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父と娘と大泥棒 Part.2


「どんなからくりか知んないけどさ、それ以上喋ったら首と体がさよならすることになるよ」


 刃の腹のひんやりとした感触がコヨーテの首の薄皮を伝う。


「殺さんよ、其方は私を絶対に殺さん」

「随分余裕みたいだけど、立場を分からせてあげ――――」


 コヨーテの老体を押し飛ばそうとした瞬間、彼の一言がアキラの手を止めた。


「其方はいかなる未来においても他者の命に手を下さん、理由は知らぬが其方なりの流儀なのだろう」

「未来?」


 確かに、アキラはハンターとして活動するこの一年間で直接人を殺したことはない。

 熱心なファンだというなら知っていてもおかしくない話だが、彼は過去の彼女の経歴を全て洗ったというわけでもなさそう。


「ミルドバーグの家系は先祖より特殊なスキルを受け継いでおっての、この力で我々はラグナ教団に金と人を集めて巨大な組織にした」

「それが未来を見る力とでもいうの?」


 アキラがコヨーテの背後からナイフを突きつけて、一切の動きを封じる。

 この体勢は依然変わらず、超至近距離で言葉を交わし合う二人。


「私の場合は、という話じゃ……。

 我々ミルドバーグの一族は代々その眼に魔眼と呼ばれるスキルを宿す、個々の能力は違うが私の場合は“未来を見通す魔眼”での」

「ふぅん、随分便利なスキル持ってんじゃん……それで私が指輪を狙うことも、此処に侵入してくることもお見通しだったってわけね」


 ナイフの切っ先の冷たい感触が首皮を伝い、顎へ。


「ある程度はな」

「それで何? 私を殺す? それとも帝国に突き出す?」


 その後、アキラは「そんなことさせないけど」と小さく仮面の下で笑みを浮かべた。


「独り言に付き合ってくれと言ったであろう……其方をどうにかしたいのなら、既に其方が聖堂におることを伝えとるわ」

「本当にそれだけ?」


 ナイフの刃が顎裏の薄い皮膚を貫かないよう、ゆるりと頷く素振りを見せたコヨーテを見てアキラは突きつけていたナイフを収める。

 彼の言うように、アキラをどうにかしたいのならば、彼女が教徒へ化けているのを周囲に伝えるはずだ。

 何より、こうして二人きりになろうなどと愚かな真似は絶対にしない。


「ベーランブルクの地下での一件、見事であったぞ」

「なんでそれを」

「客席におっての、オークションの経営者と帝国軍の青年、それに其方の三つ巴はしかと見せてもろうた」


 先日、ベーランブルクの地下で起きた出来事。その演者達を言い当てる辺り、本当に彼は客席で見ていたのだろう。


「奴隷や盗品には興味などない、興味があったのは其方じゃ……怪盗ハンター」

「私に? 熱心なファンとかいうわけ? 盗むもん盗んだらサインでも置いてってあげるわ」


 身長の高い男性教徒の容姿と声にそぐわぬ女々しい語り口。


「其方が此処に来た目的も既に分かっておる、クラウドフィッツの経営者と共に聖杯を奪取したいのであろう?

 聖杯なら祈りの塔の頂上じゃ、罠は仕掛けておるが其方なら放っておいても上手いことやるだろうの」

「それが本当だって証拠は?」

「証拠は……中で実物を見る以外にないのう」

「聖杯を使って国に仕返ししようなんて考える大悪党の言うこと、私が信じると思う?

 まぁ私も似たようなもんだけど……同じ穴の狢なら尚更信用できるはずないわよ」


 泥棒と帝国を転覆させようとする復讐者。

 悪党だからこそ、悪党の口から湯水のように嘘が湧き出てくるのを知っている。

 しかし、コヨーテは表情一つ変えず、一呼吸置いてから重たい口を開いた。


「この国は近く破滅の未来を迎える、我が娘レオーナ・ミルドバーグと召喚獣ネフティスの手によって」

「レオーナが? なんで、ネフティスを召喚してるのがあんたじゃなくてあんたの娘なのよ」


 妻を殺されたコヨーテが、帝国軍に復讐する。

 ラーマからはそう聞いていたが、コヨーテの見た未来ではレオーナがこの国を破滅に導くというのだ。


「妻の死後、三年に渡り計画を企てたのは私ではない……娘のレオーナだ」


 真実か噓か。コヨーテの言葉に疑心暗鬼で耳を貸していたアキラ。


「私に召喚系の知識はない故、召喚スキルなど扱えんが、マハト家の血を継ぐレオーナはそうではない。

 ミルドバーグ家の魔眼、マハト家の召喚スキル、両家の全てを身に宿し扱うだけの才能が娘にはあったのだ」

「仮にその話が本当だったとして、なんで父親のあんたが私にそんな話すんのよ」


 男性教徒の姿をしたアキラの鋭い視線がコヨーテに突き刺さる。


「復讐など果たしたところで残るのは虚しさだけじゃ、ましてやその手段のネフティスはスキル使用者ですら見境なく滅ぼす可能性があっての……父が娘の身を案じるのはおかしなことかのう?」


 どうも親子関係の話に弱いアキラは、コヨーテの言葉をそのまま噛みしめ、そして呑み込んだ。

 親が子を想うのは当然のことで、その逆も然り。一度、それらの愛を失った彼女にはそのことが痛いほど分かった。


「じゃが私の目には破滅の未来しか見えておらん、怪盗ハンター……異世界からの来訪者よ」


 苦虫を嚙み潰していたような顔から一変、アキラの表情に動揺と緊張が走る。


「ちょ、待って――――今なんて?」

「やはりそうじゃったか、異世界からの来訪者である其方にどうか一つ、先も長くない老人の願いを聞いてほしい」


 そのことを知っているのはこの世界で唯一人、ラーマ・クラウドフィッツだけ。

 彼女は時々悪趣味な一面を見せるが、秘密事をベラベラ喋るような女ではないのはアキラが一番よく知っている。


 だったら何故彼はアキラが、元々この世界の住人でないことを知っているのか。

 脳裏に戦慄が駆け巡るアキラをよそに、コヨーテは言葉を続けた。


「その手で、未来を変えてくれ」


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