二百四十七話 ングゥゥィィの真実と揺れる銀色の虹彩
この三日月型のお化けはいったい……。
「はい、喰いましたが、貴方はいったい? ハルホンクとは違うのですか?」
未知の物体へ語り掛ける。
「違うが、そうだともいえる。俺は、遠い昔、遥か彼方の魔界にて、魔皇シーフォと呼ばれていた。シーフォ・オパル・イズ・パズスだ。今は、暴喰いハルホンクに喰われた残骸のみだが」
魔皇シーフォ。シーフォ・オパル・イズ・パズス……。
長い名前だ。しかし、ハルホンクの声音とは違い気品を感じさせる声音だ。
見た目はあれだが……俺も紳士的に応えるか。
「……シーフォさん。俺はシュウヤです。この墨のような世界はいったい……」
「オカシナことを聞く。お前が喰ったのだろう? ハルホンクを」
「えぇ、はい。確かに……」
声音を落とし、とぼけた感じで呟いた時……。
ぷっくりと膨らんでいる双眸の眼球から、生きた蜘蛛が多脚を用いて這い出てきた。
這い出てきた蜘蛛は一匹だけだ。
タランチュラ型の八本の多脚の内、前脚の二つをバンザイでもするように上へ向けている。
蜘蛛がバンザイ?
そして、前脚をくねくねと器用に回転させてきた。
可愛く蜘蛛カンフーでもするのか?
イーアルカンフーなら負けないぞ。と思ったら、蜘蛛の頭の中心にある複眼から、神々しい光を放ってくる。
俺はその神々しい光に照らされた。
痛みも感じないし、癒してくれるわけでもない。
攻撃を受けたわけじゃないらしい。
蜘蛛の光を浴びていると、足元を流れていた墨の線が疎らに消えて、漆黒色の地面らしきモノが見えた。
「……飄々としているが蜘蛛王審眼を弾く強者か」
三日月型のお化けはそんなことを語る。
その名前に似た言葉は聞いたことがあるし、蜘蛛といえば……。
「鑑定眼か」
女神、荒神が用いていたコイン型の蜘蛛。
だが、こいつは生きた蜘蛛類を用いていた。古いから?
「その通り。鑑定眼を知る者であり、それを弾く強者。お前の実力に嘘はない」
役目を終えた生きた蜘蛛は、眼球の中へ脚を沈ませると消えていった。
しかし、俺の実力に嘘はないとは、三日月型のお化けに褒められたのか?
「……どうも」
褒められたようなので、頭を下げておく。
「だが、ハルホンクを喰いここに居るのだから、当然ともいえる」
「なら、なんで鑑定を?」
「……世界が終ろうとしているせいか……我も少し……混乱していたようだ。勝手に鑑定を行ったことは謝ろう。済まなかった」
シーフォ、見た目といい珍しい奴だな。
口調は神のような傲慢さを感じるが、鑑定したことをわざわざ謝るとは。
「お気になさらず。ところで、この世界が終わるとは?」
「ハルホンクの精神次元世界が終わろうとしている」
へぇ、やっぱりそんな世界か。
でも久しぶりだな……精神世界。
昔、ローゼスと契約して以来か?
「それが終わる……もしかして、俺がハルホンクを喰ったせいですか?」
「正解だ。銀色の粒が舞っているだろう?」
「はい」
「……その銀の粒が、シュウヤ、お前の精神と統合中の証拠だ」
統合中?
現時点で魔力を吸われ続けているとか、吸っているとか、別段にそんな感覚はないが……。
「統合……実感がないですが……」
「それは現世と幽世の違い、観測者がいる世界といない世界の違いだ」
いまいち分からない。二重スリットの実験とかの話か?
地球の量子論で考えても仕方がないか……。
ここは精神世界。
外にはセラがある、俺の実体があるリアル世界。
黒き環が無数にある世界。壮大すぎて途方もないが、宇宙を内包した多次元が重なる異世界だ。
それを踏まえて……。
「……次元が違うとか狭間が薄いとか濃いとかの……?」
「最初は近い、が、ヴェイルは関係ない」
「そうですか……」
なら、お手上げだ。
そのタイミングで、三日月型のシーフォの眼球が蠢いた。
ピンポン玉のような白い眼球の中に血筋を作りながら、ぎょろりと剥く。
「……暴喰いハルホンクを喰った異質なシュウヤよ。お前に願いがある」
「願い?」
「うむ。我はもうじき消える。全てが消える。最後に粘っていた精神体までもが、消失してしまうのだ……だから、最期に、これを託したい……」
三日月型のシーフォは、悲しげに語りながら、ピンポン玉のような眼球の瞬きを繰り返した瞬間――。
って、マジか。三日月型の中心に亀裂が……。
まさか顎を新しく作るとか?
と思ったら、パカッと音を立てながら、見事に真っ二つに月が割れてしまった。
分裂? 眼が片方ずつの月に付いた状態。
さらに、その割れた箇所から三日月型の飾り石が現れる。
黄金の鎖の環と繋がっているので、ネックレス?
ぷかぷかと浮いている三日月型の飾り石が付いたネックレス。
その浮いている三日月型の飾り石が、個別に意思があるように、黄金環の鎖を下に垂らしながら空中を漂い俺の胸元まで、自動的に移動して近寄ってきた。
とりあえず、掴むかと……そのネックレスを掴んだ瞬間に、黄金環のネックレスが消失。
三日月型の飾り石だけが、残った。
「……それは我の生きた証。魔皇シーフォの魔石。魔界にある【シーフォの祠】に納めてくれ……」
「魔界の祠に納める……正直、魔界なんて行けるか分からないですよ? それでもいいんですか?」
「……ここまで粘って生き永らえてきた我の因果が……徒花に終わるわけがない。お前を導くと信じている……さ……」
二つに分裂していた三日月は、その喋りの途中で、なんの余韻も残さず崩れるように塵になって消えてしまった。
最期の言葉はあいつの希望か。
喋っていた三日月が消えると、墨の世界の幻影も、夢やあぶくのように消えていく。
俺の部屋の光景が現れ始めた。
よかった。元に戻れた。
今の出来事、夢幻のごとく感じるが……。
右の掌の中に、三日月型の飾り石の感触がしっかりと残っている。
掌を広げると……やはりあった。夢じゃない。
この三日月型の魔石アクセサリーには魔力が溢れているというわけじゃないが、多大な魔力が内包しているから何かの特殊効果はありそうだ。
スロザの店主に鑑定をしてもらうか?
……体を確認。
もしかしてと……革服を脱ぐ。
素っ裸で体を確認だ。
ツアンが見ているが、無視。
胸を見て、肩を見た。
え!? 一体化だと? 驚いた。
右肩の肌の表面に、竜頭の金属甲がくっ付いていた。
右腕を持ち上げて腋をみて、意味もなく匂いをチェック。
これは普通――。
左肩も確認するが……右肩のみか。
竜頭の片目には蒼眼が嵌まっている。
ちゃんと、魔竜王の蒼眼を取り込んだ状態だ。
ハルホンクがその全てを、俺に委ねた結果がこれなのか?
そして、その右肩を意識した途端……不思議な繋がりを、竜頭の金属甲から感じられるようになった。
試しに、持っていたシーフォに託された小さい三日月型の魔石を試さない。
サイドテーブルの上にあった大銅貨を取る。
その硬貨を右肩の竜頭の口の部位へ押しあててみた。
が、反応はなし……喰わなかった。
ングゥゥィィの反応はない。
何気に……ングゥゥィィのこと、少し気に入ってたのに。
大銅貨を机に戻す。
しかし……ングゥゥィィの声。
またいつか声を聞かせてくれるだろうか。
……ングゥゥィィの音……やべぇ、嵌まったかも……。
あ、まさか第二種の呪いとは、これのことか!
「……なわけないか。あの声、またいつか聞かせてくれるかな?」
――と、竜頭の金属甲の表面を、トントントンと、リズムよく左手の指で叩く。
「……不思議な竜頭の金属甲のハルホンクよ」
語り掛けても反応はない。
「……」
一瞬……ングゥゥィィ。を期待したが声はなし。
魔竜王の蒼眼を含めて様々なモノを取り込んで、本当に俺を主と認めて一体化したようだ。
そこで、コート全体から感じる繋がりを意識しながら、
「魔竜王の鎧」
と、想像しながら呟いた瞬間――。
肩の竜頭の金属甲が眩い輝きを示す。
若干、魔力を消費するが、輝いた右肩の竜頭を象った金属甲の口部分から、凄まじい勢いで紫の鱗が吐き出されていった。
その紫の鱗は瞬く間に、俺の体の表面を覆う。
――新しい魔竜王の鎧を着た状態に変身を遂げた。
ちゃんと、俺の意識を汲み取ったようだ。
右手のアイテムボックスの周囲は簡易的な籠手のような素材で、縁取られて金具もある。
薄くしたり厚くしたりと、手首と肘の部分を弄れる。
両手首の<鎖の因子>のマークの所は滑らかな形で穴が空いていた。
しかも、邪神シテアトップの攻撃を受けて、縦に大きく斬られた傷痕がなくなっている。
この新しい魔竜王の鎧をよく見ると……。
色合いに暗緑色が混ざっていた。
ところどころで造形も微妙に違うので、魔竜王の鎧とハルホンクコートが混ざった感じなのだろう。
右肩と同化している竜頭の金属甲はあまり変わらず。
「旦那、いったい、そりゃ……」
イモリザとの脳内会話を繰り返していたツアンも俺の姿を見て驚いてる。
「ある種、修理したともいえる? が、融合、新しい鎧コートだな? イメージ通りの鎧を造れるのか、まぁ体の一部でもある」
笑いながら答える。
あ、もしかして……と、竜の頭を象るハルホンクの蒼眼へピンポイントで魔力を送る。
すると、俺の視線に合わせるように、竜頭が自動的に右方へ振り向いて蒼眼が光った。
その蒼眼から、氷の刃が飛び出す。
「ひえッ――」
ツアンは吃驚して飛び上がった。
彼の足元に、氷刃が突き刺さっている。
「旦那、いきなりは、なしですぜ。竜頭から飛び道具とは……」
と、いうか、ツアン、今の身体能力は中々だったような。
さすがは元教会騎士なのか? いや、三人分の魂と肉体が合わさっている<光邪ノ使徒>だ。と、なると、ピュリンの針を使う能力と過去も知りたいかも。
それはおいおいかな。
「……すまん、これは新しい防具の力だ」
魔竜王の蒼眼を鎧コートに新しく取り付けられたアクセサリーみたいなものか。
今まで胸ポケットの一つに入れていたが、これからは有効活用ができそう。
そして、ハルホンクの竜頭から連なる新しい魔竜王の鎧へ全体を意識しながら半袖の夏服バージョンになれと念じてみた。
その刹那――肩の金属甲の竜の口へ全身に展開していた紫の鎧を形成していた紫の鱗が吸いこまれていく。一瞬で吸い込まれると、その吸い込んだ竜の口から、紫の鱗の代わりに暗緑色の布素材が波打つように全身へ展開されて広がった。
ゼロコンマ何秒の間に、コートではない、暗緑色を生かした半袖姿へ変身を遂げる。
「……おぉ」
竜の頭を象った金属の肩は基本なのかな?
普通の右肩に戻るか試す。
念じると、右肩の表面に付いていた竜頭の金属甲がぐにょりと蠢き普通の肩へ変わっていた。
イメージがある程度反映されるようだ。
これはいい!
「……旦那、随分とユニークな鎧、服を持っているんだな」
「大元が凄いからな。迷宮の地下二十階層で、魔宝地図を辿り、出現させた白銀の宝箱から手に入れたものだ」
「あぁ、そういや、ここは迷宮都市か――」
ツアンは頭をぼりぼり掻きながら、空を見るように視線を回していた。
だが、その途中、
「え!? 今、さらりと重大なことを聞いたような気がするのですが、気のせいでしょうか」
「気のせいだろう。ということで、ツアンよ。イモリザに変わり、指へ戻れ」
「……旦那にとって二十階層とは、その程度の認識ですかい……了解――」
ツアンは納得していないが、その顔が崩れ溶けるように肉が崩れる。身体も萎んでいく。
萎み丸くなると、黄金芋虫の姿に変身を遂げていた。
「チュイチュイ♪」
黄金芋虫イモリザは可愛く鳴いてから、うねり起伏していく。
くねくねと進むと、軟体生物のように胴体を間延びさせて、俺の右手、甲の部分にくっ付き、そこからバネが曲がるように掌側へ回り、新しい指に変身。
指の感触を確認しながら、新しいハルホンクを確認。
暗緑色の布素材が使われた衣服。
ところどころに白銀の枝葉の模様も変わらない。
……さて、王子のところへいくか。
その前に、この三日月型の魔石を仕舞わないと。
もし、魔界へ行けたら【シーフォの祠】とやらを目指すか。
約束した訳じゃないから優先度は低いが……。
と、右手首にあるアイテムボックスを弄り、黒いウィンドウを起動させて三日月型の魔石を保管。
アイテムボックスのウィンドウを消し、意味もなく腕を回しながら半袖のハルホンク状態で部屋を出る。
廊下からリビングへ向かった。
「ご主人様、お出かけですか? あ、服が」
椅子に貴族子女のような佇まいで座るヴィーネだ。
紅茶を飲んで休んでいた。
机の上にティーカップがある。
隣に羊皮紙があり、ペンがあった。
彼女はその羊皮紙に文字を書いていたらしい。
しかし、野郎のツアンとは違い、落ち着いた銀髪の美女は見ているだけで癒される。
「……あぁ、服がパワーアップした。今度話すよ」
と、自然とヴィーネの座っている椅子の近くへ吸い寄せられていった。
「で、何を書いていたんだ?」
「あ、これは……」
机に、顔を覗かせると、ヴィーネは恥ずかしそうにしていたが、書いていたものを隠そうとはしなかった。
その羊皮紙を見ていくと……綺麗な文字で商品一覧名簿? が書かれてある。
その下に……。
□■□■
ルクソール商会が、最近、船商会を始めた。
アテナイ商会が迷宮都市で大量に仕入れた大茸が、王都を席巻中。
マレリアン大商会が樹魔の素材で新しい肥料の開発に成功し、南のセブンフォリア王国の都督が治める【海運都市リドバクア】との貿易を開始しようとした。
ところが、海光都市の海賊が煩くなり、断念とのこと。
代わりにラドフォード帝国とセブンフォリア王国の陸の都市との貿易ルートを模索中とのこと。それに伴い、街の街道の整備が進み流通面が活性化し、隊商ルート沿いの中小規模の都市において様々な経済効果の波及が予想される。ただ、戦争が南に拡大する恐れもあるので、これは仮定に過ぎない。
巨大モンスター、嵐、盗賊、多々リスクがあるが、やはり砂漠都市経由の貿易の方が堅実かもしれない。古代遺跡、西のエイハーン国の流通も一部ではあると聞くが、これについては峠において調べた範囲でしか分からないが……。
と、わたしがマレリアン大商会だった場合の予想を考えてしまった。
□■□■
ヴィーネは、女社長としてイノベーションを起こせそうな雰囲気だな。そんな商会に関する資料の他にも……日記のようなのが書かれてあった。
「ヴィーネ、見ちゃだめか?」
「いえ、大丈夫です。その、見てくれ……ると、嬉しい。わたしの気持ちがここにある」
彼女は途中から素の感情を表に出して話していた。
「了解」
と、微笑んで答えながら、素の感情を出しているヴィーネの肩の上に優しく手をおく。
彼女は銀仮面越しだが、微笑みを返してきた。
俺は頷いて、日記の羊皮紙へ視線を移す。
□■□■
ご主人様は将来は旅へ出るとおっしゃられた。
その旅に……付いていきたい。
偕老同穴の誓いは永遠だ。
優しく強く偉大な雄の側で、ずっと御側に……。
しかし、邪界での道中、他の<筆頭従者長>たちの考えを聞く度に……わたしは勉強させられる思いだった。彼女たちは強い。
ルシヴァルの血があらゆる面で、彼女たちの成長を促しているのかもしれない。
ご主人様を愛し信仰に近い想いを持ちながらも、己の信念と個性を持ち、一から成長を続けようと努力を続けていた。
そして、愛がある故に無償で時間を提供、提供されるといった関係から、ご主人様のひた向きな武術への想い、自由への渇望を身に感じて影響を受けているのもあるだろう。
そして、それはわたしも同じ。
ご主人様の行動と言葉の種は、いつしかわたしの心の中にも芽吹いていたのだ。
これがご主人様がよく言われている、成長。
ということなのだろうか。
わたしも……自身が強くなること、調べ物をすること、未知の言語を覚えること。
これらのことが好きなのだと、改めて強く認識するようになっていた。
迷宮に潜り、モンスターを倒し、剣術、弓術、魔法の全ての実力を伸ばしたい。
<血魔力>も伸ばしていかなければ……第二関門が、果たして、どのようなスキルになるか。
……想像がつかないが。
宗主様で在らせられるご主人様とは違い、これは時間が掛かると予想できる。
血を吸い、魔素を集めて成長していけば、自ずと答えがでると思うが。
それに、ご主人様のような実戦的な体術も身に付けてみたい……。
いや、あれは元々……先天的な格闘のセンスがあるからこその動きか。
無意識から意識にかけて、自然と身体が動く反射と思考が一致した槍使い独自の動き。
いつも、あの動きを見ると胸がキュンと切なくなる……。
抱きしめてほしい。
少し脱線した。未知の言語も覚えたい。
ミスティのように書くわけではないが、新しい文字を覚えるのは本当に面白いのだ……。
ドワーフの言語にも興味がある。古代ドワーフ語の違いや、地下エルフ語が旧ベファリッツ大帝国の古い貴族たちが使っていた口調に近いと知ったことは面白いことだった。
今覚えている共通語は、北方諸国のロロリッザ王国を含めて、南マハハイム山脈の下の国々で通用する便利な言葉だ。
ロロリッザで奴隷商を渡り歩いていた頃、北方とは未踏の地を指しているのも知った。
南マハハイムでの北方諸国とは、宗教国家、聖王国を含めたことを指すのだがな。
その未踏の地に、ダークエルフの帝国が地上にあると噂で聞く。
地下で生活してきたダークエルフしか知らないわたしには、衝撃的なことであった。
しかし、その北方も気になるが、東も気になる。
この間、ご主人様の眷属たちと一緒に鏡を使いサーマリアに近い海を初めて見たが……。
伝説の通り壮大であった……。
そして、ユイたちが話していた東のシジマ街という場所、ローデリア海の東の向こうの文化とはいったい……。
ご主人様と常に一緒に居たい想いと、自らの成長を遂げて、なおかつ、未知の文化を知りたい想いが育っているのは事実なのだ。
□■□■
ヴィーネの想いか、色々と考えていたんだな。
ま、地上を放浪し奴隷商を渡り歩いていたヴィーネだ。
当たり前ともいえる。
「ヴィーネ、悩んでいるようだな」
「はい……」
彼女は、愁眉筋に力が入り細い眉と眉が寄る。
その瞳は揺れていた。
心が大きく揺れているとき、人は苦しいと感じると聞いたことがある。
その心を少しでも和らげてあげたい。
「……俺たちは数十年という短い命か?」
「いいえ、永遠です」
「なら、答えは出ているだろう?」
「え?」
俺も一緒に居たいが……。
「一時の寂しい想いはすると思うが、ヴィーネのやりたいことをやるべきなんだよ。そして、成長を実感しながら、時々、血文字で連絡しながら俺と合流すればいいじゃないか。そこからまた一緒に旅をしたり、冒険したり、な? 逆に、お前のやりたいことが、俺の旅についてくる、というものなら、止めないし嬉しいので、一緒についてくればいい」
彼女は逡巡。瞼を閉じて開く。
長耳が少しピクリと動いていた。
先っぽを触りたくなるが……今は、我慢。
紫とピンクが混じった唇が動く。
「……分かりました。今は、ご主人様と一緒に居たい想いのほうが強い。ですので、付いていきたいです」
銀彩の瞳は揺れていたので、まだ変わるかもな。
「……わかった。やっぱり、美人秘書は側に居てくれないとな?」
笑い顔を意識して語る。
「ふふっ、そうですね」
うん。笑う美人さんは素晴らしい。
「しかし、まだまだ先のことだが、のんびりと宗教国家にいく予定もあるので、その国の場合は……ヴィーネ、お前は連れていけないと思う」
エルフ、しかもダークエルフだからな。
肌が青いだと!? 魔だ、滅殺だ、ヒャッハーな狂騎士さんのような方々が沢山いると思うと……。
「……あの国、宗教国家の圏内を通る時、殆ど、外に出られませんでした。エルフには鬼門ですね」
「奴隷商を渡り歩いていた頃か」
「はい」
「……ま、その時になってから、またその話をしようか。今は出かけるぞ」
「分かりました。わたしも自身の成長を促したい気持ちもあるので、その時は、迷宮、或いはどこかに、短い旅でもしようかと思います」
「おう」
ヴィーネは幾分かスッキリとしたような顔になり、頷くと、席から立ち上がる。
「閣下、おめめへ行きますか?」
リビングの端で瞑想していた精霊ヘルメだ。
「いいよ。瞑想してて」
「はい」
そのままヴィーネの手を握る。
「あ、ご主人様?」
「――いいから」
と、握った細い手を引っ張り、強引に抱き寄せる。
括れた細い腰に片手を回してから、ハグを意識。
そこから、間近にある美しい彼女の顔へ寄せて紫の唇を奪った。
ヴィーネの息づかいと鼻の感触を得ながら、キスを続け、顔を離す。
「……んふっ、いきなりだが、嬉しいぞ」
ヴィーネは興奮して素の感情で話す。
「閣下ァ? わたしもキスを」
「ヘルメは瞑想してていいから」
「精霊様、今、ご主人様はわたしとだけ、キスをしたいそうだ」
「く、生意気ですっ」
ヘルメが瞑想を止めようとしたから、ヴィーネと恋人握りの状態で中庭へ向かった。
「ロロ、出かけるぞー」
ポポブムの後頭部に乗りながらバルミントと戯れる黒猫を呼びつける。
俺の言葉を聞いた黒猫は耳をぴくりとさせ反応。
ポポブムから離れて走り寄ってくる。
ポポブムは幼いとはいえ竜が相手なのに、全く、臆した態度になっていないのが、不思議。
バルミントも俺の言葉を守り……ポポブムを新しい兄弟だと思っているようで、大きい舌を使いざらついたポポブムの皮膚を舐めてあげていた。
高・古代竜と魔獣。
不思議と気持ちが通じているのだろうと、勝手に解釈。
ヘルメは瞑想を続けるらしく、追いかけてこなかった。
アーレイとヒュレミの大虎たちは、俺の言葉を忠実に守り狛犬のように大門の脇に待機。
ちゃんと門番の仕事をしている。
陶器製じゃなく、生きた大虎バージョンなので、俺の側に走ってこようとしたが、
「アーレイ、ヒュレミ、今は門番を頼む」
「……ニャア」
「……ニャォ」
アーレイとヒュレミは了承の声をあげて、門の脇に戻り陶器の姿になっていた。
「……ロロ、王子の屋敷へ向かう」
「にゃお」
変身した馬獅子型黒猫は直ぐさま、俺とヴィーネの腰へ触手を巻きつけて背中に乗せてくれた。
そのまま四肢を躍動させ走り出す。
筋骨隆々な四肢たちが、石畳を凹ませる勢いで飛び上がり、一瞬で、大門の屋根上に着地。
そこから迷宮都市ペルネーテを覆う青空になったが如く、高く跳躍した。
「きゃ」
いつものようにヴィーネは恐怖を感じたらしい。
俺にしがみつきながら小さな悲鳴をあげていた。長耳が萎れているのが可愛い。
馬獅子型黒猫には彼女の気持ちは分からないので、建物の屋根を利用しながら都市を翔ける。
ジェットコースターのような速度で、王子の屋敷へ向かった。
途中でゆったりペースに速度を落とす。
長耳を萎ませて抱き付いていたヴィーネだったが、速度を落としたのが分かると、俺の顔を見上げて、
「ご主人様?」
と、聞いてきた。
「新しい服のことを説明しておこうかとな」
「この暗緑色の……」
「そそ」
ヴィーネが正面から抱き付いている暗緑色の半袖防護服となっているハルホンクのことを説明していく。
次話の更新は1月7日、0時を予定してます。
そして、新年、早々ですが、良い知らせをお届けできるかもしれません。お楽しみに!