第11話 風の刃
朝起きると、ベッドの脇にある小さなテーブルの上に、新しい服が用意されていた。
おそらく、村長が用意してくれたものだろう。
食事や寝床だけでなく、衣服まで_______
隣のベッドには、既にスピカの姿はなかった。
多分、村長の家だろう。
用意された服に袖を通すと、俺は部屋を後にした。
*
スピカ「おはようございます♪」
家の扉を開けると、朝食中のスピカとカーティスの姿があった。
「おはよう」と挨拶を返し、俺はスピカの隣の席へと座る。
カーティス「おはようウィル。昨日はよく眠れたかな?」
既に食事を終えたカーティスの右手にはティーカップが握られている。
湯気が立ち上り、辺りには優しい香りが漂っていた。
ウィル「ああ。お陰様でね」
コーネル「おはようございます、ウィルさん」
村長がティーカップを持ってやってきた。
おそらく、スピカの分だろう。
ウィル「おはよう村長。新しい服、使わせてもらってるよ」
用意してもらった服は全身黒色だった。
上はジャストサイズだが、下は少しゆったりしている。
恐らくこういうデザインなんだろうが______
それにしても、この村の雰囲気にはマッチしていないな。
コーネル「サイズはいかがですかな? 1年前に村を飛び出した孫が着ていたものなのですが......」
「背丈もウィルさんとさほど変わらないので、もしかしたらと思いまして」
なるほど、そういうことか。
村長の孫だったら、まだ若そうだし_______
服にも、自分なりのこだわりがあったんだろうな。
ウィル「ちょうどいいよ! ありがとう。色々と世話してくれて」
コーネル「それはこちらのセリフです」
「少々お待ちください。今、お食事の準備をしますから」
ウィル「村長!」
スピカの前にティーカップを置き、台所へ向かおうとする村長を呼び止める。
ウィル「お孫さんの服、大事にするよ」
「少なくとも、今日はボロボロになることはないと思う」
それを聞き"にこり"と微笑むと、村長は奥へと消えていった。
カーティス「それで......頭の中は整理できたのかい?」
ウィル「ああ......今日はちゃんと狩ってくるよ」
カーティス「ほう......随分と良い顔をしている」
「なにか策がありそうだ。......良ければ聞かせてもらえるかな?」
俺は、狩りの中で気が付いたこと。
そして______
今日、自分がすべきことをカーティスに話した。
カーティス「なるほど。どうやら、上手くいきそうだね」
「それなら......君にこれを渡しておこう」
そういうと、カーティスはテーブルの上に預けていたナイフを置いた。
もともとあった窪みの部分には___
魔石がはめられている。
ウィル「え!? もうできたのか?」
カーティス「ああ。今日の狩りに持って行くといい」
「食事の前に......込められている魔法について教えておこう」
カーティスから一通り説明を受け、朝食をとった俺は再び東の森へと向かった。
そして、俺が村を発ったあと______
カーティス「じゃあ、スピカ。君には君でやってもらいたいことがある」
「もう一度その本を使って、新しい魔法を覚えることができるか、試してもらえるかい?」
スピカ「え? は、はい!」
「でも......昨日、今日で数が増えることなんてあるんでしょうか?」
カーティス「そうだね。珍しいことではあるが......」
「この短期間で5つの魔法を覚えることができたんだ。君であれば......可能性はあると思っているよ」
スピカ「わかりました! じゃあ、やってみますね」
スピカは目をつむり、本の表紙に触れた。
本が開き、自然にページがめくれていく。
スピカ「え~っと......あ! 3ページ! 3ページあります!」
カーティス「ほう!」
感心したような表情を浮かべると、カーティスは本を受け取った。
カーティス「素晴らしい。君には本当に驚かされ......」
そう言いかけたところで、ページをめくるカーティスの手が止まった。
カーティス「この魔法は......」
受け取った本をスピカの前に置くと、彼はそのページにそっと手をのせた。
カーティス「スピカ。君にはこの魔法の習得に挑戦してほしい。あまり時間はないが......君であれば習得できるかもしれない」
その真剣な表情から、この魔法の重要性を感じたスピカは、小刻みに何度も頷いた。
スピカ「わ、わかりました! 頑張ります!」
食事を終えると、スピカはすぐに外へと出た。
村の少し奥にある大きな井戸。
その前に置かれている小さな椅子へと腰掛ける。
本を開き、書かれている詠唱紋を心の中で何度も唱えると______
スピカはそっと目を閉じた。
はやる気持ちを........
抑えるかのように。
***
東の森______
ブォォォォォォゥゥ!!
大地を揺らす叫び声。
ウィルの目の前には、群れるアミールバイソンの姿があった。
ウィル「さて、それじゃあ......」
「リベンジさせてもらおうか!」
その目は、真っすぐターゲットを見つめている。
高らかに叫ぶ___
最初の一頭を。
アミールバイソン______
動物にしては、妙に連携が取れていた。
その理由は......
バカでかい声で鳴いてるあいつ。
あいつが他の奴に指示を出していたんだ。
おそらく奴は、この群れのリーダーなんだろう。
その鳴き声に合わせて、取り巻きどもは動くんだ。
ってことは_______
ウィル「俺は、お前だけを狩ればいい」
まずは避けることに集中しろ。
どこから突っ込んでくるかを見極めて、少しずつあいつに近づくんだ......
ブォォォォォォ!
合図とともに、他のアミールバイソンが次から次へと突っ込んでくる。
スッ......スッ......
大げさに避けたらダメだ。
隙をつかれて、他の奴の体当たりを喰らっちまう。
スッ......
攻撃を避けながら、ウィルはターゲットへと確実に近づいてゆく。
すると______
ブ......ブォォォォォォゥゥ!!
焦りが入り混じる叫び声とともに、四方八方から一気に突っ込んできた。
ウィル「な......まとめて!?」
ブワァ......
グシャァ......!!
すんでのところで空中に跳び上がると、静かに木の枝へと着地した。
ウィル「ふぅ......」
「だいぶ、焦ってんな」
上から様子を見ると、突っ込んできた数匹は互いにぶつかり合って倒れている。
ターゲットは、じっとその様子を見ていた。
取り巻きは___
近くにはいない。
ウィル「ここだ!」
勢いよく枝を蹴ると、ウィルは一気にターゲットの間合いへと脚を踏み入れた。
ブ......ブォ
ウィル「もう......遅い!!」
目の前に陣取り、左の腰にあるナイフの柄に手をかける。
そして______
*
カーティス「いいかい、ウィル。その魔石には"風の魔法"の詠唱紋が刻まれている」
「ナイフを握り、想いを込めれば発動するが......初めのうちは、感覚がわからないだろう」
「だから......心の中で唱えるんだ」
「君が呼ぶ、その魔法の名前は......」
*
ウィル「アウルスガーレ(疾風の梟)」
次の瞬間、魔石が緑色に怪しく輝いた。
その光に呼応するかのように、風の刃がナイフを覆う。
ーースキル《絶対殺すマン》発動ーー
ウイル「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
元の長さの数倍にも及ぶ、風の刃。
落ちる木の葉を巻き上げながら、敵を目掛けて一気に振り抜く。
すると______
ズルッ.......
ズダァァァァァン!!
心臓ごと真っ二つにされたターゲットは、その場に崩れ落ちた。
ウィルは振り返ると、残ったアミールバイソン達に視線を移す。
ウィル「で.......お前らはどうすんだ?」
睨みをきかせると___
ダダダダダッ!!!
残りのアミールバイソン達は、四方八方へと逃げさっていった。
ドサッ
緊張の糸が一気にほどけたのか、ウィルは大の字になってその場に倒れこんだ。
ウィル「はぁ......疲れた~!!!」
言葉とは裏腹に、その表情はとても清々しかった。