エピローグ・やはりあの出会いは世界を変える出会いになったね
まだ十四歳の時、レオーナは初めて教団の赤いローブに袖を通した。
幼い頃から嫌いと公言していた父の教団の教徒として生きることに、ベルディヤヒは少なからず不安を抱き、「大丈夫なの?」と問いかけてみる。
するとレオーナは表情を緩め、小さく首を横に振った。
「ラグ・マリアに祈りを捧げ、徳を積み上げることができたのなら……その時は父様も必ず私を見てくれるはず」
父に見て欲しい。その一心でレオーナは教徒として一日一日を無駄にすることなく過ごす。
やがてそれは実を成し、司祭となり司教になることも遠くないとまで言われた。そんな時、ベルディヤヒは殺されてしまい、父と娘の確執は更に広がることとなる。
そしてまだ僅かに残されていたはずの愛が憎しみへ変貌を遂げた娘と行き違うように、父は娘を愛したいと思い始めた。
父に認められたいと強く願っていた頃の夢が覚めて尚、暗闇が広がる。目隠しをされているレオーナには馬車がどんな道を通っているのかは分からない。
しかし、先ほどからガタガタと激しい揺れが体に伝ってくるので、険しい道を進んでいるのだろうと考える。
激しい揺れも終わり、平坦な道に差し掛かったんだろうとした折、急に馬車が動きを止めた。
確かに長い事馬車の中で揺られた。一度か二度、眠りもしたので二日程度は経ったのだろうか。
きっと帝都に着いたのだ。そう思い、レオーナが腹をくくった瞬間、目の前で何かが空を裂くブンッという音が聞こえ、レオーナの手を拘束していた手錠を破壊する。
何が起こったのかと動揺していた矢先、レオーナの視界を塞いでいた布が強引に引きはがされた。
長い間視界を奪われた暗闇にいたのだ、開かれた荷台の入り口から差し込むまばゆい光に目を焼かれながら、薄目で目の前に立つ人影を足元から顔まで見上げる。そこにいたのは、鎧を纏った帝国軍の男性兵士。
「外へ」
手錠も外れ、視界も開けたレオーナを案内する兵士。レオーナも黙って頷いて、馬車の外へ出た。
ようやく日差しに慣れ始めた彼女の視界に広がったのは――――見知らぬ村。
木造の家が並び、ポツポツと見える人影が行き交う。これをエヴァネスヘイム帝国の中心地である帝都と呼ぶには、あまりにも殺風景すぎる。
「ここは……」
とても帝国領内とは思えない田舎の村を前に、レオーナは思わず問い掛けた。
「イディアンのラドマって街」
「イディアン!? 何故、外国に」
兵士の言うイディアンと言えばエヴァネスヘイム帝国に隣接する国で、歴史を辿れば宗教的概念の生まれた地ともされる神住まう国。
ラグナ教団の司教でもあったレオーナがこの国のことを知らないはずもなく、彼女はただただ驚いていた。
「私さ、一度死んでんのよ……」
「わた……し……?」
男性兵士の口から出た女々しい口調に疑問を覚えるレオーナ。
「こことは違う世界で死んで、何の偶然か神様とやらに目をつけられてこの世界で生まれ変わった。
こっちでは家族と呼べるような人はいないけど、勿論あっちでは家族がいたわよ。両親も健在だったし、お兄ちゃんだっていた。
私はそんな家族を置いて、先に死んでしまった……皆がその時、どんな気持ちだったのか死んだ私には分からない。でもそれって、すっごい親不孝なことでしょ?」
目の前で語り始めた兵士の言葉に耳を傾けるうち、自然と彼の正体がレオーナには分かるようになっていた。
彼は――。彼女は――。
「生前も大していい娘じゃなかったと思う、すっごい反抗してたし……傷つけるような言葉を何度も言った……。
それでも、あんたんとこの父親を見て、きっと人の親っていうのはこうやって子を愛すんだろうなって思った」
語る兵士を呆然と眺めていたレオーナだったが、その太い腕に背中を押されて街の中に押し込まれていく。
「あんたが何を思おうと、あんたの家族は今も生きてる。あんたの親は母親だけじゃない。
今までは確かに父親失格だったのかもしんないけど、今はあんたのことを何よりも想ってくれる立派な父親になろうとしてんの。こんなに想ってくれる親がいる娘を、私は見殺しにできなかった」
レオーナの背を押した後、馬車の中へ帰っていく兵士。
しかし白昼の空に響き渡ったレオーナの高笑いで、彼は足を止める。
「はははっ! そんなことの、そんなことの為に……私を盗んだというのか、ハンター」
「盗むのは私の十八番ですから」
「私は国家転覆を企んだ極悪人、これから断頭台に立つ女を逃がして世に解き放つのがどれほどの罪か貴様なら分かっているはずだ」
男性兵士。いや、それに扮したアキラはレオーナの言葉を耳に入れて小さく笑う。
「言っとくけど、私もあんたに負けないくらいの罪を犯した極悪人だから、あんたなんか私に比べりゃ虫けらも同然よ」
「くく……言ってくれる」
「悪人なら悪人らしく、悪人のやり方で流儀を貫いたまで……それでもあんたの首のそれは罪の証として持っときな」
自身の首に着けられたスキル封印の錠にそっと手を当て、レオーナは小さく頷いた。
「ハンター」
「何よ」
背中を向かい合わせて語り合う二人の口振りが重たくなる。
「礼だけは、言っておいてやる」
「ったく、素直じゃないの」
その言葉を最後に、アキラとレオーナを乗せてきた馬車はラドマの村から姿を消してしまった。
たった一人、村に残されたレオーナが重い足取りで土を踏み向かった先で、見覚えのある顔が彼女を迎えた。
「あの泥棒には……幾ら礼を尽くそうとも足りそうにないの」
道端で彼女を迎えたコヨーテを前に、レオーナは口を噤む。
「教団は残った者に任せておいた、ここを少し行った所に古くからの知人がおっての……そこで世話になろうと思うが、其方はどうする?」
「娘の尻を拭って国外逃亡か……本当にみすぼらしい奴だ」
呆れた様に吐き捨てるレオーナだったが、その足はコヨーテの方へ進んでいる。
「レオーナ、父と思えとは言わん……しかし、これまで苦労を掛けた分はせめて其方の為に尽くさせとくれ」
依然変わらないレオーナからの冷たい態度に浮かない顔を見せたコヨーテの隣を、レオーナが横切っていく。刹那、レオーナの口が小さく開かれた。
「さっさと世話になるという家に案内しろクソ親父……私からも礼を言う必要がある」
「――――レオーナ」
何気ない一言なのかもしれない。
でもそれがコヨーテにとっては嬉しかった。
たとえクソが頭についたとしても、『親父』と呼んでくれたことが堪らなく嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて――思わず涙した。
「ところで聖杯はどうした? まともに使えないとはいえ、あれは破壊すべきだ」
「うむ、聖杯ならば問題ない……信頼できる者に譲っておる」
「信頼? まさかハンターにか!?」
「そんなところじゃ」
呆れて物も言えないレオーナと、彼女の数歩後ろを歩いていく笑顔のコヨーテ。
◇
彼ら二人の心配するネフティスの聖杯は、エヴァネスヘイム帝国領の辺境に建てられた巨大な屋敷の中で小さな手に握られていた。
木箱に登り、数々の宝石が並ぶ棚の上に乗せられた聖杯は金色に輝きを放ち、周囲の宝石と遜色ないほどの美しさを誇っている。
「素晴らしい、その恐るべき能力はさることながら、芸術品としても実に素晴らしいものだね」
精一杯背伸びして棚の上に聖杯を飾り付けたラーマは、木箱から飛び降りて改めてその美しさに感激した。
「それはそうと、世界の運命を捻じ曲げてしまうとはね……私の目に狂いはなかったようで満足だ」
満足気に腕を組み、頷いていたラーマはアキラと初めて出会った日のことを思い出す。
あの日、ラーマは予感していたのだ。「この出会いは世界を変える出会いになる」とーーーー。
「やはりあの出会いは世界を変える出会いとなったね、名も無かったケットシーの少女よ」
何も終わってなどいない。
アキラの借金は未だ残っているし、相応の案件が見つかればまたアキラに仕事を振るつもりだ。
怪盗ハンターの大活躍も、ラーマの楽しみにしている世界の未来も、レオーナとコヨーテのこれからもーー。
ここから始まる。




