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39.商業ギルド

 商業ギルドは、ゼノの店から歩いて十分程の位置にあった。

 石造りの大きな建物で、商業ギルドを示す旗がはためいている。

 

「こっちだ」


 リッツは商業ギルドの中に入ると、壁際の一角に進んだ。

 木枠の付けられた掲示板に、沢山の張り紙が貼られている。

 仕事のジャンルに応じて仕事の募集が張られているようだ。


「読み書きなー、読み書き、読み書き……」


 掲示板に指先を向け、その指で張り紙を指差して眺めるリッツに、ファウリはあれ?っと首を傾げた。


「リッツさんも字が読めるんですか?」


「いや? 張り紙に印が押してあるだろ?」


 言われてみると、掲示板に貼られた紙の角に、赤い印が押されてある。

 印にはそれぞれ、木箱のマークや木の芽のマーク、箒のマークなどが書かれていた。

 文字が読めない人はここで印を頼りに幾つか張り紙を取り、受付に持って行くとそこで詳しい説明が聞けるらしい。


「あ、この辺に文字の読み書き系の仕事があるっぽい」


 リッツの示したあたりを見ると、家庭教師に商店の経理の仕事、手紙の代筆、いろいろな仕事があるようだ。

 ただ、どれも残念ながら通いの仕事や住み込みの仕事のようで、ファウリの希望する仕事は見つからない。

 がっくりと肩を落としかけたファウリは、ふともう一つ向こうにも掲示板があるのに気がついた。

 今眺めている木の板に直接張り紙を貼り付けた掲示板と異なり、赤いベルベッドが張られた掲示板には、質の良い紙が数枚貼られている。

 ファウリは赤いベルベッドの張られた掲示板の方に移動をすると、求人の内容にじっくりと目を通し、ぱぁっと目を輝かせた。


「気になるやつある?」


「はい! これとこれ、やってみたいです」

赤いベルベットの布の貼られた掲示板に貼られていた張り紙を手に取った。


「二枚? ……てか、お前、そっちのヤツ取ったのかよ。出来るのか?」


「え、多分……? 何でですか?」


「や、それってでっかい商会とかの、金持ち相手の仕事だぞ? 俺らみたいな一般人が受ける仕事じゃねぇから」


「そうなんですね。でも、私は通いの仕事は出来ませんし、文字の読み書きは得意なので」


「お前以外と豪胆なのな……」


 呆れたような、心配そうなリッツを伴い、剥がした張り紙を持って受付に並ぶ。


「お前、商業ギルドは初めてか?」


「はい。何か登録が必要になるんでしょうか?」


「いや、普通は必要ないんだけど、そっちの張り紙はどうかなー。庶民向けの仕事は、読み書き出来ないやつの方が多いから、紹介だけしてもらって後は面接して雇って貰う感じだけど」


「そうなんですね」


 ざっくりとリッツの説明を聞いていると、ファウリの順番になった。


「お待たせしました。お仕事の紹介で宜しいですか?」


「はい、お願いします」


 受付の女性に持ってきた張り紙を差し出す。

 きちんと髪を後ろに纏めた眼鏡の女性は、差し出された張り紙を受け取ると、訝しげにファウリと張り紙を交互に見た。


「……あの、何か?」


 まじまじと見られて、ファウリはこてんと首を傾ける。


「いえ……。こちらでお間違えありませんか?」


「はい、大丈夫です」


「……そうですか」


 受付嬢は表情を消すと、指先で眼鏡を上げてから張り紙の内容に目を通す。


「こちらの仕事は、商会の海外に当てた書類の清書と、貴族のご子息の手紙の翻訳になりますが……。失礼ですが文字の読み書きは問題ありませんか?」


「はい、大丈夫です」


「リアフ語は?」


「大丈夫です」


「お、おい……」


 焦ったようなリッツに、ファウリは大丈夫と笑って見せた。

 リアフ語は、大陸の南に位置するアルバータ諸島周辺で使われる文字だ。

 祖国であるリュクシェ=ペレや、ここティアナグ=ノールで使われるのは大陸語と言われるコルト語のため、リアフ語を得意とする人は稀だ。

 幸いファウリが聖女として受けた教育の中に、リアフ語も含まれていた。

 それに聖女だった頃に、アルバータ地方の国の要人と直接顔を合わせて話したことも、書類のやり取りをしていたこともあるから、リアフ語は話すのも書くのも得意だ。問題ない。


「……。そうですか。身分証明はお持ちですか?」


「いえ」


 ファウリが首を振ると、一瞬受付嬢が探るような目を向けてきた。

 まぁ、どこにでもいそうな平凡な見た目だし、着ている服は、ザ・庶民な服装だ。

 疑うのも無理はない。

 ファウリはにっこりと微笑んで見せた。


「こちらの仕事は身分証明が必要になります。発行には五レジーナ十五ピアニールが必要になりますがいかがなさいますか?」


「あ、えっと……」


 ファウリは慌てて小袋を取り出すとコインを数えた。

 

「……リッツさん、黒パン一つ幾らでしょう?」


 こっそり声を潜めてリッツに問いかけると、リッツは呆れた目でファウリを見た。


「お前カツカツなのに登録すんの……? まぁ、良いけどさ。五ピアニールあれば拳くらいのパン一つ買えるけど」


「……。じゃ、登録します」


 ファウリは一巡した後、ぐ、っと拳を握ってうなづいた。

 張り紙に書かれた依頼は、週に一度書類を受け取り、出来上がったら届ければ良いらしい。

 街に住んでいるわけじゃないファウリにとって、毎日職場に出るのは難しい。

 暫くは節約を余儀なくされるが、元々自給自足が夢だったのだ。

 少しの間くらい、耐えられなくてどうする。


「畏まりました。では、こちらの書類に目を通し、必要事項を記入ください」


「……大丈夫なのかよ」


「ギリギリですが、何とかなります。……多分」


 ファウリは憐憫の目を向けるリッツを尻目に、書類に目を通していく。

 書類は契約書も兼ねているらしい。

 ギルドに登録すると、給与の一部が依頼主からギルドに支払われるだの、虚偽の申告があった場合、賠償責任が生じるだの、問題が起きた際にギルドは責任を負わないだのが小難しい言い回しでずらずらと書かれている。

 見落としがないようにしっかりと目を通し、ファウリはペンを手に取った。

 サラサラとなれた様子で文字を綴るファウリに、リッツは目を丸くする。


「すげぇな。お前ほんとに字書けるんだ?」


「まぁ、どちらかというと得意です」


 書き終えた書類を受付嬢へと差し出すと、受付嬢は書類をざっと眺めて、にこりと小さく微笑んだ。


「ファウリさんですね。お住まいはリコの村……。お年は十六歳……」


 受付嬢は別の書類に細々とペンを走らせると、ファウリに差し出しながら、もう片手をすいっと滑らせるように流す。


「こちらをお持ちになって三番窓口へどうぞ」


 受付嬢の示した方に視線を向けると、パーテーションで仕切られた一つ先の区間の窓口の上に三番と書かれた金属の板が貼られていた。

 明らかに他の窓口に比べ、豪奢な作りになっている窓口が三つほど並んでいる。


「わかりました。ありがとうございます」


 ファウリはぺこりと頭を下げると、ぽかんとしているリッツの袖を軽く引いて、豪奢な作りの窓口へと進み、受け取った書類を窓口に差し出した。


「お願いします」


 ファウリが書類を差し出すと、三番窓口の受付の男性は営業スマイルを貼り付けて書類を受け取り、中を確認すると、少々お待ちをと断ってから席を立った。


 程なくして受付の男性は戻ってくると、金属のカードをファウリの前に差し出した。


「こちらはギルド会員証になります。この部分に人差し指を当ててください」


 ファウリは言われるがままにカードに指を当てる。

 その刹那、カードがふわりと発光した。


 まさかこれも?と思ったが、どうやらそういう仕様らしい。

 受付の男性は慣れた様子でカードを受け取り、魔法陣の描かれた魔道具の上にカードをセットする。

 カードの上に幾つもの魔法文字が浮かび上がり、それが収縮すると、カードを手に取ってファウリへと差し出した。


「こちらがファウリさんの会員証です。大事に保管をしてください。紛失された場合、別途費用が発生します」


「わかりました」


 ファウリは持ってきた鞄にカードを仕舞う。

 ファウリがカードを仕舞っている間に、男性は紙の束を入れた袋を二つ、テーブルの上へ置く。


「こちらは今回の依頼になります。こちらが翻訳、こちらが清書になります。一週間後までに納品してください。遅れた場合、賠償請求が発生する場合があります。詳しい契約内容はこちらになります」


「ありがとうございます」


 ファウリは受け取った書類も鞄に仕舞い込むと、未だポカンとしているリッツににっこりと笑みを向けた。


「お待たせしました。行きましょう」


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