20. ショウネシー領の訪問者たち
リーン王国は上の一辺だけ細いコの字を左四十五度回転させたような地形だ。
ショウネシー領があるのは狭く細まった側のコの字の角側にある。
間に海があるコの字のニ辺に橋はなく、ショウネシー領より南側には豆の栽培が盛んなバンクロフト領があるのみ。
バンクロフト領から馬車や馬で王都へ行き来するには、ショウネシー領を通りゲインズ領へ抜けるしかない。王都側から来るには、その反対だ。
各領地を通るには、領地によって通行税がかかる場合もある。
バンクロフト領とショウネシー領は、先々代からお互いの領民が行き来するのに通行税はかけない取り決めをしていた。
それもあり、ショウネシーの領民は今までバンクロフト領に出稼ぎに行ったり、そのまま帰って来なくなったりしていた。
バンクロフト領側を南門、ゲインズ領側を東門とし、グレイには王都からの先ぶれなどが来る東門を担当して貰う。
「ここは……本当にショウネシー領か?」
バンクロフト領側、南門にて。
まだ日も上らぬ時刻に王都へ向けて、バンクロフト領から荷を乗せて出発した、馬車の馭者は目を見開いた。
「おはようございます。我が領へは王都への通行のみでしょうか?」
「ああ、もちろん」
何もないショウネシー領に用はない。いつも通り過ぎるだけだ。
「こちらの魔導具に手を当てて、所属領地とお名前を言っていただけますか」
ショウネシー領からこの方角にはバンクロフト領しかない。
そんな当然のことを聞かれるのかと呆れながらも、その商人は指示通りにする。
「バンクロフト領エイモスだ」
魔導具がチカっと光る。
エイモスの心にも、チカっと光が瞬いた。
「ありがとうございます。これで東門を通り過ぎる時にはそのままで大丈夫ですが、お帰りの際は東門で同様の確認があります」
「め……めんどくさいな。今までただ通り過ぎてただけだったのに」
自分でも訳の分からない高揚感を隠すよう、エイモスはつい愚痴る。
「役所でカードを申し込まれましたら、カードを持ってるだけで通り抜けが可能です。カードの種類で発行代金が違い、審査もありますので、宜しければお時間のあるときにどうぞ」
「はあ」
「東門へ向かうには、この道沿いが最速で着くようになっています。青い道の左側……この白線にはみ出さず通って下さい。途中赤青黄の灯りか見えましたら、青が進んでよし、赤と黄の時は停まって青になるのを待ってから進んで下さい。黄色い道は人が通るための道になってますので、決して馬車で通らないように注意して下さい。詳しくはこちらの地図の裏に記載されてますので、どうぞお持ちください」
なんだこれは。
見た事もない美しく整備された広い道に、初めて耳にする規則。
今までは暗闇だったショウネシー領内には、道沿いにほんのりと明かりも灯されている。エイモスは戸惑いながらも馬車を進めた。
朝日が登った東門では、グレイが子爵家への手紙を携えた鳶便の応対をしていた。
手紙はその場で受け取ってマゴーが各所へ転移魔法で配達する。
日付と時間と手紙一通ショウネシー領東門受取と記載が入った受領書を鳶の鞄に入れると、鳶は領地内に入ることなく飛んで帰ることになる。
その側を南門から、今までより速く快適に、領内を通りぬけてきたエイモスの荷馬車が通り過ぎる。
聞いていた通り、門で止められることは無かったが、南門を通った時と同じく一瞬光の雨の中を通り過ぎた感覚がし、魔法の存在を確信して胸が高鳴った。
リーン王国は魔法使いの国と言われているが、ほとんどの魔法は貴族のもので、平民が触れる機会は滅多にない。
彼は数週間後、王都の帰りに、役所でただ通り過ぎるだけの通行カードではなく、領内で休憩や買い物もできる訪問カードを申請した。
朝一番にショウネシー子爵家に届いた手紙は、意外な人物からだった。
マグダリーナとアンソニーの母方の伯母であるオーブリー侯爵夫人……
シャロン伯母様からだったのだ。
王家にコッコの卵を献上したことを聞き、侯爵令息がコッコカトリスを見学したがっているとのこと。
オーブリー侯爵夫人には王都の館を買取っていただいた恩もある。お断りは出来ないだろう。
ダーモットは承諾の返事を書き、マゴーに渡した。
それから午前八時過ぎに、ニレルが連れてきた人物を見て、ショウネシー家の人間は全員、息を止めた。
薄荷色の髪に水色の瞳……
瞳の色と長く尖った耳以外は、亡き母、クレメンティーンに瓜二つだったからだが、あちらもマグダリーナの顔を見て震えていた。
「ああ……」
イラナと名乗ったその人は、たおやかな仕草で、包み込むようにマグダリーナの髪を撫でた。
「確かに、貴女に私の血を感じます……なんという、奇跡でしょう……」
「同じ母から産まれたのに、僕はイラナさまの血は受け継がなかったんですね……残念です」
アンソニーが残念そうにしたが、イラナはふわりと笑いかけた。
「確かにこの身の特徴は、女性の子孫に継がれるようですね。ですが、貴方も私の血筋を持った女性の子に間違いはないのですから、どうか存分におじいちゃんだと思って甘えて下さい」
「え?」
「え?」
マグダリーナとアンソニーは素直に驚きで声を上げたが、ダーモットは僅かに喉をつまらせ、「失礼。あまりにもお美しくいらっしゃるので、ご婦人かと思ってしまいました」と頭を下げる。
「ええ、ええ、とても良く間違えられますので、どうかお気になさらず。ああ、あなたもどうぞ私のことはじじいと」
「いえいえ、とんでもない」
ダーモットは慌てて首を振る。
どこをどう見ても、イラナは女性にしか見えなかったが、確かに胸の膨らみはなかった。
「彼に治療院を任せようと思っています」
ニレルがハンフリーに伝える。
「よろしく頼む」
ハンフリーはイラナに手を差し出した。
二人は軽く握手を交わし、イラナはハンフリーの足元にたむろっているコッコ(メス)を見つめた。
「可愛いですね。治療院に置く魔導人形はコッコ型にしましょうか」
コッ ココッ
慌てるコッコ(メス)に、イラナは大丈夫だと宥める。
「私は植物魔法も得意なので、素体を植物にして、羽根を植毛して作ります」
コッフー
目を細めて安心するコッコ(メス)達を、見て、ハンフリーもほっとした。
その頃の東門は午前九時。
グレイの前には黒髪短髪に真紅の瞳の美男子、エデンが立っていた。
「領民になりに来たんだよ」
エデンの耳を見て予想はついたが、一応グレイは確認する。
「どなたかのご紹介でしょうか?」
「そうそう、ニレルにエデンが来たと伝えてくれるかな? あ、案内は要らないよ。この素晴らしい領内をじっくりと見て周りたいからね」
「では、地図をどうぞ。領民登録はこちらの印の役所でしております」
「アリガトウ。キミもお仕事頑張って」
そう言うとエデンは鼻歌を歌いながら、踊るような足取で門の内に入ると、ふっと姿を消した。
◇◇◇
ニレルがイラナを連れてショウネシー家にいた頃、エステラはディオンヌ商会の店舗一帯のチェックをしていた。
雨や雪の日でも利用出来るように、広いアーケードになっている。
まずは大きな図書館、その隣にテーブルと椅子、そして大きな映像表示装置を設置した広場があり、そこから店舗が続いた。
店舗はとりあえず「パン屋」と今後領地で作る米やおにぎりを扱う「おこめ屋」、調味料や食材、惣菜を扱う「うまみ屋」、石鹸や文房具、生活用品などの「雑貨屋」、回復薬等の魔法薬を扱う「薬屋」、魔法素材と魔導具を扱う「魔導具屋」そして一番奥にディオンヌ商会本部だ。
そのさらに奥に、治療院がある。
ディオンヌ商会の店舗は横一列に並べ、向かいに空いてる店舗は商売をしたい人に貸し出すか、売りたい物が増えたら使う予定だった。
と言ってもここが埋まるのは、現状の領民数ではまだまだ先のことだろう。
なんといっても、現在の領民は、エステラ達やグレイ親子を除くと、たった八世帯だった。
夫婦が三世帯、直近で夫を亡くして乳飲み子を抱えた母子家庭が一世帯、残りは独身男性の単身世帯だ。
三年前の流行病で人口も減少している、領民を増やすと共に、いずれ領民達の婚活も考えないといけないかもしれない……
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