第73話 黒子役に徹する
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魏延に出鼻を挫かれた魏軍は体勢を立て直して再戦に挑むと思われた。しかし大将の夏候楙は魏延が相手なら無理押しすれば被害を大きくするだけだとして守りに徹する構えを見せた。魏延も数の上では劣勢という事実があるので出撃せず周辺の警戒を密にするだけに留めていた。
「敵が来なければ守りに徹する。我々の使命は樊攻略を妨げる魏軍を足止めする事だからな。」
「挑発しても魏軍は動きませんか?」
「それなら夏候覇が敗れた直後に動く筈だ。我々が侮れない存在だと考えて慎重になっているのだろう。」
張苞と関興が出撃を願い出たが魏延は認めなかった。初陣で血気盛んである事は端から見ても明らかだが蜀漢の将来を担う二人には戦について学んで貰う必要があった。
「敢えて慎重な姿勢を見せて我々を誘っている事も有り得ると?」
「その可能性が高い。どちらが根を上げるか我慢比べになるだろう。」
「気長に待つしかありませんね。」
話をしている中で二人が敵の誘いに言及して自ら自重する必要が有ると理解した事に魏延は感心した。勢いに任せて進む事も大切だが時には慎重過ぎるのが大切である事を魏延は身を以て経験していたからだ。
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「申し上げます。本隊が樊城を制圧致しました。」
「それは祝着至極。」
「龐統軍師から伝言を預かっております。鮑隆・鄧芝両将軍を援軍に送るので合流次第、敵援軍との決戦に及ぶべしとの事です。関羽将軍と龐統軍師は将軍の後詰めを行います。」
「承知したと伝えて頂きたい。」
荊州軍は龐統指揮の下、猛攻を加えて樊攻略に成功した。守将の満寵は関羽に捕まり江陵に送られた。龐統は事後処理を行いつつ鮑隆と鄧芝に北上して魏延との合流するよう指示、魏延に対しても敵援軍との決戦を行うよう指示した。
「二人が率いる数は三万と聞いている。」
「我々と合わせて約七万弱になりますが魏軍の方が若干上回っております。」
「魏延将軍、数の上では劣勢ですが正面からの強攻も通用するではないでしょうか。」
「有効な手段だが今回は別の方法を試すつもりだ。」
「別の方法?」
首を傾げる張苞と関興に対して魏延は自身の考えを伝えた。荊北の平野部が戦場になる事から思いついた包囲殲滅作戦である。半数弱の兵で敵の攻撃を防ぎつつ残り半数が左右から敵軍を包囲する。包囲陣が完成と同時に攻勢へ転じて敵兵を逃がす事なく殲滅するものである。
「包囲役より守備役の方が重要に思えます。」
「敵の総攻撃を一手に引き受ける事になるから相当苦しい思いをするだろう。これは私が引き受けるから君たちは包囲役として敵の殲滅に専念してくれ。」
前世の魏延は執着心が強く包囲役を自ら引き受けて功績を自分のものとしていた。しかし転生した影響で権力に対する執着心が無くなり周囲に功績を上げさせていた。今回も同じ考えで役割を決めたが敵の攻撃を一手に引き受ける危険な役目になるので大将の自分以外に任せるわけにはいかなかった。
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鮑隆と鄧芝が合流したので魏延は予定通り北上を開始した。魏延が先鋒として進み、鮑隆と鄧芝が左翼、張苞と関興が右翼を務めた。魏軍も荊州軍北上の知らせを受けて夏候覇を先鋒にして南下を始めた。
「前方に魏軍が現れました。」
「よし、左翼と右翼に予定通りだと伝えよ。」
「承知致しました。」
魏延は両翼に指示を出すと合図を出して進軍を止めた。
「指示があるまで守りに専念せよ。我々が持ち堪えれば必ず勝てる!」
魏延の檄に将兵は気勢を上げて応えた。その直後、魏軍の攻勢が始まった。魏延は状況に応じて押しては引き、引いては押しを繰り返しながら魏軍の攻勢を躱していた。
「敵将魏延、今一度この夏候覇と勝負しろ!」
魏延の姿を見つけた夏候覇が名乗りを上げながら凄い勢いで近付いてきた。
「馬忠!」
「ここに。」
「合図があれば私に構わず攻撃命令を出せ。」
「心得ました。」
魏延は副将格の馬忠に一言命じると夏候覇を迎え撃つため馬を走らせた。