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10,決闘からは逃げられない


「……何を、考えているんですか。貴方は」


 北方駐屯基地、隊長執務室。

 厳かな造り、厳かな内装、わかりやすく偉い人の部屋……なのだが、それを台無しにする散らかし具合。

 デスクも床も構わず散乱しているものは実に雑多。資料や筆記用具ならまだしも、新聞や雑誌、菓子の空箱、訳のわからん妄想(一〇〇人を越える弟妹が、たった一人のお姉ちゃんの寵愛を巡って争うバトルロイヤル創作小説)をしたためた紙束などなど……。


 ……ついひと月前に片付けたはずなのですが……とショートヘアの眼鏡霊術師、クーミン・ミンタンは眉を顰めつつ、踏みつけてしまった禍々しい紙束を足で払う。


「決闘の話か? お姉ちゃんとして、物分りの悪い弟は踏まなきゃだろ? 良い口実だ。『騎士同士の手合せ』として行う部類の決闘であれば、踏み放題、つまり愛で放題」


 部屋の主、強面長身の銀騎士パイシス・ガローレンはさも当然と言った風で狂気を口にした。


「違います。貴方の狂った悪癖を今さら取り捌こうなどとは思いません」


 北方駐屯基地の人間は九割方、パイシスの持病について諦めている。

 一人ッ子だったから弟妹が欲しくてたまらないので部下に弟妹感を求めるとか、意味不明過ぎて対処のしようがないだろう。


「ほう? では何の話なのかな、妹よ」

「補佐官ですが。私が訊いているのは……先ほどの、シェルバン卿からの指摘に対する返答についてです」

「ああ、あれか。咄嗟に考えたにしては良い所だと思ったんだが、ものの数秒で完膚なきまでに論破されてしまったな」

「何故、言わなかったのですか? ……あの試験に、貴方は関与していないと」


 北方駐屯部隊における独自入隊試験。

 その企画立案は、現在は本隊に所属している前北方駐屯部隊隊長が北方勤務時代に行ったものだ。

 そして試験の管理運営監督責任者として任命されているのは、北方駐屯部隊の人事部部長……現在はクーミンが兼任している職務である。


 ……つまり、あの試験について、パイシスは認知はしているが関知はしていない。

 そして、承知と言う点については、嫌々と言った所だ。


 パイシスは着任当初「未来の弟や妹が減ったら嫌なんだが?」と反対側の立場であり、試験の廃止案を提出した事もある。

 しかしそれは承認されず、現在も本隊主導・北方人事部管轄のもと、試験が行われているのだ。


 試験開始時の隊長メッセージは、不承不承で適当にそれっぽい事を言いつつ、せめてもの悪足掻きに試験突破のヒントを添えたもの。


「そうだな。関与はしていない……が、責任はあるだろう? アタシは北方駐屯基地の長だ。例えアタシの頭の上をすり抜けて行われている事業だろうと、ここで起きるありとあらゆる不祥事について、最大の責任は常にアタシにある」

「しかし……棄権の申請を無視したのは、私の独断です」

「ああ、そうだな。棄権の申請があっただなんて、初耳だ。まったく、あんな良い根性した弟に何かあったらどうするつもりだ?」

「……何故、とは、問わないのですか」

「うむ? ああ、そうだな。今回のような事が今後、繰り返される事がないように尽力すると宣言した以上、原因の究明は必要不可欠だ。お前が自らの意思で説明する気がないと言うのなら、詰問する事になるな」


 アタシの妹なら、例えミスをしてもそれを隠蔽しようなんて愚は犯すまい?

 そんな微笑みで、パイシスは言う。


 ――……決して妹ではないのですが。


 多少の狂気が混ざっているとしても、それは紛れもなく信頼だ。

 良心があるならば、無下にできる者は少ないだろう。


「……黒騎士と、魔徒の末裔(アリスターン)。もし彼らが極限の窮地に陥れば……【魔徒マト】がそれを嗅ぎ付けて出てくるかも知れない。そう考えました。……言い訳がましくはありますが……死なせるつもりは、毛頭ありませんでした。ですが……」


 ハサビからの話によれば、シオ・コンフェットと言うあの女顔の兵士は「生きているのが奇跡」と言う容態だったと言う。

 つまり、クーミンは測り間違えていた。

 運が良かっただけで、シオを死なせていた可能性の方が高かったと言う事を知らされた。


「……ひとつの仕事に熱中してしまうのはお前の欠点だな、妹よ」

「補佐官ですが」

「確かに、残存する魔徒の一刻も早い補足・完全な殲滅は現状北方が抱える重要な使命であり、悲願だが……そのために誰かを危険に晒すなど、騎士にあるまじき行為だ」

「……はい。著しく冷静さに欠ける判断でした」

「お前が魔徒の殲滅に拘る理由は知っている。だが、そうであるからこそ、先ほどのミッソの言葉は深く胸に刻んでおきたまえ。騎士団員の職務における第一は、人命を守る事だとな」


 パイシスは床に散乱したものを蹴散らしながらクーミンに近寄り、その額を軽く指で突いた。


「しっかりと反省して、立派な姿を示せ。お前も、ミッソから見ればお姉ちゃんなんだから。しっかりしろ」

「……お姉ちゃん云々は絶対に違いますが、反省して襟を正せと言う部分は深く、承知いたしました」


 敬礼しながら「狂気さえ抜ければまともな人なんだけどなぁ……」と、クーミンは思った。



   ◆



「……だから注意したんだよ……」

「ほ、本当に申し訳ありません……」


 無茶をした直後に訳のわからない展開を叩き付けられたせいか、何もしてなくても全身痛い。

 ベッドの傍らからじっとりした目で俺を睨んでくるハサビ先生の視線も痛い。


「知ってるか知らないけど、あの女……元は王都務めの中流貴族だったんだよ……でも、あの訳のわからん弟妹認定病で、誰彼かまわず弟妹認定するわ、過度な接し方をするわで……色々やらかして、北方ここに飛ばされたんだ」

「……薄らとは聞いていましたが……そんなバックボーンが……」


 パイシス・ガローレンが上身分家系出身の部下を踏みつけて左遷されたと言う話は聞いていたが……まさか、そんな奇病が由来でその行動に出ていたとは。


「とりあえず、言われなくてもわかってると思うけど、決闘うんぬんは無視しなよ。お前さんの容態を考えれば、こんな意味のない決闘、まともに応じる必要は……」

「決闘は……受けます」

「……はぁぁぁあああ!?」

「……いや、俺も正直、無茶苦茶だとは思うんですけどねー……」


 うん、まぁ、本当にねー……やってくれたな、パイシス・ガローレン。


「貴族同士の決闘で、不戦敗……あの女(ガローレン)よりも形式上は上身分であるシェルバンが? ……そんな事になったら、どうなると思います……?」

「? いや、すまないけど、庶民なんでね。貴族さんの事はいまいち、わからない」

「家名に泥を塗った――って話になるんですよ、これ。……そして俺は、最高貴族です」

「……まさか……」


 最高貴族、つまり英雄の子孫が家名を汚すなんて……そんな事になれば……、


「王令で処刑も有り得ます」


 ……またかッ! と叫びたい気持ちでいっぱいだ。

 北に来てから、シェルバンの看板がデメリットにしかなっていない気がする。


 地獄の雪山登山を死にそうになりながら越えたと思えば――今度は二ツ星騎士と決闘だと!?


 俺は何かに呪われているのか……!?

 ……あ、闇の精霊に呪われているんだった。


「こんな感想で済ませて良い話じゃあないんだろうけど……貴族って、大変だねぇ……」

「わかっていただけて、何よりです……」


 最低でも、勝負としての体裁が成り立つ程度の戦いをしなければ、俺に未来はない。


 二ツ星をもらうような銀騎士と、満身創痍の黒騎士で、まともな勝負を?


 ……俺の受難は、いつになったら終わるのだろうか。


「……だが、嘆いてばかりでも仕方ない……」


 万の言葉で現実を否定しても、幾万年と世界を呪っても、不都合はひとつも解決しない。


 決闘の事を考えると頭が痛いと言うか考えなくても全身痛いが……――俺には、やらねばならない事がある。

 とにかく、今はやるべき事の中からやれる事を先に片付けて行こう。


「ハサビ先生、お願いがあります」

「ん? なに?」


 ――――と言う訳で、ハサビ先生に頼み、『移動手段』を用意してもらった。


 車椅子と言うものは初めて使ったが、うん、これは便利だな。

 少しリクライニングしてもらえば、体にかかる負荷がベッドに転がっているのと余り変わらない。

 足が筋肉も骨もグッシャグシャになってしまっているらしい俺に取ってはしばらく相棒となりそうだ。


「いや、オレとしてはひたすら寝ていて欲しいんだけどねぇ……」

「申し訳ありませんが、ほんの少しだけ、許してください」


 ハサビ先生の補助を借りながら、車椅子で向かう先は、隣室。

 シオが療養中の部屋だ。


 ドアを開けてもらうと、早速、ベッドの上でぼーっとしている可愛い青年が見えた。


「やぁ、シオ」

「ッほぁああ!? す、すすすすみません! やる事がなさ過ぎてボーッととととと…………し、シェルバン卿!?」


 相変わらず、おどおどびくびくほあほあと、可愛い反応で安心する。

 未だに分厚く緑包帯を巻かれているせいで服を着れない俺と違って、薄く巻いた緑包帯の上から入院衣を着ているな。

 症状は重篤ではあったものの、外的損傷は少なかったとは聞いている。


「ぁああぁ、あの……シェルバン卿……その、ご、ご迷惑を、おかけし……にゃう…ッゥ…!?」

「あ、おい。無理はしなくていい」


 土下座でもしようとしたのか、飛び起きようとしたシオだったが、ビクゥンと一際大きく跳ねて身もだえし始めた。

 外的損傷が少ない、と言うのは、凍った体を砕きながら歩いた俺やシュガーミリーと比較しての話だろうに……シオだって全身凍傷、吹雪をもろに受けたダメージが残っているはずだ。


「ぅ、うきゅぅ……ぼ、僕は、どこまで……情けない……!」

「庶民出の兵士にしては充分な根性だと思うが?」


 普通の庶民なら、そんな状態で土下座なんぞ試みもしないだろう。俺でもできればやりたくない。


「……シェルバン卿……ほ、本当に……ご迷惑を、おかけ、しました……僕が、足を引っ張って……」

「いや、その考え方は違う」

「……え……?」

「ただの雪山登りだったなら、君の付き添いは枷になどならなかった」


 シオが足を引っ張ったと言える事など、せいぜい休憩の必要性が発生した所くらいだろうが……どうせシュガーミリーのために休憩が必要になっただろうからな。

 特別して、シオを責める話ではない。

 つまり、シオに非などない。


「問題は、ヒントを与えられておきながら手遅れになるまであの罠に気付けなかった俺にある……こちらこそ、すまない」


 俺たちが死に瀕する羽目になったのは、俺の判断ミスが原因だ。

 思慮が足りていなかった。

 クーミンが言ったガローレン卿からのヒントをもっと深く吟味していれば、あの罠を見抜けた可能性は充分にあったのだ。

 だのに俺は、あのヒントについて深く思考を割かなかった。

 余計な事は考えずに登頂に集中する、と言う判断をしてしまった。


 ……そして、ああなった。


 その後に救助が来なかったのは北方側の怠慢であるとしても、俺が判断を間違ったと言う事実は揺るがない。


 だから、謝らねばならない。

 俺は貴族でありながら、庶民の導き方を誤ったのだ。

 車椅子を引っ張り出してでも、可能な限り早急に、謝罪をせねばならない事だろう。

 場合が場合なら記者団に囲まれながら涙の会見も有り得る事案だ。


「そ、そそそそそそんな……! あ、頭を上げてください! シェルバン卿……!」

「……そう言ってくれると、助かる」


 うん……思っていたより、首を曲げるの痛い。げふぅ……死ぬかと思った。


「用件は済んだかい? シェルバン卿」

「はい、ハサビ先生。ありがとうございます」

「じゃあ、さっさと次のお嬢ちゃんも済ませて、部屋に戻ろうか。決闘に向けて、休める時間は少しでも多い方が良いからね」

「…………け、決闘?」

「ん? ああ」


 そうか、シオは知らないか。


「ガローレン卿と決闘をする事になった」

「……し、シェルバン卿……その……一体、何がどうして……?」


 至極妥当な質問が返ってきた。

 ただな……それに関する答えは、


「俺にも……よくわからない……よくわからないんだ……!」


 ほんと、なんでだろうね?


 しかし申し込まれた以上、無視はできない。

 向こうにも良心があれば多少、日取りは融通してくれるだろう。

 ……と言っても、あまり先延ばしにはできないが。


 決闘に関する条文では確か、明確な定めではないものの「準備期間を考慮し、決闘の履行は申請・受諾から一〇日以内」を推奨する文言があるはずだ。

 あくまでも道徳規範的推奨の域を出ないが……最高貴族の面目として、この推奨もまた無視できない。


 可能最大限――つまりは一〇日の猶予をもらい、それまでに俺は傷を癒さなければならない、ときた。


 一応、車椅子を使って歯を食いしばれば隣室を見舞いに来れる程度には回復している。

 このペースでどうにかなるかどうか……微妙な所だが、やるしかないだろう。


「……そう言えば、あの女、君やシュガーミリーの所にも面会に来たんだろう? 変な事はされなかったか?」

「変な事……さ、されてはいませんが、その……言われは、しました」

「……なんと?」

「その……『妹……? いや弟……? ――弟妹オモウト、これだ!』とか……」

「ああ、認定に迷ったんだろうな……いや、と言うか、何故君まで部下としてみているんだ、あの女は」


 シオは俺の護衛についてきただけで、所属は王都の兵団だぞ。


「ぁ……その、件なんですが……どうにも、ぼ、僕も、北方配属になる、みたいです……」

「…………なに?」

「く、クーミンさんから聞かされて……その……入隊試験を付き添いでクリアした兵士がいると、王都に報告したら……『じゃあそっちで働かせよう』みたいな……話になったみたいで……」


 ……確かに、騎士団と言っても、構成員は騎士のみではない。

 主任務にあたるのは騎士だが、そのサポートとして霊術師や各科兵士、医療業務従事者や技術者なども適宜配置される。


 で、北方の試験をクリアできる根性のある兵士なら、そのまま北方で働かせてしまえ……と?


 ……シェルバン家の名前を利用できればこの人事を白紙に戻す事もできるんだが……御存知の通り、現状、俺がシェルバン家なのはまさしく名前だけだ。

 想定も意図もしていなかったとは言え……王都で華々しい兵士生活が待っていたはずの青年を、華も展望もない北方こんなところに引きずり込んでしまった……!?


「すまない、シオ……とんでもない事に巻き込んでしまった……!」

「ほぁッ……!? ま、またしても……!? ぁ、ぁぁぁ頭を、上げてくだしゃい! だ、大丈夫です! 大丈夫ですから! ぼ、僕としても、都合が良いので……!」

「……都合が良い……? それは一体、どう言う……」


 すまない、言葉の意図が全然まったく一切すべて微塵たりとも理解できない。


「ぁ、ぃえ、こ、個人的な都合で……その、まだ、確認したい事も……あるので……」


 ? 何故、チラチラと俺を見る?


 ふむ……気にはなるが……しかし、一度踏み込んだ質問を受けてなお曖昧な回答に終始していると言う事は、あまり他人には言いたくない事なのか?

 ……であるならば、仕方ない。

 貴族ともあろうものが、大義や必要性もなく興味だけで誰ぞの隠し事を不躾にあばくなど、論外だ。


「そうか。君がそう言うならば……だが、くれぐれも無理だけはしないようにな」


 ここは「シオには何か特殊な事情があるらしい」と納得して、引くとしよう。



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