二千二百五話 闇神リヴォグラフ降臨と神域激突
南方の地平から大氣をじわじわと蝕むような翡翠色の毒霧がうねりを上げてこちらへと押し寄せてくる。陽炎のように揺らぐ霧の深奥から三つの不氣味で美しい影が滑るようにして距離を詰めてきた。
先頭を進むのは身の丈を超える紫色の大薙刀を優雅に肩へと担いだ絶世の美女――魔毒の女神ミセア様だ。
その左後方からは、淫魔の女王にふさわしい艶めかしい肢体を揺らし、妖艶に湿った唇を舌先でなぞりながら歩む、淫魔の王女ディペリル。
左右にリサマベル、インサークの大眷属が並ぶ。
俺たちの傍で、戦ってくれていた魔界騎士ヴェルモットが率いていた淫魔の王女ディペリルの部隊が、彼女の下へと向かっていった。
そしてミセア様の右後方には、毒の薔薇蔓を蛇のように絡めた漆黒の魔大鎌を引き摺り、影のように従う長身の女魔族、大眷属のキュルレンスが控えている。
三柱の強大な「氣」が戦場の中央へと舞い降りた。
刹那、半径数百メートルの空間が、肺腑を痺れさせるような翡翠の香と、脳髄を甘く蕩かす紫黒の淫香によって支配される。
ミセア様が、その鋭くも蠱惑的な眼孔を寄越した。
「――槍使い、また強くなったようね。でも、南で何を得たのかしら……」
いつもの艶やかな声が脳髄にまで響く。
彼女は俺の隣に並び立ち、大薙刀を地に立てた。
途端に、周囲に十人のダークエルフ風の男性と女性が召喚されて真上に飛翔し、左右の両手を拡げて、黄緑色の茨を宙空に展開し、防御陣を構築。
視線を寄越したミセア様に対し、視線で応じながら簡潔に、
「縫境ノ織神アハシュムロンと関連した事象を、俺の神座で喰らい、還した」
告げると、ミセア様はへぇ、やっぱりね。あの忌々しくも哀しいライムランの結晶雲が、一瞬で晴れた理由がそれかしら――」と艶っぽく喉を鳴らした。
彼女が白磁のような美しい腕を天へと掲げると、その細い指先から、爪が生き物のように鋭く伸長する。
その爪先から、凝縮された翡翠色の魔毒が、大氣を焦がす極細の魔線となって撃ち出された。魔線は、周囲に展開されていた黄緑色の茨の魔力を吸い上げることで太い奔流へと急膨張し、毒々しい色彩の薔薇を虚空に次々と咲かせながら直進していく。 それは、前方から押し寄せていた闇神リヴォグラフ配下の、漆黒の重装甲を纏った魔族兵たちへと容赦なく牙を剥いた。ミセア様は、傍にいるキュルレンスと視線を合わせると、
「ヴェデルアモボロフは完全に守勢ですが、あからさまですね。あの肉布団御殿が起点となっている儀式は、もう最終段階かと。闇神リヴォグラフを呼ぶ可能性は非常に高いです」
「そのようねぇ、ほんと一癖も二癖もある。では、キュルレンスは、あの魔界騎士たちの処分を任せる、ヴェデルアモボロフも隙あれば攻撃しておいて頂戴」
「あ、はい。お任せを。そして、皆様、ご武運を!」
キュルレンスは俺たちに一礼をして斜め左へと跳躍した。
深緑の魔力を発した鞭を振るって、飛来した魔刃を鞭で払い退けた。
跳躍したキュルレンスの前方から、二体の猪頭を持つ四腕の魔界騎士が、地響きを立てて突進してくる。
奴らが四本の腕で激しく振り下ろす漆黒の魔剣を、キュルレンスは深緑の鞭で正確にいなし、火花を散らして弾き飛ばした。
弾くたびに鞭は幾重にも分裂、増殖し、氣付けば、魔界騎士たちの巨体に、鞭から放出された無数の茨が蛇のように巻き付いている。
茨は奴らの鎧の隙間から体へと直接浸透し、内から細胞を急速に融解、ガス化させ、猪頭の魔族を爆音と共に四散させた。
着地したキュルレンスは、即座に召喚した魔大鎌の柄を、結晶化した大地へ力強く突き刺す。その石突から、無数の毒薔薇の蔓が、生き物のようにうねりながらヴェデルアモボロフの『肉の玉座』の左翼の根元へと這い伸びていった。
蔓は、敵陣の足元を縫うようにして急速に進み、肉腫の根を締め上げる。肉腫から次々と産み落とされようとしていた肉団子状の異形兵たちが、産声を上げる前に、内側から翡翠色の薔薇と鋭い茨へと変質し、破裂していく。
ミセア様は、笑うと
ヴェデルアモボロフの肉の玉座の膨らみ具合を冷徹に凝視しながら、ふと俺に問いを投げかけてきた。
「それで、槍使い。ずっと疑問だったのだけれど、あの好戦的な暴虐の王ボシアドが、この戦局に直接絡んでこないのは何故かしら? 貴方、まさかあの狂戦士の王と、裏で何らかの契約でも結んでいるの?」
「直の契約は、まだない。ただ、ボシアドの筆頭眷族である死海騎士の一人とは、一時的な取り決め(共闘誓約)を交わしている」
「へぇ、そうなのね。ボシアドとは、もう取り決めがあるんだと思っていたわ」
「暴虐の王ボシアドの軍が、近付いて来ないからか」
「そう。狩魔の王ボーフーンが貴方に喰い殺されるまで、ボシアドの狂戦士どもは、我らに対しても見境なく暴れ回っていたわ。当然、我が毒薔薇特務大隊も奴らと刃を交えた」
頷いた。死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドとの協定はある。
あの当時――。
□■□■
「では、俺たち光魔ルシヴァルと死海騎士ヘーゼファンさんとの共闘は成ったと考えてよろしいか」
「勿論です! 心強い味方を得た! シュウヤ殿と皆様方、よろしくお願いしまする。そして、死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドの名とこの死海魔槍レゼラフィにかけて、光魔ルシヴァルの味方をしようと誓う!」
ヘーゼファンは魔槍に魔力を込める。
暗青色の魔力が揺らめき、ヘーゼファンが取り出した魔法紋の証書に文字が刻まれる。
□■□■
共闘宣言書
余、死海騎士ヘーゼファン・ロズナルドは、
死海魔槍レゼラフィの加護と、
暴虐の王ボシアド様の名において誓約す。
光魔ルシヴァルの宗主シュウヤ殿と、
その眷族たちとの共闘を、
死海の深淵より立ち昇る誓いの言霊をもって約す。
憤怒のゼアの討伐を第一義とし、
その目的の完遂まで、背信行為なきことを、
我が魔槍の刃に誓う。
また、本戦の後、
暴虐の王ボシアド様との会談の機会を設けることを、
死海の古き契りにかけて約束する。
この誓約に違えし者あらば、
死海の深淵より呼び覚まされし魔力の波動が、
その身を永劫の闇へと沈めんことを。
死海騎士 ヘーゼファン・ロズナルド 血印
光魔ルシヴァル宗主 シュウヤ 血印
魔界暴虐ノ新暦 那由他永劫231253157年
紅玉環魔法陣輝きし日
メリアディの命魔逆塔の戦いにおいて
□■□■
「これが証拠となりましょう。もし、今日生き残れたら、暴虐の王ボシアド様との会談が現実になるよう動くと誓約したのでご安心を、また、主が過去の魔界王子テーバロンテの戦いで、失った品ですから喜ぶはずです。シュウヤ殿、その魔法紋に魔力を送ってください」
「分かりました」
魔力を送ると一枚の魔法紋の共闘宣言書が二枚に分裂し、俺とヘーゼファンに飛来した。
その魔法紋を掴む。血印のところに俺の光魔ルシヴァルの紋章樹を背景にした家紋のような印が刻まれていた。
「これで正式に契約の約定は成った」
魔法紋を仕舞うヘーゼファンの動作には複雑な感情が滲んでいたが、戦士としての誇りと覚悟が感じられた。俺たちは、敵にも成り得る相手と認識しているからだろうな。
□■□■
と、魔法紋に共闘宣言書を得ていることを思い出しつつ、
「……暴虐の王ボシアド側が、一時的に矛先を収めた真の理由は不明だが、俺に対する一定の『忖度』、あるいは値踏みがあるのかもしれないな」
「……ふふ、面白いわね。あの傲慢なボシアドが、貴方と正式な『交渉』を望んでいるということでしょう。わたしたちに執拗に牙を剥いていた奴の大眷属、魔雷魔将ドズランが、不自然に後退したのも合点がいったわ。あの時の奴らの動きは、明らかに上からの指示を受けて、戦う相手を選んでいた。わたしたちを避け、悪神デサロビアや、マシャッコスアを失った十層地獄の王トトグディウスの戦力へと、意図的に突撃していったもの」
と語るミセア様は、ヴェデルアモボロフの玉座の膨れ具合を凝視し、
「ふふ、では、そろそろね。わたしは魔毒の毒霧で、あの肉の玉座の左翼を侵食するわ。貴方、ううん。ヴィーネちゃんと組ませてもらう。良いかしら?」
その言葉にヴィーネを見ると、ヴィーネは、
「ご主人様、大丈夫です」
「了解した。ならばミセア様、頼みます」
「お願いします、ミセア様」
「うふふ、勿論!」
ヴィーネが、即座に愛弓である翡翠の蛇弓を引き絞った。
光線の弦と、翡翠の美しい弓身から、光魔ルシヴァル特有の輝きを帯びた黄緑と深緑の<血魔力>が猛烈に噴出していく。
その光景を見たミセア様が、薄く妖艶に笑う。
自らの指先をヴィーネの引く光線の弦へとそっと重ねた。
ジュッと、肉が激しく焼ける不快な音が響き、ミセア様の指先が、光魔の<血魔力>の拒絶反応によって溶けかける。
しかし、ミセア様が魔力を込めると光線の弦の一部が、生きた蛇の鱗を持つ体へと変質し、弓そのものが新たな「法」を得て進化したかのように怪しく煌めきを増した。
「……うふふ、懐かしいわね、ヘグポリネ・パパスフィッシャー。かつて私の手元にあった頃とは、随分と姿を変えたようだけれど……。光魔の血と混ざり合ったこれならば、私の毒とも完全に共鳴するかしら。……えぇ、私の沽券を気にするような古い時代は、もう終わったのよね――」
指先はなお蒸発と再生を繰り返しながらも、ミセア様は妖艶に微笑んでいた。
刹那、ミセア様の片目の瞳孔が弾け、鮮血の飛沫が霧となって噴出した。
その血霧は、宙空で無数の小さな蛇と黒紫の薔薇の波動へと形を変え、ヴィーネの全身を優しく包み込むように降りかかる。
光魔ルシヴァルの<血魔力>に触れると一瞬霧散した。だが、その残滓だけは薄い薔薇の輪郭を保ったまま、なおヴィーネを覆っていた。
「ヴィーネちゃん、ふふ、蛇薔薇の波動、貸してあげるわ」
「光栄に存じます」
ヴィーネが、深く頭を下げる。
そして、肉の玉座に向けて翡翠の蛇弓の光線の弦から光線の矢を生み出し、射出していく。
その光線の矢から蛇と薔薇の魔印と共に無数の蛇と薔薇が網目状に展開され、闇神リヴォグラフの戦力が放った礫と闇の雷撃と衝突して消えていた。
本体のヴィーネの蛇弓の光線は、そのまま玉座の左翼に直撃した瞬間――。
キュルレンスが近くで生み出していた薔薇蔓が、一斉に、毒の華を咲かせた。
左翼全体が紫と翡翠の薔薇の海に、呑み込まれていく。
肉腫の防壁が、毒で侵食され内から融解を始めた。
無数の眼球が紫の薔薇に貫かれて、一斉に潰れていく。
「ふふ、光属性が高いと便利ねぇ、今までの戦いとは、やはり根本が異なって楽ちんよ!」
ディペリルが、その光景を舌なめずりをしながら眺めていた。
艶やかな唇にふっと小さな黒い瓶を当てた。
「あぁ、素敵……あの神殺しの輝き、私のすべてを捧げてでも、その胸に抱かれたい……!」
ディペリルが、〝王淫の蜜〟――淫魔の王女の最大級の魅了魔薬――を自身の唇に塗った。唇が、紫黒の妖艶な輝きを、放ち始めると、何の躊躇もなく、戦場の中央へと、ふわりと舞い降りた。
その先に、ヴェデルアモボロフの肉の玉座を守る副官級の魔界騎士がいたが、ディペリルの体から出た半透明なディペリルに捕まっていた。
大柄な四腕の魔族騎士は、己の武器を素通りしたディペリルの半透明な魔力技に驚愕している。その胸の紋章からヴェデルアモボロフ直系の上位眷属と判別できた。
ディペリルは、その魔界騎士の前で、艶やかに微笑んだ。
そして、ふわりと、彼の頬に、片手を添えた。
「お兄さまァ、ここが硬くなっているわよ? うふふ」
魔界騎士はもう一瞬で、ディペリルに堕ちたか。
そして、ディペリルが、彼の頬を引き寄せ唇を重ねた。
〝王淫の蜜〟の効果が発動した。
魔界騎士の眼が完全に虚ろになった。口の端から、紫の涎が滴り落ちる。
狂気的な恍惚に染まっていた。
「ディペリル様に忠誠を!」
魔界騎士が絶叫しながら、なぜか全裸になり、全身から、自爆魔力の予兆が噴き出し始める。血刃衆の自爆連鎖と同じ術式――ヴェデルアモボロフが配下に縫い込んだ、命を賭けた自爆機構。
今度は、その自爆魔力が、主のヴェデルアモボロフに向かう。
ディペリルは他の魔界騎士たちにも唇から桃色の波動と共に『「――インフォール・アロハン・ウィス・アロン――」』と詠唱のような呪文の一部が聞こえると、周囲の魔界騎士、ヴェデルアモボロフを守る魔族兵士たちの一部の動きが鈍くなる。
と、爆発、ディペリルが、その爆風を力に変えたように、優雅に後退してきた。
爆風に巻きこまれたキュルレンスは、淫魔の王女ディペリルを睨んでいた。
「相変わらずお盛んなことですわね」
ミセア様が呆れたように嘆息し、薔薇のカーテンを周囲に展開し、他の自爆突撃していくヴェデルアモボロフ側だった魔界騎士の進路を援護した。
毒の薔薇結界が、敵側の迎撃魔法を無効化し、魔界騎士の道を開いた。
「ディペリル様のためにィィィ――!」
魔界騎士が、肉の玉座の右後方へと突進した。
そして、玉座の根元で、爆発した。ズゥゥゥン――戦場が揺れる。
肉の玉座の右後方が内から、爆裂した。
肉腫の防壁が崩れ落ち、玉座の中心部――〝闇の泉〟への直接ルートが開けた。
すると、胸ポケットが振動――。
奪取した『補給路通信魔具・バイアン照準補助盤』か。
敵の魔力波形を感知して赤く明滅している。
そこに、
「ん、シュウヤ。それ、わたしが調整する」
後方から、エヴァの白皇鋼で構成された幾何学的な金属足場が、滑るように飛来してきた。
その美しい金属足場の上に、<霊血魔導装具>を身に纏っているエヴァが、お洒落な魔導車椅子に座ったいる。
その左右にユイとヴィーネが凜と並び立っていた。
エヴァが、華奢な両手を俺の方へと差し向け、
「了解したが、<金属精錬>や<金属融解>に、円樹鍛冶宝具などでいけそうなのか?」
「ん、たぶん、繊細な操作ができるようになった。ミスティには叶わないけど。バイアンの照準線も分かる」
「良かった。頼む」
『補給路通信魔具・バイアン照準補助盤』をエヴァへ放った。
エヴァが<霊血導超念力>で、補助盤を受け止め、少し浮遊。
一瞬で金属の足に付着していた無数の金属を溶かし、インゴット化し仕舞う。
自身の骨の足に、『補給路通信魔具・バイアン照準補助盤』を付けた。
紫水晶を思わせる色合いの魔力が補助盤の幾何学的な魔線を静かに、しかし強引に書き換えていく。補助盤の表面に、新たな赤い光点が、浮かび上がった。
肉の玉座の中心なにかある。<隻眼修羅>で凝視した。
ヴェデルアモボロフの〝闇の血泉〟の位置か。
エヴァが、『補給路通信魔具・バイアン照準補助盤』を浮かばせ離す。
そのまま数回頷いて、肉の玉座に付けていた。
「バイアンの戦略魔導砲の照準、あの『肉の玉座』に固定した」
「「おぉ」」
「もしかして、狙えるのか」
「やってみる価値はある」
ユイの言葉に頷いた。その隣でヴィーネが、再び翡翠の蛇弓から、光線の矢を射出。淫魔の王女ディペリルの洗脳から離脱した魔族兵士の頭部を穿った。
ヴィーネは、
「いいですね! 魔界騎士バイアン側にも好都合かもです。攻撃して狙います」
ミセア様の蛇薔薇の波動ではなく、位相を揃えた光線を、補助磐へと放った。
太いヴィーネの光線の矢はヴェデルアモボロフの放った<闇の血魔力>に防がれる。
魔毒の女神ミセア様と淫魔の王女ディペリルは目を合わせると、後退。
やや遅れて、キュルレンスも後退した。
ヴィーネは連続的に光線の矢を射出。
補助盤に光線の矢が突き刺さると、赤い光点が増幅してたように点滅。信号が伝達されたかもしれない。数秒の沈黙――北西の地平から光の柱が飛来――。
それは、魔界騎士バイアンが放った、戦略級の遠距離光条爆撃だ。
神意力を宿し、戦場に滞留する<神殺しの塵芥>の位相を一時的に反転、無効化する特殊な魔導術式が刻まれたその破滅の光条は、エヴァが書き換えた補助盤の赤きシグナルに正確に誘導され、ヴェデルアモボロフの肉の玉座の真ん中へと直撃した。
ヴェデルアモボロフが「なんだ? この距離から――」肉の玉座から、振動波として、悲鳴を上げた直後、ズドォォォォン――戦略魔導砲の光条が、肉の玉座の中心、〝闇の血泉〟へと、直撃し、大爆発。
戦場全体が白光に呑まれる。肉の玉座の半分が、内から崩壊した。
〝闇の血泉〟が、噴き上がり、玉座の中央から漆黒の血が間欠泉の如く噴き上がる。
ヴェデルアモボロフの戦闘力の中核が、内から破壊された。
魔毒の女神ミセア様は、
「ハッ、見事だな。ヴェデルアモボロフの戦闘力の三割を、削いだぞ」
神槍ガンジスと無名無礼の魔槍を握り直す。<握吸>と<勁力槍>を発動。
「皆、ここから、一氣にいくぞ」
「「「はい!」」」
眷属たちが一斉に応じた。戦線の崩壊は、決定的になった。
残存していたヴェデルアモボロフ陣営の精鋭たちが、次々と、後退を始めている。
今が、配下を削ぐ好機――。
相棒と共に前に出て、まだ生きている魔剣師の腹を<山轍崩打>で吹き飛ばす。
ユイとカルードも右から新手の魔界騎士と相対したのが見えた。レンと相対した魔界騎士を<魔雷ノ風穿>のようなスキルで仕留める。
視線の先に、肉の玉座の傍で配下に指示を出している大柄の男の司令官を確認。
ヴェデルアモボロフの従順な犬に見えるが、指揮能力は確かな存在か。
レンが、「シュウヤ様、あの指揮官はわたしが――」と言いながら、近付く魔槍使いが突き出した魔槍の穂先を魔斧槍で払うと同時に、太股の『血鬼化:紅』が深紅の輝きを放つ。黒い着物ドレスの裾が宙空で翻ると、魔斧槍の斧刃が、魔槍使いの腹に衝突し、派手に吹き飛ばしていた。
そこに、地面が隆起、空からどこからともにマグマの塊が無数に飛来した。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を宙空に放るように無数のマグマの塊を防いでいく。
「にゃご」
相棒が複数の火球のようなマグマのような攻撃を金色の触手骨剣で貫いてくれた。
レンが指揮官に近付くのが見えながら俺も前に出て、魔剣師の腕を<闇雷・飛閃>で斬り、神槍ガンジスで首を<血穿>で貫いた。
レンは、ヴェデルアモボロフからのマグマの衝撃波を<血魔力>を発しつつ真上に跳んで避ける。ヴェデルアモボロフにキュルレンスとミセア様の毒霧が降りかかっていく。ヘルメたちから氷槍が飛来していくも見えた。
俺もレンと共に、指揮官の男に近付く。
敵の指揮官は、接近に気付き、配下を盾にしようとしたが、レンが向かう。
魔斧槍サキナガが、指揮官の頭部目掛けて、振り下ろされた。
ゴァン――! 指揮官クラスの頭部が魔斧槍の刃で、縦に叩き割られた。
脳漿と血が、戦場の風に散る。
彼の巨体が、糸の切れた人形のように、地面に崩れ落ちた。
「「バーフト様が!」」
「次、いきます」
レンが魔斧槍サキナガを翻し、新たな目標へと跳ぶ。
俺も相棒が触手骨剣を突き刺した魔族兵士の腹を双月刃の<魔皇・無閃>が捉え両断。無名無礼の魔槍の穂先を、次の魔剣師集団に向けた。
新手の魔剣師たちは、ヴェデルアモボロフから肉腫の加護を増やしては、肉腫の剣槍を無数に造り上げ、それらを伸ばしてきた。
《氷竜列》を試すが、薄い龍頭が複数出現しただけで、純粋な魔法の術式は発動しない。だが、
「――ハルホンク、ヴェデルアモボロフの新規大眷属どもが小癪な真似をしている。喰らえるか」
念じながら発言すると、右肩の竜頭が激しく金属音を立てて身震いした。
「ングゥゥィィ――覇王ノ顎、第二関門、開ク、ゾォイ!」
ハルホンクの固有スキル<覇王・暴喰兵装奪還>が自動的に発動する。
両肩を覆うように巨大な竜頭金属甲が完全展開され、その鋭い口蓋から、青き神炎と血の赤雷が網目状に一斉掃射された。
ヴェデルアモボロフ陣営が寄越した肉腫の剣槍を通り抜けた。
肉腫の剣槍は一瞬でバラバラになって爆散。
大眷属らしき者は、<覇王・暴喰兵装奪還>を一瞬防ぐが、全身の装備類が一氣に溶けるように消え、肉体も溶けながら消えていく。
更に、ハルホンクが、青き炎と血の雷を纏った光魔の雷炎ランスを三本、逆射出した。
ドン、ドン、ドンッ――!
三本のランスがまだ生きていた、ヴェデルアモボロフの眷属の胸部を寸分の狂いなく貫いた。彼らの巨体が青雷の炎に呑まれて、宙空で、爆散した。
「ウマカッチャン! 覇王ノハルホンク、ピカピカ、ダ、ゾォイ!」
「あぁ、頼りにしてる――」
ハルホンクに応じてから、戦場を見回し前に出てた。
ヴィーネの光線の矢を噛み防ぎ、相棒の炎を避けつつ、間合いを詰めたレンの魔斧槍の一撃を大斧で防ぎ、カルードから逃げ、エヴァとレベッカの白皇鋼と蒼炎弾を躱し、ミセア様の毒矢をも片手から放出した闇の盾で防いでいた強者へと間合いを詰め、無名無礼の魔槍で<刃翔刹穿・刹>で仕留めた。
残るは、闇魔術師団の主席。集団詠唱を主導していた老魔術師。
漆黒の炎のような遠距離攻撃を寄越す。
<血鎖の母衣暗網>を発動――。
体から血鎖が展開し、血鎖状の母衣暗網が形成されると、漆黒の炎を防いだ。
<血魔力>を全身に巡らせて、加速した。
<血液加速>と<暗行ノ歩法>を連動させて、闇魔術師団の中央へ一瞬で踏み込む。集団詠唱は既に<血鎖の母衣暗網>で霧散させたばかり。
主席の老魔術師は、自身の詠唱を絡め取られた衝撃で、まだ、立ち上がれずにいた。
神槍ガンジスで<山轍崩打>――。
双月刃が、紫の閃光と化して、老魔術師の胴体を潰すように吹き飛ばす。
ひしゃげ、途中から上半身と下半身へと別々に分かれるたところを、<雷光ノ髑髏鎖>の二つの両手首から出た<鎖>で貫いて完全に滅する。
集団詠唱の中核を担っていた指揮官の死で、残存していた闇魔術師団の詠唱は、完全に崩壊した――。
すると戦場の岩陰に、何か小さな存在が吹き飛ばされて落ちるのが、<隻眼修羅>で見えた。肉の玉座の崩壊で、女魔族が爆風で吹き飛ばされた。
戦場の岩陰に転がり、肌の魔印が剥がれかけている。
崩壊した玉座の残骸から、ヴェデルアモボロフが彼女を再び支配下に置こうと、不氣味な魔線を伸ばそうとするが、ヴィーネが放った正確無比な光線の矢によって、その魔線は瞬時に霧散させられた。
女魔族は、まだ意識はあるようだ。
彼女は泥と血に塗れて岩場に転がり、その白い肌に浸透していたヴェデルアモボロフの赤い魔性紋様の魔印が、主の弱体化に伴って剥がれかけ、苦痛に喘いでいる。
すると、自らの武器を遠くへ放り出し、降伏を示すように両手を弱々しく上げていた。
今は無視だ。ヴェデルアモボロフを凝視した。
肉の玉座の半分が崩壊し、〝闇の血泉〟が破壊された大魔公爵は玉座の残骸の上で、太ましい身を血まみれにして、息を荒げていた。肉腫の補修が間に合わない。
体の硬質化も、〝闇の血泉〟の供給を失って十分に作動しないようだが、内から<闇の血魔力>が膨れ上がると、体が回復し、左右の半身から伸びた魔槍のような遠距離攻撃が皆に向かう。皆は素早く避けていく。
ヴェデルアモボロフは宙空に両手を翳すと、魔線を宙空に放つ。
そのまま振動波のようなモノが周囲に拡がり、
「……闇神リヴォグラフ様、申し訳ございませぬ。コバトトアル方面の儀式は、後日改めて――」
低い、絞り出すような声が伝搬していく。
撤退判断か。そして、周囲の肉腫から、新手の魔族が次々と生まれ続けているが、ヴェデルアモボロフの<闇の血魔力>はかなり消耗していると分かる。
ヴェデルアモボロフは残った血肉と骨と、周囲の死体を利用し、新しい魔鎧を形成。
更に、崩壊した肉の玉座が、巨大な肉の塊として彼の周囲に集まり、移動用の球体になろうとしている。
「逃さない」
レンが宙空から直進し、魔斧槍を球体になりかけのヴェデルアモボロフに振るい当てた。だが、表面は硬い、硬質の音が響くと、レンは逆に吹き飛ばされていた。
ルリゼゼの四つ魔剣が、その丸い物を捉えるが、跳ね返る。後退した。
高速回転するヴェデルアモボロフは、キュルレンスの放った鞭の網を強引に巻き込み、彼女の体を激しく弾き飛ばす。勢いの死なぬ肉塊はそのままミセア様をも急襲し、次いで淫魔の王女ディペリルへと衝突。「――っ!?」ディペリルの展開した桃色の魔力盾が派手に霧散し、衝撃の余波を受けた彼女の美しい顔が苦悶に歪む。
ディペリルは錐もみ状に回転しながら、後方へと後退を余儀なくされた。
ユイとカルード、キサラの一撃を受けても表面が削られる程度――。
エヴァが、白皇鋼の幾何螺旋を、追撃の槍へと組み替え、丸いヴェデルアモボロフに衝突させるが、丸いヴェデルアモボロフは止まらない。そのヴェデルアモボロフに無名無礼の魔槍で<魔皇・無閃>を衝突させたが、反動で、斜め上に跳び上がるだけで、相棒の無数の触手骨剣を浴びても、剣山をあびている硬いボーリング玉のように上空を跳ね回るだけだった――。
「『フハハハ、我が肉体は無敵に近い、無駄無駄無駄無駄無駄無駄、フハハハ――』」
皆で、嗤い声を響かせている丸くなったヴェデルアモボロフを追う――。
だが、――戦場の北東上空が湾曲した。
「……ご主人様、転移? 新手――」
「私の<異界の門>か、〝幻夜の転晶体〟のような転移です」
ヴィーネとキュベラスの声が背後から響く。
ヴィーネと相棒が左に揃い、キュベラスが、光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスと共に右前衛を詰めるように武器を構え、複数の魔杖を宙空に浮かせながら、操作し、魔杖から伸びた赤と黄緑の魔刃で、丸くて動きの速いヴェデルアモボロフを守る眷属たちの遠距離攻撃を斬っていく。
キサラが、<真眼・白闇凝照>で、その歪曲を確認した。
「魔素の波形が、これまでの魔界騎士、諸侯級とは違い、<闇の血魔力>からして闇神リヴォグラフでしょうか」
「主、これは厄介な手合いだ。俺の墨炎で測れる質量じゃないな」
ナナシが、無名無礼の魔槍の穂先から、警告した。
ヴェデルアモボロフへの追撃を、一瞬、止めた。
歪に湾曲した空間の裂け目から、染み出るようにして、二つの異質な影が現れた。
先頭に立つのは、不氣味な黒い祭服に身を包んだ、異様に長身の人型の魔族。
その顔面は人族に似ているが無表情で、まるで硬質な粘土で造られた仮面のようだ。恐ろしいことに、その額の中央には、もう一つの「生きた仮面のような小さな頭部」が不氣味に結合している。
額の仮面頭部が邪悪に嗤い、呪文を唱え始める。額の口が動くたびに、本体の口もパカりと連動して開き、そこから紫黒の魔力と、空間を歪める詠唱の余波が漏れ出していた。
自分自身が仮面なのか。
額の第二頭部を起点に、半透明の仮面幻影が上下へと浮かび、その仮面から仮面の幻影が上下に出現しては、弧を描くように細かなαやΩの魔法文字が出現し消えていく。
――仮面状の半立体が表情豊か嗤うと、魔法陣と魔法文字が表情筋に紐解かれるように残滓状に仮面へと繋がっていく。
舌なめずりをして、何かを唱え始めていた。
眼球や舌にさえ、法則があるように、額の仮面が嗤うたび、本体の口も連動してぐわりと裂け、詠唱の余波と紫黒の魔力、瘴氣のような紫のグラデーション掛かった濃厚な魔力が漏れ出す。
背後に薄く浮かぶ黒い塔群の幻影――。
『「ヴェティルノ、遅い!」』
丸いヴェデルアモボロフからの声が響く。
「闇賢老ヴェテルノ様――」
「おぉ『灰燼の書架』の主様だ!」
「援軍だぞ!」
ヴェデルアモボロフ側の生き残りたちが叫ぶ。
もう一つの影はヴェテルノの斜め後方に音もなく現れる。
仮面で口元を隠し、漆黒の絹のタセットが<闇の血魔力>で構成されていた。
針型の短刀を、二本、両手に持っている。
丸いヴェデルアモボロフが前後に高速回転しながら、その新手の背後に移動し、
「お前も来たのか」
「ヴェデルアモボロフ、お前がその形態になるのは、久しぶりに見る。戦神ヴァイスと光神ルロディの<光槍技>を喰らった時か、吸血神ルグナドの<血槍の群れ>を喰らった時かな」
「…【暗夜十三の執行者】、黙れ、我はヴェテルノに聞いている」
ヴェデルアモボロフには怒りがある。
すると、ヴェテルノが、額の仮面の口を動かし、
「ふむ、観測を上回ったな……」
彼の声は本体の頭部からではなく、額の仮面の口から流れ出てくる。
知的で冷徹、講釈師のような独特の調子。
「光魔ルシヴァル、神律の還顕の発動、覇王属性の暴喰、ウロボルアスの母衣の理の継承――三つ同時に確認した。これは、我が書架の蔵書を、相当数、書き換える必要がある」
額の仮面が興味深そうに、歪んだ。
「ヴェデルアモボロフ卿。儀式の触媒となる肉の器の処分は、本来、当方の管轄外。だが、卿の肉体は、まだリヴォグラフ様の計画に必要だ。ここで失わせるわけにはゆかぬ。この借りは、後日、相応の利息と共に、返してもらう」
ヴェデルアモボロフが低く応じた。
「……承知している、書架の主よ」
ヴェテルノの額の仮面の双眸が、紅光を、宿す。
「……さて、光魔の宗主。我が同胞、【暗夜十三の執行者】の中で散った者の名を、知識として留めている。レヴェルフォード――卿の手で消えた。あれは、まだ若かった。書架の三十二段目に彼の生涯と最期の記述が、私の筆で刻まれている」
ヴェテルノの額の仮面が薄く引き延ばされるように動き、
「卿は、暗夜十三の執行者の壊僧ザガン・ボルドと魔伯爵カイム卿とも過去にまみえている。ザガンとカイム卿の最期も、書架に記している。あれもまた、卿の影響を受けた者の一人だった」
空間が振動した。ヴェテルノは神意力も有しているようにプレッシャーを感じると、足下の地面が陥没していく。
ヴェデルアモボロフが地面に何かを用意していたように、亀裂から<闇の血魔力>が活かされた多層の魔法陣が露出し、そこから放出されていた魔力を、ヴェテルノは宙空に生み出した書物へと吸い寄せていた。
「……我が書架に綴られた、卿に関わる者たちの頁は、既に二十冊を超えている。今日は、その二十一冊目を編む夜になり」
ヴェテルノの周囲に展開されつつある幾何学魔法陣の規模を、<隻眼修羅>で、観察する。
戦場の特定区画を「書架の一頁」として切り取る、空間切り取り型の結界。
その内の物理法則を、一時的に書き換えてしまう質か。
ヴェデルアモボロフを撤退用形態のまま収容し、こちら側から手出しできない領域へと、押し込もうとしている。
肩の竜頭装甲を意識、
「結界の一部を、齧り取れるか」
「ングゥゥィィ 覇王ノ顎、開門! ガッ……ウマ……否、ニガソウ、ゾォイ」
ハルホンクが、その結界の端に覇王の顎で噛み付き、強引にその「法」を齧り取った。しかし、結界全体は丸ごとは喰えない。
ハルホンクが、結界の一部だけを齧り取った。
「主、コノ味、ハジメテ、ダ、ゾォイ……。書ク奴、覇王ノ理ヲ、喰ゥ理ヲ外ス。喰ウ、喰ワレ、ノ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星、旧神ノ影……危険、<闇ノ血魔力>モ、ルグナドノ血トハ、根本ガ、違ウ……。異次元界、旧神使イデモアル、ゾォイ、主、我、眠……ングゥゥィィ……」
途端にハルホンクの蒼眼の点滅と音が止まる。
生体金属甲の顎も動かず、歯牙の軋みも静まり、俺の皮膚の内へと吸い込まれるようにして消えていく。急激な休眠モードに入ったのか。
あのヴェテルノが何かやったのか……。
ナナシが、墨炎を爆ぜさせ、
「主、覇王が封じられたか……」
ヴェテルノがその様子を観察し、額の仮面の口を興味深そうに歪めた。
「ふむ、我が結界を齧っての理性を高めるとは、やはり、覇王属性よ、非常に面白く……興味深い。書架の新しい頁が、また一つ必要になった……」
その時――背後に殺氣?
身を傾け、魔刃を避けるが、針の先端が、ヴィーネの肩を掠めていた。
「……っ」
――刺客か。影からヴィーネの背後に針型短刀が生まれ煌めく。
<仙血真髄>を発動、加速するまま、神槍ガンジスで<血刃翔刹穿>を繰り出す。
針型短刀を双月刃が貫き、針型短刀を破壊、その背後に双月刃から出た無数の血刃が飛び出ていくが、影の殺し屋の行方は掴めず、「ンンン」相棒が紅蓮の神炎を放出した先が煌めく。相棒の神炎を避けた殺し屋は、上空高くに転移してまた氣配を消した。
ヴィーネが、また小さく息を呑んだ。
「……っ」
彼女の肩から、薄い翡翠色の血が滴り落ちる。
針には、毒が塗られていたのか。
「…ふむ。我が書架に眠る『毒神王ケケルドイナスの神書』に記された秘毒を以てしても、即死せぬとは。光魔ルシヴァルの毒耐性は、どこまでも未知数だな」
ヴェテルノが、額の仮面を歪めて独りごとのように呟いた。
「否……武王龍神アガツナの血骨、蝕牙、天龍ノ蠱毒、さらには龍神イサギや戦巫女イツキの呪詛魔力すら、ルシヴァルの血には足りぬというのか? 地竜の牙毒の配合が甘かったのか……どれも、神格の肉体すら瞬時に腐食させる、至高の毒のはずなのだが……」
ミセア様の大薙刀が、空間を切り裂く紫の閃光となって振り下ろされた。
ザシュッ――高速回転をしながら魔毒の女神ミセア様たちと戦い始めたヴェデルアモボロフに<超能力精神>。
衝撃波を受けても硬質な音を響かせ、反動で跳ねるのみ。
更に、ヴェテルノ目掛け、<超能力精神>。
ヴェテルノは、書の一つを飛来させて、の不可視の衝撃波の<超能力精神>を防ぐ。そこにレンが宙空から魔斧槍サキナガで、ヴェテルノに追い斬りをかけようとした。
『「おでぶちゃんは仕方ないけど、あの毒は氣に喰わないわね……しかも、私のヴィーネちゃんに……毒?」』
魔毒の女神ミセア様の神意力を有した言葉と念話が響く。
彼女の周囲の翡翠色の毒霧が、瞬時に、爆発的に増殖した。
戦場の空氣が凍る。ミセア様の声音から、これまでの艶やかさが、完全に失われた。代わりに神格本来の冷たい威厳があった。
ミセア様の大薙刀が、地面から、抜き取られた。
彼女の周囲の毒霧が、戦場全体を、翡翠色に染め上げる。
影空間へ逃げ込もうとしていた刺客が影空間そのものが翡翠色の毒霧で満たされていることに氣付いた。ミセア様が、続けた。
「ふふ、知らなかったのかしら。ダークエルフの体は私の毒の故郷。私が彼女たちの祖先に齎した魔毒の理が、今もヴィーネちゃんの内部に宿っているの。あなたの蝕牙の地竜の毒なんて、私の薔薇の前では安物の砂糖水よ」
ミセア様の目から、紫の光が、迸る。
「毒、薔薇、茨、蛇――これらは、私の領分。私の沽券。私の名そのもの。それに触れた者は、私が直接、お返しする」
翡翠色の毒霧から無数の毒薔薇の蔓が噴出した。
蔓は、影空間を丸ごと絡め取る。刺客が、無声のまま苦悶した。
影渡りが破綻し現実空間に強制的に、引き戻される。
ミセア様の大薙刀が、紫の閃光となって、振り下ろされた。
ザシュッ――!
鋭い切断音と共に、刺客の首が、毒薔薇の蔓に絡みつかれたまま宙を舞った。
落下していく首と体は地面に触れるよりも早く、ミセア様の翡翠色の毒霧に包まれ、ジクジクと音を立てて体も鎧も、そして魂の核すらも翡翠色の塵へと融解し、完全に消滅した。刺客の首が毒薔薇の蔓に絡まれたまま宙を舞った。
落下する首と体がミセア様の毒霧の中で翡翠色の塵となって、溶ける。
魂の核すらも翡翠色の塵へと融解し、完全に消滅した。
神格レベルの毒蝕殺。復活も再生も不可能な完全消失――。
戦場が一瞬静まり返った。
ヴェテルノが、初めて額の仮面の表情を、真剣に変えた。
「……ふむ。ヌヴェイルを一閃で。魔毒の女神ミセア様卿、相変わらず、貴方の毒は、解析しがたい。書架の頁がまた一つ、新しい記述で埋まる」
ミセア様は、それでは終わらなかった。
ヌヴェイル討伐だけでは、彼女の怒りは、収まらなかった。
ダークエルフを通じて、自身の魔毒の理が、二重に侮辱された怒り。淑女然とした皮が完全に剥がれていく。ミセア様の背後に神格としての真の姿の輪郭が浮かび上がった。巨大な茨の薔薇のオーラ。
無数の蛇と薔薇と茨とダークエルフたちと蜘蛛の幻影が、螺旋を描いて、彼女の周囲を巡ると、八蜘蛛王審眼の魔眼を発動させている。
翡翠と紫の毒のマントが、翻る。
魔眼の錦に輝く双眸が、神々しい紫の光を放つ。
戦場全体の魔素が一段重くなった。
宙空に生んだであろう小宇宙のような異空間と毒の森の現象を魔夜に造り上げていた。そこから凄まじい勢いで魔力の網のようなモノが、闇神リヴォグラフの軍隊たちを捕らえるように降りかかっていた……最上級神の威圧感が、これまでのヴェデルアモボロフ級とは、桁違いであることを、骨身で、思い知らせる。
「……これは、神としての応酬が必要よね」
ミセア様が、低く、宣言した。
「リヴォグラフ、出ておいでなさい。あなたの末端執行者の責任、上に届くべきよ」
刹那、戦場の天蓋が裂けるように拡がり、そこから濃霧のような亀裂から地上へと降りてくる。戦場の魔素が、一斉に、反転した。
闇属性の魔素濃度が、桁違いに、増大する。
光属性の発動が、著しく阻害される領域が、広域に展開された。
裂け目から、まず巨大な黒い獅子が、降りてきた。
獅子は、近くの魔界異獣の屍を喰らいながら、滞空。闇神の座を、待っている。
続いて戦場の各地に天を衝くような漆黒の魔力の柱が無数に立ち上がった。
その中央、最も太く禍々しい光柱の深奥から――闇神リヴォグラフ本人が、その圧倒的な神威を伴って姿を現した。
額と耳の側部には、左右シンメトリーに生えた短い黒角が突き出し、重厚な兜の縁からは、魔力を帯びた宝玉が連なるイヤーカフが下がっている。
堂々たる大柄な体躯から伸びる腕は、四本。赤黒い魔力と、純粋な漆黒の「氣」が、甲冑の隙間を絶え間なく脈打つように行き交っている。
漆黒の甲冑から露出している肌は、赤と黒の不氣味な鱗模様を刻む硬質な質感。
背後からは、大氣を物理的に押し潰すほどの膨大な漆黒の魔力が噴出しており、魔界の天蓋を更に深い絶対の闇へと染め上げていた。
双眸から放たれる神威のプレッシャーは、これまで戦った諸侯とは次元が異なる。 前に見た時よりも、魔力と神意力を放っている。
間違いなく、最上級神、魔神の一柱、闇神リヴォグラフだ。
ナナシが、無名無礼の魔槍の穂先から、
「主、闇神リヴォグラフだ」
低く震える声を、漏らした。リヴォグラフが俺を見た。
彼の声は、声ではない。
空間そのものが震えて伝わる、意志の波。
「『「『――久しぶりだな、下郎の槍使い。あの時のお前は、我の<咎魔楔印>一つで朽ちる程度の存在に過ぎず、ミセア様とヴァーミナがわざわざ庇う価値もないと嘲笑ったものだが……。だが、見るがいい、今のお前を』」』」
リヴォグラフの双眸が、底知れぬ圧を伴った観察の光を宿す。
俺の全身の因果を、その眼孔で視ていく。
「『墨炎の中に、我が、ウロボルアスの母衣の理――【闇神母衣衆】の副長の遺志を、お前の槍が継いでいる』」
「『ハルホンクの覇王属性。我の闇のランスを喰らって、ルシヴァルの牙に変えよった』」
「『神律の還顕。我の血刃衆を、自爆ではなく昇天させた。これは、ただの強者の業ではない。神律の領域だ』」
「『そして、お前の魂が孕む――『上位の闇』』」
「『……認めよう。お前は、もはや「下郎」ではない』」
神槍ガンジスを、構えたまま応じた。
「闇神リヴォグラフ。あの時、<咎魔楔印>を打ち込もうとして、ミセア様とヴァーミナ様に止められたな。今度は、ミセア様だけだが――打ち込んでみるか?」
リヴォグラフが、わずかに振動波を、漏らした。
それは、笑いに似た、しかし神格の咆哮としての、低い余韻だった。
「『……刃に乗ってきたな、だが、今宵は、儀式の最終段階を控える。お前との本氣の応酬は、儀式が成った後にしよう。次に<咎魔楔印>を打ち込む時は、ミセア様も、もはや止められぬ規模で打ち込む』」
その時ミセア様が踏み出した。彼女の神格が一段階、また上昇したように感じる。威圧感が魔夜世界と〝魔神殺しの蒼き連柱〟と〝魔神殺しの紅蓮なる連柱〟に影響を与えて、揺らぐ。
「嗤わせないで、リヴォグラフ。儀式の話は後よ」
ミセア様の声が、低く、しかし神格の凄絶な怒氣を孕んで響いた。
「今宵は、私のヴィーネちゃんへの侮辱の応酬が先。前回、私の大薙刀があなたの胸部甲冑を融かしたわね。今宵は、もう少し深く融かしてあげる」
「『……ミセア様。魔毒は変わらぬな』」
「変わるわけがないでしょう」
ミセア様はそう語ると、双眸から錦色の魔力を照射、闇神リヴォグラフには、届かず、リヴォグラフが放出してた闇の渦に取り込まれて消えていく。
ミセア様は、
「私の薔薇、私の蛇、私の毒。私の領分は、神になる前から、私の領分。あなたが神界の戦神ヴァイス一派とお戯れになる前から、私は私の領分で、戦ってきたのよ」
魔界の最上級神としての独自の領分の絶対支配権。
ミセア様の一言一言に、それが、確かに、宿っていた。
「『よかろう、悪神が近付く前に楽しむか?』」
リヴォグラフは四本の腕を広げた。
各々の手のひらに漆黒の大剣が、四振り、顕現する。
「『当然ね、眼球お馬鹿は、気色悪いからね、そして、当然、受けて立つ』」
両者が同時に踏み出した。衝突。
ミセア様の大薙刀の紫閃と、リヴォグラフの四振りの漆黒大剣が、宙空で、激突した――一撃ごとに半径数百メートルの空間、地面が歪む。
闇神の漆黒魔力と魔毒の女神の翡翠毒霧が宙空で渦巻いた。
ミセア様の茨の鞭が、無数に繰り出された。
リヴォグラフの甲冑に、絡みつき、毒で侵食を試みる。
しかし、リヴォグラフの赤い紋様が、甲冑の表面を、高速で覆い、補修する。
ただし、ミセア様の毒の質が、一段上で、補修が完全には、追いつかない。
リヴォグラフが、背中から漆黒魔力の幻獣怪物を、召喚した。
幻獣が、ミセア様に、突撃する。
しかし、ミセア様の薔薇のカーテンが、幻獣を、毒で融解させた。
リヴォグラフが、追撃で蛇のような稲妻が絡む漆黒大剣を、四振り同時に、振るった。ミセア様の腕に、薄い切り傷が、走る。
しかし、即座に、薔薇の蔓で、再生される。
リヴォグラフの胸部甲冑の一部が、ミセア様の大薙刀で、割れた。
赤い紋様の補修が、一瞬、間に合わない。両者とも、傷を負う。しかし、致命傷には至らない。神格レベルの戦闘は、短時間では、決着しない構造。
周囲の魔族兵、諸侯眷属たちが全員、神域戦闘の余波で吹き飛ばされた。
戦場の半径数百メートルが、神格戦闘の聖域と、化した。
俺たち光魔ルシヴァル陣営も、後退を余儀なくされた。
ヴェテルノが魔毒の女神ミセア様の毒波動を受けて吹き飛ぶと、肩の竜頭装甲が出現し、
「――コノ次元ハ、覇王ノ顎デモ呑ミ込メヌゾォイ。最上級神ノ闘イ、未ダ届カズ」
覇王属性の限界が、ここで、見えた。
最上級神同士の正面衝突は、まだ、ハルホンクの覇王、暴喰が、届かない領域か。
しかし、その限界は次の成長方向を、俺たちに明確に示している。
数撃の応酬の後、復活したヴェテルノが、額の仮面の口を慎重に開いた。
「――リヴォグラフ様。儀式の最終段階の準備、完了いたしました。書架の計算では、儀式が成った後の方が、より優位な状況で続きを進められると、出ております」
リヴォグラフがミセア様と一瞬、視線を交わした。
ミセア様が、薄く、笑った。
「……あら。賢老の言うことを聞くタイプだったかしら、リヴォグラフ」
リヴォグラフが、低く、応じた。
「『……必要な時は、聞く』」
「『今宵は、ここまでだ。儀式が成った時、お前と再び相対する場は、必ず設ける』」
ミセア様が紫と深緑の魔力を体から発し、大薙刀を地に下ろした。
「いいわよ。私もダークエルフたちと薔薇を整えて、待っていてあげる」
リヴォグラフがこちらを凝視、
「『シュウヤ・カガリ。お前は強い。素直に認めよう。その光は氣に喰わぬが、我の闇をも活かせる闇は、我をも恐怖する。だからこそ、お前の眷属の一人――銀の髪のダークエルフ、名はヴィーネだったか。我が、陣営の執行者の毒を浴びた者――ミセア様が解毒を試みるだろうが、お前の眷属の内にはわずかに残る。それを「徴」と思え。我が陣営からの、お前への正式な認知の証しとして。次に会う時、その徴の意味を、知ることになる』」
闇神リヴォグラフが闇の柱に入ると、その闇の柱が消える。
大きい黒い獅子も近くの魔界異獣の屍を最後にひと口、喰らってからリヴォグラフの後を追って闇の柱に消えた。
ヴェテルノの幾何学魔法陣にヴェデルアモボロフと、撤退用形態の崩壊した肉の玉座が収容された。ヴェテルノが、最後に、俺へ、額の仮面の双眸を、向ける。
「光魔の主よ。書架で待つ、と申し上げておこう。卿の頁が、最も厚く綴られることになる」
ヴェテルノが、幾何学魔法陣ごと、地平の彼方へ滑空して、消えた。
天蓋の亀裂が、ゆっくりと閉じる。
戦場の闇属性の魔素濃度が徐々に平常へと、戻っていく。
戦場が、ようやく、静まり返った。ミセア様が大薙刀を地に置いた。
神格の威圧感を引っ込める。再び艶やかな淑女の姿に戻った。
しかし、その瞳の奥には、まだ、リヴォグラフへの怒り宿っていた。
瞳から放射されている錦の残光が、薄く引き延ばされるように蛇と茨の偏円光、楕円偏光、直線偏光のように重なりながら魔界の大氣を変化させていた。
「……ふぅ。久しぶりに、本気を出したわね」
キュルレンスもこちらに来て、
「闇神リヴォグラフと大眷属の一部が揃った以上は神界への浸食は成功したのでしょう」
と告げるとミセア様は頷いてこちらを見て、
「槍使い、ヴィーネちゃん、二人ともご無事で、何より」
「ミセア様、ありがとう」
深く頭を下げた。彼女が、最初に動いてくれなければヴィーネは、もっと深い毒を、受けていたかもしれない。ヴィーネが、その場に膝をついていた。
肩から薄い翡翠色の毒の波形が漏れていた。
「ヴィーネ!」
慌てて駆け寄った。
「ご主人様、ご心配なく」
「ふふ」
ミセア様が、ヴィーネへと、歩み寄った。
彼女の手のひらに、薄い毒霧が、集束する。
「私のヴィーネちゃんに刺さった毒は、私が直接、お返しに引き抜くわ」
ミセア様の薄い毒霧の手が、ヴィーネの肩に、当てられた。
翡翠色の禍々しい毒の成分がヴィーネの肩の傷口から細い糸のように吸い出され、ミセア様の掌の上へと球体となって凝集されていく。
その時、ミトンの肩の紫炎の魂衣の隙間から銀色の幼生スライムであるシルが、ぷるぷると震えながら滑り出してきた。
シルはヴィーネの肩の傷口にそっと寄り添うとミセア様が引き抜ききれなかった体の深部に残る微細な毒の「氣」を、その半透明な体で優しく吸い取り始めた。
幼体のスライムがヴィーネの肩の傷口に寄り添う。
ぷるん、と震えて残った微量の毒の波形を吸い始めた。
「ミセア様、シル、ありがとう」
ヴィーネが優しく応じた。
「命を、救っていただきました」
「ふふ、これで貸し借りなしね」
ミセア様が艶やかに微笑んだ。
「次は、もっと深く、私を頼ってくれてもいいのよ」
その言葉の裏に、何かが、薄く宿っていた。俺の神座が神界寄りに傾くことへの警戒。自分の領分に留めておきたいという、隠れた思惑か。
しかし、今は何も言わない。ミセア様の庇護は本物だ。
彼女が、ヴィーネを救ってくれたことも本物。その上で、彼女の隠れ思惑とどう向き合うか――それはこれから、ゆっくりと考えていくべき課題。
ミトンが、シルを抱き上げて頬ずりをした。
「シル、よくやったわね。あなたの紫炎の魂衣も、しっかり役目を果たしてくれた」
シルが嬉しそうに、ぷるんと震えた。
立ち上がり、戦場を見回した。ヴェデルアモボロフ陣営は地平の彼方へ、撤退した。配下の数名は、確実に屠った。肉の玉座の半分は、〝闇の血泉〟ごと、崩壊した。血刃衆十二名は安らかに昇天させた。
ヴェデルアモボロフと闇賢老ヴェテルノは倒せなかったが、勝利は勝利。
暗剣の風スラウテルの傷場と魔導要塞陣地は守った。
しかし、苦みも確実に残った。リヴォグラフが最後に残した言葉を思い返した。
……毒の根は、お前の眷属の内部にも、わずかに残る、それを『徴』と思え、か。ヴィーネの体内に闇神リヴォグラフ本人が何らかの仕掛けを、残したかもしれない。神格レベルの仕掛けが、裏に潜んでいる可能性は否定できない。
ヴィーネに視線を向けた。
「ヴィーネ、本当に、大丈夫か」
「はい、ご主人様。ミセア様と、この可愛らしいシルちゃんの解毒のおかげで、今は痛みも魔力の滞りもございません」
ヴィーネが立ち上がり、薄く笑った。
「ですが、リヴォグラフの言う『徴』の話、警戒しておきます。わたくしの体に、闇神本人の何かが、残った可能性は、否定できません」
「あぁ。お前の体は、俺たち全員で、守る」
「ご主人様、ありがとうございます」
ヴィーネが深く頭を下げた。全眷属に視線を巡らせた。
戦闘は、終わった。しかし、得たものと、失ったものの両方が確かにある。
「皆、血刃衆昇天時に受け取った儀式情報を改めて、全員と共有する。闇神リヴォグラフの神界逆侵攻計画――コバトトアル中央の魔皇碑石、最深核が、最終儀式の場だ。九割成立済みで、ここに現れたのは、それが成ったからかもだ。
そうではなく、まだあるなら。リヴォグラフが己の神格断片を、最深核に縫合することだろう。これを止める」
眷属たちが一斉に頷いた。
「だとすれば、次の戦線は、コバトトアル中央。闇神リヴォグラフの勢力が利用しているだろう魔皇碑石の最深核を押さえる」
ルリゼゼが、四つ魔剣を、鞘に納めながら、応じた。
「友よ、共に行く。シクルゼ族の祖が守ろうとした境を、闇神に、破らせはせぬ」
ヴィーネが、立ち上がり、続いた。
「ご主人様、神界、戦神ヴァイス一派との接続も、検討すべきかもしれません。〝魔神殺しの蒼き連柱〟の意味が判明した以上、ヴァイス一派が私たちに向けて、何らかの同盟の打診を、している可能性があります」
「あぁ」
頷いた。
「次の課題として、検討だな」
「ん、イルメラ、降伏するのね?」
「……はい」
エヴァが女魔族の手を握って立ち上がらせていた。
エヴァはレベッカたちに目配せ意味は『大丈夫、信じられる』と伝えていた。
レンが、魔斧槍サキナガを、肩に担ぎ直した。
「シュウヤ様、砂城タータイムの守備は、引き続き私が担います。コバトトアル中央への進攻は、本隊が当たるべきかと」
「頼む、砂城タータイムは任せよう」
「はい」
「惑星セラからの増援、八槍卿も呼ぶ。魔界での事象を知れば、すぐに来るだろう。魔城ルグファントの奪還も考えるが、だが、闇神リヴォグラフの勢力次第だな」
「承知いたしました」
ミセア様が、その横で、薄く、笑った。
「槍使い、コバトトアル中央への進攻は、我らも行う。同時に一部の権益はもらうからね」
「はい、当然です。助かります、ミセア様」
頭を下げた。彼女の隠れ思惑は置いておいて現状、この地域の最大級の同盟者だ。ディペリルが艶やかに微笑んだ。
「あぁ、シュウヤ様、私も、ずっと一緒ですからね。次の戦場でも、私の王淫の蜜、活躍させてあげる」
「お手柔らかに」
薄く、応じた。戦場の風が吹く、<砂漠風皇ゴルディクス・イーフォスの縁>の魔力の猫と<煉土皇ゴルディクス・ララァの縁>の魔力の猫が現れては漆黒の魔力の残滓を追うように徐々に薄れながら消えていった。
その地平から土煙と無数の魔力が噴出し、爆音が遅れて轟いた。
ホークとバイアン軍の交戦の音だろう。
「ユイ、ホークは?」
「……健在」
ユイが<ベイカラの瞳>を発動させながら北西を見つめた。
「まだ、生きてる。バイアンの第一陣を巧みに引きつけ続けてる。撤退の氣配は、まだない」
「分かった。引き続き、縁取りは維持しておけ」
「了解」
戦場の中央で、神槍ガンジスの穂先を下げる。
大規模な戦いはこれで終わったと言えるかな。散発的な動きはあるし、<無影歩>を超える隠蔽術がある以上は油断はできない。そして、ヴェデルアモボロフ撃退の戦果と闇神リヴォグラフ本人が宣言を行ったように特別な認知を受けたという重大な転換点か。空を見上げた。未だ屹立する、〝魔神殺しの蒼き連柱〟と、〝魔神殺しの紅蓮なる連柱〟。そして、その遥か高みに薄く漂う、神界の氣配。神界戦神ヴァイス一派。彼らが、俺たちに何を伝えようとしているのか。
続きは明日更新予定です。
【書籍&コミック情報】
・HJノベルス様より『槍使いと、黒猫。』1巻〜20巻 絶賛発売中!
・コミック版 1巻〜3巻 絶賛発売中!
【お知らせ】
設定資料・外伝等の公式保管庫(note)を開設しました!
https://note.com/kenkou_novel/n/n745c32bdb4ba
最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。
今後は、シュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。
※保管庫内には「魔界の最新地図」も掲載しております。
また、今回は「槍猫」とは関係のない完全新作のSF短編――
『たとえ世界が消しゴムで消されたとしても、僕が引いた黒煙の線だけは、君たちの明日に残る』
(※実際のタイトルは『黒鉛の祈り』ですが、この紹介文のフレーズのままで完璧にフックになります)
も同時に掲載しております。
皆様に楽しんでいただけたら幸いです。




