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失われた未来を頂きにあがります。 Part.5

 帝国軍の判断が間違ったものだったとは一概に言えない。

 それと同じように、正しかったものとも言えない。

 しかし目の前にいるレオーナの気持ちを考えるとオズワルドは胸が痛くなった。


「それは……」


 何故殺されなければならなかったのか。その問いに対する答えを吐こうと試みるが、言葉が喉に詰まってしまう。


「母は寛大な方だった……家族よりも教団を優先したあの男に変わり、私に文字の読み書きを教えてくれた」


 レオーナの聖杯を握る手が小刻みに震える。


「料理を教えてくれた、召喚系(サモン)スキルを教えてくれた、ラグ・マリアの尊さを説いてくれた」


 幼き日から、いつもレオーナの隣にいてくれたのはベルディヤヒ。

 教徒となりラグ・マリアに祈りを捧げ始めた時も、司祭の称号を手にした時も、司教に上り詰めた時も。

 ずっとずっとずっと、ベルディヤヒはレオーナの隣で笑みを浮かべていてくれた。


「貴様らが反逆者と殺したその人は、立派な聖職者であり母だった!」


 母が死んだ日から一体どれほどの夜を泣き明かしたか。

 最早、レオーナの瞳の涙は枯れ果て、にじみ出るのは怒りと憎しみだけ。


「確かに殺すことは無かったのかもしれません、しかしベルディヤヒ氏の存在が皇帝政権にとって危うかったのも事実」


 ここで嘘でも聞こえの良い言葉を並べていれば良かったんだろうが、何処までも真面目なオズワルドの性格が邪魔をする。


「あの寛大な母が、ただ国を憎み滅ぼそうなどと考えるものか! 何も知らぬ貴様らは勝手に母を悪者に仕立て上げ、無慈悲に殺した!

 きっと母にだって何か考えがあったはずだ、信念があったはずだ! なのに、なのに貴様らはぁ!」


 ベルディヤヒ・ミルドバーグが何を思い、何を夢見てネフティスの聖杯を手にしたのかは娘であるレオーナにも分からない。

 無論、オズワルドや彼以外の帝国兵にだって分かるはずもなかった。


「待ってくれ!」


 聖杯を頭上に掲げたレオーナを止めようと足を踏み出した瞬間、塔の最上階にレオーナの喉を引き裂くことすら覚悟した怒号が響く。


「動くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 彼女の怒号にオズワルドは下唇を噛み、渋々頷いて立ち止まる。

 ネフティスが召喚されてしまえば、その時点でゲームセット。故にオズワルドは従うしかなかったのだ。


「頼む、僕に時間をくれ……僕もかつて戦争で育ての親である師匠を失った、だから君の気持ちは分かるんだ。僕からカルネル将軍に頼み込んで上に話を通す、その後は――――」


 刹那、鼓膜を貫くような大きな音と共に扉が開かれた。

 渡り廊下から姿を現したのは、ほんの僅かな風に黒いマントを揺らすアキラ。


「ふぅ、オズワルド君さぁ……あの補強の仕方はちょっと自己中過ぎない?」


 一度つつけば爆発しそうな張りつめた空気を変えたのは、アキラの呆れ混じりの言葉だった。


「何だ? その板は」


 オズワルドが違和感を覚えたのは、アキラが左腕で抱える長い木の板。


「あぁこれ? 修理中の窓を塞いでた板」

「だから、何故そんなものを持って来ているんだと聞いている」

「あんたが作った氷の道をこれで滑ってきたのよ! あんたは氷使いだから氷の上を歩くくらいできるでしょうけど、私は渡れなかったの!」

「そうか……ならば別に来なくてもよかったというのに」


 その何気ない一言がアキラの怒りに火をつけた。


「あー! 今のひっどーい!」

「真実を言ったまでだ」

「大体あんた、こんな可愛いケットシーを置いて一人だけ先に行くとかありえなくない!? お陰でめっちゃ大変だったんだから!」

「君のような卑怯な犯罪者にかける情など持ち合わせてはいない」


 礼拝堂でといい、祈りの塔でといい、二人のやり取りに苛立ちを覚えたレオーナが喧嘩を「黙れっ!」という怒号で引き裂く。

 祈りの塔中に響き渡るレオーナのヒステリックな声に二人は口喧嘩をやめ、アキラが大きな溜息を漏らした。


「どうすんの? それ、使うの?」


 仮面の下で呆けた顔を浮かべるアキラが指差すのは、レオーナが掲げる黄金と黒曜石の聖杯。


「何を今更、私はこの瞬間の為だけに――――」

「三年間を費やした、ベルディヤヒが死んでから、あんたの捧げた三年間は無駄だったのよ」


 この場を収めようとしていたオズワルドとは対照的に、なんとも挑発的な態度でレオーナの下へ歩み寄っていくアキラ。

 無論、彼女の行為がレオーナの逆鱗に触れないわけがなかった。


「無駄なものかっ! この一瞬で私の全てが報われるのだ!」


 聖杯を掲げるレオーナの手は震えている。

 これは怒りの震え。底知れぬ憤怒の証。


「――――あんた、恐いんでしょ」


 否、レオーナのそれは怒りなどではなかった。


「何を今更」

「それを使えば、あんたがネフティスに殺される可能性だって十分ある。

 例えそれが母親の願いだろうと、あんた自身が死んだんじゃ元も子もない」


 アキラの指摘を受け、レオーナの額から一滴の汗が流れ落ちる。


「あの男の見た未来で私は召喚に成功し、この国を滅ぼしていた……恐れなどありはしない」

「それが本当に起こる未来ならね」


 仮面の下のアキラの視線、猛禽に似たレオーナの視線。二つの視線が今にも火花が見えそうなほどぶつかり合った。


「何が言いたい」

「それはあんたが一番よく知ってんじゃないの? 今、コヨーテの見る未来は絶対的に起こりうる未来じゃない」

「何故貴様がそれを……やはりあの男、裏切っていたのか」

「コヨーテはあんたを裏切ってなんかいない、裏切るはずなんてない」


 足を止めたアキラが首を大きく横に振って否定する。


「私の魔眼を知っているのも、奴の魔眼を知っているのも! 聖杯のことだって、これが奴の裏切り以外になんと言えるか! まあいい、あんな奴は最初から使い捨てにすぎんわ」

「使い捨てって、コヨーテはあんたの――」

「父親とでも言いたいのか? 笑わせるな」


 ドスの効いた低い声でレオーナの口から告げられた言葉は、アキラの怒りを少しだけ滾らせた。


「あの男が私と母に何をしてくれた! 奴は家族よりも教団を選んだんだ、家のことを全て押し付けられながら教徒の鑑として生き続けた母の苦しみが貴様らに分かるか!?

 丁度いい機会だ、せめて最後に母の復讐の糧となって死ねばいい」

「コヨーテはあんたを裏切ってなんかないけど、あの人は唯一未来を変えることのできる私に全てを託した、なんでか分かる?」


 分厚い皮手袋を纏ったアキラの拳が強く握られる。

 これほど耐え難い怒りを覚えたのはいつぶりぐらいだろうか。そんなことを考えるアキラの脳裏を過った最も近い記憶は、母との喧嘩だった。

 男のような名前は嫌だと、がむしゃらに嚙みついたあの頃の自分。


「託す? 貴様のような薄汚いコソ泥に託すとは、あの男も堕ちたものだな」


 蔑んだレオーナの言葉が、アキラの怒りを燃え上がらせた。


「あんたのことを本当に想ってるからよ、昔の自分を悔いて悔いて悔いて……コヨーテは今生まれて初めて父親になろうとしてる。

 復讐に憑りつかれるあんたに、手を伸ばし続けてる! 私も親に反抗してたからあんたの気持ちは少しだけ分かる、今すぐ手を取れとは言わない……だけどいつか!」

「もう遅いな」


 ――――刹那、熾天使の指輪が緑色の輝きを放つ。


「やめろ!」


 傍で聞いていたオズワルドが思わず声をあげるも、レオーナの耳には届かなかった。


「今更父親面などと、笑わせる……もう母ベルディヤヒは帰ってこない! 帝国軍には母に手を下した罪を、奴には母を見殺しにした罪を償わせてやる!」


 焦るオズワルド、高笑いをあげるレオーナ。

 それぞれの視線の先で、熾天使の指輪があらゆるスキルの発動条件を解除してしまう。


「さあ来い、ネフティス! 母を殺したこの国の全てを滅ぼしてしまえ!」


 感情を露わにする二人と大きく異なり、アキラは仮面の下で白けた表情を浮かべている。

 冷ややかな視線の先、熾天使の指輪を介して聖杯を動かすレオーナに向けて、ゆっくりと口を開いた。


「あっそ、本当に救えないわね、レオーナ」

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