09,一人っ子の女傑はお姉ちゃんムーブに憧れる
極一部の騎士の腕章には、星のバッジが付いている。
軍人が胸に付ける勲章のようなものだ。
その星は、国に貢献する偉業を成し遂げた時、中枢の王族貴族が協議して付与する圧倒的誉れ。
騎士の階級は五等騎士を一番下として一等騎士が一番上だが、一ツ星の五等騎士は無星の一等騎士より尊ばれる。
腕章の星には、それだけ大きな意味があるのだ。
現在、最高の星保持者は、五ツ星で騎士団総団長である。
――その女性の銀色腕章には、煌めく星のバッジが二つ付いていた。
雑に束ねられた銀雪色の髪と白い肌が黒い瞳を際立たせる。
鋭い顔つきはしかして端麗さを損なってはおらず、まさしく女傑と言いいたくなる様相。
騎士の制服は厚手だのに、その上からでもわかる女性的ボディライン……でありながら、長身故の威圧感で俗っぽさを打ち消している。
――パイシス・ガローレン。
王立騎士団北方駐屯部隊隊長。中枢の中流貴族出身の銀騎士。
上流貴族出身の部下をシバいて北方に左遷されたと言う……まさか、二ツ星騎士だったとは……。
一見、二つの星に見合う風格の騎士ではある。
……そう、一見。
その厳めしい第一印象は、ガローレン卿の開口一番に吹き飛んだ。
「やぁやぁ! 想定されていたよりかなり早く目が覚めたんだな、ミッソ・シェルバン! いやー! しかしアタシ的には期待通りだとも! うんうん! やっぱりアタシの直感はよぉ~く当たるったら当たるぅ!」
ンハハハハ! と豪快かつ少々下品さすら感じる笑い声が、病室内にやかましいくらい響き渡る。
鋭く端麗だった顔はそれはもう見事に破顔。……町に出た時に見かけた事があるパン売りのお姉さんに似た雰囲気を感じる。
……ガローレン卿の後方で待機しているハサビ先生と眼鏡女は「この人はもうほんと、新人の前なんだから少しくらいは隊長の威厳とかそういうのをさ……」と言いたげな様子で呆れ顔だ。
「ようこそ、北方へ! 手荒い歓迎になってしまって悪かった! でもまぁ、承服してくれ! ここでの暮らしは更に荒々しいものになるだろうから!」
……印象の急変には面を食らったが、まぁいい。
俺はこの人に――いや、この女に、言うべき事がある。
興奮するな、興奮させるな、とハサビ先生に注意は受けたが――ああ、うん、無理だな。ぐつぐつと湧き上がってきた。
「承服、しかねます」
「……ん?」
上体を、起こす。
「あ、ちょい……!?」
ハサビ先生が「何やってんの!?」と言いたげだが、構うものか。
転がったままではいけない気がした。
これから俺がする事は、もっと毅然とした雰囲気を出せる状態でやるべき事だと思った。
プルプルと情けなく震えながら上体を支える腕を体の陰に隠して、ガローレン卿を睨み付けてやる。
全身が痛むが、それがなんだ。
腹の底から湧き上がる熱が、痛みを焼き尽くしてくれる。
――ノブリス・オブリージュ。
俺はこれから、やらなければならない事をする。
だから、満身創痍だろうが全力を絞り出せ。これは義務だ。
「……あまりふざけるなよ……パイシス・ガローレン……!」
「……ほう」
ガローレン卿の顔が、元通りの厳めしさを取り戻した。
何かが俺の体にザクリと刺さった……そんな感触を錯覚するほどに、鋭い視線。
オンとオフの差が激しく、切り替えがスピーディなタイプか。
隣人を抱きしめる腕でシームレスに、敵の排除を行える。
なるほど、女傑と呼ばれるだけはある。
……だから何だ。
俺はこれから、間違った事を言うつもりはない。
俺はこれから、正しい事をする。
その程度の威圧で止められると思うな。
「貴様は、人の命を何だと思っている……!?」
「頓狂な質問だな? だが良い、答えようとも。人の命、それは尊いものだ」
ああ、大正解だ。
「では何故、俺たちを助けなかった? 確かに一度、俺たちは棄権を申請したはずだ。だのに何故助けが来なかった!?」
「……何? ……ふむ……それについては…………」
……? 何の間だ?
「……甘ったれるなよ、ミッソ・シェルバン。死の可能性がある試験だとは理解していたはずだ。その結果、死ぬとしても、自業自得でしかない」
……間を溜めて、何を言い出すかと思えば……!
「寝言を吐くなよ……パイシス・ガローレン。貴様の肩書きを思い出せ」
王立騎士団北方駐屯部隊隊長、それが貴様だ。
「……貴様は、騎士だろうが。俺たちの自業自得? ああ、そうだな。俺たちが死にかけたのは身のほど知らずなバカげた所業故だ」
……で?
「バカは見殺しにするのが騎士の仕事か? 違う、絶対に違う! どこのどんな大バカだろうが国民を、その命を守る! それが騎士の務めだろうが!」
ガローレン――中流風情とは言え貴族出身の分際が、どこまで恥を晒すのかッ!
「身のほどを弁えろ、騎士ガローレン! そして恥じろ! 騎士の分際にあるまじき、己の怠慢を!」
「……アタシが、怠慢だと?」
「でなければ、何だと?」
言い返せるものなら言い返してみろ。
こちらも、ことごとく言い返してやる。
貴様に理などない。「騎士でありながら人を見殺しにしようとした」。その事実ひとつが、貴様が掲げうる正当性のすべてを吹き飛ばす。
貴様は、騎士としてやるべき事をやらなかったのだ。
思い知れ、反省しろ、その怠慢を。
「……ああ、そうだな。ミッソ・シェルバン。お前の言い分には、確かに一理ある。アタシには、改めるべき部分が認められる」
……! 意外、だな。ここまで素直に非を認めるとは。
「過去の失態は決して清算できない。それでも当然、誓うとも。今後はそのような事態が起こらないように尽力すると。それから――」
腐っても中流貴族か。物分りは良いらし――
「――お前には、アタシの弟になってもらう」
――はい?
ん? あれかな? 鼓膜が凍りついたままなのかな? 壊死したのかな? 妙な聞き違いをしてしまった気がするぞ?
……何だろう、ハサビ先生が「だから前もって注意したのに……」と頭を抱えているように見える。
「うん、お姉ちゃんが間違っていた! そう、お姉ちゃんだって間違ってしまうのだ! つまりお姉ちゃんには……お前のように『間違ったお姉ちゃんを導いてくれる良い弟』が必要! たくさん必要! たくさん、たくさんだァ!」
「隊長、落ち着いてください」
見かねたクーミンが止めに入る、が、
「お姉ちゃんと呼べ妹ォ!」
「補佐官です。誰が妹ですか」
「お前以外に誰がいる!? ああ、たくさんいるっけか」
「……………………」
あ、クーミンの目が死んだ。「この人のこの状態を相手するの死ぬほど面倒くせぇ」と言う意思が伝わってくる目だ。
……パイシス・ガローレン……まさか、この女……やばい奴か?
「と言う訳だミッソ・シェルバン、いや我が弟よ! お前もアタシの事はお姉ちゃんと呼べ!」
「……い、嫌だ……」
「何故だ!?」
ああ、やばい奴なんだな。
「お姉ちゃんの何が不満なのさ!? 悪い所は言ってくれれば改めると言っているじゃあないか!」
「そちらの事はよく知らないので断言はできませんが……おそらく最大の欠点は情緒不安定過ぎる所かと……」
あまりの豹変ぶりに、思わず敬語に戻ってしまう程度には引く。
「よしわかった! 情緒が安定すれば良いんだな!? 常にこのテンションでいるようにお姉ちゃん頑張る!」
「それはやめてください」
何だその誰も幸せにできない努力は。努力にそんな悲しい種別があっていいのか。
「じゃあどうすればお姉ちゃんと呼んでくれるんだァーッ!?」
ん? え? なに?
この人をお姉ちゃんと呼ぶ事に抵抗を感じている俺が間違っているのか? これ。
もう何が正しくて何がおかしいのかがわからなくなってくるレベルの勢いだこの人。
「……仕方ない……仕方ないな、これは……ンフフ、ンハハハハ! 物分りの悪い弟を踏みつけて教育するのも、お姉ちゃんの務め! ああ、良いとも。弟を、良い男を踏みつけるのは興奮するし、一石二鳥ッ!」
どうしよう、恐い。
何かすごく恐い事を言いながら舌なめずりしてる人がいる。すごく恐い。
「ちょっとタンマですよ、ボス。何をする気か知りませんが、相手は傷病人、しかもオレの患者だ。医者として止……」
「お前のお姉ちゃんもアタシだ!」
「あんたオレより歳下でしょうがッ! えぇい! だからこの女を興奮させるなって言ったのに!」
「も、申し訳ありません……」
お、俺は何も間違った事を言っていないはずだのに……ま、まさかこんな意味不明な事になるなんて……!?
「良いか、よく聞け、我が弟ミッソ・シェルバン!」
弟ではないので聞きたくないのだが。
「我、パイシス・ガローレンは騎士の誇りを掲げここに宣誓しよう。ミッソ・シェルバン……貴公に【決闘】を申し込む!」
「…………は?」
はぁぁぁぁぁぁああああああッ!?




