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父と娘と大泥棒 Part.3


 未来を見ることのできるコヨーテだかろこそ、そう告げたのだろう。

 勿論、言葉には説得力があったし、アキラも嘲ったりはしなかった。


「なんで私なの?」


 真剣な面持ちで追及したのは、何故未来が見えているコヨーテではなく自分なのかという疑問。


「指輪を盗もうとするのは、本来其方でなく教団の傘下におるギルドであった……結果的に偽物の指輪を盗んだハンターを欺くことに成功したとなっておるがの」

「つまり、あんたの目に見えていた未来が変わったってこと? 私のせいで」


 するとコヨーテは重たく頷く。


「未来、すなわち運命とは千人を討つ将であろうと、皇帝陛下であろうと抗えぬ世界の定めた大いなる流れ。

 しかし、一年ほど前から次々に未来が書き換えられてゆくのが分かった……そして、その不可思議な現象の後に其方が現れた。

 最初は偶然としか思うておらんかったがの、其方が少しでも関与する人物や地域の未来がことごとく変わってゆくのじゃ」


 アキラはただ黙ってコヨーテの言葉を待った。


「変わっていく未来を眺めている中、其方の狙いが教団であると悟り、何度も接触を試みた」


 それはコヨーテの覚悟の表れ。しかし、聞き入っていたアキラは大きな溜め息をついて呆れを見せる。


「大体分かったわよ、あんたは皇帝陛下だろうと変えられない未来を変えられる私を、世界の大いなる流れとやらには関わりのない存在――この世界に元々いた住人じゃないって結論付けたわけね?」

「……如何にも」

「正解よ、大正解。

 私はこの世界の住人じゃなくて、一年ぐらい前に別の世界から来た」


 八割から九割という確率で結論付けていた話だが、こうして回答を貰い確信を得たのが嬉しかったのだろう。コヨーテは安寧の息を漏らした。


「でも未来を変えられるのは私だけじゃない、未来が見えるあんたにだって変えられるはずでしょ」


 が、それも束の間、アキラからの鋭い指摘にコヨーテは渋い顔で頷く。


「私としては、それで報酬が貰えるからやることはやるけどさ、自分の娘のことを他人任せにしようって態度は気に入らないわね」

「それは――――ぐうの音も出んな」


 やけに落ち込んだ様子を見せるコヨーテは、神妙な面持ちでロッキングチェアに座り込んだ。


「それどころか、あんたは自分の娘が痛い目見るとか言いながら、指輪を奪われる未来を見て対策した。

 他にも魔眼を使って色々肩入れしてんじゃないの? 言ってることとやってることがまるで違うわよ」


 アキラに帝国崩壊の未来を変えてくれと頼む一方で、コヨーテはレオーナがネフティス召喚を企てる三年間で彼女の計画が円滑に動くよう支援をしてきた。

 赤いシルク生地のフードの下で、アキラの顔が強張る。


「私に、そんな資格はない」


 強張ったアキラの視線の先で、コヨーテは自らの手首をギュッと握り口を開いた。


「総司教として教団に全てを捧げてきたがの、その分生まれてきたレオーナのことや、必死に家を守る妻に構ってはやれなかった。

 幼いレオーナが熱を出した時も、妻が病気に倒れた時も、最愛の妻の最期でさえ、私は共にいてやれることが出来なんだ」


 窓から差し込む日光が、コヨーテの俯かせた顔に暗い影を作る。


「愛すべき家族よりも、教団を優先して生きてきた私をレオーナは恨んでおる。

 当然の結果じゃ、私にはあの娘の父親を名乗る資格など……ありはせんのだから」


 無関心故に親を恨んだレオーナ。そんな彼女に、関心故に親を恨み突き放したアキラは自らの影を重ねた。


「嫌われる様な真似を他人に押し付け、本心を他所にレオーナに好かれようと彼女の成さんとすることに協力なんぞして……この上なく卑怯なのは重々分かっておる。

 しかしそれでも、どんな真似をしようとも、一度だけ父と呼ばれたいのだ」


 いい老人が、今にも泣き出しそうな声で訴えかけるのは流石に反則だ。

 そう思いながらも、アキラは彼の言葉をただ受け止める。


「私の生涯も長くはない、一度だけ、ただ一度だけでも娘から愛されたいと思うのは……罪であろうか」


 やるせない拳を強く握り、アキラは男性教徒に偽装した容姿を別の姿へ変貌させた。

 アキラの方から放たれる輝きに顔を上げたコヨーテの目に映ったのは――――学生服に身を包んだ、転生する前のアキラの姿。


「ハンター?」


 アキラ自身も懐かしいその姿を見て、コヨーテは問いかけた。


「この世界に来る前の私の姿、記憶さえあれば容姿偽装(ディスガイズ)で姿を変えられるから」


 久しぶりに見る本来の自分の掌を握ったり開いたり、その手首には中学の時に自ら編んだミサンガが着けられている。


「お母さんのことが大っ嫌いだった、傷つけるような言葉だって言った、だけどお母さんは私を見捨てなかったの」

「其方の本当の母か」


 コヨーテの言葉にアキラはゆっくり頷き、続けた。


「毎日のようにお兄ちゃんに電話して、私が元気でやってるか聞いて……強く突き放した親不孝者の私のことを馬鹿みたいに心配して……。

 ずっと私に手を差し伸べてくれてたこと、ようやく気付けたのに――――」


 元の世界で過ごした最後の日のことは鮮明に覚えているらしい。

 そして、そのことを強く思い出せば思い出すほど、アキラの瞳に涙が浮かんだ。


「ありがとうも、ごめんねも、直接伝えられないまま私は死んで、この世界に来た。

 差し伸べてくれてた手に気付いた時、私はその手を掴むことができなかった」


 小さな拳をギュッと握り、瞳を濡らしていた涙を細い腕で拭うアキラ。


「悲しませるようなことばっかして、挙句親より先に死んじゃう親不孝者の私がどうこう言えた立場じゃないけど、やっぱりあんたのやってることが正しいとは思わない」


 容姿偽装を解除し、黒マントに木の仮面といつもの姿になったアキラの言葉がコヨーテの胸を突き刺した。


「ああ」


 厳しい指摘に重たく頷くコヨーテ。そんな彼の姿を見て、アキラは仮面の下で小さく微笑んだ。


「まっ、それでもそれがあんたのやり方だっていうんなら、続ければいい」


 掌を返すような一言にコヨーテはアキラの仮面を一点に見つめ、目を丸くする。


「肝心なのはやり方じゃなくて、手を伸ばし続けることなんじゃない?

 私だって最後の最後には気付いたんだもん。あんたがその手を降ろさない限り、レオーナが手を取ってくれる日もきっと来る」

「こんな卑怯な私を許してくれるか」

「私が許してどうすんのよ、レオーナに許してもらわないと……ね?」


 随分と楽天的に聞こえる弾んだ声だったが、今の落ち込んだコヨーテにはこれぐらいが丁度良かったらしい。

 朗らかに顔を緩ませ、コヨーテはベッドに腰をかけたまま小さく頷いた。


「あんたは今まで通りやってればいい、こっちはこっちで何とかするからさ」

「よいのか?」


 再び容姿偽装で男性教徒に姿を変えると、大欠伸をしながら背伸びをするアキラ。

 大方、眠りよりも調査を重視した疲れがここに来て体に表れ始めたんだろう。


「その代わり、二つほどお願い聞いてくんない? 一つは私とここで会ったことは他言しない」

「分かっておる、してもう一つの願いとは」


 赤いフードの影に隠れたアキラの口元が妖しく吊り上がる。


「婚約の儀の前日、帝国軍が審判の壁を超えると同時に私は動く、それまでにできるだけ多くの情報を集めたいの。

 聖杯とネフティスについて、喋れるだけのことを話して」


 しばらく考え込んだ後、コヨーテは重たい口で聖杯について知る全てを語った。

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