二千百四十五話 秘匿底街の兄妹
ジンザが大通りから路地に入ったところで、足を止め、
「そろそろ地下通路の出入り口です」
「了解した。ジンザにもあるとは思うが、氣配を消すスキルを使う」
「はい」
「その<無影歩>を使用したまま、敵に近付く。その際、こちら側からの奇襲も可能だろう」
「では、奇襲はせず。向こう側に、姿をこちら側からわざと晒しましょう。センリの首の傀儡の呪針を解除するには、センリ自身に、<魔闘術>系統を使ってもらう必要があります」
注意を引かせる必要があるってことか。
「了解した。そこで<無影歩>を解除する。戦闘となったらセンリ以外は殺すことになるだろう」
「無論です」
「にゃ」
皆が頷く。
「では、ジンザ、センリを見たら皆に、態度で教えてくれ」
「はい」
「では、<無影歩>を使う」
ヴィーネ、ユイ、カリィ、ハンカイ、キサラ、レベッカ、エヴァたちとアイコンタクト。
<無影歩>を発動――瞬間的に皆が、足下の影と成った如く、氣配が薄まった。
ジンザは己の両手を見ては、手首と中指から杭刃と針をシュッと伸ばす、己の得物の確認をしていた。
魔布を展開させた。その魔布には、多種多様の針が並ぶ。皆に、商売道具を見せていく。
そして、中指に魔力を通すと、明らかに普通ではない中指に変化。
魔族セブドラと獄界ゴドローンの文化圏を感じる。
特異な魔手術を受けているんだろうか。
興味深そうにホフマンが、そのジンザの指と商売道具を凝視していた。
ジンザの故郷、秘匿底街【奈落の澱】と言ったか……。
無数の異世界に通じている黒き環と、魔界セブドラに通じている傷場に隣接しているカオスすぎる地下都市。
そこではヴィーネのような魔導貴族による凌ぎを削るような戦いもあるはずだ。
そんな環境で二眼二腕の人族系の種族が育つんだから驚きだ。
ジンザも<無影歩>に興味を持ったようで、
「……パーティとしても機能する優れた氣配断ちスキルですね」
「おう、これなら直前までバレることはないとは思う。だが、まぁ氣休め程度と考えておいてくれ」
「はい、では、【呪渦の顎】が縄張りはこちらです――」
ジンザは先を歩き、煉瓦の建物の横を通り、お地蔵さんのような石像と、戦神と針鼠のような石像が増えてくる。
と、坂道に変化、周囲には、古い家屋が並ぶ。
家屋は減り、樹が増えると階段が見えた。その階段を下り、地下に向かう。
蝙蝠がいそうな雰囲氣の暗い地下階段を下りていくと、ツンとしたカビの臭いと、生臭い血の匂いが鼻を突いた。
「ここはもう、旧第七魔石坑道の範疇です」
ジンザの言葉に頷く。
闇は、より一層深く、重く、体に纏わりついてきた。
滴る水の音から遠くの岩壁の位置を把握した。
<無影歩>を維持し、音もなく、光すらも拒絶する闇の中を進む――。
背後からは、ジンザの押し殺した鼓動が聞こえる。
彼の体からは張り詰めた糸のような緊張が瘴気のように漏れ出していた。
足下では、相棒が黒猫となって、俺の歩幅に合わせるように、影に紛れて進んでいる。
……どれくらい暗い地下道を進んだだろうか。
すると、前方から風と共に魔素の氣配を察知した。
『閣下、複数の氣配が前方に奇襲ができます』
『はい、そろそろですね』
ヘルメとグィヴァの念話に頷き、
『あぁ、攻撃はセンリを把握してからだろう』
『『はい』』
魔素の氣配を皆で感じていると、視界が急に開けた。
広大な空洞の中心で女性が苦しげに跪いている。
どう考えても彼女がセンリだろう。
ジンザが前に出て、その女性を凝視してから俺たちに視線を向け、
『はい、妹です』
と言うように深く頷く。
その視線は鋭い、目元に指先を置くと、指先を、その女性と周囲に屯している複数の者たちがターゲットに向けていく。ユイたちも合わせて手信号を送る、暗殺者特有の暗号か。
そんな皆と目配せ――。
右手に魔槍杖バルドークを召喚し、センリを再び凝視した。
彼女の首筋には、錆びついたような鉄か不明の針が無数に打ち込まれていた。
針は多種多様な魔力を発し、無数の髑髏、蜘蛛、幾何学模様を周囲に作り出している。
その針から、魔法陣へ向かっても赤黒い魔力が絶えず吸い上げられていた。
衣服は、黒装束で、和風のデザインもある。
足下には、巨大な赤黒い魔法陣が展開されていた。
周囲の縁には、髑髏の燭台が円周率を維持するように並び立つ。
そんな女性を傍らで見下ろす二人の男。
浅黒いローブを纏い、不気味な呪言を唱える魔法使い、魔術師。呪術師なのかも知れない。
その横で、長剣を帯び、周囲を警戒する凄腕らしい魔剣師と、その配下の剣士と槍使いたちが数十名いる。
そこで、『<無影歩>を解除する、奇襲に備えるように』と言うように皆とアイコンタクト。
ジンザの手が、懐の針へ向かって動く。凄まじい殺氣が膨れ上がった。
<無影歩>を解除した刹那――。
手前にいた呪術師のようなローブ系衣装を着ている男が振り向き、
「誰だ――」
呪術師の声に合わせ、剣士たちが長剣を抜くが、遅い――。
<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動。
更に、<雷炎縮地>を発動――。
一瞬にして、剣士の間合いへ零にし、魔槍杖バルドークを迅速に振るう<魔皇・無閃>を繰り出した。
紅斧刃が剣士の魔剣と胴を無造作に両断――。
剣士の目は驚愕に見開いたまま、上半身が崩れ落ちる。
やや遅れて、斜めに切られた下半身の傷から血の噴水が吹き上がった。
「ゲオルグ!」
呪術師が驚愕の声を上げる。
その隙を、相棒は見逃さない――。
「にゃごァッ!」
と鋭い咆哮を上げ、背から無数の触手骨剣を射出する。
槍のように鋭い骨の刃が呪術師の両手両足を正確に貫き、背後の岩壁へと彼を磔にした。
「ギャアアアァァッ!」
苦痛に絶叫する呪術師の前に、ジンザが一直線に飛び出した。
ゲオルグには目もくれず、魔法陣の中心に跪くセンリへ。
彼の手には、鈍く光る極細の針が握られている。
「センリ……!」
ジンザの声に、センリが虚ろな瞳を向けた。
すると、磔にされた呪術師が、壁に縫い付けられたまま、懐に隠し持っていた赤黒い呪符を強引に握りつぶす。
「ふ、ふはははッ! 道連れだ……殺せ、毒蜘蛛!」
呪符が砕け散った瞬間、センリの首筋に深く打ち込まれた呪針が、禍々しい赤黒い光を放ち始めた。
限界を超えて暴走を始める。
<隻眼修羅>で凝視すると、センリの虚ろな瞳が、完全な漆黒へと染まるのが視えた。
「……標的、排除」
感情の一切ない声。
次の瞬間、センリの小柄な体がバネのように弾け、目の前のジンザへ肉薄。
両手に黒く変色した暗器を構え、彼の喉元を狙って暗器を突き出してきた。
「ジンザ!」
ジンザは防御に徹する。
妹の攻撃を、針と鉄杭だろうか、その鉄杭と針で的確に、漆黒の針の攻撃を受け流す。
センリを傷つけないように、だがその動きを封じようとするが、暴走したセンリの動きは、人族離れした柔軟さと速さ――。
ジンザの受け流しを的確に弾く。
しかも似ている、ジンザと瓜二つの、暗殺武術の動きで、二人は得物を衝突し合った。
センリは、そのジンザの裏を狙うように鋭い一撃を放ち、膝蹴りから、メルのような上段回し蹴りを繰り出す。
ジンザは、その蹴り回しの技術に、面食らったように後退。
後退したジンザにセンリは、「貴方、何者――」と言いながら、漆黒の針から闇の魔力の刃を伸ばした。
その刃の周囲には、触れた魔脈を腐らせる死の力が陽炎のように揺らめいている。
そこへ、
「ンンッ!」
黒豹が横から回り込む。
触手を鞭のようにしならせてセンリの退路を塞ごうとした。
しかし、センリの暗器が触手の一部に触れると、ジュゥゥッという音と共に触手の表面がドス黒く腐食し始めた。
「にゃご――」
黒豹は驚いて瞬時に自らの触手を切り離し、後方へ跳躍して距離を取った。
「相棒、無理はするな。あいつの毒は厄介だ」
このままではジンザが危ない。
左手に陽槍ルメルカンドを召喚し、<血魔力>を注ぐ。
途端に、<光の授印>と共鳴したように、穂先と柄から黄金に輝く鴉が出現し、眩い黄金の光を周囲に放った。
その黄金の光が、坑道の闇を焼き払い、黄金の檻を作るように、闇の魔力を纏っていたセンリを包み込む――。
センリの回りに出現していた呪の文字などが蒼い炎を発し、爆発し消えていく。
蒼い炎でセンリを燃焼させる勢いで、爆発が続くと、一時的にセンリの動きを強制的に停止させた。
センリはまだ余裕を持って動けるようで、
「……排除」
と呟くと、陽槍ルメルカンドから迸っている<血魔力>を強引に破ろうとする。
「シュウヤさん、仕掛けます――」
一瞬の隙を見逃さないジンザは前に出た。
ユイたちは他の魔剣師たちと斬り合っている。
「――了解」
ジンザの呼びかけに呼応――ジンザに向かう無数の漆黒の針を<超能力精神>で防ぐ。
ジンザは身を低くし、滑るようにセンリの横から背後へと回り込む。
センリがジンザを追って半身になった刹那、魔槍杖バルドークを神槍ガンジスに変化させ、陽槍ルメルカンドで<刺突>――。
センリは俺とジンザの挟撃に混乱したように、無数の漆黒の針を己の周りに展開させ、守勢に回った次の瞬間――。
ジンザは妹の前に立ち塞がり、極細の針を構え、一直線に突き出した。
センリの首筋の〝旧神の呪針〟が、ジンザの接近を拒絶するように魔力を噴出させる。
ジンザは<魔闘術>系統を強め、体から赤紫の魔力を噴出させ、笑みを見せて、
「それを待っていた――」
ジンザは魔布を展開した。
大量の得物を納めていた魔布から、立体的な水墨画の幻影を発生させる。
途端に、センリの首回りに浮いていた無数の呪の文字や毒々しい蜘蛛、髑髏の魔力が針で突かれたように消えていく。
センリは手首や体から、ジンザに向け仕込み針を繰り出すが――。
陽槍ルメルカンドと神槍ガンジスに<血魔力>を送りつつ<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を展開。
そして、二つの得物で<龍豪閃>――。
仕込み針を防ぎ、漆黒の魔力を焼き払い、<火焔光背>を使い、センリの闇の魔力を吸収していく。
センリの攻撃手段を的確に潰していった。
すると、ジンザの指先が一切の迷いなくセンリの首筋の魔点穴へと極細の針を打ち込んだ。清冽な金属音が響き、センリの首筋に深く根を張っていた赤黒い旧神の呪針が、根本から弾き飛ばされた。
宙を舞った呪針は、陽槍ルメルカンドの光に触れて一瞬で灰と化す。
「……あ……」
センリの体から噴出していた魔力の流れが止まる。
漆黒に染まっていた瞳から靄が霧散し、本来の光が戻っていく。
それを見て陽槍ルメルカンドを消した。
ジンザは、糸が切れたように崩れ落ちるセンリの体をしっかりと抱き止める。
「センリッ、分かるか!」
「……え、あ、に……さま……?」
センリが震える手を伸ばし、ジンザの頬に触れた。
その目から、大粒の涙が溢れ出す。
「……あぁ、そうだ。そうだとも」
「……うぅ、ここは、どこ? 地下大動脈層の?」
「今は、氣にするな……もう大丈夫だ、センリ。お前はもう、誰の道具でもない」
「……え? 道具?」
「あぁ、いいから」
「あ、うん……」
ジンザは妹を強く抱きしめ、男泣きに泣いた。
過酷な地下空間を生き抜き、離れ離れになり、道具として利用されてきた兄妹が、ようやく本当の意味で再会を果たした瞬間か。
……良かったな……。
「にゃお」
涙を見た相棒も涙目になっている。
ははっと笑いながら、俺も揺らいだ目元を右手で拭いた。
周囲の魔剣師たちをすべて倒した皆も寄ってきた。
「ん、良かった」
「はい、本当に」
「無事だ。良かったネ」
「うん、良かったぁ」
「はい……」
「あぁ……」
「ンン――」
涙目のハンカイの傍で黒猫が元の姿に戻り、安堵したように喉を鳴らした。
静かにその光景を見守る。
「……ジンザ、妹さんだが」
「あ、はい。記憶も大丈夫そうです」
「はい、あの、兄と皆様は……あ、あァ……私を……」
と、どこか呆けたような表情に変化し、涙を浮かべていく。
兄のジンザは、
「あぁ、確りしろ。ここに座れ、そして、シュウヤ様がいたからこそ、センリを救えたんだ」
「……」
出現させた休憩用の座椅子に座らせている。
センリはジッと虚ろに兄を見ては俺たちを見て、徐々に瞳に光が戻る。
思わず、ジンザを見ると、
「大丈夫、治療の針の名残に、シュウヤ様の<血魔力>、光が強いほうですね、そのおかげもあり、だいぶ良好な状態です」
そうなのか、安心した。
そして、たしかに、妹さん、センリの表情は先程とは明らかに異なる。仄かに肌が赤い。
ジンザは、
「シュウヤ様……この御恩、一生忘れません……!」
ジンザはセンリを抱き抱えたまま、深く頭を下げた。
ルメルカンドの優しい光を兄妹へ向け、笑って首を横に振る。
「礼はいい、それよりも地上に戻ろう」
「はい」
「……ありがとう……」
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