五百十七話 魂王の額縁と鎺骸の魔眼
「鎺骸の魔眼か。その印も魂王ファフニールと関係が?」
「ある。一種の制約。鎺骸の魔眼は部隊の名前でもある」
「鎺骸の部隊とは、軍隊に所属していたのか」
「そうともいえる。僕の幼い頃からの因縁……これは話が長くなるから」
いいたくないこともあるんだろうが、本当に話が長いんだろう。
人生色々あるからな。
「そか、無理に話は聞かない」
「ありがとう。それで、僕と一緒にシュウヤとロロちゃんも魂王の額縁の中に入ってみる? 中は色々とあって楽しいよ?」
「……興味はあるが……今は遠慮しとく。というか俺もその絵の中に入れるのか」
ユーンと遊んでいた黒猫は俺の方を見て、
「にゃお~」
と鳴く。『入りたいにゃ』か?
そんな風に聞こえた声を発した黒猫の瞳は、少し散大した。
白髭を揺らしながら僅かに、コクッと頷く。
続けて、瞼を閉じ、開く。といった、ネコ科としてのコミュニケーションを繰り出してきた。
そして、ニカッと歯と牙を見せる。
そんな笑ったような表情を浮かべた相棒は、首元から触手を伸ばしてきた。
その触手の先端は、お豆のような形。
俺の、頬と首筋にお豆の形をした触手ちゃんが、ぴたりと張り付く。
その瞬間――。
『お魚』『いっぱい?』『わくわく』『おいしい』『匂い?』『たべる?』『楽しい』『お肉』『お魚』『お魚』『わくわく』『おめめ』『たくさん』『お魚』
と、気持ちを伝えてくるロロディーヌ。
要するに『あの中はお魚いっぱいにゃ~? わくわくにゃ~』といった感じだろう。
魚というか……。
魂王の額縁から、はみ出た立体の絵を見る限りモンスターは豊富に棲んでいるはず。
黒猫は触手を収斂させると、俺から視線を逸らす。
その魂王の額縁に近寄っていった。
立体的な玩具モンスターたちの裏側を覗くように頭部を突き出す。
さすがに裏側から見ても変わらないだろうと思ったが、口を広げた黒猫。
まさか、食べるつもりなのか?
「ロロ、悪戯はだめだ」
「はは、外からは神獣ちゃんでも干渉は無理な……はず……え?」
ラファエルが驚いているように黒猫は立体の絵に噛み付いていた。
立体の絵を崩すように歯牙の一部が絵に突き刺さっている。
甘噛みだから、本当に食べようとしているわけじゃないが……。
「えええ、ロロちゃん様!? い、い、悪戯は、よ、よくないなぁ」
黒猫が、魂王の額縁に干渉できたことが意外だったのか、急に焦り出すラファエル。
「安心しろ、甘噛みだ」
「そ、そうなのかい? 何回も噛み付いて……いる、けど、穴が……螺旋したパワーのようなものが見えるよ? 干渉しているのは……どういう」
息が荒いラファエル。
「微妙に動いているから、じゃれたいのか、奥歯でむしゃむしゃしているし、イネ科の草のように食感を楽しんでいるのか、たんに、歯磨きをしたいのか……」
と、実は俺もよくわからない。
空間魔法にじゃれついた神獣パワーと解釈したが……。
「にゃ~」
噛み付くのをやめた黒猫。
ラファエルの動揺した声が面白かったのか、ふりかえってラファエルの足下に駆けていく。
ラファエルはほっと胸をなでおろすように溜め息を吐いていた。
相棒は愛嬌ある動きで、そのまま彼の足に頭部を衝突させていく。
ごろにゃんこする勢いで甘えていった。
謝っているつもりなのかもしれない。
「はは、頭部のお毛毛がすっごく柔らかくて可愛い感触だなぁ。でも、驚きだよ。どうして、魂王の額縁の絵に噛み付くことができるんだい」
「ンン、にゃ、にゃ~お」
そう鳴きながら黒猫は、首元から触手を発生させて、ラファエルの頬へと伸ばす。
彼の頬に触手の先端を当てた。
張り付いた触手の感触を味わったラファエルは、一瞬、身体をびくつかせて、驚きながら、俺を見る。
俺は、笑いながら、『大丈夫だ』と意思を込めて、数回、頷いた。
ラファエルは頷きを返しながら……。
ロロディーヌからの気持ちを受け取っているような表情を浮かべていく。
そして、
「……気持ちを伝えることができるんだね。でも、お魚? お魚、お魚、食べる、美味しい、くちゃい、ちんちん?」
と発言した。
ラファエルの最後の部分で、俺はふいた。
黒猫は俺とラファエルの裸族会話を聞いていたようだ。
「神獣ちゃんの、僕たちに向けた温かくて楽しい気持ちは伝わってきたけど、意味がよく分からない。でも、噛み付きを止めてくれてありがとう」
「にゃ」
黒猫は返事の声を発してから、ラファエルから触手を離すと、俺の足下に戻ってくる。
なんか面白い。
俺は笑いながら、魂王の額縁に視線を向けて、
「んで、俺もその中に入れるのか?」
と、好奇心の感情をそのまま込めて質問した。
「当然だよ。封印という特殊な契約と関係ない格納方法もある。この中には、モンスターたちもいっぱい棲んでいるし。ただ……」
「ただ?」
ラファエルは甘えてくるロロディーヌの頭部を撫でながら、
「うん、マルゲリータって、気の強~い副主任長が中にいるんだけど……『これ以上、不幸なモンスターを回収してどうするんですか! それぞれ好みがあって大変なのに……餌代もばかにできないんですよ! それと、知らない人を連れ込まないで! あぁぁ、そこは触っては駄目! そして、今は、餌が大量にあるから、今は大丈夫ですが、なくなったら、どうするんですか! 素材集めもままならないのに! 馬鹿主任のラファエル!』という調子で、めちゃくちゃ喋るんだ。だから、シュウヤたちがこの魂王の額縁の中に入ったら、君たちも、僕と一緒に怒られるかもしれない」
そんな調子で身振り手振りでラファエルが説明するから、興奮したロロディーヌが肉球パンチをラファエルに与えていた。
「……そのテンションの高そうな副主任長のマルゲリータって人族? 魂王の額縁の中で暮らしているのか?」
そう聞きながらも、俺は暴れる相棒に大人しくしろと笑いながらアイコンタクトを行った。
「うん。暮らしている」
と、発言。
驚きだ。
「モンスターと一緒に人も暮らせるとは驚きだな」
「魂王ファフニールの力が宿るこの額縁が凄いんだ。ただ、さすがに人は無制限ってわけじゃないから」
「アイテムボックスだって有限だ。当然だろう。それで、その女性について教えてくれると嬉しい」
「……人族と魔族にモンスターの血が入っている綺麗な女性がマルゲリータだよ。ただ、その見た目と能力で幼い頃から冒険者を含めた様々な者たちに狙われていたんだ」
「狙われていたか。ラファエルはマルゲリータをゼレナードから救った?」
「……はは、さすがに鋭いね。そう、僕が助けた、助けることができた。けど、その時に……僕は……」
ラファエルは泣きそうな表情を浮かべてしまう。
「いや、ごめん。悲しませるつもりはなかった……」
「ううん、いいんだ。僕が弱いだけ、だ」
ラファエルの心情を察することもできたが……。
モンスターの血と能力を持つ女性が気になる。
「そのマルゲリータって女性は額に魔印とかがあるのかな?」
「人族の貴族が有している魔印ではない。ただ、頬と背中にエクストラスキルとしての証拠がある。とくに右肩が一番目立つかな。美しいし」
美しいモノか。その美しいという表現は、少し、違うような気がした。
「右肩? 様々な者たちに狙われる主な原因は、美しいという外見ではなく、何かしらの利益となるってことかな」
「そう、マルゲリータをゼレナードが狙う理由は……別にもあったようだけどね」
「ゼレナードと、どんなやりとりがあったのか。想像するだけで反吐がでそうだが……差し支えなければ、その利益になるというマルゲリータの能力を教えてくれ」
俺がそう聞くと、ラファエルは視線を泳がせる。
マルゲリータの能力を告白することを少し迷っているようだ。
一方、黒猫は、俺たちから離れた。
話を聞いていた単眼種族のユーンと、またアルプス一万尺のような遊びを始めていく。
「……シュウヤだからいうけれど、マルゲリータの肩と背中には、特別な実を宿す樹木が生えているんだ」
肩に樹木だと?
思わず、邪霊槍イグルードの姿を思い浮かべてしまう。
「樹木か、それは邪神の蟲とかではなく?」
「蟲? なんだいそれは……」
ペルネーテでは邪神の使徒はあまり知られていないからな。
魔界と神界が入り乱れている現状では、ラファエルが知らないのは当然か……。
……脳に寄生する蟲。
邪神ヒュリオクスの眷属たちのことはあまり知られていないようだ。
エルザはタザカーフの血脈。
幽鬼族の亜種だから邪神の眷属にならずにすんだが……。
普通はパクスのように乗っ取られてしまう。
そして、俺の<従者長>のフーを救い、友となった人魚のシャナのように歌声を聞いて人知れず邪神の眷属たちは死んでいるはずだからな。
歌翔石や魔響石と呼ばれた魔宝石と連動した歌声は美しい旋律だった。
キサラとジュカさんの和風ロックのような四天魔女の歌声とはまた違う。
ま、シャナのような人魚の力を使う歌手は早々居ないと思うし。
「ペルネーテは【邪神界ヘルローネ】と繋がっているんだ。そこからこのセラに進出している邪神の眷属たちが居る」
「そんな者たちが居るのか!」
ラファエルは驚いた。
「あぁ、まぁ今は気にしないでくれ。で、樹木から特別な実を宿すとは、何が特別なんだろう」
俺が、そう尋ねると、ラファエルは間をあけた。
「……そんなに副主任長のことが気になるのかい?」
「気になるさ。ラファエルがすべてのモンスターたちの世話をしているかと思ったら、副主任長が居るとは思わなかったからな」
「……そっか、それもそうだね。で、説明すると……千年の植物のように成長したり、人の精神の源に影響を与えるような実を生み出す力はないけど、魔力の回復を促す、小さい黄金の実を生やすことできる」
「まじ?」
と、俺が発言すると、相棒と遊んでいた単眼種族のユーンが、
「まじー?」
と、俺のうわずった声の真似をする。
アルプス一万尺のような遊びをしていた黒猫も、
「ンン、にゃ~?」
と鳴いて俺の真似をした。
黒猫とユーンの仕草を見ていたラファエルは笑いながら、
「うん、マジ。皮も果実も、黄金。しかも食べたら、というか食べられるし美味しいし、魔力も回復するし、元気になるし、いいこと尽くめの魔法の実さ」
「魔力云々より、その黄金の実だが、金貨に使われるような貴重な金だよな?」
南マハハイムで流通している硬貨に使われている、金。
その金の含有量の値は知らないが。
「そう。貴重な金だよ。食材としてもかなり貴重」
「金を生む木か。金箔を超えているのか、しっかりと金が、フルーツの実として、食えるのは驚きだが、そりゃ、狙われるだろう」
本人からしたら幸せを運ぶどころじゃない。
自分の能力を呪いそうだ。
そんなことを考えると、ラファエルは目を細めて、俺を訝しむ。
「シュウヤ、君は他とは違う。と、思いたいけれど……」
「金か? 心外だな。金ならたんまりとあるし、そもそも、金のためにここに俺がいるとでも?」
俺がそう発言すると、ラファエルは真面目な表情を作る。
「そうだった。いくら大金を積まれようと普通は、こんな樹海くんだりにきてまで、あんな化け物の大魔術師と戦おうとは、絶対に思わないな……ごめん。マルゲリータを狙う者たちに、そういう連中が多くて……」
「だろうな……そのマルゲリータさん。聞く限りでは珍しい種族の印象を受ける。どこか遠い、このマハハイム大陸以外の出身とか?」
「いや、サーマリアのオッペーハイマン地方の出らしい。記憶があるのはそこからとか。出身は知らないのか、語らないのか」
記憶がない可能性か。
しかし、サーマリアのその地方は、ノーラの家族たちが暮らしている場所じゃないか?
ヴァンパイアハンターの一家が棲む。
「まさかエーグバインの一族に追われていたりしないよな」
「吸血鬼ハンターの一族か。有名だね。その名は聞いたことがあるよ。けど、マルゲリータは吸血鬼に狙われたことがあるぐらいで、吸血鬼ハンターの話は一度も出たことがないな。だから大丈夫だと思う。むしろ普通の冒険者の方が厄介だ。それじゃ、タータンを救う薬の件もあるし急ぐよ。ユーン、おいで」
ユーンを呼んだラファエル。
端正な顔立ちの微笑みで周囲を魅了するように、片手を振るう。
金色の前髪が、揺れるさまは、本当にイケメンだ。
そして、そのラファエルが振るった片手に持つ、魔眼風、印籠風のアイテムを掲げた。
部隊を意味する名は鎺骸というアイテムに魔力を込めていく。
ユーンは、そのアイテムとラファエルを見て、挙手しながら、
「うん!」
と、元気よく発言。
鎺骸のマークから無数のフィラメント状の魔線が放出。
同時に、ラファエルの近くで漂っている魂王の額縁も、魔力を得ると、立体的な絵からパズルのピースが組み合わさって、小さい扉が形成される。
立体的な小さい扉がパカッとご開帳――。
ユーンは、その開いた扉の中へと瞬時に入り込む。
その入った直後、手品でも行ったように扉が閉まると青白い炎が閉まった扉を抱く。
扉は焼失した。
一瞬、ユーンごと扉が消えたように見えたから不安を覚えたが、杞憂だった。
扉の背後の動いている立体的な小舞台の上にユーンらしい「アルチンボルド」風の玩具姿の子供が立って出現していた。
……「アナモルフォーズ」のように歪を利用して動く背景といい凄く面白い絵だ。
「にゃおお~」
芸術性のすこぶる高い絵を見て黒猫も大興奮。
黒豹の姿に戻ると、ユーン以外の玩具の形をしたマグロのような魚モンスターに飛び掛かろうとしたが、「ロロ!」と注意。
黒豹の長耳を凹ませる相棒は、羨ましげにラファエルが扱う魂王の額縁が作る立体劇場を見ていった。
「しかし、不思議だな。本当にユーンらしき姿が中に居る……」
「そうだよ。すぐに――」
と、ラファエルは魔線が繋がった魂王の額縁を操作。
魂王の額縁から魔線が延びてラファエルと繋がる姿は、やはり操り人形のように見える。
そのラファエルが鎺骸の印籠アイテムを使うと、立体的な絵から急に実体化して出現したユーン。
ユーンは、一つ眼で周囲を見て「あれ??」と、驚いていた。
景色が違って見えるようだ。
しかし、いきなり玩具からリアルタイムに生身の姿へと変質する光景は、少し混乱する。
「わたし、外に出たの?」
「ユーン、ごめん。また仕舞うから」
「わかった!」
その途端、ユーンはすぐに魂王の額縁が作る立体的な絵の中に吸い込まれる。
額縁の幅に収まっていない立体的な絵は次々と絵柄を変えていく。
万華鏡という感じではないから、また凄い。
今度の組み合わさった立体の絵も、一つ一つが違う小さい絵柄で、なおかつ、一つの扉のような絵画となっている。
浮世絵風の絵柄というか、本当に奇想の世界だな……。
これも魔法絵師系の戦闘職業、魔拡群絵師の力か。
魔法絵師といえば……。
ペルネーテには、クロイツ以外にもいた。
コレクターの依頼で仕事をした時に見かけた方だ。
青腕宝団のメンバーで、大柄の魔法絵師だった。
魔法の額縁に納まっている絵からランタンの巨大なモンスターを出現させていた。
一流らしく、レベッカが憧れるのも分かる華々しい活躍だった。
だからラファエルも、凄いレアな戦闘職業なんだろう。
と、感心していると、そのラファエルが、
「よし、宝物庫のある地下宮殿と薬の保管場所がある地下にいこう!」
「おう。で、治療が必要なモンスターの名前はなんだっけ?」
「覚えていないのか! 『タータン』だよ。ラデランの応力錐という針のような先端を持つ薬が必要なんだ。マルゲリータの実を食べて、今は何とか、もちこたえている」
少し怒ったラファエル、相変わらず、端正な顔でイケメンだ。
普通の女性が見たら、きゃっと、なるかもしれない。
そんなことはいわずに、
「分かった、急ごう――<血鎖探訪>」
<血鎖探訪>を再び用いる――。
ユイたちも下だ。
ラファエルは血鎖の先端の碇が示す方向を見て、
「さっきと同じだ。いや、移動している。ということはダブルフェイスも喋ったようだね」
と告げる。
ユイたちが尋問したであろう幹部名を告げたラファエル。
彼は厳しい表情だったが、その視線を出入り口に向けてから、また、俺に視線を戻す。
そして、『早く行こう』という意思を込めたと分かる、クイッと顎を出入り口付近に向けて、動かした。
「おうよ」
と、俺も頷く。
そのまま彼に案内は任せた。
幾つか階段を下りて、廊下から曲がりくねった場所を進むと……。
巨大な吹き抜け、空洞のエリアに出た。
「ここから宮殿の一部。宝物庫はあっちで、薬の保管庫は右、すぐそこだよ」
と、ラファエルが指摘する。
指先の方を見ると、そこに鉄扉があった。
<血鎖探訪>の先端部位の血が滴る碇は、宝物庫の方を捉えている。
ユイたちは左の小部屋か。
すると、
「ンン」
喉声を鳴らしたロロディーヌ。
薬の保管庫目掛けて突進していく。
扉に正面からぶつかりそうな勢いだったが、全身から触手群を、その扉に向けて繰り出した。
触手から飛び出た骨剣たちが、鉄扉に突き刺さると、瞬時に、扉ごと触手を収斂するロロディーヌは口を広げる――。
「――にゃごぁ」
上下に開いた口から炎を吐いた。
――神獣の炎が、自らの触手ごと燃やすように鉄扉を迎え撃つ。
というか、一瞬で迎え消した。
扉を蒸発させるように溶かした炎は保管庫の中に入らず、上方に向かって宮殿の一部の彩飾を溶かし消える。
「うはぁ、溶かしちゃった。鍵があったんだけど……神獣ちゃんの炎は凄い……」
「アレでも威力は極端に抑えている。さ、驚いていないで、タータンを救うんだろう。中にいこうか」
ラファエルは俺の言葉に頷くと、その薬の保管庫の中に走っていく。
明日も短いですが更新したいと思います。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1~9巻発売中!
2020年1月25日、最新刊の10巻が発売します。
漫画版の槍猫も1巻が発売中。




