父と娘と大泥棒 Part.1
何の収穫もないまま、男性教徒として過ごす一日がまた終わった。
夜間も身を隠して動き回ってはいるが、アキラの体に疲労が溜まる一方でこれといった情報はない。
「婚約の儀まで残り四日……結構まずいかも」
気付けば一週間と猶予のあった婚約の儀当日まで残り四日。
そうでなくとも、前日には帝国軍本隊がやって来る。今のように動き回ることもできず、かなり制限されてしまう。
「帝国軍の前乗りも考えると、動けるのはあと二日」
早朝を迎えた大聖堂の回廊を歩き、アキラが向かったのは結婚式が行われるであろうラグ・マリア像と祭壇を備えた広大な礼拝堂。
男性教徒の格好をした彼女が到着する頃、他の赤いローブを着用した教徒達は祭壇の前に集まり祈りを捧げていた。
アキラも、アキラの後からやってきた教徒も、皆ラグ・マリアの前で両膝をつき祈りを捧げていく。
そんな中、最後に現れたレオーナとコヨーテ親子が教徒達と祭壇の前に立った。
「塔へ参拝に向かいます」
レオーナの一言で教徒達は一斉に立ち上がる。まるで糸で操られているような彼等の動きは見る者に気味悪ささえ感じさせた。
総司教であるコヨーテを先頭にレオーナ、そして教徒達と続き、総勢数十名という彼らが向かったのは祈りの塔。
今回は礼拝堂裏の回廊、そして中庭を経由して祈りの塔の足下に来たが、アキラが調べている限り聖堂の四階から祈りの塔へ直接つながる渡り廊下がある。
つまり、彼女が現在の目標としているこの塔への侵入口は二つだが、どちらの入り口も固く閉ざされていた。
「総司教、こちらを……」
レオーナが自らの父であるコヨーテに手渡したのは『アミエラ・シェバーノ』という名前が彫刻された木製の十字架。
女性の名前だが、審判の壁を越えた聖堂敷地内にいる女性はアキラとレオーナ以外にいない。
「では、祈りたまえ」
十字架を受け取ったコヨーテの一言で、司教レオーナを筆頭とした教徒衆は草土の地面に膝をついて祈りを捧げた。
アキラも月に一度、ラグ・マリアのいる祈りの塔へ自らの御心を捧げるというこの参拝行事を知っており、祈りを捧げる。
鉄の軋む音に俯かせていた顔を少しだけあげ、目を薄く開く。そこでアキラが見たのは単身で祈りの塔の中へ入っていくコヨーテの姿だった。
(うぅ、もどかしいなぁ)
それからしばらくコヨーテは出てこない。
大方、最上階まで行っているのだろう。
(せめて中の状況だけでも見れれば)
しかし周りには数十という教徒達。ここで不用意に動くことはできない。
目の前で扉が開いているにも関わらず、一歩も動けないもどかしさを噛みしめている内、扉の向こう側に広がる闇の中からコヨーテが姿を現した。
「頭をあげなさい」
塔から出てきたコヨーテの手に十字架は握られておらず、アキラが内心疑問を抱いているとコヨーテの声が響く。
すぐさま立ち上がる教徒達につられ、立ち合がったアキラの目の前でもどかしさを募らせた彼女を嘲笑うように鉄の扉が閉ざされた。
「此度の参拝では悲しきことに魂をまた一つ、ラグ・マリア様の下に御送りした」
おそらく、その魂とやらを形にして捧げたのがあの十字架だったのだろう。
「教えを胸に刻み、清く生き続ける限り、ラグ・マリア様は諸君を見放したりなどしない。
近くレオーナ司教が大きな行事を控えておるが、ラグ・マリア様と共に我らはこれを盛大に祝福しよう」
総司教。レオーナ司教。親子というには随分白々しい二人に違和感を覚えるアキラ。
立場上、仕方のないことなのだろうが、なんというか――呼び合う二人の顔にも言葉にも情が感じられないのだ。
「では、今日も素晴らしき一日を」
コヨーテが語り終えると、教徒達は一礼して散り散りになっていった。
例外なく散ろうとしたアキラだったが、彼女の下へ一つの声が転がり込んだ。
「そこの」
突如転がったコヨーテの声に残っていた教徒達が一斉に振り返るも、彼が指していたのはアキラ一人。
「……はい」
あまりにも唐突な指摘に、アキラは動揺を押し殺す。
「私の部屋が少し散らかっていての、少しばかり片付けを手伝ってはいただけぬか?」
今すぐに震えだしそうな手足を抑え、歩みよるアキラ。続いてコヨーテの口から語られたのは、彼の部屋の片付けを手伝うといった拍子抜けの言葉だったが、それでもアキラはまだ警戒を緩めない。
「分かりました、では他にも数名程……」
何故バレたのか。何処で分かったのか。本当に正体を見抜いているのか。
色々な考えが脳を錯綜するが、とにかく二人きりになるのはマズいとアキラが切り出した。
「そこまで手は煩わせん、片付けついでに老人の独り言に付き合うと思ってくれ」
何も口にせず、アキラは重たく頷く。
万が一、本当に自分の部屋が散らかっていて片付けを手伝ってもらいたいというなら、人手を増やすことを拒む必要があるだろうか。
本当に、彼は男性教徒に容姿偽装するアキラの正体に――――。
(なんで? 入ってきてから容姿偽装は解いてないのに……見破ることのできるスキルを持ってるってこと……?)
スキルというのは多種多様。そのようなスキルがあっても不思議ではないのだが、まさか彼がピンポイントでそういった能力のスキルを体に刻んでいるなどという偶然があるだろうか。
聖堂の裏手に構えた装飾を散りばめた石造の小屋がコヨーテの自室であるというのは、ここ三日で大体把握していた。
小屋に入った二人の前に広がったのは、対して散らかってもいない小奇麗な室内。
――――刹那、アキラが動き出した。
ローブの下に隠していたナイフを手に取り、コヨーテの背後から彼の首に刃を突きつけたのだ。
「どういうつもり?」
片付けの必要も感じられない部屋に連れられ、全てを悟った後に動き出したアキラだったが、肝心のコヨーテは少しの動揺も見せない。
「言ったはずであろう、老人の独り言に少し付き合ってくれ……ハンター」
むしろ動揺したのはアキラの方で、ナイフを握る手が一層強くなった。




