2 六月の青い指輪
頭上で燦々と輝く太陽に照らされながら、戦車の走行にも耐える頑丈なコンクリートで舗装された道路を、英字の標識に従って歩くこと五分と少し。
統合軍においては、PXと広く呼称されている巨大なショッピングモールにようやくたどり着くことができた。
「――――」
店内に入って早々に、胸筋がはち切れんばかりに隆起した白人の中年男性が、タンクトップ姿でレジ打ちしている姿が目についたが、あまり気にしてはいけない。深く考える前に、とにかくそういう文化もあるのだと割り切ってしまうのが、この国際色豊かな賽原基地においては肝要である。
「あ、マコト」
気持ちを切り替えて店内の食品コーナーを巡っていくと、早々にマコトの後ろ姿を発見することができた。
「小春、やっと終わったのか」
「はい、ついさっき終わりました。……ん? それはレーションですか?」
彼女は重機械化歩兵向けに製造された超ハイカロリーレーションが並ぶ陳列棚の前で、一食あたり六千キロカロリーと表記された、簡素なオリーブ色のパッケージを手に取っていた。
「俺の知り合いが、訓練の合間にこれを食ってたんだよ。そいつ、重機械化歩兵部隊の中隊長なんだけど。それこそハムスターかよってくらい夢中になって齧ってたからさ。どんなものかと思ってちょっと見てた。……ただ見た感じ、味には期待できそうにないな」
マコトは苦笑しながら、レーションをもとの陳列棚に戻した。
もしかしてお腹が空いているのかな? 今朝用意したお弁当が物足りなかったのだとしたら、明日からはもっと量を増やすべきだろうか。
「で、結果はどうだったんだ? だいぶ時間が掛かっていたみたいだけど、なにか異常があったのか?」
「いいえ、それだけ念入りな整備だったみたいです。アリス様が言うには、部品レベルで体をバラバラにしたと言っていました」
「バラバラ……。うへぇ」
「整備中の様子も全部録画してあるみたいです。自分の体が分解されていく様子に興味なんてありませんので、鑑賞会はお断わりしましたけど」
「はぁ、俺もいずれ同じ目にあうのか……」
「大丈夫ですよ、整備中は意識がありません。体感的には一瞬で終わりますから」
「そうなんだけどさぁ。……この話はやめよう。なんだか憂鬱になってきた。小春、気晴らしに少し歩こうぜ」
急に歩き始めたマコトを僕は追いかけた。
「買いたいものでもあるのですか?」
「いや、とくにない。適当に歩き回るだけ。そういえばアリスはどうしたんだ? まだなにか作業でもしてるのか?」
「残って後片づけをするって言ってました。たぶん、すぐに合流できると思いますよ」
「そっか。それなら、もう少し待つとするか。幸い、ここは時間を潰すのにうってつけだからな」
ハイカロリーな軍用レーション、消費期限が異様に長い缶詰、五ガロンの精製水で満たされた巨大な青いボトルという順番で、行く手に次々と現れる食品・飲料水コーナーを足早に通り抜けていくと、途端に商品のライナップが一変する。
そこには用途不明の雑貨が大量に並べられていた。
色あせたキャラクターのフィギュア、魚へんの漢字がびっしりと書き込まれた湯呑、剣と龍をかたどった金属製のキーホルダー。そういった微妙なアイテムたちが周囲に溢れかえっている。
棚の上でうっすらとホコリを被っているそれらに、はたして買い手は現れるのだろうか。
「これだけ沢山あると、見ているだけで面白いですね」
「だろ? こういうガラクタも、見ている分には楽しいよな」
「あははっ、たしかにそうですね。買ってもすぐに飽きてしまって、結局捨ててしまいそうなガラクタばかりです」
「ここら辺は微妙なものばかりだけど、もう少し奥のほうに行くと商品のラインナップもよくなるぞ」
「えー、本当に?」
僕が怪訝そうに尋ねると、マコトは小刻みに何度も頷いた。
「本当だって。元スカベンジャーの俺でも、なかなかお目に掛かったことのない貴重品ばかりが置いてある」
こっちこっち。そう手招きするマコトの背中を追いかけていくと、またしても周囲の雰囲気がガラリと変わる。床がそれまでの硬くて冷たいコンクリートから、毛の長いカーペットに変わり、小さなカウンターが奥まった一角に配置されていた。
そこには身なりの整った柔和な女性が一人佇んでいて、その手前にカウンターと一体化したガラス張りのショーケースが置かれている。その中には、貴金属と色とりどりの宝石で彩られた高価な装飾品が複数展示されていた。
マコトはカウンターに駆け寄ると、遠慮なくショーケースの中を覗き込む。
「うわぁ、相変わらず凄い値段。こんなに高価な指輪やネックレスを警備が手薄なPXで販売するなんて、さすがは世界一裕福な賽原基地だよな」
「…………」
「どうだ、結構なものだろ」
「うん、綺麗だと思う」
呼びかけられても気のない返事をするので精一杯だった。ショーケースの端っこにひっそりと置かれた一つの指輪に目が釘づけにされいたのだ。
それは、色濃く透明度の高いサファイアをあしらったシンプルな銀色の指輪だった。
「なるほど、お目当てはあの指輪か?」
「……あ」
こんなにも態度が露骨だと、自分のほしいものを相手に独白しているようなものではないかと気づいた時には、当然ながらすべてが遅かった。
もうすでに、マコトの口元がニンマリと孤を描き始めている。
「そう言えば、もうすぐ六月だったよな?」
「――っ」
「ジューンブライドだっけか? 六月に結婚すると幸せになれるってやつ」
「……うぅ」
顔が一気に熱くなるのを自覚する。
慌てて黙秘権を行使し、ただただ両肩を小さくするしかなかった。
「こういうのを純粋培養って言うのか? 小春ってほんと、このご時世からすると信じられないくらい乙女チックだよな。変な虫がつかないように、アリスが大切にするわけだ」
「う、うるさいですね! 僕とアリス様は実際に付き合っているのですから、将来的な結婚を意識しても別にいいじゃないですか!」
「ごめんって。まったく、小春はかわいいなー」
ああああッ! またしてもなんて迂闊なことを! 心の中で絶叫しなければ、僕はこの場で羞恥心のあまり七転八倒していたかもしれない。
「アリスは幸せ者だよな、こんなにも小春から愛されているなんてさ」
「ううぅ」
「そんなにアリスが好きか?」
「愛してるに決まってるじゃないですか!」
「がははっ、ひゅーひゅー!」
どうして僕は人前で愛の告白をさせられているのだろうか。
冗談でもなんでもなく、死にそうなくらい恥ずかしい。
マコトは羞恥心に悶える僕がそんなに面白おかしいのか、目元に涙まで浮かべて大声で笑いながら何度も囃し立ててくる。
「で、サイズは大丈夫なのか? いざ買っても、相手の薬指にぴったりじゃなきゃ意味ないだろ? デカすぎても、小さすぎても台無しだ」
「それは大丈夫です。大きさは知っていますから」
奇跡的に、あの指輪のサイズはちょうどいいものだった。アリス様が同径の指輪をいくつか所持しているのを確認しているし、以前こっそりと計測した彼女の左手薬指の直径からしてもジャストフィットである。
「そっか。だったら、もう買うしかないんじゃないのか?」
「う、そうなんですけど……」
「なー、買っちゃえよー」
マコトは僕の肩に腕を回し、自分の胸元へと強引に引き寄せ、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべている。
「店員さん。やっぱり、この指輪って一点物ですよね?」
「はい、有坂中尉。ここに展示されている商品はすべて現品限りとなっております。申し訳ございません」
「再入荷の予定は?」
「いいえ、ございません」
店員の女性は心苦しそうにしながらも、しかしハッキリと可能性を否定した。
「だってよ。いつ渡すにしろ、これは買っておくべきだろ。この機会を逃したら後悔するかもしれないぞ?」
「…………」
悔しいけれど、これはマコトの言う通りだ。この機会を逃したら、明日にも指輪は売り切れてしまうかもしれない。そうなったら悔やんでも悔やみきれるものではない。
あれは、もう永久に再入荷されることのない指輪なのである。
「……ます」
「ん? なんだって?」
「あーもう! 買いますよ!」
半ば自暴自棄になりながらも、とにかく指輪を買う決意を固めた僕は、いい加減暑苦しくなってきたマコトの体を両手でぐいぐいと押しのけた。
「なんだかマコトは、最近ますます遠慮がなくなってきましたね。やけにスキンシップも増えましたし」
「ん? やっぱり馴れ馴れしかったか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど。……僕、一応男ですよ? こんな姿ですけど」
「そうだな」
もちろん知ってると、マコトは頻りに頷く。
「小春が本当は男だって知った時は、そりゃ死ぬほど驚いたけどさ。案外すぐに慣れた。翌朝になったらすっかり気にならなくなってたよ。不思議だよな」
またしても、マコトはいつになく豪快に笑う。
その時、わずかにだけど、彼女の纏う雰囲気が変化したような気がした。
考えすぎかもしれないけれど、こうしてわざと大きな声で笑っているのも、心の内に隠した本心を悟られまいと、警戒しているからではなかろうか。
「ほら、そんなことより早く指輪を買おうぜ」
明らかにマコトは無理をしている。ようやく今、それを確信した。落ち着いてよく観察してみれば、マコトはどこか憂鬱そうで、表情にも淡い影が落ちている。そこに彼女の持ち味であった陽光にも似た無邪気な快活さはなかった。
「…………」
それが無性に悲しくて、ほんの数秒間ではあったけれど僕は言葉に詰まってしまった。
「小春? どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」
僕はとっさに表情を取り繕って、その場から一歩前へと踏み出した。
「このサファイアの指輪をください」
「かしこまりました」
店員はショーケースの裏側からカギを開けると、僕が指差した指輪を展示用の台座ごと取り出してカウンターの上に置いた。輝石の細やかなカット面のすべてに並々と湛えられた鮮烈な青いしきちょうに、おもわず息をのむ。
「代金は、このIDカードから引き落としてください」
「はい、かしこまりました」
店員の女性はゆっくりとお辞儀すると、僕がカウンター上に置いたIDカードを回収して、専用の読み取り機へと挿入した。そうすることで、IDカードに紐づけされた口座から料金を引き落とせるのだ。
その口座には、記憶を失う以前の僕が、重機械化歩兵部隊の一員として統合軍に所属していた頃から毎月受け取っていたお給料が、統合軍の軍票という形で、ほぼ手つかずの状態で残されていた。
残高はだいぶ減ってしまったが、支払いは滞りなく完了した。
「あ、そうだ」
ふと、名案が浮かぶ。
「指輪の内側に小さな鳥の絵を彫ってもらうことって可能ですか?」
「可能でございます。ただ、そういった特殊な図形や模様を彫り込む場合、完成品をお渡しするまでに数日かかってしまいますが、よろしいですか?」
「お願いします。一週間後に取りに来ますので、それまでにはどうか」
「かしこまりました。指輪に彫り込む鳥の絵に関して、なにかご希望の図案やモチーフなどはございますでしょうか?」
「平和の象徴。オリーブの枝をくわえた鳩で、お願いします」
そう迷いなく答えた。
アリス様と共に歩む未来が、希望に満ちた平和な時代でありますように。
それだけが、僕の願いなのだから。
マコトかわいそ。
次の更新は土曜日の予定です。




