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立ち読まない幽霊

作者: しし座
掲載日:2026/04/14

「また居るよ」


 先輩はいわゆる『見える人』らしい。曰く、雑誌コーナーで立ち読みするみたいにずっと立っている人がいるのだとか。何も持たずに。僕がこのコンビニで働き始めて三か月のことだった。


「何度目ですかそれ」


 わざとらしく呆れたように答える。最初は僕を怖がらせたいのかと思っていたが、そうでもない。脅かすわけでもなく、いつも報告だけ。でもそんな先輩が嫌いじゃない。


「君はあんなふうにならないでよ」

「はあ、気を付けます」


 先輩はこの話の時だけ少し真剣な顔をする。普段は緩い雰囲気なのに、妙なところで真面目な人だ。


 こんなよくわからないやり取りが、深夜シフトの恒例行事になっていた。


 時計を見ると午前二時になろうという時間。そろそろ深夜の入荷便が来る頃。この話が最近は時報代わりになっている。


「そろそろ次がくるんで廃棄切りますね」

「頼んだよ、私は外の掃除でもしてくる」


 先輩はその時間になるといつも外に出る。配送の人と会いたくないのだろうか。掃き掃除はしてくれているようだがゴミ箱や灰皿の片付けはしてくれない。僕が先輩の中途半端な仕事を許しているのも彼女の器量の良さのなせる(わざ)か。


 何度かの夜勤をはさんで。先輩は休みだった。

 今日は報告(時報)が無いので気づくのが遅れた。廃棄のサンドイッチやおにぎりなんかを集めて回る。日付が変わる頃まで雨だったせいか、いつもより廃棄が多めだ。これで僕のお腹も潤うというもの。廃棄品のバーコードを通しているとドアの開く音に合わせてBGMが鳴る。


「お疲れ様です!」


 佐々木さんがコンテナ台車を押しながら入ってきた。深夜に似合わない体育会系の挨拶は暗い雰囲気の店内を明るくしてくれる。……先輩はこういうところが苦手なのかも。

 搬入が終わり伝票にサインを求めてくる。


「それとタバコの103番を二つ」


 振り返って御所望の品を探す……、あった。パッケージの上部中央に赤い丸のデザイン。


「こちらでお間違いないでしょうか」

「はい、支払いは交通系で」


 所定の操作をしてタッチを促す。


「うちで買い物をするのは珍しいですね」

「家にストックはあるんだけどさ、雨でダメにしちゃって。助手席の窓を少し開けてたのを忘れてたんだよ」


 佐々木さんはやっちまったぜと言わんばかりの苦笑いだった。


「それは災難でしたね」

「最近値上げも多いからね、安くない勉強代だよ。それじゃ、夜勤頑張ってね」


 それだけ言って佐々木さんは出て行った。



 次の夜勤。


「また居るよ」


 そろそろ搬入の時間だ。

 僕は廃棄商品のバーコードを通す。先輩はいつも通り外掃除に出る。トラックが出ていくまで監視カメラにすら映らないという徹底ぶりには僕も感心する。

 佐々木さんは悪い人には見えない。むしろ男の僕から見ても好感が持てる。昔、先輩と惚れた腫れたでもあったのだろうか。


「お疲れ様です!」


 コンテナ台車を押しながら入ってくる。ただのアルバイトに律儀に帽子をとって挨拶をしてくれる。なんとなしに外を見るが先輩は見当たらない。僕は作業に戻る。


「終わりました、サインお願いします」


 佐々木さんから声がかかった。伝票を確認してサインする。


「最近ずっとワンオペみたいだけど大丈夫そう?」


 佐々木さんからすればそう見えるだろう。搬入の間、先輩はずっと隠れている。


「深夜はお客さんも滅多に来ませんし、バイトにも大分慣れましたので」


 本人が嫌がっているなら黙っておこう。藪蛇(やぶへび)になるのも嫌だし。

 佐々木さんは「そっか、無理しないでね」と帰っていく。

トラックが駐車場から出た後、外から先輩が戻ってきた。


「変わりなかった?」

「ええ、いつも通りです」


 少し迷ってから、付け足す。


「ワンオペ大変じゃないかって言われちゃいました」

「そっか」


 先輩からはそれだけだった。普通なら『気を遣わせちゃってごめんね』とかあってもいい気がするが、何でもないようにレジの中に入る。やっぱり、この人はあの時間を避けている。


「先輩」

「なに」

「なんで、あの時間だけ外に出るんですか」

「ええっと……」


 一瞬、雑誌コーナーの幽霊が先輩の近くにいる気がした。


「……彼が来ると、私『見えなくなる』んだ」


 ――は?


 こちらが間抜け面をさらしたのを見て、先輩は肩をすくめた。


「まあ、相性みたいなものかな。彼、元気でしょ?」


 一気に体の力が抜ける。そんな理由なら庇わなくて良かったかもしれない。『見える』以外はまともな先輩だと思っていたがオカルト思考もここまで行くと……。


「はぁ……、休憩入ります」

「行ってらっしゃ~い」


 バックヤードに入るため、雑誌コーナーの前を通る。僕にはやっぱり何も見えない。扉を抜けてパイプ椅子に勢いよく腰を下ろすと『ギッ』と鳴る。


「そろそろ来月のシフト出てないかな、確認しないと」


 背もたれによりかかって仰け反ると後ろのモニターが視界に入る。

 ――先輩の言う立ち読まない幽霊は誰なんだろう。


 監視カメラには何も映っていない。店内の奥の方からは物音が聞こえてくる。

 来月も深夜シフトはワンオペの日が並んでいる。



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