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8 青い鳥がチェックメイトとさえずる

 



 特異点の消滅と共に勢いは衰えても、依然として南東から接近するキメラの集団を迎え撃つべく増強された第二防衛ラインと第三防衛ラインは、重機械化歩兵部隊三千八百名、主力戦車九十五両によって構成され、そこに航空部隊と砲兵部隊による強力な火力支援が約束されている。


 前線に歩兵と戦車、後方に自走砲や航空機といった具合に、各種兵器の射程別に多層構造の陣形を構築すると共に、徐々に後退しながら常に自軍にとって有利な戦況を造り出し、敵軍に多大な出血を強いる縦深防御戦術の教範に則った万全の布陣であった。


 現在の時刻は、十五時〇五分。


 僕らは、自軍の砲爆撃が集中的に降り注ぐエリアへ自ら飛び込むことがないように、戦域に広く展開された縦深性の高い防衛ラインを大きく迂回しつつ、時おり飛来する敵の攻撃を注意深く回避することで、多少手間取りながらも基地への帰還を果たした。


 けれど、ほっとしたのもつかの間だった。

 賽原基地はすっかり様変わりしていて、ここに僕らの望んだ安息はなかった。


 戦場から帰還しても、そこは新たな戦場。

 最前線に隣接した軍事拠点であるがゆえに、賽原基地は第二の戦場と化していたのだ。


「先生! 第七オペ室が空きました!」


 年若い女性衛生兵の声が響き渡る。


「わかりました、今行きます。そこの君、今すぐ、このご遺体を別の場所に移動させなさい。通行の妨げになります」

「はい!」


 周囲には大小様々な遺体袋が無造作に並べられ、足の踏み場もなかった。

 当然ここは死体安置所ではないし、ましてや病室でも、病院の廊下でもない。


 ここはPX前の舗道だ。基地内のすべての医療施設から遺体があふれ、行き場を失ってこうして舗道にまで並べられているのである。


「大丈夫。統合軍で広く採用されている十二式装甲義体カササギは、とにかく頑丈に造られているからね。両手片足がちぎれたくらいで死にはしない。君は軽傷だよ。脳核だって綺麗なままだ。このまま整備室に行って、新しい手足を着けてもらいなさい。そうすればすぐに前線に戻れる。――いいね?」


 壁際でうずくまる男性、遺体袋の真横に腰を下ろしたまま微動だにしない女性。


 彼らが死んでいるのか生きているのかも、今は定かではなかった。


 逐一そういった人々にまで声をかける軍医や衛生兵は、この場にはいない。心肺機能の停止した重傷者や遺体を乗せたストレッチャーだけが、ひっきりなしに行き交っていた。


「マコト、僕らがここにいても邪魔にしかなりません。早く離れましょう」

「……ああ」


 この場で僕らができることなんて何ひとつない。


 人にはそれぞれの得手不得手があり、与えられた役割があるのだと自分自身に言い聞かせ、補給を済ませるべく格納庫へと急いだ。


「…………」

 青白い照明に照らされた地下施設の通路を進むと、やがて地上の喧騒は聞こえなくなる。


 人が出払っているからか周囲はやけに静かだった。


 渡り鳥の純白に輝く装甲の隙間から、わずかに漏れ聞こえるモーターの駆動音と、自分たちの足音だけが、青白い照明に照らされた無機質な通路に反響していた。


「静かだな」

「そうですね、さっきから誰も通りませんし」


「どうせなら、外の遺体も全部ここに入れてやればいいのにな。いくらなんでも野晒しなんてかわいそうだ」


「本来ここは、大勢の人が行き交う場所です。この戦いが終われば結局すぐに邪魔になってしまいますから」


「そっか、そうだよな」

 マコトはそれっきり口を閉ざした。


 顔色も悪く、相当堪えている様子だけれど、それは僕だって同じだった。


 いくら考えないようにしていても、遺体袋で埋め尽くされた地上の光景が、色濃く脳裏に焼きついて離れない。


 無意識に握り締められていた自分の手が、小刻みに震え始めていた。

 その震えが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか、それすらもよくわからない。


 けれど、仕方がないという一言で、あの光景を割り切ることはできそうになかった。

 もやもやとした気持ちの悪い感情が複雑に絡み合い、胸の奥底で延々と渦巻いている。


「…………」

 それでも僕らは、黙々と通路を歩むしかなかった。




明日、投稿します。

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