神聖都市大戦争 Part.4
しかし一息つく暇などアキラにはなく、教徒達から抜き取ったスピードを生かして一気に階段を駆け上がった。
祈りの塔もまた、フォルトゥナを守る二つの壁と同じ技巧師が作ったという話を小耳に挟んだことはあるが、内部で巨大なガーゴイルが暴れて尚、自立を保っていられるのは建設に携わった者達のスキルがいかほどかを伺える。
「もうちょい……もうちょい……」
息を切らして走る先にようやく最上階へ繋がる出口を見つけた。
最上階にはラグ・マリアが居座ると信仰され、聖杯と大きなステンドグラスが存在する。罠とはいえ、それらまで壊してしまえば本末転倒だ。
故に、こうした罠により召喚された魔物に一番肝心な部屋までの侵入権を与えられていないことが多い。
最上階まで行けば、ガーゴイルの脅威から逃れられると更に足を速めたその時、目の前の階段が吹き飛んだ。
吹き飛ばしたのはガーゴイルの石頭。
「しまった!」
仮面の下で焦りの色を浮かべるアキラ。その視線の先で、彼女を見つけたガーゴイルが腕を伸ばしてくる。
教徒から抜き取った二枚分のパワーでは、ガーゴイルと殴り合うことなど到底不可能。出口に向かう足場は失われた。
最後の望みである亡者の進撃も、祈りの塔へ侵入する際に使用済みで今は待機時間。
アキラの手元に残ったのは、只々純粋な色をした絶望。
「こんなのは聞いてないっての!」
すぐさまバク転でその場から飛び退くと、さっきまで自分がいた場所が容易く抉り取られているのを見てゾッとする。
――が、ガーゴイルが腕を振り下ろしている今という好機をアキラは見逃さなかった。
階段を蹴り飛ばし、猛烈な速度で駆け上がっていくとガーゴイルの剛腕に飛び乗るアキラ。
上手いことガーゴイルの腕を駆け上がってくる彼女を振り払おうとした瞬間、ガーゴイルの大きく禍々しい顔面をナイフの刃が貫いた。
だがこの程度の痛み、怪物にとっては蚊に刺されたようなもの。特に気にする様子もなく、アキラの乗った腕を大きく振るう。
隣接した壁を削り、階段を叩き壊し、降り注ぐ瓦礫と共にアキラも宙に投げられた。そのはずなのだが、既にアキラの姿はそこにない。
「私の勝ちだね」
剛腕を強く蹴って飛んでいたアキラが続いて足場にしたのは、自らがガーゴイルの顔面に突き刺したナイフの柄。
そもそも、こんな陳腐な刃で怪物をどうこうできるなど思っていなかったらしく、ナイフは自らの足場作りの為に投げられた物だったのだ。
ナイフの柄を踏み台に、くるりと一回転しながらガーゴイルの頭上を飛び越えるアキラ。その足が次に捉えたのは、最上階へ繋がる石造の階段だった。
「バイバイ、無能のデカブツ君」
間髪入れず走り出したアキラが遂に自らを最上階へ叩き込み、ガーゴイルの脅威から見事逃れきる。
激しい鬼ごっこの後、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は彼女の下に殺意を持った氷柱が数本襲い掛かった。
「おっとっとぉぉぉい!」
驚きながらもバク転で華麗にかわす辺りは、ここ一年で様々な修羅場を潜り抜けた経験の賜物だろうか。
「止まれ、もう君に逃げ場などない」
「あんた何回その台詞言って逃げられてると思ってんのさ、いい加減こっちが恥ずかしくなってきたんですけど」
最後の最後で割り込んでくる邪魔者。それをオズワルドだと即座に判断できるのもまた、経験の賜物。
今まで幾度となく交わった敵意の視線が、祈りの塔の最上階でもぶつかり合う。
「レオーナ様は御下がりください」
聖堂から繋がる渡り廊下からやってきたオズワルドとレオーナ。
彼等と向かい合うアキラの後方には、ステンドグラスから差し込む彩り豊かな日光を浴びて輝くネフティスの聖杯。
「あらら、すっかりお姫様気分ですか? レオーナ司教殿」
いつ動き出すか、そのタイミングを計らいながらアキラは余裕を見せる。
「何の話ですか」
オズワルドの指示通り、一歩ずつ交代するレオーナが上品な口調なのは帝国軍がいる手前なのだろう。
「オズワルド君もオズワルド君だよねぇ、私という女がいながらそんなババアにうつつを抜かすなんてさ……それとも何? そいつの眼でも見ちゃった?」
「何故それをっ!?」
想像もしてなかったアキラの言葉に血相を変えて驚くレオーナ。
「レオーナ様?」
一方のオズワルドはアキラの言葉の意図も、レオーナが驚く理由も分からず、疑問符を浮かべていた。
「その様子を見る限り、まだ虜にはなってないようね」
「何の話だ」
「べっつにぃ? そいつの眼を直視しない方がいいわよって、私からの親切な忠告」
「忠告痛み入るよ、だが他人の心配をするよりも君は自分の心配をするべきだ!」
先に動き出したのはオズワルド。
彼が剣を振るうと、地面から次々に人命を狙う鋭利な氷柱が飛び出してくる。
「お生憎様、狙った獲物は逃がさない性分なの!」
彼が動き出すのを読んでいたのか、アキラもすぐさま飛び退き見るからに殺傷能力の高い氷柱をかわした。
一年近く戦ってきたのだ、アキラがオズワルドの手の内を理解しているようにオズワルドもアキラの手の内を大方理解している。
かわされるのを分かっていたように、アキラとの距離を縮めようと駆け出していた。
「うひょー、私この台詞言ってみたかったんだよね、超カッコイイ!」
オズワルドにとっての誤算は、アキラのスピードが標準値のままであると思ってしまったこと。
しかし教徒達のスピードを奪ったアキラの足はオズワルドの追いつける速さではなく、アキラの手は既に聖杯へ伸ばされていた。
「もう誰かから速さを盗んでいたのか」
「そんじゃあ、貰ってくよ」
ラーマの話通り、純金をベースに黒曜石で装飾された美術品の聖杯を手にしたアキラに、オズワルドの剣が襲い掛かる。
軽快な身のこなしで剣をかわし、渡り廊下から飛び出そうと足を向けた瞬間、分厚い氷で出口が塞がれてしまった。
「逃がさん!」
下がれと支持されて渡り廊下へ出ていたレオーナを除き、祈りの塔最上階にはアキラとオズワルドが二人きり。
渡り廊下へ出られない以上、アキラの脱出経路は下しかないのだが、ガーゴイルが暴れたせいで階段は崩壊してまともに降りることは叶わない。
「ったく、今回は随分気合入ってんじゃないのさ」
早急な選択を迫られる中、聖杯を片手に持つアキラは一目散に下へ飛び降りた。
無論、階段は崩壊している為、階段を下っていくことは叶わず投げ出されたアキラの身体は風を引き裂いて地上へ真っ逆様。
「死ぬつもりか!?」
自分が入ればガーゴイルが作動してしまうという懸念からオズワルドは踏みとどまった。
飛び降りたアキラの姿は窓もない塔の深い闇に飲まれてしまうが、オズワルドは決して慌てることなく出口を塞いでいた氷を解かす。
一方で、身を投げたアキラは目を右へ左へ忙しく動かし、ようやく目当てのものを見つけ微笑んだ。
この先で待ち受けるのは無残な死という状況の中で、安寧の息を漏らすアキラが発見し掴んだのは昇る際に用いたロープだった。
「イタタタタタタタ!」
掴んだはいいものの、彼女のとてつもない落下速度に耐えられず滑り落ちていく。
その最中で摩擦に耐えられず手袋は破れ、彼女の掌の皮もまた手相が残らないほど削り取られた。
あまりの激痛に涙ぐむが手はしっかりロープを掴み、動きが止まると同時に近くの階段へ飛び移る。
だが、ここでも階段に転がった瓦礫の上に足を乗せてしまうという不運。
バランスを崩したアキラは身体中を角にぶつけながら螺旋階段を転げ落ち、ようやく体勢を整えた時にはもう彼女の身体は傷だらけの泥だらけ。
「いったぁ……マジ勘弁してよ……」
転倒した時に手放してしまった聖杯も行く先に見つけ、悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら駆け足で階段を降りた。
盗み出した聖杯を持ち、全身を痛めながらようやく塔の一階から出たアキラだったが、その先で彼女を待っていたのは――――無数の槍の切っ先。
「うっわ、最悪」
槍を手にしているのは、これまで行動を共にしていた赤いローブの男性教徒達だ。
塔は既に登れない。スティール・ザ・ステータスの効果は切れている。亡者の進撃も使えない。
――――アキラに手は残されておらず、両手を上げて降参の意を示した。




