二千百四十二話 荒神の恩寵と天凜の盟友
「にゃ、にゃおぉ~」
相棒は燕の形をした橙色の魔力は強めていない。
寧ろ闇属性を強め、イーフォスの風系の魔力と融合していた。
「……信じられない。ガ・ホウザの風は適合しない者の干渉を極端に嫌うはず。それを、あんなにも穏やかに受け入れているなんて……」
「俺の相棒とその背にいる猫の精霊は、特別な風の力を持っているからな。どうやら、大昔の荒神の残滓も、相棒たちのことは氣に入ってくれたようだ」
俺の言葉に、バメルは深く息を吐き、複雑そうに笑みを浮かべた。
「おぉっ! なんだあの美しい黒豹は!」
「ガ・ホウザ様の荒ぶる風の理を、あのように容易く……ッ!」
作業をしていた研究者たちが、魔機械から身を乗り出して驚きの声を上げる。
「……待って、ガ・ホウザ様の何重とした結界を自然に解いているの……」
「あぁ、ガ・ホウザ様やバメル様だけではない、ガイ様やヨミ様の魔力も呼応している……」
ガイとヨミも己の体から放出されている虹色の魔力と、闇色の魔力は、祭壇と壁の神々の残骸や骨と繋がっていた。
彼らの視線の先では、黒豹が宙空の見えない階段を上るようにして、巨大な嘴の化石の頂上付近へと近づいていた。バメルは目を丸くして、その光景を呆然と見上げている。
「ふっ……【天凜の月】の底知れなさは、私の想像を遥かに超えている。盟友となる判断は、我々にとって最大の幸運だったかもしれない」
バメルがそう語ると、黒豹が、嘴の化石の最も太い部分の風の魔力が一際濃く噴き出している箇所に、前足をちょこんと乗せた。
黒豹は口を拡げ、
「ンン、にゃごぉ」
と氣合いの咆哮――口から、かすかな闇が混じる炎の息吹を出しては、巨大な嘴を覆っていた風の魔力と衝突させていた。同時に、背の半透明な猫のイーフォスがふわりと浮かび上がり、嘴の化石へと溶け込むように接触する。相棒の黒豹も前進し、巨大な嘴に鼻を当てている。
鼻キスか。
――カァァァッ!
刹那、大きな鳥の鳴き声が地下全体に響くと、化石全体が眩い翠緑の光に包まれた。
先ほどバメルが言っていたような荒々しい暴風を伴うものではなく、優しく包み込むような心地よい風の波紋――。
相棒とイーフォスを受け入れた証拠か。
そして、長い眠りから覚めて深呼吸をしている?
その穏やかな風が地下空間全体に行き渡ると、巨大な嘴の表面からパラパラと石化した表皮の一部が剥がれ落ちては亀裂が入る。すると、巨大な嘴が動き、そこから淡い緑色の光を放つ、巨大な『風の魔石』――否、神の心臓のような結晶体が現れた。
「あ、あれは……!」
研究者の一人が震える指で結晶体を指差す。
バメルも魅入られたような表情に変化。
「まさか……こんな現象が……」
言葉を失うバメル。彼女の体から噴出していた風の魔力が荒神ガ・ホウザを思わせる大鳥の姿を模る。
更に、神の心臓たる結晶体から溢れ出した濃密な風の魔力が、彼女の体へと流れ込んでいく。
「あぁ――」
恍惚とした表情を浮かべ、バメルは魅入られたように背を仰け反らせた。
その全身を、翠緑の風が幾重にも包み込んでいく。
荒々しかった『風の理』が、今はまるで母なる鳥が雛を抱くように、バメルを優しく、そして力強く護っていた。
彼女の背後に浮かび上がった大鳥の幻影が、バメルの体へと吸い込まれるように融合していく。
「総長……!」
幹部のガイとヨミが息を呑む。
バメルはゆっくりと体を起こし、目を開いた。その双眸には、先程までの鋭さだけでなく、底知れぬ深みを持つ翠緑の光が宿っていた。
彼女が軽く腕を振るう――それだけで地下空間の空氣が澄み渡り、心地よい風が吹き抜ける。
荒神ガ・ホウザの力を制御し、一段階上の領域へと昇華させたようだ。
そこに、突如として硬質な音が響き渡った。
エコーとなった。
『閣下、ロロ様は、荒神ガ・ホウザの復活に手を貸したようですね』
『……主、旧神ゴ・ラードなどは、これをさせまいと、動いていたんだろう』
ヘルメとシュレゴス・ロードの念話に頷いた。
指輪から半透明な魔力を放出したナイアは、女性を模り、
『――はい、ロロ様とイーフォス様の魔力が起因ですが、この場にいる皆の影響でしょう』
ナイアが念話を寄越した刹那――。
地下空間に張り巡らされた古代の祭壇の紋様が翠緑の魔力と呼応するように激しく明滅を始めた。
吹き荒れる神代の風が発掘現場の土埃を激しく巻き上げ、岩壁の照明魔道具がチカチカと瞬く。
――直後、注連縄が張られた巨大な翼竜の化石や、ティラノサウルスに似た頭蓋骨が内側から弾け飛ぶように破裂した。
「「え?」」
「な、なんだ!?」
研究者たちが悲鳴を上げた。
それらの骨の一部は、宙空で見えない糸に引かれるように、バメルの頭上へと集まっていく。
続いて、ガイとヨミの頭上にも骨の一部が集まって、
ガ・ホウザの『風の核』から放たれる翠緑の光と、集まった神々の残骸、そしてバメルの魔力が祭壇の上で一つに融合していく。
「――グァァァァァォォォン!!」
地下空間に、生々しい咆哮が轟いた。
バメルの頭上に、風の魔力を纏った巨大な骨の怪鳥が出現。
荒神ガ・ホウザか。
不完全ながらも実体化して姿を現した。
その幻影が翼を拡げると、バメルの両手が動いた。
その腕の動きに合わせ、無数の骨の群れが、パズルのピースのように巨大な骨の翼を模り、バメルの動きと連動していく。
虚空を鋭い爪で引き裂く幻影を発してみせる。
「おぉ……。荒神を、文字通り『導き』、体現させたのか……神獣様はわしの想像を超えている!」
アキレス師匠が、その奇跡に驚愕の声を漏らす。
すると、バメルは恍惚とした表情のまま、その瞳を翠緑に輝かせ、
「――<ガ・ホウザの纏>」
刹那、頭上の骨荒神ガ・ホウザが、爆散するように分解され、骨の破片の一部がバメルの体へと降り注ぎ、装着されていく。最終的に、骨と翠緑の魔力結晶で形成された、荘厳にして禍々しい荒神の骨鎧となった。
彼女の右腕には、ガ・ホウザの大嘴を思わせる、巨大な骨の魔剣が握られている。
更に、バメルの周囲には小ぶりだが鋭利な三つの骨魔剣が、主を護るように円を描いて宙に浮遊していた。バメルはゆっくりと地に着地すると、自らの新たな姿を確認するように、骨の籠手に覆われた手を握り締める。
背後にいたガイの虹色の大太刀がリニューアルされ、更に、無数の骨が七色に輝きを放ちつつ、カメレオンのような姿を模っていた。
ヨミの横にも漆黒の骨魔獣の幻影が出現している。
二人は、
「俺たちもか、荒神バンブルビー様の恩寵が強まった……」
「うん、荒神ゼ・ル様の影も強まった」
「ンン、にゃ~」
役目を終えたように、黒豹が宙空の見えない階段を軽快に駆け下りてくる。
床へふわりと着地した瞬間に黒猫の姿へと戻り、俺の足下にすり寄ってきた。背にいたイーフォスの姿は既に消え、恒久スキルの中へと戻っている。
「よくやったな、相棒」
しゃがんで喉を撫でてやると、「にゃ~」と目を細めた。
バメルが、静かに歩み寄ってくる。
その足取りには、以前にも増して王者のような風格が漂っていた。
「……シュウヤ殿。そして、誇り高き黒猫よ。何と礼を言えばいいか……」
バメルは俺たちの前で立ち止まると、深く頭を下げた。
ガイやヨミ、そして研究者たちも驚きに目を見張る。
他者にここまで深く頭を下げるのは、滅多にないことなのだろう。
「礼か。相棒も良かれと思っての判断だろう」
「にゃ」
バメルは、
「ありがとうございます――」
「バメルは、荒神ガ・ホウザの恩寵持ちと分かるが、そのことを少し聞かせてくれ」
「はい、ガ・ホウザの『風の核』……長年、その体現化を目指して研鑽していたんです」
「それが、今日叶ったんだな」
「はい、念願でもあった。更に、恩恵を私たちに授けてくれるとは……」
ガイたちも頷く。
「今の私は、以前とは比べ物にならないほど、ガ・ホウザの風と深く同調しているのを感じるわ」
「相棒とイーフォスのお節介が、良い方向に転がったなら何よりだ」
微笑むと、バメルも顔を上げ、清々しい笑みを浮かべた。
「えぇ。これで【大鳥の鼻】は、より強固な組織となる。……シュウヤ殿、メル殿。改めて、我々との同盟を正式に結ばせてほしい。この恩義、命に代えても報いると誓おう」
メルが優雅に一礼し、
「光栄ですわ、バメル殿。我ら【天凜の月】にとっても、頼もしい盟友となります」
と応じた。アキレス師匠も満足げに頷いている。
これで鉱山都市タンダールでの強力な足場は完全に固まったと言えるだろう。
バメルが恭しく頭を下げると、彼女の体を覆っていた荒神の骨鎧と魔剣が淡い光の粒子となって解け、元の意匠袖の衣装へと戻っていく。
どうやら、あの巨大な力は実体化だけでなく自身の魔力として隠匿・解除することも自在にできるらしい。
「あぁ、頼りにしている。メル、後の詳細な詰めは任せてもいいか?」
「はい、マイロード。バメル殿との今後の連携を含め、しっかりと取りまとめておきます」
「おう、そして、俺たちが泊まる宿は、武神カシナハの大宿だ」
「分かりました」
メルが優雅に微笑み、ヴェロニカやハンカイたちも頷く。
ここで地下の交渉組であるメルの面々とは一旦別れることになった。
「では、俺たちはアシュレイが勧めていた武神カシナハの大宿へ向かう」
「えぇ。道中お氣をつけて。タンダールの夜は冷えますから」
バメルや研究者たちに見送られながら、俺たちは広大な地下発掘場を後にした。
荒神たちの濃密な氣配が立ち込める長い階段を上り、崩れかけたアジトから地上へ出る。
肌を刺すような冷たい夜風が、地下での熱りを心地よく冷ましてくれた――。
外はすっかり日が落ちている。
見上げれば、鉱山都市タンダールの澄んだ夜空に残骸の月ともう一つの月が美しく浮かんでいた。
黒猫は俺の肩にヒョイッと飛び乗り、「にゃん」と喉を鳴らす。
アキレス師匠が夜風を浴びて、心地よさそうに目を細めた。
「ふむ。地下の濃密な魔力も良かったが、地上の風もまた乙なものだな。さて、アシュレイが待つ宿へ向かうとするか」
「ですね。確か『グレートイスパルの大滝』の近くと言っていました」
「温泉と美味しい食事が待ってる!」
「ん、楽しみ」
「はい、この都市ならではの鉱物温泉が楽しみです」
「マイロード、砂城タータイムにいる鴉を呼びたいと思います」
レベッカとエヴァ、カルードがそれぞれ弾んだ声を上げる。
「おう、自由に楽しもう」
「「はい」」
ヴィーネとキサラも期待に胸を膨らませるように微笑み合っていた。
ホフマンも「メシアの疲れを癒やす至高の湯……素晴らしい」と独り言を呟き、カリィは「アハ♪ 広いお風呂で泳いじゃおっかナァ♪」とご機嫌だ。
タンダールの夜の街並みを歩いていく。
煌びやかな魔道具の灯りが夜の街路を照らし、遠くからは地響きのような大滝の轟音が絶え間なく響いてくる。坂道の縁の石柱には、様々な野良魔猫たちが屯していた。
肩にいる黒猫が、「にゃ~」と小さく鳴いて視線を向けると、野良魔猫たちの一部は、ゴロニャンコをして、無防備に腹を見せている。
やがて、右手に巨大な滝――グレートイスパルの大滝の雄大な姿が見え隠れする高台へと辿り着く。
辺りは、夜闇の中でも白く煙る滝の水飛沫に満ちていた。
それが街のあちこちから立ち昇る温泉の湯氣と混じり合い、わずかな硫黄と鉱物の匂いを含んだ心地よい湿り氣を肌に感じさせる。
そこに、周囲の建物とは一線を画す、広大で重厚な造りの大建築が姿を現した。
門構えには、激しく交差する槍と剣、そして武神の猛々しい姿を削り出した立派な彫刻が施されており、出入りしている者たちも一目で強者と分かる武芸者や傭兵ばかりだ。
アキレス師匠も、その彫刻と出入りする強者たちを見て、
「武神寺で修業を行う者たちも多いのは昔からだが、見掛けない強者もいるようだ」
「……闇ギルドの手合いと思われる凄腕も、何人かいるヨ♪」
カリィは視線を鋭くさせている。
レベッカは、
「わたしたちがここにいるってのは広まっているはずだから、無鉄砲な存在が喧嘩を売ってくるかも?」
ユイは、
「その場合は迅速に倒すまでよ」
「ん」
皆の言葉を聞きながら、重厚な造りの武神カシナハの大宿の外観を凝視――。
すると、
「――皆! 待っていたぞ!」
大宿の玄関口から、山吹色の髪を靡かせたアシュレイが笑顔で手を振って駆け寄ってきた。
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