悲劇の花嫁は涙する Part.5(END)
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涙も枯れ果てたのか、すっかり生気を失ってしまった様子のレオーナは木に鉄の留め金というシンプルな手錠をつけられ、麻で目隠しされながら帝国兵に連れられて行く。
彼女の首の取り付けられたスキル封印の錠と、視界を奪う麻はどちらも魔眼を警戒してのことだが無論スキル封印の錠だけで彼女の魅了する魔眼は使えなくなる。
こうして何重にも対応しているのは、それだけ帝国兵達が彼女を危険視していることの表れだろう。
当然といえば当然のことだが、帝国軍の馬車に乗り込むレオーナを礼拝堂の入り口から眺めるコヨーテの心は穏やかではなかった。
婚約の解消とレオーナの連行。そして片棒を担いだコヨーテの総司教解雇。
ラグナ教団という組織の事実上の破綻により、崩落したフォルトゥナにて行われていた大規模な戦闘も落ち着きを見せ、カルネル将軍率いる部隊は一足先にエイジャースを連れてフォルトゥナを出た。
各地から集まったラグナ教団の司祭や司教達。レオーナ連行の任務を与えられたオズワルド率いる帝国兵の残存部隊。それぞれの拠点へ帰ろうと準備を進めるギルドの面々。
さっきまでの喧騒が嘘のようだと、聖堂の二階のテラスからレオーナの乗せられた馬車を眺めるアキラは思う。
木の仮面も、黒いマントも、彼女自身の体だって、今までにないほど傷ついているのは彼女が奮闘した何よりの証。彼女が未来を変えた証なのだ。
「親子……か」
ベルディヤヒとレオーナ、そしてコヨーテ。彼ら家族の愛憎劇を間近で見て思う所があったのだろうか、アキラは感慨深そうに仮面の下で呟く。
しばらくしてレオーナを乗せた馬車が審判の壁を越えようと動き出した。同時に、アキラが縁に尻を乗せた聖堂のテラスへ一つの影が足を踏み入れた。
「此度は、なんと礼を言えばいいか……」
声の主はレオーナを見送り終えたコヨーテ。
「別にいいわよ、礼なんて柄じゃないし」
「では、私はこの教団を去る身……ラグ・マリアへの信仰心を捨てたわけではないが、其方の信ずる神に祈らせてはくれまいか」
レオーナを乗せた馬車が審判の壁を越えていくまで見送っていたアキラの顔が綻び、小さく噴き出す。
「神様かぁ、私の知ってる神様ってのはロクな奴じゃないし……崇めるとかマジ無理」
少なくともアキラは一人、神様を知っていた。会話もしていた。
だが、彼女がこの世界に来る以前に出会った神は本当にロクでもない奴で、それを崇めることは一生しないだろう。
「他人のこと気にしてる場合?
あんたはオズワルド君が養護してくれたおかげで厳重注意止まりだろうけど、あいつの方は国家反逆に皇子殺害未遂……極刑は確定でしょーね」
するとコヨーテは重たく頷いた後、ほんの少しだけ微笑んだ。
「だからこそ、私は我々親子の未来をくれた其方に感謝したい……ダメかの」
「未来が見える人に隠し事はできないってわけ、まあそういうことだから私はこの辺で消えることにするわ」
「本当に……ありがとう……」
テラスの縁から尻を離し、二本の足で立ったアキラは目の前で頭を下げるコヨーテを見て顔が綻ぶ。
「もう教団に居場所はないんでしょ? アテはあんの?」
「国外の知人の下で世話になろうかとな、宝物庫の資産も運べるだけは既に運び出しとる」
「そ、だったらあんたらはここから……また一から始めないとね」
「ああ」
その会話を最後に、アキラがテラスを去ろうとしたその時、また別の足音が彼女達の耳に転がり込んだ。
テラスの入り口を見ると、そこには真剣な眼差しでアキラを見つめるオズワルドの姿。
「やっばぁ、見つかった」
オズワルドを見るなり慌てて逃げようとするアキラだったが、彼は腰に差した剣を抜こうともせず立ち止まって口を開いた。
「今回の件、全てはカルネル将軍の成果とされる……よってカルネル将軍と実働部隊を率いていた僕は後日帝都で褒章を授かることとなった」
戦意の欠片もなく、ただ語り掛けてくるオズワルドの姿にアキラは戸惑いながらも足を止める。
「勿論、君の名が出てくることはないだろう。
指名手配中の泥棒が帝国軍の目と鼻の先で国を救ったなどという話は、我々の威厳に関わる」
心なしか、オズワルドの面持ちは悔しそうにも見えた。
「たった一人で未来を変え、国を救ったにも関わらず栄誉も褒章も与えらない君は文字通り影の英雄だ、ハンター」
「何それ、ちょっとかっこいいじゃん」
アキラが仮面の下で嬉しそうに笑うと、つられてオズワルドの表情も穏やかなものとなる。
「そうか、そうだな……君らしいといえば君らしいのかもしれない。
今僕の目の前にいるのは卑劣な犯罪者ではなく、救国の英雄だ。それを捕え、裁くなど僕にはできない……気が変わらない内に去るといい」
「あらら? ホントにいいの? 今の私なら亡者の進撃も使えないし、体もそこそこガタが来てる……すっごいチャンスだと思うのになぁ」
しかしアキラの露骨な挑発を前にしても、オズワルドは平静を保っていた。
「ネフティスの聖杯は二度と悪用されることのないよう、君に授けたいと僕の方に申し出があった。故に聖杯は窃盗でなく譲渡、君を捕える理由など何一つない。
――――だが次はないと思え、ハンター」
「ほほう、言うねぇ」
仮面の下から覗かせるアキラの視線とオズワルドの視線がぶつかり、二人の間で静かに火花を散らす。
「次に会う時は必ず君を処刑台へ送り、これまでの罪の数々を悔い改めさせる」
「やってみなよ、楽しみにしてるからさ」
そう言ってアキラは二階のテラスから飛び降り、オズワルドとコヨーテの前から姿を消してしまった。
目の前にいるアキラを捕まえてやりたい、そんな感情を必死で抑え込んでいたオズワルドがようやく一息つく。
「よかったのですかな? ハンターのこと」
「今だけは構いません、いかなる犯罪者であろうが人と人である以上は礼儀がありますので……。しかしながら、奴のような犯罪者を野放しにするつもりもありませんがね」
怪盗ハンター。世間を騒がす大泥棒という極悪人を前にしていたというのに、コヨーテの顔もオズワルドの顔も朗らかなものだ。
しばらく何も言わず感傷に浸った後、オズワルドがコヨーテにゆっくりと頭を下げる。
「以後も苦労されるとは思いますが、これからもどうか御自愛ください……それでは失礼致します」
そう言ってオズワルドがテラスを立ち去ろうとした時だった。
幾つもの慌ただしい足音が聖堂内から響き、その主である複数の帝国兵達がテラスにいるオズワルドを見つけて足を止める。
「お、オズワルド隊長っ!」
「なんだ」
血相を変えた男性兵士達を見て、只事じゃないと思ったオズワルドは問いかけた。
すると男性兵士は息を切らしながら、懸命に言葉を綴る。
「あっ、あの……聖堂内の兵士達が……倒れて……」
「兵士達が!? 何があった!」
「それが……皆口を添えて、ハンターがと……」
オズワルドの背筋を悪寒が走ると同時に、またもやテラスへ慌ただしい足音が迫った。
今度は赤いローブを纏ったラグナ教団の教徒達が息を切らしながら、コヨーテを見つけて足を止める。
「総司教様っ! 宝物庫が、宝物庫に残した金品がっ!」
「盗まれたようじゃな」
すっかり動揺した教徒達は一瞬ハッとさせられるが、コヨーテは未来を見通す魔眼の持ち主なのだ。
これから彼らが何を伝えようとしているのか、何が起きているのか、それらを悟っているなど至極当然。
「まさかっ! ハンターの奴が!?」
どうやらオズワルドの悪寒は的を得ていたようで、コヨーテが楽しそうに笑い声を上げ、「まんまとやられてしまいましたな」なんて楽天的な言葉を吐いた。
一方のオズワルドはというと、先程までの朗らかな表情から鬼のような形相へ一変。
◇
聖堂内の兵士達から巻き上げた『power』と『speed』のカードで自分の身体能力を上昇させたアキラ。
自分も容易く入れてしまうだろうという巨大な麻袋がパンパンになるまで宝物庫の金品を詰め込んだ彼女は、満足げにそれを担いだ。
「にゃはは、褒賞も栄誉もいらないけど報酬はしっかり貰ってくよ」
はち切れんばかりに金品を詰め込んだ麻袋を軽々と持ち上げ、聖堂を立ち去る。
刹那、アキラの行く手を塞がんと無数の鋭利な氷柱が襲いかかった。
すぐさま飛び退いた彼女は、この攻撃が誰によるものなのかすぐに悟る。
「今日という今日は、君を必ず処刑台に送ってやるぞ! ハンター!」
攻撃の主はアキラの行動に勘付き、急遽足を急がせたオズワルド。
「ちょっと待ったぁ! さっきは見逃すみたいなこと言ってたクセに!」
彼の突然の乱入に大慌てで逃げ出すアキラだが、オズワルドも剣を振り上げて追いかけた。
「黙れっ! 君はやはり卑劣な犯罪者だ!」
「この大嘘つきぃ!」
心からの叫びも、怒り心頭のオズワルドにとっては腹を掻き毟るようなちょうはつに過ぎない。
怒りを煽られたオズワルドは、走りながら再び鋭利な氷柱を飛ばした。
「ひぃぃぃぃっ!? 死ぬっ! マジ死ぬから!」
喚きながら兵士から盗んだ速さで、正面の門から市街地へ逃げ出すアキラ。
しかしオズワルドも負けていない。速さで劣る分は遠距離からの魔法攻撃と徐々に集まってきた部下の兵士達で補いながら、アキラを血眼になって追いかけた。
「ベルディヤヒ、其方の願いも我々が先代から授かった財産も、全てあの元気な泥棒に盗まれてしもうたよ……。
じゃがまあ、これで良かったのかもしれんな……私達も教団も、また一からやり直しだ」
聖堂のテラスからアキラとオズワルドの元気な声を聞き、コヨーテはベルディヤヒの死後始めて心から笑ったという。




