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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千百九十三話 毒薔薇特務大隊と鬼仮面ナナシ、アバドンの丘へ


 地響きが間断なく轟く。南西では地竜ガイアヴァストが、闇神リヴォグラフ側の小隊を蹂躙し、次々と薙ぎ倒していた。

 巨大な黒虎と化した相棒のロロディーヌも戦場の血臭を払うように悠然と歩を進めていた。

 

 不意にその四肢が止まり、紅と黒の瞳が西のメイジナ海を射抜く。


「にゃごぉぉ~」


 と、大氣を震わせる勝利の鬨。

 その咆哮と共に吐き出された紅蓮の炎は、夕闇を拒絶するように夜空を焼き焦がす。

 重低音が、誇らしげな賛歌となって響き渡ったような氣がした。


 すると、キサラが、


「シュウヤ様、すいません、逃げられてしまいました」

「閣下、面目丸潰れでございます! この骨、砕け散らんばかりの不覚……!」

「閣下、弁解の余地もございませぬ。さしたるうえは、 今宵、この魔界にて、我らの責任を示しまする。腹を斬って主への謝罪を!!」

「おう、閣下、我らの腹切りを!!」

「はは、冗談が過ぎるぞ、また古の魔甲大亀グルガンヌに戻って、ここに戻るだけだろう」

「「ガハハッ、はい! 閣下!!」」


 ゼメタスとアドモスの体からぼあぼあと漆黒と紅蓮の炎が噴出する。


「だが、ゼメタスとアドモスは一騎当千の光魔魔沸骸骨騎王だ。それが苦戦となると、相手はやはり相当だな」

「はい、あの漆黒の魔将……これまでにまみえた者の中でも、理の外側に片足を突っ込んだ大強者でございました」

「今まで最高クラスの大強者でしたな……」


 膝をつくゼメタスとアドモスの全身から噴出した魔力が変化し、悔恨の魔力が陽炎のように揺れている。

 単なる力の多寡ではなく、戦いには理の相性という深淵が横たわっている。


 そして、ユイが、


「ゼメタスとアドモス自分を責めすぎ、無理もない状況よ? わたしやキサラに、シュウヤの<鎖>の機微まで完璧に見切っていたわ。本当に底が知れない連中……」

「たしかに、でも、ゼメタスとアドモスの氣持ちは分かる」

「ん、ゼメアドはがんばった」


 レベッカとエヴァの言葉の後、ユイは腰の刀に手をかけ、唇を尖らせて悪戯っぽく口角を上げ、


「でも、ただで逃がすほどわたしも甘くないわよ。その魔将と女魔族、しっかり<ベイカラの瞳>で『縁取って』おいたから。いつでも追跡できるわ」


 白銀の魔力を宿した瞳で、ぱちりとウィンクを投げてくる。

 戦士としての冷徹な観察眼と、少女のような愛らしさがいい。そのギャップが放つ「氣」に、心もわずかに和らぐ。


 そのユイたちに、


「……いいさ。相手は、ユイが言ったように、俺の動きを見ながらも、皆の戦いを臨機応変に戦っていた強者だからな。そして、ユイの<ベイカラの瞳>の追跡は、今はしなくていい。いずれは戦うかも知れないが、今は少し落ち着こうか――」


 魔煙草を戦闘型デバイスから取り出し、口に咥えた。


「了解」

「「ハッ」」

「「うん」」

「「はい」」


 <ザイムの闇炎>で指先に闇炎を灯したが、銀髪をなびかせたヴィーネが歩み寄った。彼女の手にある魔導点火器が、恭しく俺の魔煙草の先端へ差し出される。

 『ありがとう』とアイコンタクトをしながら吸う。ヴィーネは蕩けるような微笑を返した。

 その微笑に魅了されながら、吸い口から肺の奥まで重厚な芳香を引き込む。シュパッ、と小さな燃焼音が静寂に響き、赤い火影が黄昏の中で明滅した。紫煙が立ち昇るのを見つめ、その香りを全身で味わうと、深く吸い込んだ煙をゆっくりと虚空へ吐き出した。


 神鬼・霊風を収めたユイの労をねぎらいつつ、周囲の戦況を俯瞰する。

 魔導要塞陣地の壁に張り付いていた無数の魔族たちは皆無。砂城タータイムも無事。


 マシャッコスアの消滅と【闇神母衣衆】の壊滅を受け、大規模戦闘のうねりは……一先ず、局地的な掃討戦へと移行しつつあった。


「ん、シュウヤ、あっちの騒がしいのも、一区切りついたみたい」


 霊血導超念力によって浮遊するエヴァが、細い指先で戦場の彼方を指し示す。

 毒霧の壁と淫夢の結界を織り成す、ミセアとディペリルの軍勢。

 南から東、南西にかけて広大な防御線が敷かれ、静まり返った大地に新たな境界線を引いている。

 物理的な結界と毒霧が重なり合う中、続々と増援が到着して陣容は厚みを増していった。


 この地域の守りの要は、暗剣の風スラウテルたちが残した「傷場」と大工房の岩場と俺たちの魔導要塞陣地、そして「砂城タータイム」だ。ここを死守することは、単なる領土防衛以上の意味を持つ。


「闇神の残党たちが……嘆き、叫んでいますわ。かつて、塔烈中立都市セナアプアや、あの幻瞑暗黒回廊の奥底で聞いたような、淀んだ怨嗟の声……」


 キュベラスの言葉に皆が沈黙した。

 レベッカが、「……リヴォグラフ側とは色々と戦ってるけど、やっぱり凄まじい戦力よね……」


「あぁ」

「ん」

「はい……同時にこの地の守りも意識しなければなりません」

「ですね、暗剣の風スラウテルの傷場、彼女が残した神格が納まった魔皇碑石。更に、隆起している魔皇碑石は、まだ幾つか残ってます」

「うん、わたしたちが回収した魔皇碑石も結構な数だけどね」

「ん、狩魔の王ボーフーン……あの上級神が死んで、行き場を失った膨大な神格と魔力が、この大地に染み込んでいくのを感じる」


 エヴァの言葉を継ぐように、キサラが魔槍の石突きを地面に立てた。


「えぇ、ここはかつてスラウテル様が堕ちた悲劇の地。けれど、ボーフーンの血肉を啜り、シュウヤ様の神座に照らされた今、この荒野は新たな理へと変質を始めています」

「ですね、死の風ではなく、黎明の風が吹く場所に」

「はい、バーヴァイとメイジナの地方の守りにも通じます。北は地続き、メイジナ海も西にあります」


 皆の語りに頷いた。

 キサラたちが神妙な顔付きで俺を見てくる。

 

 頷いた。


 ゆっくりと、宙空に浮かぶ白亜の砂城タータイムを見た。

 その傍らでは、ナギサ、レン、ビーサ、古の水霊ミラシャン、常闇の水精霊ヘルメ、そして闇烙龍イトスと闇烙竜ベントラーが警戒にあたっている。反対の空からは炎竜ヴァルカ・フレイムと深淵のネプトゥリオンが旋回しつつ、こちらの上空を通り過ぎていった。


 相棒は、左の地で、地竜ガイアヴァストに戯れていた。

 大厖魔街異獣ボベルファと鬼魔人たちは、東側でミトリ・ミトン、ザガ、ボンと一緒に、地面に転がっている残骸を確認しながら、こちらにやってくる。


 すると、魔毒の女神ミセア様と淫魔の王女ディペリル側の陣地から、魔族たちがこちらに飛翔してくるのが見えた。

 ダークエルフ風の女性がリーダ格かな、マントが無数の蛇で構成されている。数にして数百。

 淫魔の王女ディペリル側は、魔界騎士ヴェルモットと、その部下たち数十名。


 最初に、ダークエルフ風の女性が、


「シュウヤ様、ひとまずの勝利おめでとうございます」

「シュウヤ様、おめでとうございます」


 魔界騎士ヴェルモットも、俺に挨拶をしてきた。


「おう、共にめでたい。貴女たちは、ここの守りの人員として派遣されたのかな」

「はい、そうです」

「はい」

「貴女の名は? ヴェルモットのほうは知っている」

「毒薔薇特務大隊、五番隊隊長ベーバティ。此度、女神ミセア様より『黎明ノ王――シュウヤ様に魂の最後の一滴まで捧げよ』との厳命を受け、馳せ参じました。槍の穂先となり、あるいは盾の肉となり、如何なる命にも応えましょう」

「へぇ、特務大隊か」

「はい!」


 お揃いの渋い軍装に身を包んだ精鋭たちだ。

 ベーバティは目を奪われるほどの美貌の持ち主で、双眸は黄緑から錦へとキラキラと色を変えて輝いている。目尻からはかすかな魔力が炎のように揺らめいては消え、アイシャドウのような彩りを添えていた。

 その澄んだ瞳に、俺たちの姿が反射して映っている。


 ジッと見とれていると、ヴィーネたちが俺の視界を遮るように、さりげなく左右を行き交い始めた。

 周囲を警戒している素振りを装ってはいるが、嫉妬してくれているのがまる分かりで、内心少し嬉しくなる。

 ベーバティは、


「私は、このように、両手剣の魔大剣が得意です。<毒無剣>、<毒霧刃>――」


 と、魔大剣を消し、少し浮遊し、両手の先に、毒霧状の細かな礫が大量に発生していた。


「これは、<毒連魔礫>、更に、<毒緑ノ繁>なども使えます。今後ともよろしくお願いします」

「おう、分かった」


 ベーバティは、ヴィーネをジッと見てから、すぐに表情に決意を示すようにキリッとして俺を見る。


「……はい。それと、繰り返すようですが、主から、『槍使い、シュウヤに命を尽くせ……』ときつく命じられております。ですので、なんでもやりますので、ご命令を――」


 蛇で編まれたマントを揺らしながら数歩、前に出てから深々と頭を垂れる。

 彼女の後ろに控える数百の魔族たちからも、迷いのない忠誠の氣が放たれていた。


「フンッ」

 

 と、魔界騎士ヴェルモットは、不機嫌そうに、ベーバティを睨む。

 俺の視線に気付いたヴェルモットはすぐに取り繕い、


「シュウヤ様、淫魔の王女ディペリル様の信頼の印は確認していただけたと思います。そして、今回の私たちの部隊派遣は、その一環です」

「了解した、ならば、傷場の守り、南側の守りを頼む」

「「ハッ」」

「「「「――ハハッ」」」」


 多数の兵士たちが頭を垂れて返事をしてくれるのは、壮観だな。

 レベッカたちは顔を見合わせて、思案げだ。

 

 そこで、


「……ここにキスマリ、ルリゼゼ、アドゥムブラリたちを呼ぶか」

「「はい」」

「ん、賛成」

「そうね」

「うん、キスマリは、皇都の地下でがんばっているのよね。ルリゼゼは魔塔ゲルハットか、【鉱山都市タンダール】かな」


 と聞いてきたレベッカは、城隍神レムランの竜杖を胸に抱く。


「あぁ、ゲルハットかもだ」

「うん」


 レベッカは、生命の泉を思い出しているんだろうか。

 魔境の大森林の元皇都キシリアの復興、城隍神レムランの遺跡、霊廟の地。

 ハイエルフの長い歴史、そしてベファリッツ大帝国の遺跡にまつわる因縁が去来しているのだろう。


 そして、魔境の大森林の傷場へと出られる傷場は、闇遊の姫魔鬼メファーラ様の領域にある。

 この魔界セブドラの地から、その傷場までは、ここからかなり北、北西の方角。

 物理的な距離ならば、地球で例えるなら……。

 日本、太平洋、アイスランド、北極ぐらいまではあるんだろうか。

 その傷場は狩魔の王ボーフーンの領域だったが〝闇遊ノ転移〟などを利用し、昔、俺たちが戦って勝利した。

 

「……ということで、守りの盤石のため、キュベラス、頼めるか」

「はい……惑星セラに戻りましょう」


 キュベラスは、大工房辺りをチラッと見た。

 そのキュベラスに、


「惑星スラウテルに繋がる傷場が氣になるか」

「はい、惑星セラではなく、遠い銀河の先に繋がっている傷場ですからね」

「そうだな。幾ら遠くとも、同じ宇宙次元。その傷場の先の惑星スラウテルから惑星セラへと、<異界の門>で転移は可能なはずだ。また、俺の二十四面体(トラペゾヘドロン)のパレデスの鏡、〝レドミヤの魔法鏡〟、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡での、惑星セラへの転移はできるはず」

「はい、しかし、やはり移動慣れしている【デアンホザーの地】の傷場からフロルセイル地方の傷場に出る流れにします」

「了解した」

「はい、では――」


 キュベラスが白皙の腕を優雅に翳す。<異界の門>を展開した。

 大氣が割れるように、虚空から重厚な石造りの門が競り上がってきた。

 キュベラスは、次元の境界を跨ぐ特有の浮遊感に身を任せ、一歩を踏み出して消える。


 レベッカが、


「ねぇ、皆、先程の闇神リヴォグラフの戦力、相手は【闇神異形軍】か【闇神母衣衆】の連中よね」

「はい、【闇神異形軍】でしょう」

「魔界セブドラの大地に多い正規軍の【闇神異形軍】、その最上位、闇神リヴォグラフの直下の親衛隊が【闇神母衣衆】」

「そうだな」

「副長ウロボルアスを破った男とかシュウヤのことを言っていた」


 レベッカの言葉に皆が俺を見る。

 たしかに。


「あぁ。俺がかつて、魔迷宮の崩壊の際に<水穿>で貫いた男だ」

 

 そう答えながら――<召喚魔槍・無名無礼>を意識。

 無名無礼の魔槍(むめいぶれいのまそう)を久しぶりに召喚した。

 

 大笹穂槍や蜻蛉切を思わせる穂先から、銀色の輝きが波紋のように広がる。

 柄に宿る鬼の仮面『ナナシ』の意志が、主である俺の思考に応じるように微かに唸った。


 かつて魔迷宮で討った【闇神母衣衆】の副長、魔界騎士ウロボルアスの魂が、その身に宿る鬼の仮面ナナシの意志と共鳴するように、ドクンと掌を打つ。直後、遠くで逃げ惑うリヴォグラフ軍の敗残兵たちの叫びが、風に乗って届く。


「にゃご?」

 

 相棒が反応したように皆が一斉にその方向を見た。

 だが、ミセア様たちが軍営から土煙があがる程度。


 すると、無名無礼の魔槍から油煙墨や松煙墨を思わせる水墨画風の魔力の炎がぼあぼあと迸る。

 その不思議な黒炎の中から、鬼の仮面ナナシが姿を現した。


「主様。久しぶりだな」

「おう、久しぶりだ」

「んお? おいおい、主様よぉ……ここは魔界セブドラのど真ん中じゃねぇか! 鼻を突くこの濃密な魔素……たまらねぇな!」

 

 無名無礼の魔槍から溢れ出した墨色の炎が、驚愕に震えている。


「おう」

「しかも、魔力の奔流、魔素巡りってか、〝魔神殺しの蒼き連柱〟に〝魔神殺しの紅蓮なる連柱〟が交互に天を貫いてやがる。どういうことなんだ? 神界セウロス側の……あぁ、主様か……大戦場で、げっ、傷場が近くにあるじゃねぇか……あれ、ここって有名な……」


 と驚いているナナシが、炎を揺らめかせながら俺と、傍らのエヴァやヴィーネに視線を向け、


「……分かったぜ、大平原コバトトアルの一角だな。ここは、で、外で喚いてる連中の氣配……魔毒の女神ミセア、桃の匂い、かぁ~あの魔唱、淫魔の王女ディペリルか。魔翼の花嫁レンシサはいねぇのか、おっ、闇神リヴォグラフの軍勢だな」


 鼻が利くようだ。


「その通り、そこで俺たちは傷場を確保したばかり、大激戦の終えての、少し休憩しながら様子見だ」

「なるほどなぁ」

「闇神リヴォグラフ側だが、何か意見はあるか?」

「おう、昔、俺様がまだ一兵卒だった頃、あいつらの正規軍である【闇神異形軍】とやり合ったことがある。中でも特殊部隊扱いの【闇ノ速辣隊】の連中とは、えげつねぇ局地戦を繰り広げたもんさ」

「ほう、闇ノ速辣隊か」

「あぁ、【闇神母衣衆】の連中だ。だが主様、本当に氣をつけな。リヴォグラフの懐には、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフ……なんていう、歩く災厄みたいなおっさんが控えてやがる。あいつが放つ絶望の魔力を遠目から見ただけで、俺様の魂は文字通り凍りついた。あの闇は、ただの魔力じゃねぇ……『無』そのものだ」


 ナナシは水墨画風の炎を少し縮ませ、当時の恐怖を思い出すようにブルッと震えた。

 ヴェデルアモボロフ? キュベラスなら確実に知っているだろう。

 どっか聞いたかもしれん。

 ナナシは、


「……で、今の外で喚いているのは、そのリヴォグラフの直下、親衛隊である【闇神母衣衆】の残党だろ? 主様が以前にぶっ倒したって魔界騎士メイアールや、俺様が魂を吸い込んだウロボルアスと同じ部隊の連中だ」

「あぁ、その通りだ。お前が吸い込んだあのウロボルアスの魂について、何か分かるか。最後に『闇神リヴォグラフさ、ま、槍使いは、闇の……』と言い残した」


 ナナシは氣を取り直したように、墨の炎を再びパチパチと爆ぜさせた。


「あいつの魂の底にこびりついてたのは、圧倒的な『恐怖』だ」

「そりゃ当然だろう」

「おう、まぁ聞け、あいつらはリヴォグラフから濃密な闇の加護を受けてるはずなんだが、主様の放った<水穿>、<水神の呼び声>、<水の即仗>の水神アクレシスの加護、その神意力の他にも、あったんだ」

「光魔ルシヴァルだからか」

「そうだ。あいつらが最後に視たのは、闇神の加護をすら容易く喰い破る、主様の奥底に潜む『上位の闇』だ。自分たちが深淵だと思っていたものが、実は浅瀬に過ぎなかったと知った時の絶望……。主様、あんたの魂が孕んでいるのは、もう吸血鬼なんて枠に収まるもんじゃねぇよ。ま、それが光魔ルシヴァルってことなんだろう」


 と、ナナシが真面目なトーンで魔界の深淵について語ろうとした、その時。


「にゃごぉ~」


 地竜ガイアヴァストと戯れていたはずのロロディーヌが、いつの間にか近づいてきていた。

 ルビーの瞳を輝かせ、ヒゲをピクピクと動かして、水墨画風の炎に顔を近づける。


「ひっ……! お、おい主様! またあの黒い獣が! 俺様を舐める氣か!」

「にゃん」

「わ、分かった! 俺様は引っ込むぜ!」


 スッと、ナナシは逃げるように無名無礼の魔槍の中へと消え、燃え滾る墨の魔力もシュルシュルと槍身に吸い込まれていった。


「……相変わらず、相棒には弱いな」

「ふふ、ロロちゃん、舐めちゃ駄目よ?」


 エヴァが微笑み、ヴィーネもくすりと口元を緩める。

 そして、ナナシが引っ込んだ直後、空間が裂け、キュベラスがアドゥムブラリ、キスマリ、ルリゼゼを伴って帰還した。

 端正な顔立ちのアドゥムブラリに続き、六眼のキスマリ、四眼のルリゼゼが並ぶ。

 

 二人とも一騎当千の強者でありながら、目を奪われるほどの美人だ。

 

「……主、お呼びと聞いて、飛んできました。……セラの状況ですが、なかなか油断はできませんぞ」


 キスマリは合流するなり、表情を引き締めて報告を始めた。

 アドゥムブラリはヴィーネたちにマセグド大平原とメイジナ地方の守りや、惑星セラのサーマリア王国の事象について語っていく。

 まずはキスマリに、


「元皇都キシリアの傷場地下も色々だからな。だが、タロゴモクンとダゼックスたちの働きは確実だろう?」

「うむ、主が神を屠った余波はセラにも届いておる。あの厳ついタロゴモクン共が、今や完全に牙を抜かれた忠犬よ。挙句の果てには、<筆頭従者>や<従者>にしてくれと縋り付いてきてな。我は<従者長>ゆえ、作れる眷族は<従者>のみ。しかも作るつもりはないと宣言したら、あの頭二つの巨人が童のように声を上げて泣き崩れたのには、さすがの我も面食らったぞ」

「「ふふ」」

 

 ヴィーネたちが笑っていた。

 タロゴモクンは厳ついからな、ギャップが激しいか。


「……ならば、ハミヤかエラリエース、どちらかを魔境の大森林、皇都の復興などの守備に回すべきか」

「ん、いいと思う」

「はい」


 防衛リソースの再編を皆と話し合う。

 ルリゼゼは四眼を静かに光らせ、曲剣の出し入れと、俺があげた〝双頭の魔蛇槍〟を出現させては消している。

 

 ルリゼゼが、この場にいるだけで、前線の突破力は跳ね上がる。

 すると、大厖魔街異獣ボベルファが『ボォォォォォン』『ボボボォォォン』と連続して重低音を響かせ、のっそりとした動きで南東の方角を見やった。

 <魔街異獣の担い手>を通じて、その鳴き声に宿る悲しげな感情が俺にも伝わってくる。

 切なげに南東の空を見つめているミトリ・ミトンの姿を見て、その理由にはすぐにピンときた。


「ボベルファが、泣いているのか……?」


 巨大な魔街異獣が発した重低音の震えに、俺は意識を向けた。ミトリ・ミトンが、切なげに南東の空を見つめている。


「……はい。あの方角に、わたしの故郷があったはずなんです。ボベルファも、それを覚えているのかもしれません」


 震える彼女の肩に静かに視線を送った。


「ミトリ、お前の故郷を、この目で見てみたい。……行こうか、アバドンの丘の彼方へ」

「え、いいんですか!」

 

 頷いてから、鬼魔人たちを見やる。

 ザンクワを筆頭に、皆が俺に向け、胸元に手を当て頭を下げてきた。


「皆も良いらしい、それに、砂城タータイムはここに置く。眷族たちも呼んだから守りは大丈夫だ」

「……はい、では、南東、あのアバドンの丘の彼方へ行きましょう」


 ミトリ・ミトンが、杖を震える指で南東の空へと向けた。

 視線の先、南東の地平には、血と鉄の錆色が混じり合った「アバドンの丘」が、不吉な陽炎を纏って鎮座していた。


「アバドンの丘……そこは今この瞬間も、数多の魔王たちが覇権を争い、命を散らし続ける地獄の門。けれど、その狂氣の影に隠れるようにして、わたしの故郷――小さな、けれど温かかった廃墟が眠っているのです」


 ミトリの言葉には、失われた時間への祈りが込められていた。


「その廃墟を見つけようか、ボベルファも氣になっているようだからな」

「……はい」

「大戦場だけど、起伏がある地形もありそうだからね」


 レベッカの言葉にミトリ・ミトンは、


「そうなんです。影に寄り添うように……点のような、小さな廃墟、魔塔の名残はあるはず……」

「ボォォォン」


 大厖魔街異獣ボベルファは皆を呼ぶように、鳴く。

 ザンクワ、魔界騎士ド・ラグネス……魔将オオクワ、副官ディエ、ヘイバト、片腕の部隊たち、名の知らぬ優秀な仙妖魔たちがボベルファに乗り込んでいく。


「ウォォォォン、主、我はここを守ろう!」

「はい、私もここを守ります」

「あ、シュウヤ様、私も守りに専念をします」

「ガォォォ」

「ギュォォォ」

「了解した」


 魔皇獣咆ケーゼンベルス、魔裁縫の女神アメンディ様、ナギサ、闇烙竜ベントラー、闇烙龍イトスは、この地の守りつく。

 毒薔薇特務大隊の五番隊隊長ベーバティが、


「シュウヤ様、私たちも、傍で、お供を!!」

「おう、行こうか」

「はい!!」

「ンン、にゃおぉぉ」


 相棒は皆の体に触手を絡ませ、一瞬で、引き、己の頭部に乗せていく。

 

 伸びてきた相棒の触手を軽やかに避け、<武行氣>を発動させて虚空を蹴った。

 泥濘に沈んだ大魔塔の廃墟。ミトリが生まれ、そして失ったその場所。

 見上げれば、ライムランの結晶雲が銀翠の光を雨のように降らせ、死に満ちた大地を皮肉なほど美しく照らしている。

 

 俺は黎明の光を背負うように大平原コバトトアルの果て、新たな因縁が待つ特異点へと、力強く踏み出した。

続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻発売中」

コミック版1巻-3巻発売中。【お知らせ】設定資料・外伝等の保管庫(note)を開設しました。


https://note.com/kenkou_novel/n/n745c32bdb4ba

最初の投稿として、書き下ろし限定SS『迷宮都市イゾルガンデの裏側で』(ロロとフォティーナの活躍劇)を公開しています。今後はシュウヤ視点の小話や、本編では書ききれなかった設定をまとめた「槍猫」の総合アーカイブとして、無料・有料を織り交ぜながら更新していく予定です。


本編とあわせて、ぜひこちらもお楽しみください。

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