三百五十一話 邪霊槍イグルード
前傾姿勢のシュミハザーは……。
裂けた仮面の口から二つの槍を出しつつあるが、俺たちを見ている。
血を元にする<血鎖の饗宴>で、あのシュミハザーの脳天を貫いてやろうか?
そう思考しながら、左手が握る神槍ガンジスを消失。
「……ありがとうシュウヤ」
「構わんさ」
ハイグリアの声、震えるような、か細い声だ。
子犬のように喋るハイグリアの声に、俺は背中を向けながら答えていた。
「手も切れてる……」
ハイグリアは俺の掌を見たらしい。
確かに、腹から引き抜いた剣は鋭かったからな。
その剣たちは、俺の足下の地面に突き刺さっていた。
正直、掌は痛い。傷の治りも少し遅い気がする。
鋭い剣刃により手の内はざっくりと見事に切れていた。
これで新しい運命線の誕生ってか?
しかし、手も腹もいてぇ、いてぇが……痛みを我慢するのが男ってもんだ。
この痛みは、男の勲章だ!
おととい来やがれってんだ、てやんでぇ!
といったように、モガじゃないが……。
江戸前気分で痛みをごまかしながら、距離を取ったシュミハザーを強く一瞥する。
「グボボボァ――」
シュミハザーは叫ぶというより、特徴的な唇を震わせている。
そして、川岸から飛び出ていた樹木の幹たちを邪魔だと思ったらしく……。
右腕の大剣を上下に振い回す。
その樹木たちを微塵切りにする勢いで薙ぎ倒していた。
続けて、樹木を切り倒して満足したのか、右腕大剣を構えるシュミハザー。
すると、大剣に嵌まった赤黒い宝石群から、にゅるにゅると蠢く赤いスライム状の粘液を宙に出す。
そのスライム状の粘液は真新しい赤光ナイフと化して、漢数字を模った防御陣を敷く。
ナイフの群れは、赤い光が目立つ怪しい漢字が宙に浮かぶ近未来のネオン街のようだ。
シュミハザー……。
そんな怪しい漢字のネオン街に浮かぶ佇む巨人かよ。
内心そんなツッコミ入れつつ……。
白い髪が風で靡くさまを見て……迫力を感じた。
シュミハザーは、鋼的な硬質さを備えた三つの魔眼をギョロリと動かす。
俺を睨むシュミハザー。
「グボボボァ……白刃を踏むべし、槍使いが、神姫をそこまでして守るとは」
鱈子と茸が合体した巨大唇を振動させるような言葉だ。
重厚な音の声。
渋いが、その顔付きは少しだけ面白い。
が、周囲を圧する勢いがある。
奇妙な彼には、俺が体を張りハイグリアを守った行動が意外だったようだ。
古代狼族、神姫の奪取に失敗したことが悔しかっただけかもだが。
しかし、ぷかぷかと浮いた巨大棺桶は存在感がある。
いや、槍のほうがあるか。
シュミハザーの両肩、仮面を模ったポールショルダー。
或いは、プロテクターのような防具。
その肩の中央が、裂けて変な形の口の中から出現途中の槍の群れ。
それらの槍が、非常に気になった。
さっきシュミハザーは呪槍と語っていた。
あれは、魔槍の類いなのは確実。
まだ、先っぽしか誕生していないが……。
緑と赤の色を纏った魔槍……。
としか判断できない……。
右腕大剣からも、赤光を帯びたナイフを無数に出現させ続けているし……。
あまり見たことのない武器を扱う赤色巨人シュミハザーだ。
あの槍、肩、大剣も含めて伝説級?
神話級かもしれない。
だから貴重な装備だろう。
血鎖の<血鎖の饗宴>を用いた攻撃は止めだ。
壊しちゃう系はなるべく止めとこう。
「……グボボァ、その視線、我のフレアから召喚しうる呪槍たちが、気になるようだな」
「当たり前だ。通り名通りだよ」
俺の言葉を聞いたシュミハザーは、巨大唇を震わせて気色悪くニヤリとした。
あの顔、憎たらしい。
魔槍杖の後端の竜魔石を意識。
この蒼い輝きを放つ竜魔石を、ゴルフのドライバー的に、フルスイングして、シュミハザーの頭部を吹き飛ばして、ホールインワンを目指したい。
が、今は我慢。
ハイグリアを奪おうと攻撃してきた怒りの反撃は、俺の好奇心を満たしてからだ。
すると、大剣の腕と分厚い胸甲と繋がった魔線が、魔眼の中へと引き戻る。
代わりに、魔眼と肩が繋がる魔線は太く成長。
仮面型の肩防具アイテムに注ぐ魔力を強化したのか?
肩から魔槍か呪槍を召喚か出すことに、魔力が必要なのか?
集中しているようだ。
そして、額の一つの魔眼を、地面に突き刺さった剣へと向けた。
二つの双眸魔眼は、俺の胸と腹に向けていた。
そのシュミハザーは、
「……魔剣シャローと神剣サラテンの刃が効かぬ体を持つのか。高貴な吸血鬼といえども神剣ならば傷が残るはず」
落ちた剣たちの名か。
そう語るシュミハザーの顔を、改めて注視した。
三つの魔眼が象徴的だが……彫りが深い。
鼻立ちのはっきりした顔立ちでエキゾチック系だ。
ん? 汗か? 額に紫色の水滴があった。
白色の眉をひそめる。
眼球の下に皺が増えて、厳しい表情を浮かべた。
シュミハザーは焦っている?
何か秘策でも練っているのか?
単に、俺の血から光魔ルシヴァルの、種族の力を確認して、畏怖したからか?
肩から魔槍を出すためのスキルを発動中だから?
そんな疑問を感じながら、
「……知っていると思っていたが、俺は特異体質なもんでな? 傷は再生するんだ」
「……グボボァ、サラテンの刃が効かぬ体が特異体質か。偉大なホフマン様は、ル・カルヴェールの受難を写したように、聖痕を持っている可能性があると予測していたが……」
唇がまた震えている。
聖痕? 光の授印なら持っているが。
しかし、あの巨大唇で女にキスとかするのだろうか。
唇の表面はイボだらけだ……え? しかも、文字?
エノク語らしい文字が表現されている。
膨大な餌、肉欲、共食い、魂、憧れのアズラエル、アルコーンの本質、死の吸血天使メルキオール・ホフマン……後は、意味のわからんことばかりだ。
しかし、あの槍召喚はまだか。
少し終わるまで待ってやるか……。
と、油断したわけじゃないが、その瞬間――。
シュミハザーは唇だけでなく、肩を震わせたところで、槍の一つが完全に姿を晒す。
それは、オリーブグリーンとクロムグリーンの色合い。
樹木と大きな葉の螺鈿が一つのランスの先端を作るように円錐形となって滑らかに柄まで続いていた。
先端の刃は両手剣のように分厚い。
シュミハザーの片腕と一体化している大剣とは微妙に違う。
グラディウス型の刃は少し似ているかも。
全体的に、緑のコントラストが宝石のように煌めいて、芸術性の高い槍だ。
……凄く綺麗な樹木槍。柄の基調もクロムグリーン。
そんな槍が、赤色巨人の肩の近くに浮いている。
……あの美しさで、呪いの槍なのか?
多大な魔力も内包されている。
魔槍というか……樹木の精霊が宿った神聖そうな槍に見える……。
ヘルメが好きそう。だが……神聖ではなかった。
シュミハザーが呪いと語った言葉通りだ。
黒々した幽体のような怪しいモノが緑槍から滲み出るように出現していた。
幽体は、槍から生えている緑葉を、愛し気に触るように槍の表面に纏わり付いている。
刻々と時が刻まれるごとに……。
槍から放出していく魔力の具合が粘性を帯びていて、非常に怪しい……。
何かしら、曰くがありそうな邪悪めいた魔槍なのは間違いないだろう。
もう一つの赤みを帯びた槍は、まだ、肩仮面の裂けた口から、出現途中だが、
「……それが呪槍か」
シュミハザーは屈んでいた体勢から胴体を上げて、俺の言葉に反応。
太い左手で邪霊槍を掴んだ。
「そうだ。正しくは邪霊槍イグルード――魔力を取れ」
すると、シュミハザーが掴んだ邪霊槍イグルードから葉の触手が発生。
凄まじい数の生きたミミズのような葉の触手がシュミハザーの腕を貫いていく。
貫くというより、喰っている。
咀嚼音と骨が折れる音が響いてきた。
「――グォォォ」
シュミハザーは苦しみの声を上げていた。
うへぇ……呪いとはこれのことか。
よーし、今のタイミングで攻撃しよう。
かと思ったが、シュミハザーは、ちゃんと片方の魔眼で俺を睨むように捉えていた。
苦しみ悶えながらも、右腕大剣から赤光を帯びたナイフを展開させている。
よく見ると、大剣に嵌まっている宝石の形は壺のような矢櫃だ。
壺ヤナグイとかいう入れ物に似ている。
そんな大剣と連なる赤光群。
クリスマスツリーを飾るランプのように視界にチラつく。
導魔術系のような遠距離攻撃。
俺とハイグリアを狙ってきたように、指向性はかなりあるだろう。
……他にも何か能力があるかもしれない。
そして、今は守りを意識している赤いナイフ共が、ハイグリアだけじゃない、ネームスたちにも向かう可能性がある。
少し様子を見るか。
まだ、出現途中の赤い杭矛の槍もあるし。
その僅かな思考の間にも、シュミハザーの赤みを帯びた左巨腕の色がオリーブグリーンに変わっていた。
緑と茶色の植物触手たちによって、巨腕が侵食されたようだ。
緑と茶色の枝が無数に絡まった異質な腕に変質していた。
さらに、その腕に握られていた邪霊槍イグルードから、ぬう、と女幽体が現れる。
女幽体はクロムグリーン色の薄い魔力を身に纏っている。
そして、楕円状に全身からグリーン色の魔力を放出していった。
下半身はランプの精のごとく、細い魔線となって邪霊槍イグルードと繋がっている。
一見、幽霊のようだが、上半身は少しリアル。
蔓めいた植物糸が長髪を再現し、額から頬にかけて葉模様の肌もある。
赤い双眸からは、彼女独特の恨みと冷酷さを感じた。
揺れた胸を注目した。そこはやはりおっぱい聖人だからな。
……植物葉で曲線を描くように再現された双丘。
見事な豊満だった。
しかし、しかしだ。無類のおっぱい好きの俺だが……。
さすがに植物のおっぱいはな……。
昔戦った二十階層の守護者級モンスター。
だが、あの怪物が持っていたタワワの果実軍隊よりマシか。
思い出すと背筋が寒くなった。
同時に、幽体女からも寒気を感じ取る。
お菊の映像が似合う「播州皿屋敷」風な、おどろおどろしい雰囲気を持っていた。
柳の枝葉が、風で悲しく揺れるのを見ているようにも感じる。
一枚、二枚~。の声が聞こえてきそうと思った直後、
「ふ、ふ、贄、ふふっ、贄の匂い、ふふ」
うひょ、本当に怪しい声が出た。
「贄を……」
邪霊槍イグルードから出現した幽体女性は、微笑んで語る。
冷酷さを感じる瞳なので、正直、怖い。
昔、ヘカトレイルからホルカーバムへ旅をした時に遭遇したモンスターを思い出す。
名はシャプシー。
そんな幽体女は、そのまま悩ましい括れを生かすように周囲を確認。
幽体から生えたゆらゆらと揺れる葉が靡く。
なんか、恐怖とあでやかさを感じた。
女幽体は、愛し気にシュミハザーの太い首へと腕らしきものを絡めると、巨人の胸に顔を埋めてから、やおらにくるりと回る。
シュミハザーの背中を見るように後頭部へと回り込んだ直後――。
「アァァァァ、グボボァ」
シュミハザーの悲鳴が谺した。
――おぃぃぃ。
いきなり甲高い声を上げるなよ。
彼は重厚な声だったのに……俺までびびった。
思わず魔槍杖を構え左手首から<鎖>の先端を出していた。
すると、喰われた結果だろうか、巨人の左腕が変形していく。
手首から二の腕の表面に新しく生えた蛆のような禍々しい植物の枝が蠢いていた。
枝はネームスの樹木を再現するかのように樹皮膜を形成。
裂けている肩だけを残し、左腕だけを樹皮膜が覆っていく。
樹木系の新しい防具か?
いや、色合いが槍と同じだ。
左腕が真新しい植物槍、邪霊槍イグルードと化していた。
苦しんでいた表情を浮かべていたシュミハザー。
色々と消耗したようだが、満足気だ。
左の魔眼も極端に縮小している。
そして、肩から放出途中の怪しい槍に加えての変身だから、余計に体力、魔力、精神、などを消費したのだろう。
だとすると、あの右腕大剣も同じように武器化しているのか?
自身の肉体の一部と魔力を犠牲にして使える武具を扱うのか。
まさに呪い系統だな。
さらにシュミハザーの背後から後光のような緑色の円波紋も出現している。
幽体女性から発している光?
「……相変わらず美味しい魔力と肉ね。エメンタル大帝以来?」
「随分と昔のことを……もうホルカーバムのことは忘れたのか?」
「あら……ここはどこかしら? あぁ~思い出した地下街? あれ、魔素が安定してないから同じだと思ったけど、違う?」
頭を傾げながら幽体女は語る。
「……ここは樹海だ。白乳のホルカー石やジュペイルの樹幹は、ここにないだろう。そして、その【血印の使徒】との取引はとうに終わっている」
「あ、そう……なんだ。霊銅糸に無数の死骸と邪霊種を用いた奴だっけ」
「思い出したようだな」
「辛うじてね。樹海って、幾つかあるけど、魔素の安定してない森よね。で、この状況は……ホルカーバム地下街と同じなの? うじゃうじゃとした集まりの一部を餌として喰った、あの時と……そうなら、そこの男と女を食べていいのね?」
邪霊槍イグルードとやらは、俺とハイグリアを標的にしたらしい。
「……我の意思の下で、だ」
しかし、【血印の使徒】だと?
その時、邪霊槍イグルードから軋む音が響く。
「――意思とかほざいていると、お前の全部を侵食するわよ? 右腕の落ちぶれた魔侯爵アドゥムブラリごとね……」
機嫌を悪くした幽体女。
その声音は、不気味に恐慌を周囲に与えるように、一段階、音程が上がっていた。
すると、右腕の大剣とリンクしている浮遊していた赤光ナイフ群が動く。
シュミハザーの斜め頭上の一カ所へと集結し、塊となった。
形は、大剣の表面にある宝石と同じ形。
その赤宝石は、ぐにょりと蠢き収縮を繰り広げながら小型の生物となる。
小型生物は幽体女と同じで半透明だ。
そのまま小さい頭部の中心にある淡い光を放つ単眼で、幽体女を睨む。
「……巫山戯ろ、俺がお前を喰ってやる」
右腕大剣と繋がる小型生物の声は不思議。
早口言葉のようで、かわいいかもしれない。
ロロディーヌが、ここにいたら反応しただろう。
その神獣ロロディーヌは、まだ戻ってこない。
何か変なモノを樹海で見つけたのか?
大きなデボンチッチとかいたら、尻尾をつーんとおっ立てて、追いかけてそうだ。
まぁそのうち戻ってくるだろ。
そうロロの遊び具合を考えていると……。
邪霊槍イグルードと繋がる幽体女と、右腕大剣と繋がる小型生物は喧嘩を始めた。
互いに半透明だから、その攻撃はむなしく宙に消えている。
武器同士の仲は悪いらしい。
そこに、仲裁に入るつもりのシュミハザーが口を動かす。
「アドゥム……戻れ。そして、イグルードよ。我の肉と魂の一部を喰ったんだぞ? 役に立ってもらわねば困る」
幽体女はシュミハザーの言葉に頷く。
「……冗談よ。わかっているわ」
巨人のくすんだ白髪をなでながら嗤い語る幽体女。
小型生物には興味がないようだ。
幽体女こと、イグルードはシュミハザーの裂けた肩の口から、出現途中の赤黒い槍のことを睨んでいた。
出現途中の槍の先端は、赤黒い杭状になっている。
アドゥムと呼ばれた小型生物は……。
シュミハザーの言葉に素直に従う。
ぱっと音を立て半透明な体を分解。
また、赤光を放つナイフの物体群に戻っていた。
「……魔女槍も使う覚悟のようだし、今のこの機会に得られる喰いモノは逃がさない」
そう呟いた直後。
シュミハザーは、左腕のイグルードの穂先を俺へ向け、
「ならば、登れない木は仰ぎ見るな。今の標的は槍使いだ――」
「ふふ――」
嗤う女幽体はシュミハザーの左腕イグルードの中へ消える。
「槍使い、邪霊が一槍を味わうか?」
「槍なら槍で受けてやる。が、俺はひねくれ者でな?」
アルカイックスマイルを作りながらシュミハザーを見て、守っていたハイグリアへ
「ハイグリア、退けとはいわんが、手と足は出すな」
「わかってる。が、大切な拳同士の決闘相手だ。見るぞ!」
決闘なんて、やらんといってるのに、相変わらずか。
「……了解」
「いざ、邪霊槍イグルードの矛を受けてみよ!」
重厚な声から、自信を感じさせる。
俺は嬉しく思うと同時に、血が滾った。
心臓が高鳴る気持ちで、準備はいいぞ。
と、赤色巨人ことシュミハザーへ視線を向けた直後、そのシュミハザーから、どぅ、とした音が立つ。
そのまま巨人は背後から風の力を得たような加速で、俺に迫ってきた。
左腕の邪霊槍か――。
なら樹木なら樹木だろう。
という気分で<邪王の樹>を意識。
急遽、邪界ヘルローネの樹木を、足下に生成した。
生成した樹木は自動的に撓み伸びながらシュミハザーへと向う。
同時に<血道第三・開門>を開門――。
<血液加速>を発動。
足下から伸びゆく樹木の上でサーフィンでも行えるが、敢えて――駆けた。
血の加速を生かす。
曲り伸びてゆく樹木の上を血魔力を纏った血足を使い走っていく。
大腰筋を意識しながら速度を出した。
そんな走った俺よりも樹木の枝触手のような先端の方が速い。
邪界の樹木たちが、シュミハザーを捕らえる。
上手くいけば、動きを押さえてやろう。
と、考えたが、あっさりと俺が生成した樹木枝は邪霊槍イグルードに貫かれた。
木っ端微塵だ。木くずが無数に舞い散る。
その木くずが宙で渦を巻きながら、シュミハザーの全身に絡んでいった。
茶色の靄を纏ったようにも見えて、天然の目眩まし状態。
だが、<夜目>じゃないが、魔察眼を舐めては困る――。
シュミハザーの纏う魔力、左腕のイグルード、右腕の魔界なんたら大剣の魔力は膨大だ。
ゼロコンマ何秒も掛からず、俺は相手の動きを把握。
両手剣サイズの矛を突き出した左腕を生かすように回転している。
その瞬刻、邪霊槍を迎え撃つように魔槍杖を突き出していた。
螺旋している邪霊槍の矛と紅矛が凄まじい勢いで衝突。
木くずを吹き飛ばし、キィィンと女の悲鳴めいた硬質な音が響く。
同時に、毒々しい魔力粒子の閃光が俺とシュミハザーに降りかかった。
「――グォォァ、グボボァ」
唇をいちいち震わせるな!
とは口に出さず、嚥下する。
そんな気持ちを抱きながらも神王位リコの技術を使う――。
邪霊槍の平たい矛を、紅斧刃で引っかけることに成功。
「ムァ――流されるだと!?」
魔槍杖を手前に引き流しながら、相手の接地を崩す。
シュミハザーは焦った口調で体勢を直そうとするが、高速戦闘中だ。
もとよりシュミハザーは宙だが、巨人故に一度流れたベクトルは戻せない。
シュミハザーの邪霊槍の矛と、巨大な体格が右へずれるように移動していくのを、横目で確認しながら、俺は大腿直筋を弛緩。
同時に、左足の爪先を軸とした“爪先回転”を行い、軽く左方の宙へ飛ぶ。
――同時に横回転している勢いを乗せた竜魔石の石突を、シュミハザーの背中へ向わせた。
だが、硬い感触。あの背中は潰せなかった。
巨人らしからぬ動きだ。
右腕の大剣か。背中側に大きく腕を捻り逸らすようにして竜魔石を防いでいた。
俺は舌打ちをしながら魔槍杖を右手から消失させる。
そして、回転しながら膂力を生かすように体勢を直していたシュミハザー。
半身の体勢で、横回転を加えた左腕の邪霊槍矛を真っ直ぐと伸ばしてきた。
さっきのように身体ごとの螺旋回転はしていない。
威力は落ちるだろう。
単純な両手剣の幅のある緑色の矛を、俺の胸に繰り出す。
その突矛を見て、仰け反り、躱し――後転。
ついでに、後転しながら蹴りを邪霊槍に衝突させた。
サマーソルトの感触を得ながら、邪霊槍から女の悲鳴が聞こえた。
同時に、宙で回転を続けた俺は――。
<導想魔手>を発動。
腰のムラサメブレードを左手で引き抜く。
素早く鋼の柄巻に魔力を注いだ。
焦点レンズを備えたような柄巻のブレードの放射口から黄緑色のブレードが迸る。
耳朶を振動させるようなブゥゥンとした音は心地良い。
同時に魔闘術を全身に纏う。
<血液加速>と魔闘術の加速だ。
速度を倍加した俺は、前傾姿勢で突進――。
シュミハザーは邪霊槍を戻そうしている。
遅い――下から上へと半月を描くように光刀の刃を動かした――。
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