千九百九十二話 信じる者たちの夜
ヘルメの言葉は、この混沌とした街での俺たちの立ち位置を的確に言い表していた。
そこに、「ンンン――」と相棒が喉声を鳴らし、玄関前に移動した。
【奈落の杯】の重厚な扉が背後で閉まり、再びスラムの淀んだ空氣が全身を包む。
既に黒豹と化している。
黒い扉にのし掛かるように両前足を乗せて、爪を立てていた。
爪掻きをやろうとしていた。光精霊フォティーナがその爪を止めようとしているが、相棒の鼻息に半透明な翅が煽られて宙空を回転していた。
「相棒、待った。ギムレットとは一悶着あったが、あれもネゴシエーションだ」
と言うと、黒豹は両前足の爪を仕舞う。
漆黒の革布で覆われている玄関扉は無事。相棒の爪が白銀に見えるほどの黒い扉は高級品だろうし、傷つけたくはない。
黒豹は振り返り「にゃ? にゃごぉ~」と鳴くと、俺の足下に戻ってくる。
脛と脹ら脛に、頭部を何回も衝突させてきた。
尻尾を足に絡め横っ腹と背の横を当てて甘えてくる仕種が可愛い。
メル、キッカ、ベネット、ユイ、キサラ、ファーミリア、ヴィーネはそれぞれ血文字でルシェル、サラ、レザライサ、ハミヤ、ペレランドラ、エラリエース、キッシュに今の詳細を伝えていた。
アドリアンヌは魔通貝で部下と会話していた。
そのアドリアンヌは魔神魚を宙空に展開させていたが、消し、振り向く。
「シュウヤ様、先に『月詠みの寝台』に戻りますわ、ファジアルとシャウラが【幽魔の門】のモニルと接触し、情報を得たようです」
「了解した」
と、アドリアンヌは宙空を飛翔し、氣配を殺すと、姿が消えた。
先程まで感じていた肌を刺すような殺氣はもうない。
魔界騎士シャイナスは、周囲の観察している怪しい連中を睨んでから、こちらを振り向き、
「……鎧袖一触。まさに、その言葉が相応しい」
感嘆の感情は読み取れた。
シャイナスは、平然と煙管をふかすトースン師匠に一瞥をくれると静かに頷き、次いで満足げに腕を組むレプイレス師匠へと視線を移した。
レプイレス師匠は「まさに、経験豊富な魔界騎士も唸るのも頷けるわね……」と告げてシャイナスと頷き合う。
そして、俺を見て微笑むと、
「情報屋だが、あれで分からぬ馬鹿は、もはや救いようがないからな。そして、相手の虚を突く戦術、光と闇の使い方が、実に見事だった」
と褒めてくれた。
レプイレス師匠は、血剣の上に足を乗せて浮いているヴェロニカとも会釈をしてから、ステップを行い、浮遊しては、俺の近くで着地。
――ふわりと花の香りを漂わせつつ腕に自らの腕を絡めてきた。
豊満な胸の柔らかな感触と、しなやかな腹の曲線が腕と脇に押し当てられた。
レプイレス師匠の体の温かさを感じた。
熱まで伝わってくるようだ。
「妾たちも、オマエタチのまぐわっていることは知っている……体を得たのだから、期待しているぞ」
と、小声で伝えてきた。
昂ぶった神経を別の意味で刺激される。
レプイレス師匠の衣装は魔獣の革鎧だと思うが、地肌も見えていて、ストッキング素材のような黒いインナー下着も肌に密着しているから、かなり魅惑的だ。そのレプイレス師匠は俺に見られて嬉しかったようで、
「……ふふ、弟子よ、褒美の口づけは、後でたっぷりとさせてもらうぞ」
妖艶な笑みに思わず苦笑が漏れた。
そんな俺たちの様子をセレスティアが興味深そうに観察している。
彼女のデータベースに『師弟関係』や『色恋』といった項目が追加されていくのが、手に取るように分かった。アクセルマギナとミスティは、傍にいてセレスティアの仕組みを理解しようと分析している。
セレスティアは、
「……主と、八槍卿の方々との関係性……非常に興味深いサンプルです。記録します」
と告げると、シュリ師匠が「あらあら、ふふ」と楽しそうに笑いかける。
張り詰めていた空氣が和らいだのを感じたが、キサラが、
「ギムレットには奥の手が、まだありそうでしたね」
「あぁ、あるだろうな」
皆が頷いた。
「弟子も、見事な立ち回りよな」
「あぁ、あの一つを封じられて対処されたのは確実、そして、本当に殺す目的なら、あの場で、ギムレットの命はなかったのも事実だ」
ソー師匠が語るとイルヴェーヌ師匠が、
「うむ、案外、ギムレットも武闘派の氣配はあったな」
「たしかに」
「ギムレットもまた、善悪の基準に囚われず、己の価値観で動く者……」
セイオクス師匠が語る。
ソー師匠は、
「あぁ、影の力、転移のような力を持つギムレットも強者か、弟子が相手だから楽に倒せたが」
と、語る。戦公バフハールは、
「邪神シャドウをシャドウ様と言ったが、使徒のような立場がギムレットだとしても、完全なシャドウの味方をしている訳でもないと見た……シュウヤと戦っていたが、引き出しは、まだまだ持っている印象だぞ」
戦公バフハールの分析に、レベッカは、
「シュウヤもシテアトップの十天邪像を持つけど、シテアトップの使徒になったわけではないからね」
「はい、【蒼海の氷廟】も同じでしょう。ギムレットと組んでいる。背後の情報屋としてのバックボーンの旧イーゾン王国が持っていた【戦人形ノ駕門】の名も知ることができたことも大きいです」
ヴィーネの言葉に皆がそれぞれの表情で頷く。
「なるほど、旧王国時代の遺物……戦人形師の特殊傭兵たちが扱う魔傀儡人形使いには手練が多いと聞きますぞ」
カルードが呟き、メルとミスティは素早く羊皮紙に情報を書き加えた。
クナは、
「イーゾン王国に伝わる魔道具人形たち、戦人形師の特殊傭兵と、機械仕掛けの繋がりですね」
と発言し、セレスティアを見る。
セレスティアは頷いていた。
メルとミスティも羊皮紙にメモられている言葉を俺に見せるようにヒラヒラさせている。
そこには、情報屋ギムレットの能力の分析と情報屋としての資料が書かれてあった。
メルとミスティが持つ羊皮紙は、俺が情報屋ギムレットと交渉している時に書いていた物だろう。そこで皆を見て、
「では、宿に戻りつつ警戒を怠らず、話をしようか」
「「「はい!」」」
「了解~」
「警戒、警戒~♪」
交渉の間黙っていたイモリザは少し燥ぐように前に出ていく。
そのイモリザを見ながら、
「――第十一階層で発生しているスタンピード。その黒幕の〝黄昏の爪〟の連中と邪神ノルサグの使徒は繋がりがあるとして、空間を操る仮面の男は、それらとも敵対していることは確実か」
「うん、最初に、わたしたちと接触した邪神ノルサグの使徒は、空間を操る仮面の男を警戒していた。【蒼海の氷廟】の二人と共に邪神の使徒や魔神の眷族たちを狩る側かも、神界セウロス側の神界戦士のブー一族。他にも神界の神々を信奉している宗教団体は多い。戦神教団、未開スキル探索団、人族、仙人、仙女、神界にいる種族の方かもしれないわよ」
ユイの言葉に皆が頷いた。三つ巴はペルネーテでもあった。
そこでクレインが、
「職の神レフォトを信奉する未開スキル探索団は謎が多いからねぇ。光神ルロディス様の宗派も多い。そして、戦神教団も様々な分派があるさね」
エヴァも、
「ん、戦神は主神ヴァイス。他の戦神たちそれぞれに戦巫女、戦乙女がいる」
「あぁ、例えば、戦神ヴェナリア様を信奉する【ヴェナリア特務機関】などさ」
「光神ルロディス様と言えば、今、【宗都ヘスリファ】近くの金アロステの丘にいるハミヤとエラリエースにも血文字を送ったからね。教皇庁中央神聖教会の方々も徐々に聖槍アロステが丘に差し戻されたことが伝わっている」
レベッカの言葉に皆が頷いた。
ユイが、
「うん、納得。宗教国家ヘスリファートと教皇との戦いと、シュウヤが得た<聖刻・アロステの丘>。先程も、情報屋ギムレットの影の魔法かスキルの奥義を破ったことに使ったと思うけど、獲得した場所で、光の精霊も誕生しているからね」
「はい、ハミヤやエラリエースの血文字では、〝黄金聖王印の筒〟の聖王が、黒教皇を撃退したことも隠しきれないようですよ。教皇庁中央神聖教会も大揺れに揺れているとか」
とキサラも情報を伝えてくる。
『月詠みの寝台』へと、来た道を歩きながら皆と会話を続けた。
道中、あれほど執拗だった視線は嘘のように消えていた。
スラムの住人たちは俺たちを遠巻きに避けるように道を開けていく。
「『西地区の掃除が少し捗った』というギムレットの言葉は事実ですね」
キサラがダモアヌンの魔槍を消しながら発言した。
「あぁ、レプイレスの<魔槍技>の一つ、<女帝豪馬殺>は、かなり強力だからな」
獄魔槍流のグルド師匠が語る。
レプイレス師匠は、微笑みながら颯爽と低空を飛翔する。
珠色に近いマントが映える。女帝槍から薄らと茨と薔薇の魔力が溢れていた。
レプイレス師匠が見せた圧倒的な〝誠意〟は、この無法地帯の力関係を一夜にして塗り替えてしまったらしい。
そうして、『月詠みの寝台』に戻ってきた。
普通に、宿の豪華な扉を潜ってホールを通り、階段を上がる。
貴賓室『銀月の間』のリビングへと戻った。
そこには既にアドリアンヌが待っていた。
彼女は優雅にソファに腰掛け、テーブルに広げられたイゾルガンデの詳細な地図を眺めている。
黄金仮面の奥で瞳が楽しげに細められる。
「お帰りなさい。ファジアルたちに情報屋ギムレットの背後関係を洗わせてますわ」
「了解」
俺の返事にアドリアンヌは淑やかに微笑んだ。
そこでギムレットから受け取った羊皮紙――。
〝黄昏の爪〟のアジトの見取り図と戦力配置、そして関連する商会のリストをテーブルの上に広げる。
「早速だが、作戦会議を始めよう。メル、クナ、ミスティ、それに師匠たちも頼む」
その一言で、部屋の空氣が一変する。
ソファで寛いでいた師匠たちが身を起こし各々が地図を囲むように集まってきた。
その顔から先程までの陽気な雰囲気は消え、百戦錬磨の戦士の顔つきへと戻っている。
「まず、ギムレットから得た情報だ。スタンピードの黒幕は〝黄昏の爪〟。目的は邪神ノルサグの降臨。そして、その儀式の時間稼ぎとギルドの戦力削ぎのために、十一階層の主『クリスタル・パイクホーン』を操り、スタンピードを引き起こしている」
俺の説明に、バフハールが唸る。
「ふむ、邪神降臨とは、また大きく出たものよな」
「情報屋ギムレットが語ったように、神格を捨て、邪の塊として降臨するつもりやもしれん」
「このイゾルガンデの不安定な黒き環を利用して、何らかの抜け道がある?」
レベッカの言葉に
「あったとしても、黒き環の範囲内だけだろうな」
「どうでしょうか、地表があるこの次元に接触した時点で霧散するのが目に見えている。【幻瞑暗黒回廊】の内部ならいざ知らず、不可能でしょう」
クナは力強く語る。
「この地の時空の歪みがあろうとも、根、大地、空、否、次元が異なるか」
戦公バフハールの言葉に皆が頷いた。
アドリアンヌが、地図に記されたいくつかの商会の名を指でなぞる。
「これらの商会は、表向きは武具やポーションを扱うごく普通の店。ですが、裏では〝黄昏の爪〟の活動資金源となり、儀式に必要な物資を迷宮内へ運び込んでいるようです。ギムレットの情報によれば、衛兵やギルド職員の中にも、奴らに通じている者がいるとか」
「腐敗は根深い、ということか」
レザライサが忌々しげに吐き捨てる。
俺は地図に記された古竜の巣穴──〝黄昏の爪〟のアジトを指差した。
「奴らの目的が邪神降臨である以上、放置はできない。我々の手で、この儀式を阻止する」
決然と告げると、師匠たちが待ってましたとばかりに闘気を漲らせる。
「決まりだな! 乗り込んで潰すか」
「フッ」
レザライサはグルド師匠に乗り気のように笑みを見せる。
トースン師匠が、
「グルド、逸るな。今は様子見だ」
トースン師匠が冷静に窘めると、グラド師匠も頷く。
「うむ。敵は迷宮の、それも十一階層という深層にいるのじゃからな」
「あぁ、まずはそこへ至るまでのルートと、敵の戦力を正確に把握するのが先決だな」
ソー師匠の言葉の後、戦公バフハールが、
「ギムレットの情報がすべて真実とは限らん。奴が我らを試すための罠である可能性も捨てきれんからの」
師匠たちを見やるバフハール。
師匠たちの言葉を引き継ぐ意味があると分かる。
ソー師匠とセイオクス師匠も同意するように頷いた。
そして、
「師匠たちの言う通りだ。そこでパーティを二つに分けようと思う」
「戦力を分けるか……」
バフハールの言葉だ。眉をひそめている。
その懸念を払拭するようにレベッカが自信に満ちた笑みを浮かべる。
「今の私たちならいけると思うわよ」
「あぁ、問題ない。光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>としての自負がある」
「そうさね。<筆頭従者長>以前の経験も、それなりにあるさ、バフハールのような膨大な時間は生きていないが、数百年単位なら私たちも歳を取っている」
クレインの言葉に、バフハールは顎をぼりぼりと手で掻いて、頷く。
「バフハール、私もいるのだ、大丈夫であろう」
「四眼ルリゼゼ、お前もシュウヤの眷族になったのだな……」
「あぁ、そうだ」
「かつては、小娘に思えたが、ふっ……了解した。皆を信じよう」
バフハールも納得したようだ。
そこで、
「俺と共に十一階層を目指す迷宮攻略組と、もう一つはこの街に残り、地上での情報収集と、奴らの協力者たちを炙り出す地上制圧組にしようと思う」
全員の視線が俺に集まった。
「迷宮攻略組は、俺、ヴィーネ、ユイ、カルード、キサラ、エヴァ、レベッカ、ルリゼゼ。そして、ファーミリア、師匠たちとバフハール、シャイナスも同行を頼む。セレスティアもだ」
「「はい」」
「御意、マイロードと共に!」
「「了解~」」
「ん」
「喜んでご同行しますわ」
「承知した」
「当然だ」
「マスターの傍らに」
力強い返事が次々と返ってくる。
「地上組にはもう一つ頼みたいことがある。迷宮攻略ついでに、邪界ヘルローネのショートカットも使えるだろうから、レベル五の魔宝地図の解読済みのようだが、他にも行けそうな魔宝地図の解読を、冒険者ギルドの解読師に見てもらうといい」
レベッカが右手に蒼炎を灯し、拳を突き上げ、「了解!」と氣合いの返事をした。
「ん、レベッカ後で一緒に行こう」
「うん、お宝~どんなアイテムが出るのか、でも守護者級は、氣を付けたいわね」
「……例の神槍ガンジスが入ってた宝箱だねぇ、私も一緒にいくさ」
「私もついでに見に行きます!」
「はい」
レベッカたちは後で冒険者ギルドか。
そこで、
「地上制圧組は、アドリアンヌ、お前に任せる。レザライサ、フー、シキ、メル、クナ、ミスティ、その他、ここにいる全員でアドリアンヌを補佐してくれ。ギムレットから得た商会のリストを元に、連中の資金源を断つ。同時に、〝仮面の男〟と【蒼海の氷廟】の動向も探ってほしい」
「ふふ、お任せくださいませ、シュウヤ様。この街の裏も表も、すべて我らが手中にあることを思い知らせてやりますわ」
アドリアンヌが、黄金仮面の奥で愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
その隣でレザライサも不敵に頷いた。
「承知した。あの双子には個人的な〝借り〟もある。奴らがこの街で何を企んでいるのか、きっちりと暴き出してやろう」
その瞳には、未だ消えぬ不信の炎が揺らめいていた。
これで方針は決まった。
「では、攻略組は明日の早朝、迷宮へ向かう。それまでに各自、準備を整えておいてくれ。地上組は、今夜から早速動いてもらう。アドリアンヌ、必要な人員は砂城からも自由に徴発して構わない」
「はい、承知いたしました」
作戦会議が終わり、各自が準備のために部屋を出ていく。
リビングに残ったのは、俺とヴィーネ、そして窓辺で静かに夜景を眺めていたセレスティアだけだった。
「ご主人様、明日の迷宮攻略、楽しみですね」
「あぁ、だが、その前に少し休もうか」
ヴィーネの肩を優しく抱き寄せ、ソファへと促す。彼女はこくりと頷くと、俺の腕にそっと身を寄せ、体重を預けてきた。湯上りの甘い香りと、柔らかな体の感触が、戦いで昂った神経を穏やかに解していく。そのまま彼女の銀髪に顔を埋め、深く息を吸い込むと、ヴィーネはくすぐったそうに身じろぎしながらも、幸せそうな吐息を漏らした。
「……ご主人様の匂い、落ち着きます」
その囁きに応えるように彼女の腰を抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。
「俺もだ。お前がいると、どんな戦いの後でも心が安らぐ」
吐息が触れるたびに、ヴィーネの肩がぴくりと震えるのが愛おしい。
そのまま首筋に軽く唇を這わせると彼女は甘い声を漏らしながら、俺の首に腕を回してきた。熱を帯びた瞳が潤んでこちらを見つめている。
ヴィーネは俺の唇を見てから上目遣いとなる。
自らの唇をわずかに開く。誘うようなその仕草に抗うことなどできはしない。
お望み通り――やや紫がかったその柔らかな唇に己の唇を重ねた。
続けて優しく上唇を食むと、ヴィーネも応えるように、俺の唇をはむ、と甘く咥え返した。
と、甘い吐息が零れた。
その反応が愛しくて彼女の鼻と頬を、自らの鼻で擦るように角度を変え、更に深く口づけを交わした。ヴィーネは背に両腕を回し、俺を離さないとばかりに抱きしめを強くした。
唇を合わせたまま角度を変えるたび、漏れるヴィーネの甘い吐息が耳元をくすぐる。
舌と歯茎に唾液の交換と<血魔力>の交換を行うたびに、ヴィーネは体を震わせる。その一つ一つが愛しくて、もっと深く彼女を求めてしまいそうになった。
と、名残惜しさを感じながらも、そっと体を離した。
ヴィーネは、「あ……」と唇を追うように前に顔を伸ばす。
その表情は愛しさに溢れていた。
その時、セレスティアの氣配が強まる。
ヴィーネと俺は少し距離を取った。
セレスティアは、
「……マスター。先程の会議、及び皆様の能力……すべて記録させていただきました。皆様の連携、個々の戦闘能力、そしてマスターの指揮能力。いずれも、私の予測を遥かに上回るものです」
「そうか。お前の力も、明日からの戦いでは大きな助けになるだろう。期待している」
「はい。ですが……」
セレスティアはそこで言葉を切り、その真紅の瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。
「私のデータベースに、該当する戦術パターンが存在しません。皆様の戦い方は、あまりに……自由で予測不能です。特に、マスター、あなたの戦術は……」
その声には純粋な分析者の困惑と、未知の戦闘スタイルに対する畏敬が混じっていた。
「はは、セオリー通りに進まないのが、俺たちのやり方でな」
悪戯っぽく笑うと、セレスティアは困ったように首を傾げた。
「……理解不能です。ですが、それ故に、これほどまでに強いのかもしれません。明日からの任務、全力でマスターを補佐させていただきます」
白磁の騎士は、そう言って再び完璧な礼をとった。
その姿に改めて得難い仲間を得たことを実感する。
同時に、彼女の言葉の端々に滲む機械としての限界、あるいは孤独のようなものを感じ取っていた。
「氣にするな。遠慮していると思うが、アクセルマギナも人工知能なんだ。彼女からの助言も役に立つかもだ。それに……」
俺はセレスティアへと歩み寄り、その白磁の肩にそっと手を置いた。
「セレスティアの内部には魔機械の神機械仕掛けの神様が関わっているなら、魂などがあるのかも知れないがな」
その言葉に、セレスティアの真紅の瞳が、かすかに、しかし確かに揺らめいた。
彼女が永い時の中で抱えてきたであろう孤独。その核心に、俺の言葉が触れたのかもしれない。
「……魂……」
ぽつりと呟かれた言葉は、古時計の針の音のように、静かなリビングに響いた。
彼女の抱える孤独に触れたような氣がした。
自然と口角が上がるのを感じながら、
「お前はただの機械じゃない。俺たちと同じ心を持つ仲間だ。だから分からないことがあれば一人で抱え込まず、なんでもいいから俺たちに言うといい」
セレスティアも微笑むように表情を変化させた。
白磁器の装甲がほとんどだが、頭部の顔は人族の皮膚を持つから美人さんだ。
そして、改めて、得難い仲間を得たことを実感した。
ベランダから、街の中心で不気味な光を放つ『神々の砕環』を見下ろした。
邪神の使徒、スタンピード、仮面の男、そして謎多き双子。
この奈落の如き迷宮の深淵で、一体何が俺たちを待ち受けているのか。
だが、不安はない。
これだけの眷族と仲間たちがいる。
どんな困難が待ち受けようと、必ず乗り越えてみせよう。
決意を新たに、俺はイゾルガンデの深い夜を見つめていた。
続きは明日、HJのベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻~20巻」発売中。
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