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この世界を救うために、もう一度戦ってほしい  作者: 細川晃
第2章 焼きたてクリームパイと瓦礫と砂埃
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7 勇気と共に


「はぁ、やっぱここはクセーな」


「まったくだ。近づいただけで養豚場みたいな臭いが漂ってきやがる」


「――っ!」

 聞こえてきた軽薄な会話に、僕らは自分たちの不幸を嘆きながら、息を殺して身をすくませるしかなかった。


 まもなく倉庫内に、二人組の男が入ってくる。市街地の廃墟で銃口を突きつけて、僕を拉致したあの二人組である。彼らは無骨なライフル銃を所持し、ニタニタと薄気味悪い笑みを顔にはりつけ、ゆったりとした歩調でこちらに近づいてきた。


「おいセクサロイド、こっちに来い」

 ……セクサロイド。


 そういえば彼らは、僕のことを人型の女性ロボットだと勘違いしているのだった。


「どうした、早くしろ」


 有無を言わせぬ口調でそう言うと、以前対戦車ロケットを所持していた大柄の男は、真っ黒な銃口を突きつけた。


 脳裏に浮かび上がった明確な死の予感が、反抗する気力を根こそぎむしり取る。そして恐怖は瞬時に全身へと伝播し、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさと胸の痛みに、ただただ驚き戸惑うばかりだった。


「……っ」 

 ダメだ。逆らえない。そう直感で悟った。


 あの銃口を前にすると、僕はどこまでも臆病になってしまう。


 ごめんなさい、マコト。どうやら脱出作戦は延期しなければならないようです。


 お願いですから、僕を置き去りになんてしないでくださいね? 彼らに殺されてしまったらそれまでですけど、ここから逃げ出す時は、絶対に二人一緒じゃないと嫌ですからね?


 置き去りにされるのがなによりも心配だった僕は、奴らに悟られないよう細心の注意を払いながら、マコトに対してアイコンタクトで意思の疎通を試みた。


 けれど効果は今一つみたいだ。


「いつまで待たせるつもりだ! 早くしろっ!」


「ひっ」

 情けないことに、怒鳴られただけで全身が縮みあがり、小さな悲鳴が漏れてしまう。


 どうやら時間切れみたいだ。これ以上、男たちは待ってはくれないだろう。


 恐怖に震える足を強引に動かし、彼らのもとに向かおうとすると。


「お、おい、ちょっと待ってくれよ」


 武装した二人組の視線から僕を遮るように、マコトが前に進み出た。そのまま静かな足取りで歩み寄っていく。


「こいつは、まだここに連れてこられたばかりで、いろいろと混乱しているんだ。なあ、今日のところは勘弁してくれないか? その代わりと言っちゃあアレだが、今夜は俺がアンタらの相手をする。だからさ――」


「…………」


 男は銃口をこちらに突きつけたまま、眼球だけを動かしてマコトをいちべつしたが、それもすぐに止めてしまった。深淵を映したような銃口と、感情の読み取れない冷酷な眼差しを向けられ、僕の身動きは封じられていた。


「――――」

 それは一瞬の出来事だった。


 倉庫内に重たい銃声が響き渡った。


 ついさっきまで、こちらに突きつけられていたはずの銃口は、いつの間にかマコトへと向けられていて、銃声の後に排出された空薬莢が乾いた音を立てて地面をはねた。


 発射された一発の銃弾は、どうやら彼女の胸部中央を撃ち抜いたようである。


 胸を至近距離から撃たれたマコトは、真正面から車に衝突されたみたいに吹き飛ばされて、目を見開いたまま仰向けに倒れ込んだ。


「あーあー、なにも殺すことないのに」


「お前は、垢塗れの臭い女がいいのか?」


「でも、もったいないじゃん。簡単に殺しちゃうのはさー」


「こいつ、病気持ちだったみたいだぞ」


「ウゲっ、マジかよ」


「ああ、だからボスが先週くらいからペニシリン系の抗生剤を――」


 僕は状況が飲み込めないまま、血の海と化した地面に倒れ、身じろぎ一つしないマコトへと視線を送る。


「…………」

 なんだ、これは?


 彼女はすでに死んでいた。おそらく心臓を撃ち抜かれて即死したのだろう。


「マコト?」


 もう死んでしまったのだと頭では理解していたが、僕は彼女のもとに歩み寄った。


 血だまりの上を歩く度に、びちゃびちゃと水音がしてメイド服のスカートの裾に赤黒い斑が飛び散っていく。血だまりの上で立ち止まると、静かに足元を見下ろした。そうしていると男たちが騒ぎ始めたが、そんなのはもはや気にもならなかった。


 僕はその場で膝を折ると、血の海に沈んだマコトを抱き寄せる。瞳孔の開いた両目が虚空を見上げていた。彼女の背中はザクロみたいに裂けて大穴が貫通し、明らかに致死量と思われる大量の血液が、細切れの肉片ともども流れ出ていた。


 ああ、やっぱり死んでいる。


 わざわざ確認するまでもない。すでに分かりきっていることだった。


「あ……ああぁ……ああぁぁ」


 世界は血と汚物に塗れていた。


 弱者は一方的に虐げられ、辱められ、食い物にされていた。


 なんて醜悪な世界なんだ。


 これが人の住む世界なのか。


「あ、あ、アァァァァァァーーーッ!!」


 おぞましい二匹のケダモノが、こちらを指差してわらっていた。



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