第59話 懸念する者、油断する者
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「我々は近々青州へ侵攻致します。つきましては荊州からの援護を要請致します。」
「我が君から荊・交二州の采配は一任されているので安心されよ。我々も準備が整い次第、樊城攻撃を行い援護させてもらう。」
「心強いご返答を頂き感謝致します。」
劉封との対面を終えた呉の使者は用件を済ませると早々に引き上げた。
「龐統軍師、あのような感じで良かったでしょうか?」
「あれで結構だよ。相手が信じようが信じまいがあっしらからすればどうでも良いからね。」
龐統は呉の使者が持参した親書を一瞥しただけで無造作に投げ捨てた。
「さて、劉封様と関羽将軍は樊に向かって貰うよ。あっしも同行するからね。」
「軍師殿、江陵の守りはどうされるつもりか?」
「張飛将軍と魏延将軍に任せるよ。」
龐統の答えに関羽だけでなくその場に居る将軍全員が首を傾げた。劉封と関羽が江陵を守り応援に駆け付けた四人(張飛、黄忠、馬超、魏延)が龐統と共に北上すると思っていたからである。
「先生(龐統)、呉は大戦力でこっちに来るんじゃねえのか?俺と魏延だけで大丈夫なのかよ?」
「慌てなさんな。あっしの話を最後まで聞いてから怯えて欲しいねぇ。」
「先生には悪いが、あんな連中に怯える程耄碌してねえよ。」
張飛は龐統の挑発に対して近くにあった強弓を数張り無造作に掴むといきなりへし折って龐統の目の前に置いた。
「張飛将軍が怒らないうちにさっさと説明しようかね。」
龐統は壁に掲げてある地図を前にして説明を始めた。
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「荊州軍が樊城攻撃を開始したのだな?」
「関羽が自ら先頭に立って攻撃を行っております。劉封と龐統が中軍、陳到が殿軍という布陣です。」
荊州に潜り込ませていた間者からの報告を受けて呂蒙は笑みを浮かべた。
「江陵はどういう状況だ?」
「武陵の鞏志が太守代理として駐留しています。」
呂蒙は笑いが止まらなかった。周瑜や魯粛、そして陸遜が口を酸っぱくして言っていた荊州を甘く見るなという言葉は単なるまやかしだと一笑に付した。周泰も鞏志が相手なら強引に攻めれば簡単に落とせると周囲に豪語したので出撃前から荊州を手に入れたつもりでいる者も見受けられた。
「簡単に事が運ぶとは思えんが。」
朱桓が興奮していた諸将に水を差した。
「朱桓、怖気づいたのか?」
「そんな事は無い。上庸には魏延、長沙には趙雲がそれぞれ控えているのだ。あの二人が出て来れば戦況をひっくり返されるぞ。」
朱桓は趙雲と魏延の噂を幾度となく聞いていたので不気味な存在に映っていた。
「心配するな。上庸は荊州まで距離があるから知らせを聞いて駆け付ける頃には既に手遅れだ。それと漢中に魏軍が攻め込めば必然的に応援を出さざるを得ないだろう。」
「朱桓殿、長沙は江夏に居る甘寧に対応させる。あの男なら趙雲を難なく食い止める筈だ。まあ周瑜や魯粛と懇意だったから思想的に我々とは相容れないだろう。長沙に向かえと命じれば従わない可能性はあるが江夏を守れと言われれば従うしかあるまい。」
朱然は呂蒙と周泰から魏延と趙雲は本隊に対応出来ないと聞かされても釈然としなかったが周囲から慎重になり過ぎだと責められてしまい二の句が継げなくなった。
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「甘寧、大都督は何と言ってきたのだ?」
「江夏を守りつつ長沙へ攻め込む機会を窺えと言っている。」
甘寧は韓当に呂蒙からの命令書を渡した。
「江夏を守るのは簡単だが長沙に攻め込めなど狂気の沙汰だ。」
韓当は吐き捨てるように言うと一読した命令書を破り捨てた。江夏太守の甘寧と豫章太守の韓当は荊州侵攻軍の後詰と長沙の趙雲を警戒する為後方に残された。これは表向きで実際は荊州侵攻に異を唱えた事による嫌がらせの意味合いがあった。前水軍都督だった徐盛のように懲罰人事で閑職に追いやっても良かったが同盟反対派内部に適任者がおらず二人を使わざるを得なかった。
「万が一の時には我々が盾となって一兵でも多く東へ逃がしてやろう。」
「そうするしかないな…。」
自ら墓穴を掘ろうとする荊州侵攻軍に対して怒りを露わにしていた二人だったが何も知らないまま戦わされる兵士たちの事を考えると虚しくなり無言のまま立ち尽くした。




