追憶⑤ 不快
僻地に派遣されたアーサリアはとある村に到着した。
「これは酷いな」
村の惨状を目にしたアーサリアは顔を歪めながら呟く。
陰鬱とした空気に漂う腐臭。道端に転がる腐乱死体。瘴気が満ちるこの場において、生存者がいるとは到底思えない。
それでも彼は声を上げた。
「まずは生存者の確認。みんなは家屋を調べてほしい」
五人の兵士たちは馬から降りて口元を布で覆うと、各自散開した。アーサリアは馬を駆り村の周囲をぐるりと周る。
「……」
家畜はすべてが息絶え、農作物には手入れをした形跡が見当たらない。つまり、無人となってから相当な時間が経過している。
「なぜ……こんなことに……」
唇を噛み締めるアーサリア。こうなる前になぜ手を打てなかったのか。
領主の対応の遅さだけが問題ではない。村人の自助努力が足りないのだと言わざるを得ない。
疫病が発覚したのはひと月ほど前。しかし、村の惨状を見るにそれ以上の月日が経過している。
助けを求めることもせず、自らで対処する力もない。病気が蔓延する中で、彼らはいったい何をしていたのか。
疑問が尽きないアーサリアの下へ、兵士が駆け寄り報告する。
「村は全滅。家屋の中にも腐乱死体が残されていました。こちらの損傷は軽微なことから、外の遺体は野犬にでも貪られたのでしょう」
推論を立てることもできないまま、彼は決断を迫られた。
本日中にもう一件回る予定でいたが、村をこのまま放置してもいいのだろうかと思案する。
急ぐ必要があるのはアーサリアも理解している。だが、疫病の発生源を焼き払わなければ被害の拡大が予想される。今さらではあるものの、野生動物を媒介にして伝染する恐れがあるからだ。
兵士を貸し渋る領主のせいで、到着が遅れたのは痛手であった。
(これも序列の低さが原因か)
領主であるテオラル家の序列は現在七位。片やアーサリアは十二位だ。命令を下せる立場にない。
諦め混じりのため息を零しつつ、アーサリアは指示を出す。
「外の遺体は家屋の中へ。それが終わり次第、次へ向かおう。それと、村の水は使用しないようにね」
衛生面で気を使うべき要素は多い。村を出たら手持ちの水で清める必要がある。
遺体の処理を後回しにして次の村へと急ぐアーサリア。
望みは薄い。少数ではできることなど限られる。それでも現状を把握しなければ始まらない。
原因の究明も後回し。生存者の確認と感染経路の断絶が急務。人々の往来を制限するのは既に領都でも行っていること。各地を巡って注意喚起や指導が主となるだろう。
そうして次の村に到着したアーサリアは予想通りの結果に肩を落とす。
何もかもが遅すぎた。近辺の村は手遅れで、恐らく領主はとうに見限っている。
(あえて隠していたとみるべきかな)
問い質したところで意味はない。はぐらかされるのが目に見えている。
序列というものはこの国において、それほどまでに価値あるものだった。
「とにかく、遺体を一か所に集めよう」
感染の拡大を阻止するために、手分けして準備を進める。
燃料は民家に保管されていた薪を拝借し、火を付け盛大に燃えたところで村の外へと退避。煙を吸い込まないよう徹底する。
(他の部隊は順調だろうか……)
遠くの火柱を眺めながら、アーサリアは物思いに沈む。
帝都からの帯同者はたったの三名。必要な人員や物資はテオラル家を頼れとのことだったが、領主が協力的ではないため準備不足もいいところ。現在は部隊を三つに分けて村々を巡り、道中の町で補給や情報収集をする予定としている。
これも領主がしっかり対応していれば、と苦い顔をするアーサリア。情報は真っ先に集めるべきもので、自身の暮らす領都さえ良ければという考えに虫唾が走る。
(嘆いても仕方ない。今は明日に備えて休もう)
本日はここまでとし、風上に天幕を張り一日を終える。
悪夢にうなされないかと不安だったアーサリアだが、思いのほか神経は図太いらしい。気づけば朝になっていた。
「みんな、今日も大変だと思うけど、力を貸してほしい」
領主に対する不快感を押し殺しながら、アーサリアは奔走する――。




