怪盗ハンターより、愛と共に Part.3
セルバレム城の騒がしい夜は未だ続く。
二階から三階へと上がったハンターが窓を蹴破って屋根伝いに向かったのは、城の最西端にある火薬庫。
城門とは正反対の方向にそびえる火薬庫だったが、お尋ね者である彼女がノコノコと城門から出入りするはずもなく、大方火薬庫から逃げ出すつもりなのだろう。
「あっちは火薬庫があるぞ! 攻撃をやめろ!」
だが彼女にはもう一つの狙いがあった。
いくら煉瓦で作られた強固な城塞といえど、火薬庫に向かって攻撃を放てば引火の恐れがある。
もしもそんなことになってしまえば指輪を盗まれたとか、泥棒を捕まえるとか、そんな規模の話ではなくなり、城は疎か城下街まで吹き飛びかねない。
「撃てるもんなら撃ってみなさいな」
仮面の下で攻撃停止せざるをえなかった兵士達を嘲笑うハンター。
しかし、魔法兵達が構える中庭に降ろしていた視線を進行方向に向けると、そこには屋根の上で道を塞ぐ槍や剣を構えた無数の兵士達。
「止まれ!」
セルバレム城の総力をあげての猛襲に流石のハンターも足を止め、どうやって無数の兵士達を掻い潜ろうか考えた。
――――が、悠長に考える時間を与えるほど城の守り手達は寛容ではない。
むしろ、どんな手を使ってでも逃走を阻止して指輪を奪い返したいのだろう。
「コソ泥め、それは貴様などが手にしてよい物ではない!」
苛立ちを隠そうともしない男の声はハンターの背後、彼女が先ほどまで逃げ回っていた城の生活棟の方から聞こえてきた。
「悪いけどこの指輪は――――」
「撃てぇ!」
刹那、ハンターの声も待たずして領主の怒号が夜空へ響く。
同時に城主の脇を固めていた弓兵達の張り詰めた弦から、勢いよく矢が飛び出した。
「ちょっと! 人の話最後まで聞いてよっ!」
放たれた弓の数、十。いや百。――――三百。
「にゃあああああ!」
慌てて魔法兵が構える中庭とは逆の方面へ飛び降るも、靡いた黒いマントを数本の矢が貫く。
「ったぁ」
他にも矢が体をかすったが、それよりも痛かったのは二階から飛び降りた自分の華奢な足だった。
「飛び降りたぞ! こっちだ!」
「追え! 追え!」
尚も城内に響き渡る声、それを耳にするなりハンターは痛みを堪えて再び走り出す。
向かっているのは先ほどと変わらず火薬庫。
というのも、彼女の隣にそびえた大きな城壁を飛び越えて脱出できるような場所が城壁と隣接していて標高も高い火薬庫しかないのだ。
「固めろ! 火薬庫へは行かせるな!」
彼女の脱出経路を絞った兵士達が飛び降りた彼女の動きを把握することは容易だった。
すぐに駆け付けた兵士達がハンターの行く手を塞ぎ、槍や剣を構える。
「こっちももう退く道がないっての!」
先ほどは後退して別の道を探るという苦渋ながら別の道を選択することもできた。
今こうして飛び降りたのも彼女が用意した道の一つである。
――だが、居場所を完全に把握され、かつ両隣は生活棟の壁と城壁に挟まれている彼女に最早逃げ場はない。
「殺しても構わん! 指輪を何としてでも取り返せ!」
「御意!」
人智を超えた速度で走りこんでくるハンター、その遥か後方からは生活棟の窓から顔を出した領主の声が届く。
「殺れるもんなら、殺ってみなさいよっ!」
黒マントを靡かせ、兵士達とぶつかる少し前で地面を蹴り飛ばし高々と跳躍したハンター。
その跳躍力も並外れたもので、成人男性二人分から三人分の身長を持っている魔物がいたとしても頭上を飛び越せるだろう。
「全員構えろ!」
「舐めんな!」
太ももに納めていたダガーを逆手で握り、兵士達の元へ飛び込む。
しかしダガーの刃は振るわず、兵士が怯む一瞬の隙をついて足を掛けて体勢を崩した。
「ぐっ!」
「よし!」
手の届く距離まで接近し武器を振るわんとする兵士達の顔面を足場に、再度跳躍して危機を回避。
だが予定はいとも容易く破壊されてしまう。
地上で武器を構えていた兵士達との距離が縮まった瞬間、遂に追いついてきた先程の弓兵達が矢を放ち、空中で思うように身動きの取れないハンターの体を貫いたのだ。
「あぁっ!」
赤い血を飛ばし、痛みに悶えていたハンター。
そんな彼女の体を地上から伸びてきた槍の切っ先が捉えた。
口から飛び出すのは血液ばかりで、激痛に悶える叫びは声にすらならない。
「捕らえた……捕らえたぞぉ!」
ダメ押しと言わんばかりに空中で串刺しにされたハンターの体へ一本、また一本と槍が突き刺さる。
その小さな体は力をなくし、ハンターは絶命した。
安寧と歓喜に包まれる兵士達。
だが、笑みを浮かべるのは何も兵士や領主だけではない。
――――死ぬ直前に浮かべたハンターの笑みが力を失った今も尚、木製の仮面の下に残っていた。




