7 勇気と共に
「はぁ、やっぱここはクセーな」
「まったくだ。近づいただけで養豚場みたいな臭いが漂ってきやがる」
「――っ!」
聞こえてきた軽薄な会話に、僕らは自分たちの不幸を嘆きながら、息を殺して身をすくませるしかなかった。
まもなく倉庫内に、二人組の男が入ってくる。市街地の廃墟で銃口を突きつけて、僕を拉致したあの二人組である。彼らは無骨なライフル銃を所持し、ニタニタと薄気味悪い笑みを顔にはりつけ、ゆったりとした歩調でこちらに近づいてきた。
「おいセクサロイド、こっちに来い」
……セクサロイド。
そういえば彼らは、僕のことを人型の女性ロボットだと勘違いしているのだった。
「どうした、早くしろ」
有無を言わせぬ口調でそう言うと、以前対戦車ロケットを所持していた大柄の男は、真っ黒な銃口を突きつけた。
脳裏に浮かび上がった明確な死の予感が、反抗する気力を根こそぎむしり取る。そして恐怖は瞬時に全身へと伝播し、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさと胸の痛みに、ただただ驚き戸惑うばかりだった。
「……っ」
ダメだ。逆らえない。そう直感で悟った。
あの銃口を前にすると、僕はどこまでも臆病になってしまう。
ごめんなさい、マコト。どうやら脱出作戦は延期しなければならないようです。
お願いですから、僕を置き去りになんてしないでくださいね? 彼らに殺されてしまったらそれまでですけど、ここから逃げ出す時は、絶対に二人一緒じゃないと嫌ですからね?
置き去りにされるのがなによりも心配だった僕は、奴らに悟られないよう細心の注意を払いながら、マコトに対してアイコンタクトで意思の疎通を試みた。
けれど効果は今一つみたいだ。
「いつまで待たせるつもりだ! 早くしろっ!」
「ひっ」
情けないことに、怒鳴られただけで全身が縮みあがり、小さな悲鳴が漏れてしまう。
どうやら時間切れみたいだ。これ以上、男たちは待ってはくれないだろう。
恐怖に震える足を強引に動かし、彼らのもとに向かおうとすると。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ」
武装した二人組の視線から僕を遮るように、マコトが前に進み出た。そのまま静かな足取りで歩み寄っていく。
「こいつは、まだここに連れてこられたばかりで、いろいろと混乱しているんだ。なあ、今日のところは勘弁してくれないか? その代わりと言っちゃあアレだが、今夜は俺がアンタらの相手をする。だからさ――」
「…………」
男は銃口をこちらに突きつけたまま、眼球だけを動かしてマコトをいちべつしたが、それもすぐに止めてしまった。深淵を映したような銃口と、感情の読み取れない冷酷な眼差しを向けられ、僕の身動きは封じられていた。
「――――」
それは一瞬の出来事だった。
倉庫内に重たい銃声が響き渡った。
ついさっきまで、こちらに突きつけられていたはずの銃口は、いつの間にかマコトへと向けられていて、銃声の後に排出された空薬莢が乾いた音を立てて地面をはねた。
発射された一発の銃弾は、どうやら彼女の胸部中央を撃ち抜いたようである。
胸を至近距離から撃たれたマコトは、真正面から車に衝突されたみたいに吹き飛ばされて、目を見開いたまま仰向けに倒れ込んだ。
「あーあー、なにも殺すことないのに」
「お前は、垢塗れの臭い女がいいのか?」
「でも、もったいないじゃん。簡単に殺しちゃうのはさー」
「こいつ、病気持ちだったみたいだぞ」
「ウゲっ、マジかよ」
「ああ、だからボスが先週くらいからペニシリン系の抗生剤を――」
僕は状況が飲み込めないまま、血の海と化した地面に倒れ、身じろぎ一つしないマコトへと視線を送る。
「…………」
なんだ、これは?
彼女はすでに死んでいた。おそらく心臓を撃ち抜かれて即死したのだろう。
「マコト?」
もう死んでしまったのだと頭では理解していたが、僕は彼女のもとに歩み寄った。
血だまりの上を歩く度に、びちゃびちゃと水音がしてメイド服のスカートの裾に赤黒い斑が飛び散っていく。血だまりの上で立ち止まると、静かに足元を見下ろした。そうしていると男たちが騒ぎ始めたが、そんなのはもはや気にもならなかった。
僕はその場で膝を折ると、血の海に沈んだマコトを抱き寄せる。瞳孔の開いた両目が虚空を見上げていた。彼女の背中はザクロみたいに裂けて大穴が貫通し、明らかに致死量と思われる大量の血液が、細切れの肉片ともども流れ出ていた。
ああ、やっぱり死んでいる。
わざわざ確認するまでもない。すでに分かりきっていることだった。
「あ……ああぁ……ああぁぁ」
世界は血と汚物に塗れていた。
弱者は一方的に虐げられ、辱められ、食い物にされていた。
なんて醜悪な世界なんだ。
これが人の住む世界なのか。
「あ、あ、アァァァァァァーーーッ!!」
おぞましい二匹のケダモノが、こちらを指差してわらっていた。




