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滅びゆく世界を救うたった一つの方法  作者: 細川 晃
第2章 焼きたてクリームパイと瓦礫と砂埃
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9 相州鬼正



「あ、ありえねぇ、軍用のパワードスーツだなんてウソだろッ!? そんなのありかよッ!?」


「なにボサっとしてんだ! 撃て、撃てッ!」


 僕は困惑していた。目標の動きが、あまりにも緩慢すぎたのである。


 重金属粒子を亜光速で後方へと発射し、反作用で爆発的な推進力を得る荷電粒子推進機構を使用するまでもない。


《ムクドリ型永久発電機構、超並列発電始動。並行世界に遍在する不特定多数の当該ユニットからの電力供給を確認しました。総出力、三百メガワットを突破》


 一秒を百倍に引き伸ばしたような時間感覚の中で、外部兵装たる渡り鳥によって、数百倍にまで増強された電磁筋肉の瞬発力をいかんなく発揮し、瞬時に目標との距離を詰めると、その軽薄そうな男の顔面に飛び膝蹴りを見舞った。


 メキっという鈍い音がして、脊椎と頭蓋骨を粉砕する感触が膝先の装甲から伝わり、目標はコンクリートに叩きつけられたゴム玉もかくやと跳ね飛んでいく。


 老朽化していた倉庫の正面扉を豪快に突き破り、いくつかの肉塊が工場敷地内の舗道に散らばった。そんな光景を前にして、取り残された男はしばし呆然と立ち尽くしていたが、それでもなお戦意を失いはしなかった。


「な、何なんだよッ! お前はッ!?」


 驚くべきことに、男は想像以上に優秀な戦士であった。彼は恐慌状態に陥りながらも、決して脅威に背を向けることはなかった。戦友の骸によって開け放たれた扉から狭い倉庫を脱し、友軍の射線が通りやすい工場敷地内へと後退しつつ、構えた小銃を指切り点射した。


 わずかな時間で機体の弱点を的確に見抜き、排熱の問題から唯一装甲化されていない機体の頭部を正確に射撃してのけたのだ。


《電磁流体装甲、起動》


 しかし、こちらのダメージは皆無だった。以前、統合軍の兵士からレーザー兵器を向けられた際に発生した粒子状の光の膜、それを何十倍にも濃くしたものが周囲に現れ、飛来する銃弾を跡形もなく蒸発させたのだ。


 これは〝電磁流体装甲〟と呼ばれる防御兵装であり、荷電した特殊な重金属粒子を循環させてバリアを形成し、飛来する銃弾やレーザーなどの威力を減衰させる効果がある。


 機械化された体――アマツバメ単体でも同様のバリアは展開できるが、それは簡易的なもので、重金属粒子の濃度は低い。


 そのため対人用のレーザー兵器程度ならば安全に防ぎきれるが、アマツバメ単体のバリア性能では、銃弾やロケット弾などの実弾を阻止できない。質量のある物体を蒸発させるには出力が不足しているのだ。


「……ッ」

 男は恐怖に歪んだ顔で何度もトリガーを引いていたが、もはや弾薬は尽きている。


 僕はゆったりと歩きながら、腰部に装着された金属製の鞘〝ブレードランチャー〟に右手を伸ばす。瞬時にセンサーが反応して、ランチャー内部から柄が自動的に押し出された。


 眼前の男を次の目標に定め、ランチャーから押し出された柄を握り、一息にその刃を抜き放つ。


《近接兵装〝対物ブレード〟抜刀。銘、相州五十七代鬼正(そうしゅうごじゅうななだいおにまさ)


 刃渡り二尺四寸。


 火焔乱れ込む大切先が剣呑に輝く、重ねの厚い剛毅な出で立ち。


 軍用ナイフに類似した無機質な柄、鍔は存在せず、刀身にはごくわずかな反りがある。


 ゆるやかに波打つ刃文は優美なのたれ刃であったが、本来白く冴えるはずの刃は灰色に染まり、地鉄に至っては刀剣的美しさの一切が排除された漆黒であった。


 世界一有名な刀、正宗。


 その作風である相州伝の趣きをわずかに残す、異質な軍用の長刀。


 この長刀は、瓦礫撤去用の切断工具を、世界最高峰の技術者が対アルバトロス用の近接兵装に造り替えた代物で、いわゆる高周波ブレードの一種であり、超高速で振動する刃が文字通り万物を斬り裂く兵器であった。


 現時点で、目標との距離はわずか十二メートル。


 一足一刀の間合いだ。


 むろん、鬼正の刀身が十二メートルもあるわけではないが、今現在の義体性能をもってすればこの程度の距離はないも同然である。


「……当方、雪風小春。推して参ります」


 相手にこちらの初動を悟られる前に、つま先だけで地面を蹴って瞬時に彼我の距離を詰めると、ほぼ同時に刃を三度繰り出した。


「――ふっ」

 狙うは、眉間、のど、胸部の三か所である。


 超高速で振動し、鋼鉄すら容易に斬り裂く相州鬼正の浅黒い刀身が、頭上から降り注ぐ月光を浴びて三度煌めき、一瞬にして頭脳、延髄、心臓を刺し貫く。


 目標である男は膝から崩れ落ち、悲鳴はおろか自身の死を知覚する間もなく絶命した。


 対象が完全に死んでいることを入念に確認すると、刃こぼれは無論のこと、血液すらも付着していない相州鬼正を片手のみで半回転させ、逆手に持ち、切っ先からランチャーへと瞬間的に投げ戻す。


「はぁー」


 屋外、星空の下で深く息をはくと、冬場でもないのに大量の白い蒸気が立ち昇った。


 口内から吐き出されたのは摂氏数百度の過熱蒸気であり、主機出力の向上によって発生した膨大な熱が呼吸と共に排出されていく。


「…………」


 夜空を見上げたまま、僕は手のひらに残留する人間を殺めた感触と静かに向き合った。


 思考が霞んでいく。


 ――ああ、ごめんなさい、式上(しきじょう)中尉。あなたの造り出した刀で、僕はよりにもよって日本人を殺めてしまいました。なんと言ってお詫びすればいいか。


 霞がかった脳裏に、統合軍の軍服を身に纏った見知らぬ人物の後ろ姿が描き出された。


 それはとても小柄で、新雪のように真っ白な長い髪が特徴的な若い女性であった。


「式上中尉って誰だっけ?」


 しかし、僕はふと気づく。


 フルネームは、たしか〝式上ゆき〟だったはずだ。


 けれど変だな、名前は出てくるのに彼女の顔が一切思い出せない。


「…………」


 まあ、こっちは記憶喪失なわけだし、こういうこともあるか。





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