三百五十話 巨大な棺桶
巨大な石棺にも見える棺桶の蓋がズレた。
赤く縁取られた棺桶の中から、現れたのは赤色の体躯を持つ巨人。
黒ずんだ白色の頭髪に歪な長細い耳がある。
エルフのような長耳ではない。
その一対の耳の上に白い毛髪の間から、巨大な牡鹿の角も生えている。
角の先端には、ピアス状の宝石が多数ぶら下がっていた。
宝石は魔力を大量に内包している。
角を経由して頭部へ魔力を供給しているのか。
顔は肌の表面には葉脈のような脈が激しく脈打つ。
どくどくとした血流音が、ここまで聞こえてきそう。腕のほうの皮膚は鱗が多い。
大柄な巨人だ。きっと心臓も巨大だろう。
巨大な房を生かしたポンプのようなイメージが膨らむ。
……今はそんなイメージより、頭部の三つの眼だ。
三つのぎょろ眼の周囲を薄黒い炎が縁取る。
その三眼の半分は少し飛び出ていた。
「グボボボァ、人に似た人為らず槍を持つ男」
うはァ、喋り出した。声音は重厚極まりない。
鱈子、茸、フランクフルト、などと似た太い唇を震わせながらの言葉だ。
「……俺のことか?」
まだ巨人の唇はブルブルと震えている。
その震えている太い唇は形を整えるようにひくひくと動く。
棺桶から生まれたからか?
あの棺桶の中と外では、気圧でも違うのだろうか。
「……そうだ。見つけたぞ、槍使い」
こいつは俺を探していたのか。
ギョロ眼の中心が蠢く。虹彩が魔法陣?
魔眼的な虹彩の魔法陣は……。
小さく分裂しつつ星の形状へと変化を遂げた。また奇妙に動く。
上上、下下、左、右、左、右と、そんな具合だ。
次にBAが来たら『コナミコマンド』だな。
赤色の巨人は、周りの状況を把握しているようだ。
複眼のように星の形状の魔眼を、逃げたネームスたちを向ける。
他の星の形をした虹彩も動き、ハイグリアと神獣ロロディーヌと俺を見るように、視線を巡らせていく。怖い。眼球その物が魔法陣なのか?
その薄黒い炎を纏う眼球の表面は、歪な星々のマークだけではない。
八、〇、一。
九、三。
といった様々な数字の羅列が乱雑に蠢き、時折、逆時計回りに動く。
曼荼羅のような小宇宙?
カバラめいた幾何学を感じさせる方定式を連想した。
……不思議魔眼を持つ赤色巨人は、俺を襲ってくる気配がないことが不思議。
今だけかもしれないが。
ネゴシエーションを試すか。
「……で、赤巨人さん、俺に何か用事でも?」
「……槍使い。失礼な男ァ? 我には堕天・棺桶巨人シュミハザーの名がある。赤巨人ではない!」
面白い反応だ。
シュミハザーが名か。
「悪かったな。だが、俺にもシュウヤ・カガリという名がある」
「……そうか。我も失礼であった。槍使いはシュウヤ・カガリが名か」
「にゃごぉぉ~」
神獣ロロディーヌも名乗る。
「翼が生えた黒獣よ。我に獣の言葉はわからぬ」
シュミハザーは意外にも礼儀正しいのか?
いや、態度に騙されちゃだめだ。
シュミハザーの雰囲気と血の臭い……それに、俺の勘が……戦いを予感させる。
魔槍杖バルドークも一瞬だが、何かに呼応するように震えたような気がした。
珍しい、血に飢えている?
と、切っ先の紅矛と紅斧刃を見た――。
紅斧刃は、月光を浴びて仄かに紅く光っているだけだ。
気のせいかな? ザガとボンが作り上げてくれた伝説級の魔槍杖バルドークを見続けていくが……何もない。
さて、巨大な棺桶のことを聞いてみるか。
「で、シュミハザー、そこの巨大な石棺か、棺桶はなんなんだ?」
棺桶の蓋は大きい。その大きい蓋は、川の真上で怪しくぷかぷかと漂っている。
棺桶の表面に描かれた宗教画のレベルも異常に高い。
あの棺桶を売れば、相当な値段になりそう。
地下オークション級のアイテムか? ……分捕りを狙うか?
「……これは、我が住み処。偉大なる主様の大道具……」
住み処……巨大な石棺染みた棺桶が家とはな……。
内実は魔造家のようなアイテムか?
それかアイテムボックスなのか?
だが、アイテムボックスというより、あれは……。
巨大な棺桶の紅く縁取られた内部には暗い霧が漂っている。
赤色巨人こと白髪のシュミハザーは、あの世界で暮らしている?
そして……時折、怪物らしき物体が、その暗い世界を横切っていた……怪しい。
他にもシュミハザー的な存在が棲んでいるのかよ。
……ゲートみたいなもの?
あの先は他の次元世界に繋がっているとか?
そう考えながら、
「……へぇ、別世界に繋がるような棺桶を操る主人がいるのか」
尋ねるように呟く。
「……当たり前だ。前世から偉大な方なのだから」
前世だと?
「転生者だとでもいうのか?」
だとしたら、強敵なのは間違いない。
「その通り……ベナンダンティの祭儀の最中に黄金の象徴である偉大な血筋を持った一族から大網膜をもって生まれた。さらに、若くして神学大全をマスターしたと聞く」
意味がわからない。転生者か。
少なくとも、こいつの主人は日本の出身ではなさそうだ。
神学大全……なら知っている。あのトマス・アクィナスの本をマスターしたとか……。
だとすると、ヨーロッパ人か。
暗記が好きな元カトリック教徒?
アリストテレス、ダンテ、を好きな司教とか宗教家か?
この世界では、宗教国家ヘスリファートの神聖教会と光神の関係者だったりして……。
シュミハザーが放っている血の臭いから判断すると、てっきりヴァンパイアが主人だと想像したが。
いや、前世と今を一緒くたにしても仕方がない。
世にも奇妙な物語を地で行くのだからな。
そう思いながらも、その主の転生者が気になる。
「……前世は前世だろ、今も偉大なのか?」
シュミハザーの魔眼に魔力が集まる。
不遜な言葉として受け取ったらしい。
「……槍使いシュウヤ。主様が『調べて交渉しろ』と指示を出した特別な相手だ。だから教えてやろう。主様は、YHVHの支配領域アラキュルから異界へと降臨した偉大なる最後のアセンデッド・マスターズであらせられる。そして、我に〝内なる眼〟を下さり、最後の審判を進み、黙示録の四騎士を筆頭とした二百五十の悪魔を従えているのだ!」
シュミハザーは黒ずんだ白髪を逆立て、演説。
その際に額の魔眼が左右へ伸びる演出も加えていた。
しかし、なんか言葉が翻訳できてない?
アセンデッドマスターズ? ゴルフが得意な主人か?
「ごちゃごちゃと、ようわからんが、主人はゴルフのマスターなのか?」
「……違う、ゴルディフではない! 巫山戯ているのか」
「そうだよ」
俺は、笑みを交えて答えながら、自分の肩に魔槍杖を置いた直後、
「……無礼な顔だ。He knows not his right hand from his left」
今度は英語のような言葉を呟くシュミハザー。
ぎょろ目の魔眼が煌めく。
魔眼を縁の黒炎が燃焼を強めて、煌めいた。
そして、放電でもするように眼球の外へ飛び出ては、自らの身体の一部へと魔線が繋がる。
戦闘モードか?
魔力のエネルギーでも供給しているのか?
シュミハザーを……挑発してしまったようだ。
忌諱に触れるかも? とは思っていたが。
マスターズといったら、ゴルフを思い浮かべるのは仕方がないだろう。
そんなことを考えながら、三つの眼球から飛び出た魔線たちの動きを追う。
一つ目の魔線は、筋肉と滑らかな骨で表現された沸騎士が似合いそうな分厚い胸甲に付着。二つ目の魔線は、分厚い肩防具。その肩防具の装甲には、人の仮面が付いていた。
次は、複数の薄黒い魔線たちが、螺旋回転しながら片腕と一体化した巨大グラディウス大剣へと向かう。
拳が、大剣の中心部に嵌まりこむ形で一体化している。
だれが、どうやって作りあげた腕なんだ。
ロボットの巨大アームブレードが二つ拳の左右にくっ付いているようだ。
そんな太い剣身に黒蛇が巻き付くように絡まっていく魔線たち。
魔線は、中心の表面を彩る赤黒い宝石たちの一つ一つと繋がっていた。
それらの魔眼から連なる魔線の太い炎たちは、うねり、撓み、跳ねているので、黒蛇、電気、コロナ、チューブのようにも見えてくる。
あの大剣は魔剣デュミナスを髣髴とさせた。
影翼旅団を率いていたガルロ。
俺が天凛堂で仕留めた相手。
そんな幅広の大剣の中心に埋まる赤黒い宝石の真上の宙には、赤いナイフ状の物体が浮く。
浮いた赤いナイフは、遠隔武器のオプションと推察。
<導想魔手>系の技術ではないようだが……。
片腕の大剣とリンクしていると推察。
もう片方の太い腕の先には、棺桶の蓋をずらしていたように、普通の手がある。
厚い胸板は、体幹が強そうだ。
腰も巨人らしく、ぶっとい。
二つの太く長い足だ。
その足先には……蹄があるのか?
人の足に極めて近い。
まぁ、馬の蹄がついた人系の足か。
肩と眼球が異質なだけで、体型的には……。
理想的な巨人かもしれない。
そんなヘラクレス的な体躯を持つ赤色巨人さん、こと、シュミハザー。
その体のいたるところに、魔眼と連結した魔線が繋がっている。
予想では、あの魔眼たちから、ブーストを直接に得ている?
それとも、魔法の力が強すぎて、有視界に現れているだけだろうか。
太陽のプロミネンスのように。
電磁波的な力?
だが、魔眼を含めたシュミハザーから圧倒的な雰囲気は感じない。
……魔毒の女神ミセアやコレクターのシキのほうが上かも。
彼女たちの魔眼のほうが、インパクトがあったような気もする。
ま、俺も様々なことを経験しているからな……。
バチバチとした精神波もとくに感じない。
が、これは免疫と思うことにしよう。
ヘルメが左目にいた場合は違うかもしれないが。
急激に心細くなる。
やはりヘルメは重要だな。
と、寂しさを感じつつ、巨人の肩にも注目した。
あの両肩の仮面の下には、人の頭部があるのかもしれない。
魔眼から飛び出た黒炎の魔線の一つが、アメフトの肩防具仮面と繋がっている。
と思ったら、その仮面の口が斜めに裂けるように広がり出した。
なんだありゃ。
シュミハザーは、俺が視線を向けて、分析していることをわかっているのか?
肩の曲線から縦に裂けた口から、武器か?
神々しい色合いの剣身とグラディウス状の赤色の刃を持つ魔槍の切っ先が、にょきにょきとタケノコがリアルタイムに生えるように現れる。
面白いが……。
そのまま剣と槍は剣身と穂先を見せてから、自動的に口の中に収まっていく。
一瞬、自動的な傘立て? パン焼き器を連想。
頭部を模った肩防具かと思いきや……。
実は口がファスナーのような、アイテムボックスか?
社会の窓が開いていますよ。と注意するか?
そう、死語と化した言葉の疑問を持っていると……。
そんな不思議な肩を持つシュミハザーは『肩がこった』とでもいうように、三つの魔眼が特徴的な頭部をぐるりと廻す。
こりこりとした筋肉がほぐれる音を響かせてくる。
そうして、口を広げた赤巨人ことシュミハザー。
その広げた口内には……鮫の歯牙のような気色の悪い歯が、びっしりと生えていた。
喉頭蓋には、血が流れている魔印がある。
あの口内から、血塗れの魔弾でも吐き出してきそうだ。
魔竜王が放った、特殊な火炎球体を思い出す。
「……ガルルゥ」
神獣ロロディーヌも昔のことを思い出したように、唸り声を強くする。
攻撃はしない。
ロロディーヌはうなり声だけだ。
依然と鴉の群れを操るが如く、宙に黒々とした触手群を展開している。
それらの触手群は、いつでも攻撃は可能だと思うが……。
まだシュミハザーへ向かわせていない。
顎が外れるように口を広げているシュミハザーも攻撃はしてこない。
彼は欠伸でもしているのか?
わからない……。
十字型金属に触れて、カレウドスコープで覗くか?
シュミハザーの脳の内部が、普通かどうか確認するのもいいかもしれない。
すると、
「……黒き巨獣よ。唸り声だけの、児戯だけか?」
欠伸ではなかった。喋ってきた。
「ンンンン、ガルゥゥ」
挑発めいたシュミハザーの言葉を受けた神獣ロロディーヌ。
喉声をプラスしながら、唸り声を続け、俺を乗せたまま宙を横へと移動。
グリフォン級の立派な前足の角度を微妙に変えていたが、その喉声は、カワイイ声にしか聞こえない。
ロロディーヌはまだ戦う気はないようだ。
あの巨人、底があまり見えないからな……。
「戦うなら……我も応えよう。だが、主の命令は……」
赤色巨人ことシュミハザーは、両腕を伸ばし、膝を曲げて体勢を屈める。
両手剣と一体化した片腕を生かすような膝を折った独特の構えだ。
しかし、シュミハザーは動こうとしなかった。
……とりあえず、命令を出した主の名を聞いてみるか。
「……その命令を下した主の名は?」
「死の吸血天使、メルキオール・ホフマン様」
やはりホフマンか。
攻撃ではなく〝調べろ〟とか。
〝コンタクトを取れ〟との指示、命令か?
予想通りの指示なら、まだ俺も無理をする必要はない。
カレウドスコープは止めて、直に聞くか。
「……死蝶人と戦っていたヴァンパイアのホフマンか? 【大墳墓の血法院】を根城にしている女帝ファーミリアが率いるヴァルマスク家。その女帝の直系の<筆頭従者>が一人。そのホフマンでいいんだな?」
「そうだ……死蝶人との戦いでは、機先を制された。槍使いシュウヤも、その場で憎き死蝶人と戦っていたと聞いたぞ」
シュミハザーは嬉し気に語る。
「まあな、今も見ているかもしれない……」
シェイルとの戦いを思い出しながら、周囲を見渡す。
赤紫色の蝶々怪人なら姿を小型の蝶に変えて、偵察を続けていそうだ。
白色の蛾のジョディもいそう。
シェイルは俺との戦いで、傷を負ったか、魔力を消費したようだから、離れた可能性もあるが。
その彼女たちが話を持ちかけてきたゴルゴンチュラ神の復活話。
気にはなる……。
ゴルゴンチュラの神を望むか……。
あの双子か、姉妹か、わからない死蝶人たち。
彼女たちには、蝶だけではない秘密がありそうだ。
その思考の間にも、俺の言葉に同意するように、シュミハザーは構えを少し解く。
「……古の死蝶人……ホフマン様が怯えるほどの相手。この地方では、古代から延々と生き続けている忌まわしき蝶共だ」
昔から有名。
人当たりのいい態度から、媚態に、脅迫めいた態度に変わる気まぐれ蝶々。
内実、俺はそんなに嫌いじゃない。
あの気まぐれさは、俺と似ているし……。
なにより鎌と槍は相性がいい。
力のぶつかり合いは正直、楽しかった。
また……戦ってみたい。
だが、彼女たちの名は、ペルネーテではあまり聞かなかった。
まぁ、当然といえるのか?
迷宮の十五層にはニューワールドという別世界がある。
迷宮の二十階層に、邪界ヘルローネという世界もある。
二十階層は色々と冒険を楽しんだ。
ラグニ村の白菫色の水晶、デイダンの怪物。
魔王種の交配種をぶっ込んで、二十階層の地形を変えてしまったが助けたイシテスは元気かな?
……迷宮に絡む神々たちの勢力、魑魅魍魎、人族たち、他種族たち、無数だからな。
あれほどの存在が埋もれるほど、この世界は混沌としているということか。
「……天地は万物の逆旅。仕方が無いとはいえ、死蝶人たちに……ホフマン様が時間をかけて大事に育てられた<従者長>たちが滅された。驥足を展ばす優秀な<従者長>たちが……」
シュミハザーが声音を落とし語る。
俺たちはユオと戦い、滅してしまったが……。
ユオが誰と戦い死んだのか、詳しい事情はしらないようだ。
「<従者長>か……」
ユオの苦し気な表情を思い出した。
「その通り、膏血を絞られた。偉大なホフマン様の計画も画餅に帰してしまったのだ。だが、そんなことはいい。今は重要な主様の命令を続けていく」
シュミハザーはそう話すと、体勢を上げて頭を垂れる。
そして、勢いよく頭を上げると、
「――槍使いシュウヤ。主様が直に会いたいそうだ」
ホフマンは俺と接触したいか。
今は無理だ。
というか、アッリとタークを殺そうとしていたくせに、そう易々と仲良くできるかよ。
「……今は無理」
「断るか。ならばあの者たちへ、どういうことか……と尋ねるのもいいかもしれぬ」
シュミハザー。脅迫か?
俺と神獣の動きから、弱点を見抜いてきたか。
だが、それは愚ということを教えてやろう。
そんな行動を取ったら……。
こいつを殺してから、主人のホフマンを、地の果てまで追いかけることになる。
「……そんなことをしたら、お前を倒すだけでなく、お前の大事な主様とやらも草の根を分けても探しだして、必ず、滅してやる」
マジな気持ちで話していた。
「……その眼、本気のようだな。主様から敵対関係にはなるな。とも厳命が下っているから安心しろ。だが、主様が保管していた貴重なアイテムと似た魔力反応を、どうして、あの小さい生物が持っているのか……気になるのだが」
――ヤヴァい。
モガが回収していた貴重なアイテムに気付いたか。
シュミハザーの片目が、ネームスたちを捉えながら、そう語る間に……。
一応、先制攻撃のイメージと状況の把握……。
視線を強めながら……。
あのエイリアン級の鮫牙が豊富な口の中へ魔槍杖バルドークを<投擲>してやろうか?
さらに<鎖>と言語魔法の氷系コンボで動きを鈍らせつつ<邪王の樹>で捕らえたところに<血魔力>で間合いを詰めてから神槍ガンジスの<刺突>で胸を突くか……。
或いは、<導想魔手>に聖槍アロステを召喚するorムラサメブレードを持たせたオプションからロロディーヌの機動を生かした空中戦を展開。
そのまま空を飛びながら<邪王の樹>を用いた樹槍連撃でもいいな……。
と、思考しながら、黙っていたハイグリアの位置を確認。
「……ハイグリア、なにが起こるか予想できない。退いてくれ」
固唾を飲んで見守っていた彼女は青色の双眸を鋭くさせている。
「いやだ、その白髪の赤巨人と会話していたようだが、この樹海で、そんな濃厚な血を漂わせるのは、我慢できない!」
興奮した口調で反論する古代狼族の彼女。
背中の銀毛を逆立てていた。
血の臭いを滾らせた赤巨人と戦いたいらしい。
その証拠に、ハイグリアの種族の誇りを感じさせるような綺麗な銀毛は月の光を浴びて尚輝く。
首筋のマークと連動するように、銀色の毛は強く光を帯びていった。
そして、ホフマンの<従者長>ユオの心臓を自らの爪で抉り取った時と同じ、細い指先から特殊な銀爪を突き出させていく。
「その銀爪は……古代狼族の蠅もいたか」
シュミハザーの嘲笑する言葉を聞いた彼女は、
「蠅だと!?」
……興奮を通り抜けて、怒りの表情を浮かべながら声を尖らすハイグリア。
「わたしのスキルで心臓を抉りだしてやる――」
彼女はそのまま尋常ではない速度で跳躍――。
おい、いきなりかよ。
俺には血気にはやった行動だ。
手ではなく、長い足をシュミハザーへと向けている。
特別な技名がありそうな回転廻し蹴りか?
その飛び蹴りを繰り出した足の指の先端から切っ先が鋭そうな剣サイズの銀爪が伸びた。
一瞬、邪界導師キレの素晴らしい蹴り技を想起した。
だが、赤色巨人ことシュミハザーは宙の位置で反応――。
肩防具の仮面の口が裂けるように広がり、中から武器が一つ二つと現れる。
だが、その武器は間に合わない。ハイグリアは速い。
シュミハザーの肩は中途半端に武器が出た状態だ。
だが、大柄に似合わない素早い機動の蹴りフォームを見せていた。
ハイグリアの風を切るような蹴り技と合わせてくる。
シラット系の格闘技の動きか。
「――小癪な狼女! だが、フレアが反応しきる前に、我の懐に入った速度は認めよう」
シュミハザーは白髪を靡かせながら、野太い声で語る。
フレアとは肩防具のことか?
そのシュミハザーは太い足を斜めに出し、ハイグリアの初動の素早い蹴りを膝で受けていた。
「――<風切り>に反応するとは、図体のわりに素早い奴だ」
ハイグリアが早口で語る。繰り出した蹴り技は<風切り>か。
彼女の足から伸びた銀爪はシュミハザーの足に突き刺さっている。
ハイグリアは連続した蹴り技を披露。
シュミハザーの膝から脛にかけてを、引っ掻くように傷をつける。
が、傷を負い続けている巨人のシュミハザーは動じていない。
余裕の笑みを浮かべつつ、
「……狼よ、それだけか?」
そう語ると、ハイグリアの蹴り連撃を大きい膝から脛に当て流すように、巨大な足だけを用いて防いでいった。
続いて、その巨大な足でハイグリアの太股を引っかけ絡める。
その狼足のハイグリアを押し倒すように背骨ごと折るようにねじ曲げてきた。
ハイグリアは空中で体を捻り避けようとする。
が、間に合わない。
足を固定されたハイグリア「ぐぎゃ――」と、痛みの声を上げた。
シュミハザーは、反対の太股を勢いよく持ち上げる。
大きい膝頭をハイグリアの懐に向かわせていた。
「足には足を」
巨人らしからぬ、川だけに瀞めいた声質で語るシュミハザー。
突っ伏し体勢を崩したハイグリアの鳩尾へ、強烈な膝頭をめり込ませていた。
「ぎゃぁぁ」
「ハイグリア!」
――俺が声だけとはな。
助ける間がなかった、糞がっ。
ハイグリアは血を吐き出しながら吹き飛ばされ――川辺側の草むらに転がった。
しかし、彼女は古代狼族。タフだった。
足を折られて腹を潰されても、片膝を地面に当てながら、なんとか立ち上がろうとしているハイグリア。
すると血濡れた鎧の一部が、手と足の指から伸びている銀爪と融合を始める。
爪は防具と一体化するように形を変えた。
ハイグリアの第二形態とかか?
狼らしさを維持した流線型……。
銀色の体型を活かす独特のフォルムの鎧を身に纏う。
銀爪の一部も折れた足を補佐する細かな棒に進化。
その棒は、足の周りの地面に突き刺さっている。
思わず、【月の残骸】の幹部であり迷宮の宿り月の料理人の姿を思い出す。
そう、豹獣人のカズンさん。
獣人には特異体とか、変異体とか、あるらしいが……。
その辺りの種族特有の技術、血の流れとかが関係しているのか?
「……ほぅ」
赤巨人は感心するように呟く。
三つの魔眼の内、中央、額に位置するぎょろ目の魔眼の魔法陣を拡大させていた。
「……グハハハ、なるほど、その速度といい魔力の巡りが普通の古代狼族ではないのだな」
蹴りの複合技を出していた太い足を戻し体勢を整えながら、笑う赤巨人シュミハザー。
「……となると、古代狼族のアゼラヌ、いや、特殊な位の高い一族だろう?」
「血の巨人、過去にアゼラヌの一族と争いを?」
血を流しているが、変身したハイグリアはカッコいい。
「グボボボァッ、かくかくしかじか、争い滅したことはアゼラヌ一族の他にもあるぞ。それよりも、その銀毛を纏うような古代狼族特有の爪鎧は噂に聞く……銀爪式獣鎧と見た。お前は神狼ハーレイアから祝福されていると噂の神姫か?」
「くっ、吸血鬼の巨人が! 巨大茸のような唇を震わせて、神狼様を語るな!」
「きゃんきゃん威勢がいい……」
シュミハザーはそう喋りながら、鮫牙が異常に生えた口を閉じる。
そして、俺に対して、片眼を差し向けてきた。
「……槍使いを調べ交渉せよ。敵対するな。との命令を受けたが……撤回だ」
「命令を撤回だと? そこまで自由なのか」
「……選択理論という言葉は知っているか? 自分の意のままになるのは自分の行動のみ――グボボァァ、主様とて、知らぬかもしれぬが、誰しもコントロールできない存在はあるのだ」
その瞬間、シュミハザーが三つの魔眼から力を解放した。
星々の絵と数字の文字群の魔法陣の幻影が、シュミハザーの目の前に現れる。
「あの狼を回収したらホフマン様がお喜びくださるかもしれぬ――」
すると、その魔法陣の幻影を突破するように前進を開始したシュミハザー。
そうは問屋が卸さない!
俺は神獣ロロディーヌから跳躍――。
ハイグリアを守ろうと<導想魔手>を足場にして、魔闘術を全身に纏う。
その時、神獣ロロディーヌの触手の雪崩のような攻撃が視界に映った。
唸りを上げる触手群がシュミハザーへ向かう。
だが、問屋が卸さないのはシュミハザーも同じだった。
シュミハザーが動きを止めて、宙で静止。
魔力を魔眼に込める。
その瞬間、幻影だと思った魔法陣から、無数の触手群に対応するように、粒子状の網が出現。
それは淡い光を放つ蜘蛛の巣を一瞬で形成しながら宙に展開していた。
触手から伸びた象牙色の骨剣にその糸たちが絡まる。
一番先頭を突き進んでいた触手骨剣の動きが宙で止められると、次々と、他の触手群も動きを止められていた。
シュミハザーが放った網の糸は、独自に糸を巻き取るような動きも見せる。
同時にロロディーヌの触手群も一枚のポスターが巻かれるように纏められていく。
神獣ロロディーヌはうなり声を上げて、抵抗し、触手を解こうとする。
だが、魔法陣から伸びた粘着性の高そうな網の糸が、余計に触手に絡まってしまい纏められていく触手群。
無数にあった神獣の触手群は、一本の長いロープのような触手となっていた。
そして、その一本状の長い触手と繋がるシュミハザーの魔法陣がぐるぐると回り出す。
まるでハンマー投げを行うような回転だ。
当然、神獣ロロディーヌの身体から伸びている一本に纏められてしまった触手たちも、回転によって引っ張られていく。
そのまま宙を凄まじい勢いで回転させられる神獣ロロディーヌ。
やがて、回転していた魔法陣から伸びていた網がぶちっと切れる――。
その反動で、ジャイアントスイングを喰らったように、神獣ロロディーヌは遠くへ吹っ飛ばされていった。
大丈夫か? と、一瞬心配した。
だが、自らの触手を体内に収斂し、黒翼をはためかせていた。
かなり遠くに飛ばされたようだが――。
あの動きなら『にゃごぁぁ』と鳴いて怒っていると思うが、大丈夫だろう。
やや遅れて遠くから樹木が打ち倒される音が響き渡ってきた。
その間に着地した俺は、ハイグリアを守るように魔槍杖と神槍を構える。
「ハイグリア、少し下がれ」
「し、神獣様が! しかし、わたしの力はまだある!」
古代狼族の力を誇示するようにハイグリアは対抗心を見せる。
確かに、神狼ハーレイアの力を宿していそうな鎧衣装だ。
両手、両足にある銀爪の表面にも神狼のマークが施されてある。
そこに、宙で静止していたシュミハザーが、腕を伸ばしながら静止を解く。
「黒獣の触手を一纏めとは! さすがはホフマン様が直に奪い取った<星魔・霊網陣>。もう魔力が切れてしまったようだが……さて、次は……」
シュミハザーは、わざとらしく、そう語りながら下方を向く。
三つの魔眼はハイグリアを捉えていた。
ハイグリアを獲物だと思っているのか?
歪んだ笑みの表情を浮かべていた。
そして、宙の位置から、独特の前屈みの体勢に移行するシュミハザー。
爆発的な加速で前進を開始した。
「――くるぞ!」
シュミハザーは魔力の軌跡を残すような速度だ。
片腕の大剣の切っ先を伸ばし、ハイグリアを突こうとしている。
太い剣刃は速いが――俺も魔闘術は全開だ。
ハイグリアに迫るシュミハザーの大剣へ向けて、魔槍杖を斜めに振り上げる――。
シュミハザーの片腕の大剣に紅矛を当てながら、紅斧刃で大剣の刃を引っかけるように、シュミハザーの大剣を上方へと弾いてから、魔力を込めた左からの上段廻し蹴りをシュミハザーの脇腹へぶち当てた。
「――ぬぬ」
アーゼンのブーツの蹴りを腹に喰らったシュミハザー。
宙で回転しながら後退――。
が、高度を下げた中空の位置で、体を捻り弾かれた片腕の大剣の切っ先を地面に突き刺した。
そして、その突き刺した大剣の芯を使う――。
俺の蹴りの衝撃を相殺するのではなく喰らった勢いを利用する形で体を急回転させた――。
硬い大剣を軸に振り子の要領だ。
そのまま反対の腕の拳を振り上げて、
「<我拳>!」
シュミハザーの拳から魔力波が迸る。
拳の周りに風を孕むスキルを繰り出してきた。
更に、肩と両手剣の回りに浮く赤いナイフ群も俺に迫った。
同時にハイグリアへ向けて――。
肩防具の裂けたような口から数種類の煌めく剣刃を射出。
同時多発攻撃――少し剣刃が遅いから間に合うか?
先に、目の前に迫った神速めいた速度の拳スキルを、神槍ガンジスで刺すように弾く。
「ぐぇ」
と、方天戟に拳を穿たれたシュミハザーは痛みの声を発して退く――。
しかし、赤光したナイフ群が俺に迫った。
赤光ナイフたちは、数が多いし、速い。
盾のイメージが間に合わない。
が、両手から<鎖>を伸ばし対処。
――魔槍杖バルドークも振るった。
二つの<鎖>と魔槍杖を用いて赤いナイフ群をなんとか払い弾く――。
だが、ハイグリアへと向かう剣刃たちを防ぐ手段がッ――あった。
これは似合わないし……痛いのは想像がつく、が――自然と体が動く。
――体を挺してハイグリアを包むように守る。
すると、案の定、グアァァァ――。
いてぇ、凄まじい激痛……。
体が凍るような肉厚を背中から感じ取った。
そして、肉が擦れる音と痛みの振動を胸と腹から直に感じ取った。
――背中を貫かれたか。
ガトランスフォームの裂けた腹と胸から数本の金色に輝く剣刃が生えていた。
内臓の一部、骨が、こびりついている……。
やや遅れて――。
俺の腹を突き抜けた金色の刃の根本の傷から、大量の血が溢れ出た。
突き出た金色の剣刃を血色に染めながら血が迸っていく。
この腹から飛び出た金色に輝く剣は、魔剣か、神剣の切っ先かは、分からない。
輝く剣刃は、俺の血肉と骨と争うようにバチバチとした多重の摩擦音を響かせてくる。
その度に、俺の体は再生を繰り返しているのか痛みが増してきた。
身体の……再生速度と争っている。
まず間違いなく特別なアイテム。
しかし、自分の切り裂かれた内臓を見るのは、あまりいい気分じゃねぇな……。
「え、し、し、シュウヤ……」
俺の血を浴びていたハイグリアは、驚愕の表情を浮かべて血に染まっていた。
泣いているらしい。
まったく……怒っていたと思ったら、今度は泣くのか?
「……お前のことは守るといっただろうが、そんな顔で見るのは止せ」
「ご、ごめんなさい――シュウヤ」
彼女は手を伸ばして俺の傷を触ろうとするが、手が震えていた。
「……謝らなくていい」
血濡れた掌で彼女の手を優しく触れた。
俺の小さなジャスティスだからな……。
さぁて、反撃といこうか?
と、腹と胸に突き刺さったマジックウェポン類を引き抜きながら振り向く――。
「防いできたか……やはり普通ではない。だが、次の呪いの魔槍ならば……ホフマン様でさえ、手に負えないほどの特別……」
シュミハザーは慎重に語りながら、次の攻撃モーションに移っていた。
仮面型の肩防具の壊れるぐらいに広がった裂けた口から、魔槍のような武具を一個、二個と、ゆっくりと突き出させている。
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