国の使節団を迎え入れる対策を練ろう」
こうしてネルテラント王家の腹は決まった。
▽
「……オウカ神聖王国の使節団を歓迎するために、国中の貴族が王城へ集まることになったのですか?」
フィンドレイ公爵様の執務室に呼び出された私は、告げられた内容を復唱した。
「ああ。私も参加することになった」
「では、フィンドレイ公爵様がお留守の間、私がイセル坊ちゃまをしっかりとお守りせよ、ということですね」
私が早合点して頷いていると、フィンドレイ公爵様が首を横に振る。彼の背後に立つオリバー様は「ちっ、ちっ、ちっ」と言いながら、人差し指を振っていた。
「使節団派遣の裏には、聖王の企みが隠されていると考えたほうがいい。国王陛下もそれを警戒されたらしく、使節団が国にいる間はイセルを王城で匿ってくださるそうだ」
「つまり、イセル坊ちゃまもテオ様も当分王城暮らしになるんだよ。俺たち主要な使用人も、一緒に付いて行くってわけ」
「お、王城暮らし、ですか……」
高位貴族は王城に部屋があると聞いたことがあったけれど、元下位貴族で現平民の私にも関わる機会があるとはびっくりだわ……。
やはり公爵家ともなると、すごいのね……。
「王城の警備は最高レベルになるそうだ。イセルには騎士がつきっきりで警護し、世話も王城侍女に任せることが出来る」
「では、私は王家の騎士や侍女と連携を取らなければならないのですね……」
知らない人とたくさん喋らなければいけないのでしょう。
イセル坊ちゃまのためとはいえ、私に上手く出来るかしら……。
無表情のまま目の前が潤んできた私に、フィンドレイ公爵様がもう一度首を横に振る。
「イセルの待遇は最高のものであるし、そもそも妖精がついているから、万が一の場合は彼女がイセルを助けるだろう。だからマグノリアには別の指示を出したい」
「別の指示とは?」
「使節団を歓迎するために連日催しが行われる予定だ。私も出席しなければならん。きみには私の同伴者になってほしい」
「社交界に出ると、テオ様ってば毎回ご令嬢や未亡人たちに囲まれちゃってさぁー。マグノリアちゃん、テオ様の女避けになってあげてくれる?」
……私がフィンドレイ公爵様の同伴者?
歓迎の催しに参加する……?
これは、もしや王城の騎士や侍女たちと連携を取ることよりも難題なのでは???
フィンドレイ公爵様とオリバー様からのお願いに、私の額から冷汗がダラダラと流れた。




