三百四十九話 トン爺たちと、血の匂い
2024年3月4日 8時01分 修正
掌握察の反応は様々とあるが……。
巨大モンスターの魔素は……感じられない。
だが、血の臭いは濃い。
<分泌吸の匂手>とはまた違う。
濃厚な血の臭いと、血脈を感じる。
硫黄の匂いも強いが、ここに温泉でもあるのか?
川が温泉? ありえるが、今の状況下で呑気に温泉を探してお湯に浸かっている気分ではない。
……よし、この際だ。この血の臭いは危険と判断。
休憩は回避かな。
黒豹とハイグリアだけを連れていた時とは違う。
経験のある冒険者たちだけなら臭いがあろうとなかろうと樹海の中を楽しむように探索を続けながら普通に冒険者活動をキッシュの村まで楽しんだかもしれないが。
アッリ&タークを助けるついでに連れてきた方々の表情には、疲労の色が見えた。
放蕩をしつくしたような醜い人族男。
好々爺。
顔に大量の赤いニキビを浮かせた太ったエルフ女。
ヒルのような舌を持つ鱗人。
嘗てのルビアに似た貧相な人族少女。
片腕と片脚は包帯だらけの人族少年か少女。
魔力を備えたインディアン風の衣装を着込む人族の老婆。
など、種族も老若男女……で様々だ。
この方たちを助ける義理はないが、助けてしまったからには最低限の仕事はする。
だから黒豹に巨大な神獣へと変身してもらうとしよう。
皆を神獣の背中へと乗せて、手っ取り早くヘカトレイルか、キッシュの再建途中の村へと移動かな。
そういった二通りの筋を考えながら、
「……皆さん、ここから先は、歩いて散歩を楽しむように進むのは止めです。ということで、皆さんを直接ヘカトレイルか、この樹海に住む俺の知り合いが開拓している村へ送ろうかと思います。どちらがいいですか?」
と聞くと、木の実大好きの爺さんが、
「……はて、考は、百行の本。有り難きお言葉じゃが、わしらが居るところは、幻のカレミノ実がこれ見よがしに落ちている樹海の奥地じゃろう? そんなわしらを都市へ送るとは……突拍子もないと思うがのぅ」
爺さんが木の実を食いながら語る。
皺が無数に刻まれた頭部に、先端が細い顎先には、仙人のような長葱のような髭を生やしていた。
「……毎回、謎の言葉を呟く料理達人のトン爺に同意する。あんちゃんよ。助けてもらったうえに守ってくれているのは感謝している。だが、ここから直接にヘカトレイルだって? ここは樹海の奥地だろう? どうやって俺たちを都市へ送るっていうんだよ?」
中年の鱗人がもっともなことを喋る。
というか、あの爺さん、蘊蓄が好きな、木の実オタクではなかったのか。
鱗の皮膚も色々と種類があるんだなと、思いつつ、
「はは」
と、笑ってから、目の前で俺の話を聞いていた黒豹を見た。
ちょこんと座った黒豹は人形スタイルだ。
黒豹の揃った足に長い尻尾が左から綺麗に巻かれていた。
警戒した態勢で黙って俺の話を聞いている。
が……小枝を持ったアッリに鼻をくすぐられて、悪戯をされていた。
黒豹は鼻がむずむずとしていそう……。
しかし、ちょっかいを出されながらも、気にせず俺に一途な瞳を向けてくる。その瞳から何を訴えているんだ? と観察してアッリの面白がる様子を眺めながら、
「……安心しろ。樹海の樹木群が出す森の精気。フィトンチッドの殺菌成分や死蝶人からの不思議な鱗粉の影響を受けて頭がおかしくなったわけではない。俺の相棒――」
語尾のタイミングで腕を伸ばす。
悪戯をされている黒豹へ指先を向けた。
「――ふふ、このロロちゃん?」
アッリは持っていた小枝から、兎の尻尾に持ち替えていた。
尻尾の先端を黒豹の鼻先に当て、また、悪戯をしながら聞いてくる。アゾーラが残したお守りが、猫じゃらしに……。
まったく、いたずらっ子な女の子だ。
「……その通り」
と、アッリへ向けて笑みを意識して頷く。
悪戯をされている黒豹はくしゃみもせず。
涼しげな獣顔を浮かべていた。
そして、ピンク色の舌をぺろりと出す。
そのまま丁寧に、アッリが悪戯を繰り返すお守りの尻尾を舐めていた。
あまり動じていない様子だ。
やはり、見た目が黒豹だからかもしれない。
相棒が草原を駆ける姿は気品がある。
ひょっとして、大人バージョンを意識している?
血の臭いを警戒しているのか?
子供のアッリには構っていない。
そんな凜々しさを感じる黒豹を見ながら、話をしようと思った時、
アッリの小さい口が動き、「シュウヤ兄ちゃんが持っていたマタタビが欲しい。ロロちゃんのごろごろ転がるところがみたいなぁ……」と、残念がった口調の呟き声が、耳を打ったが、聞こえないフリをした。
そして、改めて、皆へ向けてロロのことを話すか。
「……今は黒豹姿のロロディーヌ。だが……実は、ドラゴンやグリフォンのように姿を巨大化できるんだ。そして、翼を生やすことも可能。ロロは空を飛べるんだよ。まさに神獣なんだ。だから、皆にそんな神獣ロロディーヌの背中へと乗ってもらい遠くへ移動しようかと」
俺の言葉を受けて、少し間があく。
そして、皆が目を丸くしながらロロディーヌのことを注目し、
「……おぉぉぉ――」
と、助かった人たちの言葉が樹海に谺した。
「――本当だったら凄いが」
「兄ちゃんが、言うんだ。たぶん本当だよ」
助かった一部の人々は口々に神獣と呟く。感嘆の声を上げていた。
まだ黒豹は、とぼけた表情で、尻尾を動かして遊んでいた。
黒豹は変身をしていない。
そんな自分の長い尻尾と遊んでいる黒豹の姿を、神獣と聞いて怖がるように怯えた方々も居る。
一方、古代狼族のハイグリアは喜んでいる、少し偉そうな態度。
膨らんだ胸甲の上で両手を組みながら『当たり前だ』とでもいうような勝ち気の表情を浮かべては首を縦に動かして頷いている。
そんなハイグリアを見つめていたら、俺の視線に気付いたハイグリア。
視線を寄越しニコッと笑みを浮かべていた。
と、恥ずかしそうに視線を逸らしてから、また青い瞳を向けてくる。
女心? 分からないが忙しい奴だ。
すると、大柄の人族男性が、
「……ヘカトレイルか。いきなりそんな大都市にいって俺たちが住めるのか?」
「住めるのか。と、いわれてもな」
ヘカトレイルでは、闇ギルドの仕事を紹介してやるぐらいしか、伝はない……。
「……俺は村で畑を耕していた。それしかできない男だ。それが大都市で仕事なんて」
「おいらは木を切る仕事をしていた。オーク、ゴブリン、タンデル原生人、他、モンスターの姿はたまに見かける程度の少人数の樵たちが住んでいた村だったからな。だが……村も、結局は吸血鬼たちに滅ぼされてしまった……」
「マウリグとエブエと同じだ。トデルフェルの村民はすべて吸血鬼の餌となった」
皆、バラバラか。
「同じ村の出身とかは居ないのか?」
と聞いてみた。
「いない。生き残っているのは……種族も村の名も知らぬ者同士だ」
人族の畑仕事が得意なマウリグと樵のエブエに同意した彼は、顔に皺が目立つドワーフ。
腰巻きに種袋のような物を多数巻き付けているので、農民だろう。
この種好きのドワーフもマウリグと同じかな。
「というか皆、牢屋の同士だろう」
マウリグが、どこかの尻好きな女性が反応しそうな言葉を放つ。
ヘルメが居なくてよかった。
「そうよ。牢屋の中で一緒に過ごしてきた仲間でもある。死んだ名もなき子供と大人たち、彼らのためにも、働きたい。けど働こうにも……」
「リデル、血を吸われないだけでも、よかったではないか」
「パルゥ……うん。けど、元気なアッリとタークのように子供ながらにして腕っぷしがあるわけではないし……わたし、針も扱えないのよ? 小さい藁を集めるだけしか……芦刈りもまともにできないし……だから不安なのよ。もし、彼が送るといったヘカトレイルへ行けても、噂に聞く新街で浮浪の身となるか、運が良くても娼婦の未来しか……」
リデルと呼ばれた子は、先ほど視界に入った貧相な女の子だ。
確かに、仕立屋としても無理そうだ。
ヘカトレイルで仕立屋に雇ってもらうにも、逆に「習うのに金が必要ね?」とか言われそうな雰囲気。
皆、都会のヘカトレイルで過ごすには、不安ありか。
なら、皆で、キッシュの村へと向かうのが、無難かな?
「出ずれば生、入れば死……人の生くるや、動いて死地にゆくもの十に三あり……」
木の実好きの爺さんが、少女リデルの言葉を聞いて、哲学めいた言葉を呟いていた。
「……トン爺、牢屋でさんざん聞いたが、また、わけのわからん言葉を」
ラグレンのような、大柄の人族のマウリグが眉をひそめながら、トン爺を睨む。
しかし、トン爺さんとは何者だろうか。
普通の人から出てくる言葉ではない。
「……なあに、リデルの言葉を受けてな。心と体は一つであると言いたいのじゃ」
トン爺。どんぐりの木の実を目の前に浮かせて口に運び入れていた。
見た目は、木の実好きな、ただの爺だが。
「……当たり前だろう」
「ふむ。それよりも、マウリグよ。偉大な方にお礼は言ったか?」
「いったさ」
爺さんにそう言われて、俺に視線を寄越すマウリグ。
「もう一度、わしも言っとこう。心から礼を……」
トン爺も続けて、俺に頭を下げてきた。
こそばゆい。
「……いえ、もう十分ですから、もったいない」
「偉大な強者様じゃな……マウリグやリデルとはえらい違いじゃ」
「なんだと~、そりゃそうだろうよ……」
「トン爺……」
トン爺の比較するような言葉に、二人は不満気だ。
「籠を上となし辱を下となす……人はだれも恥辱を得て顔に血を上らせる。己を見失うんじゃ。壁を見て、己を見る。壁を鏡となして、己を見よ。今、助けられた、生きているだけで幸せなのじゃ。闇に等しい……この混沌世界で、わしらは助かったんじゃ、暗夜に星が輝くようにな?」
「何が言いたいんだ。トン爺……要するに美味しい木の実を食えってことか?」
「……禍は福のよるところ、福は禍の伏すところ……」
「……トン爺さん、俺たちはもう牢屋から出られたんだぞ。禍は福になったじゃないか」
トン爺さんの会話から、そう解釈したマウリグの会話が続く。
しかし、トン爺さんは何者だよ。
そんな皆の様子を眺めながら、俺も口を動かす。
「……会話中悪いが、それじゃ、キッシュという友が運営している開拓村へと向かおうと、思うんだが、どうだろう?」
「キッシュ村長? 開拓村とは聞いたことがない。そこは、我らのような存在でも受け入れてくれるのか?」
存在か、そう聞いてきたのはドワーフのおっさんだ。
彼は、腰に備えた種袋へ、大事そうに手を当てていた。
その種袋から、別段魔力は感じないが……。
何か大事な種だろうか。
そして、そこまで自分を卑下しなくてもいいと思う。
だが、キッシュの村に向かったとして……。
まだ、その彼女に、この助かった方々の説明をしていない。
急な展開だから仕方がないが……。
アッリ&タークを助けることしか考えていなかったし。
「……実は、その開拓村の責任者のキッシュとは、『子供たちを救う』としか、話をしていない。君らのことは一言も話をしていない。だが、どちらにせよ、キッシュの村には向かうぞ?」
「強引だな」
ドワーフのおっさんは渋い表情だ。
しかし、笑っている。とわかる。
「当たり前だ。キッシュには『アッリ&タークを助ける』と約束をしたからな? その約束は守る」
「あんたの連れの女か」
「友だよ。で、友のキッシュが、あなたたちを受け入れてくれるかは……わからない。だから、衣食住に関する交渉を頑張ってくれ」
冷たいようだが、俺にできることはこれぐらいだ。
「シュウヤ兄ちゃん。大丈夫だよ」
タークが手を上げて、話をしてきた。
「大丈夫?」
と、尋ねた。
「そう。ボクとアッリ、ううん、本当はキッシュが中心だけど、【茨森】のゲンダルに住んでいる原住民を狩ったりしているんだ」
「そう! 【馬崖岩】と【プレモス盆地】にかけて、たくさんの綺麗な【水晶池】の近くに住んでいるゴブリンたちも狩る!」
アッリが元気よくタークの言葉に合わせて話し出す。
「アッリはゴブリンを倒すのうまいからな。そこにはゴブリンたちの巣があるし、あと、水蜘蛛様にお祈りをするためにも狩りをしているんだ~。だから、いろんな素材は、もう村に、たくさん集まっているんだ!」
「タークのいうとおり! サイデイル村には、木の実もあるし、家を作る場所はたくさんあるのだ~。大人が少なくて家がないだけ」
アッリ&タークが嬉しいことを言ってくれた。
水蜘蛛様というのは詳しくは知らないが。
要するに、この方々をキッシュなら受け入れてくれると言いたいんだな。
まぁ、彼女なら受け入れてくれるだろうな……と、曖昧だが、なんとなく思ってはいた。
「あとね、もとから、不思議な岩穴がいっぱいあったし、昔は巨大なお家もあったみたい。キッシュから「入ってはいけない」と注意されていた地下へ向かう場所もある」
「うんうん。不思議な音が響く洞穴はたくさんあった。タークは冒険好きだから入りたがってたけど、キッシュは絶対に入ったらダメだって、すごい剣幕で怒ってた。先祖、ベファなんとか大帝国? が、失われた祭壇が、とか、なんとかいってた」
「うん、あんなキッシュの顔を見るのは初めてだったなぁ」
タークが少し怯えながら話をしていた。
地下? 大帝国? エルフの帝国か?
まぁ、詳しくはキッシュから……聞けそうもないか。
見るのが、初めての顔とは、いつか星空を見ていたような表情か?
「……でも、キッシュお姉ちゃんは、わたしたちを受け入れてくれた優しいお姉ちゃんだもん。だから、皆のことも喜んで受け入れてくれるはずだよ」
アッリの言葉を聞いていると、髪飾りが似合うキッシュを思い出す。
翡翠色の髪と瞳のキッシュが目の前に現れた気がした。
笑みを意識。
「……そっか、キッシュだもんな」
と、アッリに語っていた。
「うん! キッシュお姉ちゃん『人員は大切だ』っていつも喋ってたし、わたしもね……強いモガ&ネームスだけじゃなくて、仲良しのリデルとパル爺も好きだし、トン爺の、木の実集めと料理と様々な蘊蓄話も好き! バング婆の怖い呪術話も好き! 捕まっていた皆が好き! だから大丈夫!」
アッリが自信満々で語る。
アッリの言葉を受けて、助かった方々は優しげな表情を浮かべていた。
この鱗人の少女らしい明るさと笑顔が、もしかしたら、檻の中に閉じ込められていた人々の救いと希望だったのかもしれないな。
少し、心が和む。
そして、キッシュの村の光景を思い出した。
墓場のような岩が並んでいた高台へ続く古びた石階段のような存在があったな。
広々とした空き地。
横に突き出た樹木群。
無数の岩が工作機械で丁寧に削られたような造形の場所があったような気もする。
もしかしたら、この方々が中心となって、あの村の発展が遂げられるかもしれない。
そして、キッシュの故郷は、遺跡のような場所なのか?
エルフの寿命は長い。
昔、魔竜王に滅ぼされる前から存在していた場所だ。
……嘗て、キッシュの部族が住んでいた村。
そして、アッリとタークはキッシュなら受け入れてくれると話をしていた。
ま、資金を含めた食料の買い出しなら、俺も協力はできる。
畜産業をがんばるなら、ポポブムを連れてくるのもありだな。
ポポブムから取れるミルクで一儲けを……。
いや、ポポブムはペルネーテの屋敷だ。
ミミを含めた使用人たちが買い物に使っていたし、何より愛されているから止めておこう。
そんなことを考えていたらポポブムに会いたくなってしまったじゃないか!
「……ということで、皆、キッシュの村へ向かう」
荒む心を落ち着かせ、一呼吸置いてから、
「実は、俺の大切な仲間たちが守っている拠点でもある。だから、キッシュの開拓村ならば少なくとも現状より安全性が高まるはずだ。そして、俺も帰ったらキッシュの拠点造りに……これは、俺が旅立つ前にだが……少しは、貢献したいと考えている」
「そうですか、聖人混沌の無為をいく、善く戦う己の器を知る強者であり、他人に奉仕を厭わない偉大なる貴方に……優秀な部下が……ならば、安心できますな」
髭を生やしたトン爺さんが、またもや、丁寧な口調で語っていた。
木の実が好きな料理人らしいが……俺は恐縮してしまう……。
トン爺さんから魔闘術系の力は感じないが……。
その言葉と態度から、威厳と慎ましさを兼ね備えた、強さを感じられた。
仏像を手彫りしていそうな、心が海のように広い人と言えばいいか。
「……はは、大げさです。俺は無法者。そんな大層なもんではないです」
「……豪快な方だ。その拠点についたら、八珍の料理を振る舞いたいものじゃ」
……料理か。嬉しいが、お祈りをするように、無難に頭を下げておこう……。
俺が頭を下げると、トン爺さんは、頬の皺を伸ばすように笑みを湛えていた。
さて、肝心の黒豹さんは……と。
話を終えたのがわかっているのか、俺の腰辺りへ頭を衝突させていた。
長い耳も俺の太股で擦るように、わざと当ててくる。
――たまらん、猫科特有の甘える仕草だ。
お返しに……。
形のいい長耳に生えているフサフサと生えている黒毛を梳いていく。
黒毛を纏めて束ねてみたり、指の背で黒毛をさすってみたりした。
ついでに、長い耳の根元を人差し指と親指で挟む。
――柔らかい耳と黒毛だ。
耳を挟んだ指たちで、耳裏ごと優しく引き延ばすように、耳の先端まで指たちを移動させていく。
これが、猫耳マッサージの極意だ。
「……ンン、にゃあぁ~」
マッサージを受けた黒豹はなんともいえない声で鳴く。
目を瞑り長耳を小さく震わせると身体が弛緩し、その場でゴロンと寝転がった。
お腹を露出する、かわいい黒豹。
なんともいえない幸せそうな表情を浮かべている。
はは、こりゃ完全に堕ちたな。
そして、内腹に生えている薄い産毛の黒色の毛たちを魅せつけている。
毛の間からバルミントを育て上げたピンクなおっぱい乳首を覗かせていた。
実際に見たわけではないが、ハイグリアより破壊力があるかもしれない。
ゴロゴロと喉音も鳴らしていた。
黒猫ではない黒豹の姿の喉音だが、可愛い音に変わりはない。
「あぁぁぁ~! お腹だ~。これが本当に大きくなるの~?」
「ふふ、ぱいぱいが~~、かわいい〜~」
アッリとタークが興奮。
アッリは黒豹の内腹に顔を埋めて、「ぶぅぅぅぅ」と息を内腹に吹きかけては、おっぱい乳首を食べていた。
「にゃぁぁ~」
黒豹は『くすぐったいにゃ~』とでもいうように鳴いて、なすがまま。
そんなやられ放題の黒豹の頭に手を当て、毛並みの感触を楽しみながら、優しく撫でて上げた。
黒豹は甘えることに満足したのか、子供たちから逃げるように華麗に立ち上がると、胴体から伸びていた黒色の触手を動かしつつ、尻尾をあげて傘の柄を作っては、くるりと、くるりと尻尾を何回も回すように動かしていく。
最終的に触手の群と長い尻尾の先端を川向こうへ広がる樹海へ向けていた。聳え立つ木々の向こう側だ。
血の臭いが濃厚に漂う場所。
しかし、尻尾と共に動く触手が面白い。
……この動きはずっと見ていられる。
「ロロちゃん、あそこが気になるのね」
「シュウヤ兄ちゃんも見てる」
「あぁ、臭いがな?」
と、尻尾と触手から視線を外すように、アッリ&タークの言葉に同意しながら時折、硫黄が混ざる血の匂いを運んでくる川向こうを見た。
黒豹は尻尾と触手の動きからして、偵察をしたいようだ……。
その一つ一つの樹木は、樹海らしく異様な形が多い。
月明かりのせいではないと思うが、魔霧の渦森に生えている樹とは色も違って見える。
しかし、自然の豊かさは同じかも。
清流のような、せせらぎ音といい奥の細道、俳句を考えたくなる。
そんな樹木の下には、辻のような獣道もあった。
提灯のような淡い光を発している花袋と、その淡い光に誘われた虫たちもゆらゆらと蜃気楼のように飛翔している。
手前には苔と蔓が垂れる土手の斜面もあった。
その斜面の下を流れている水面にも、不思議な光を発している物も見える。
またたく灯のような虫か、モンスターか?
あれは蝶にも見える。
が、まさかな?
と、思いながらも……。
隣に移動してきた黒豹と共に小川を見つめていく。
濃厚な血の匂いが薄まるようにも感じさせてくる月明かりも相まった川の景色は美しい。
その美しい流れを見せる川の表面に自然と目が向かう。
水面を踊るような銀蛇の川筋。
この光景に黒豹も……。
と思ったが、反応はしていない。
ずっと前にハイム川の水面模様を眺めていた頃のように、水面を見続けていくことはしなかった。
黒豹は、俺も、血の匂いが気になっていると判断したようだ。
血の匂いが漂ってくるほうへと……。
豹の頭部を向ける。
と、まるで『こっちにゃ』と、いうように長い尻尾をふりふり動かしながら水辺へと歩き出す。
この鉄分と硫黄の異様な血の匂いは、少し異質だからな。
しかし、探索はしない。
自慢気に歩く黒豹へ向け、
「ロロ、待て、さっき話をしていたように、探索はなしだ」
と、呼び止める。
「にゃ?」
「巨大な神獣の姿となってくれ。空旅で、キッシュの村へ直行だ」
「ンンンッ、にゃぁ~」
黒豹は尻尾をふりふりしつつ。
独自の音楽を鳴らすように喉声からのコラボで嬉しそうに鳴いた。
クルッと回ってから、走り出す。
宙へと跳ね跳ぶように、華麗に宙空の位置で変身した。
血の臭いからの狩りも好きだが……。
空旅も普通に好きだからな。
豹から馬に……。
そして、巨大な獅子からグリフォンのような姿へと成長を遂げた。
「――うあぁぁぁぁ」
「おぉぉぉ」
「あっという間に巨大化だと!」
「――巨大ロロちゃん!」
「おい、シュウヤ、聞いてねぇ」
「な、なんだぁ」
「ひぃぁぁ~」
「……神狼ハーレイア様?」
「わたしは、ネームス!」
皆、当然びっくり仰天。
腰を抜かしてその場に倒れる者、食べていた木の実を吐き出す者。
「……皆、びっくりしているところ悪いが――」
皆に乗れ。
と語りかけようとした時……川から鈴の音が鳴り響く。
巨大な棺桶が現れる。石か木材かここからでは判別できない。
巨大な棺桶は、どんぶらこっこと、桃太郎のように川から流れているわけではない。川面の上を這うように移動し、不自然に浮いている。
棺桶の面には古い様々な宗教絵画が描かれてある。
四人の黒色の紳士服を着た男たちが気になった。
シルクハットを被っているし、ポルセンじゃあるまいし。
そして、硫黄の臭いが凄い……。
臭いも凄いが、棺桶の内と外から膨大な魔力の質を感じる。
あの巨大な棺桶は敵、モンスター?
棺桶といえば……もしや、ホフマンか?
古びた白い帽子を被った死蝶人と戦っていた時……。
血のマントのような半身から、あんな棺桶を登場させていた。
巨大な棺桶の横から赤みを帯びた巨大な腕が現れる。
その腕の指の幾つが棺桶の上部に触れていた。
「――皆! 川、俺たちの側に絶対来るな!」
「え? うん」
「わかった、みんなー、さがって」
「……なんだなんだ」
「わたしは、ネーームス!」
「ネームス、俺たちが後衛だ。川の変な棺桶はシュウヤに任せておけ」
「……わたし、は、ネームス」
「さがれ? さがるが……」
油断したわけではないと思うが、皆の行動が遅い。
吸血鬼として表情に血の力の現すように、
「モガとネームス皆を頼む。そして、皆、もっと後ろに下がれ――」
その途端、皆、駆け出すように川から離れた。
怯えたハイグリアは残る。
「ロロもいいな?」
「……にゃ」
神獣の姿となっていたロロディーヌ。
俺の言葉を聞くや否や、頷くような素振りを見せると、
「ガルルゥ」
と、神獣らしい獣の唸り声を上げながら川の上へと跳躍していた。
川の上に浮かび待機してくれた神獣ロロディーヌは竜のごとく大きな口を上下に広げる。
巨大な棺桶は、それに応えるように蠢く。
棺桶の大きな蓋が横にずれた。
引きずるような不気味な音を立てて、蓋が開こうとしていた。
「ガルルルゥ、にゃごぉ」
神獣ロロディーヌは、その棺桶に向けて威嚇を強める。
唸り声を発しては、歯牙を晒す。
体から黒色の触手の群を展開。触手で宙空の乙の字を作るように先端を棺桶に向けていた。
無数の触手が宙空に拡がっている光景は、孔雀の羽を髣髴とする形だ。
鴉の羽根が無数に舞うような触手の群れにも見える。
あの無数の触手を鞭の如くしなって直進したら、雨霰と連続的な攻撃も瞬時に可能なはずだ。
が、まだ神獣ロロディーヌは動かない。
睨みを強くしながらも意外に冷静だ。
まだ巨大な棺桶に対して攻撃を加えようとしない。
今は距離を保ったとはいえ、守る者たちが居るからな。
否、ハイグリアが残っているからか。
そんなことを考えながらムラサメブレードの鋼の柄巻を腰に差し戻す。
左右の手に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを召喚。
手の内に柄の感触を得ながら川の上に浮いている神獣ロロディーヌへと跳躍し、背中に乗り込んだ。
巨大な神獣の後頭部から伸びていた触手の群が視界にチラつく中……少し離れた川面の上で浮いている巨大な棺桶を凝視した。
巨大な棺桶の横から出ている赤い巨大な腕からして、腕の持ち主は巨人だろうか。
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