4 ヒト
賽原基地司令部庁舎の最下層部、中央司令室。
室内に複数設置されたモニターのすべてに、様々な映像が表示されていた。
雑多な改造銃で武装した人々。包装紙やプラスチックゴミの堆積した不衛生な路上。
放火され、黒煙を噴くゴムタイヤ。ことごとく倒潰した住居と、瓦礫の山。
その中でも正面のメインモニターには、今まさに作戦行動中の大隊を指揮する男性の視点が鮮明な映像として映し出されている。彼があの戦場において、実際に耳にしている会話や無数の銃声までもが周囲のスピーカーから発せられていた。
《大隊長、先ほど第三中隊が物資輸送車の回収に成功しました。随伴していた護衛部隊の死者は三名、重軽傷者は十二名です》
《よろしい。では、大隊各員は全面攻勢の準備を進めつつ、引き続き相手の武装解除を促してください。これ以上、この地区の制圧に時間をかけるわけにはいきません》
《了解。――大隊各員へ通達、まもなく全面攻勢に打って出る。可能な限り民間人の武装解除を促せ。ただし、我々を殺傷可能な高出力のエネルギー兵器などを使用し、抵抗を続ける場合は、即座に射殺しろ》
スラム街の随所で銃撃戦が繰り広げられ、すでに数百というおびただしい死傷者が民間人側から出ているにも関わらず、暴動は収束するどころか時間の経過と共にその規模を増大させ、比例して戦闘の激しさも増していくばかりであった。
スラムに暮らす民間人の誰もが、垢に塗れ、眼窩は落ちくぼみ、痩せこけていて、典型的な栄養失調状態にあった。しかし、そんな状態であろうとも闘争心をむき出しにして、ギラギラと剣呑な輝きを放つ双眸を血走らせている。
モニター内に映し出されているあれらは、もはや人ではない。
飢えた獣の群れに他ならなかった。
「……?」
その時である。
《帰れッ! 役立たずッ!》
小柄な男性が突如として路上に姿を現し、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
《お前ら賽原基地の連中は、俺たちがいくら助けを求めても、実戦経験のない捨て駒しか寄越さなかったくせに。今更、こんな大部隊を引き連れてきても、ここにはもうキメラなんて一匹もいねーよッ! さっさと帰れッ! ごくつぶしッ!》
《おいっ! 誰かあいつを取り押さえろ!》
ほどなくして男性は駆け寄ってきた数名の隊員によって拘束されたが、スラム街に響き渡る罵声が途切れることはなかった。
《お前たちが無能なせいで住むところがなくなったッ!》
それまで比較的安全な物陰などに隠れていたスラムの住人たちが、流れ弾すら飛び交う路上へと続々と姿を現し、各々が声を張り上げた。
《食い物がないッ! 飲み水すらないッ!》
若い女性が泣きながら叫ぶ。
《綺麗な恰好で贅沢な暮らしをしているだけの役立たずッ!》
拘束され、地面に押さえつけられた男性が、怒声と共に唾を吐く。
《さっさと敵と戦って死ねッ! 死ね、役立たずッ! 死んでわびろッ!》
年配の女性が小石を投げつけながら叫んでいる。
《なにが世界平和だッ! ふざけやがってッ! てめぇらなんか死んじまえッ!》
中年の男性が異臭を放つゴミ袋を投げつけた。
そういった光景を司令室内から眺めるにつれて、僕は人類統合軍の司令官としてあるまじきことながら、彼ら民間人に対して、殺意にも似た強い嫌悪感を抱き、しかもその悪感情が際限なく肥大していくのを感じていた。
「…………」
《死ねッ! 人非人ッ! 無脳野郎ッ! 水と食い物だけ寄越してさっさとくたばれッ!》
これは、なんだ。
あいつらはどうして、あそこまで酷い言葉を平然と口にできるのか。
警備部隊や軽機械化歩兵を根こそぎ徴集することで、どうにか編成した横須賀への救援部隊を、あいつらは自分たちが命懸けで戦ったわけでもないのに、役立たずだと、一方的に断じている。それがあまりにも許せなかった。
救援部隊は、疑う余地もなく懸命に戦ったのだ。
少ない戦力を最大効率で使い潰すという、命を投げ捨てるほどの献身を果てに、雲霞の如く攻め寄せるキメラから大勢の民間人を守り抜いたのである。
「……っ」
お前たちが、そうやって身勝手な罵声を口にできるのも、彼らの頑張りがあったからこそじゃないか! それなのに、なんだこれは!? どうして彼らの献身に対して、感謝の言葉すら口にできないんだっ!?
「なんて、醜い」
どこまでも自分勝手なエゴイストどもが……。
「部隊突撃ッ! 前方の抵抗勢力を蹴散らせッ!」
重機械化歩兵部隊は、僕の下した命令によって全面攻勢に打って出た。
暴発の危険性がつきまとう粗悪な改造銃を、憑りつかれたように連射する群衆へと、全身を重装甲で覆い尽くした重機械化歩兵の横隊が、対人用の非殺傷ゴム弾を至近距離から叩き込んで突撃する。
ゴム弾の直撃を受けた人々は、ショック死すらしかねない衝撃によって、痛みに悶える間もなく、その大半が一瞬で気絶していった。戦闘はより一層激化し、キメラに蹂躙された横須賀のスラム街が、再び戦火に焼かれ、赤々と燃え上がる。
輸送車襲撃に端を発する一連の暴動は、日没を待たずして完全に鎮圧された。
現時点までに集計された死者は四百名、重軽傷者は四千六百名に達した。
自分の下した命令が忠実に実行された結果、それだけの死傷者が民間人から出たにも関わらず、僕は平静を保ち続けていた。
どういうわけか、なにも感じないのである。悲しいとも、恐ろしいとも思わない。罪の意識に苛まれることもない。もはや何のために、民間人を命がけで守ろうとしていたのかも、僕にはわからなくなってしまっていた。
――こんな世界滅んでしまえばいいのに。
耳元で、誰かが囁く。
――こんな世界滅んでしまえばいいのに。
何度も何度も、繰り返し、そう囁き続けていた。




