10:そんなものは捨ててしまえ
上の子が家を出た。
家出じゃないよ。急な進路変更で家を出て、別に暮らすことになったのだ。
それがまた本当に急に決まったものだから、嵐が来たかのようなすったもんだの大騒ぎ。
そんなこんなで、先月投稿分が今日までずれ込んでしまいました。すみません。
既に状況は落ち着いて、自分で作ったご飯を椅子に座って食べられる生活に戻っているが、先月は私の人生史上五指に入るくらい忙しかった。
そんなわけで、上の子が使っていた部屋が丸っと空いた。
すっからかんになった部屋を見て、寂しいな~、と感慨に浸るべきなのだろうが、夫の書斎を復活させることが決まっている。
さっそく私は、夫婦の寝室として使っている和室から、夫の荷物を丸っと移してしまった。
一部倉庫として使うことになったので全部元通りというわけではないのだけど、それでも自分の領土もとい自室を取り戻せて、夫氏ちょっと嬉しそうでした。
その傍らで、夫の荷物がなくなって見事にガラガラになった和室を前に、私、思わず小躍りしてしまった。
なにしろ、カーペットを引いてなんちゃって洋室にした八畳間に、ベッド二台とウサギさんのケージしか置かれていない。
(我が家のウサギさんは放し飼いですが、非常用としてケージは常に綺麗な状態で部屋の隅に置いてあります。くも膜下出血をやった時も、すぐにここに入ってもらって、救急車到着に備えました)
あまりにも部屋がスッキリしたせいか、いつもは置物みたいにドッシリ構えているウサギさんが、ウサギさんらしく飛び跳ねながら部屋中走り回っていたくらい。
家族のもので満杯になっていた押し入れの中もしかり。
タンスとして使っている衣装ケースやバッグ、書籍や小物を仕舞ったコンテナケースが何個かと、布団乾燥機みたいな小型家電があるだけで、すっかり空っぽになってしまった。
断捨離を始めるきっかけとなった義姉の死から六年が経つ。
断捨離を始めた当初は、うっかり捨てすぎて泣くほど寂しくなってしまって、衝動的にウサギさんをお迎えするに至ったというオチがある。
当時、長女が飼っていた亀と二女が飼っていた熱帯魚が相次いで亡くなってしまったことも重なって、部屋が静かすぎて辛くなってしまったんですよね。
今振り返ると、大切な人たち(動物)を連続して見送った直後に断捨離とか駄目だろ! って思うのだけど。当時の私は、常に何かしている状態じゃなければ不安だったのでしょうね。喪失感に向き合いたくなかったのかもしれません。
もちろんしっかりリバウンドしてしまって、小さな家具を地味に増やしたり、日常使いしづらい調味料を冷蔵庫に増やしたり、食品のストックが異様に増えたりといった問題が発生。
断捨離をしては、また増えて。増やしては断捨離をして、を繰り返していた。
ダイエットだったら間違いなく大失敗なんだけど、断捨離は生活に直結しているせいか、成否が見えにくい。体重みたいに数字で評価できないこともあり。
何度も何度も同じ失敗を繰り返しているうちに、くも膜下出血をやってしまい。
くも膜下出血で表に出なかった後遺症のために、未練が残っていたものを一気に処分する羽目に陥ったというわけだった。
「明日の私はこれを使うか」
「来年の今日の私は、この服を着たいと思うか」
「もし私が急死したとして、夫や子供はこれの処分に困らないか」
自分の中の自分と話し合いをしながら断捨離を進めてきたわけだけれど、振り返ってみれば、私は断捨離を通じて、自分自身を捨てる作業をしていたのだと思う。
みんなそういうものかもしれないけれど、ご多分に漏れず、私は私自身があまり好きではない。
言うなればコンプレックスの塊みたいな人間で、ダメな自分を突きつけられて辛すぎるという理由で、日記だって続いた試しがない。
そんな調子でも漫然と生きてこられたのは、ただ単に運が良かったからである。
家族も周りの人もいい人ばかりで、私自身がだらしなくても、どうにか帳尻合わせて生活ができていたのだ。
そんな私でも、さすがに義姉の死は堪えた。
自分自身もくも膜下出血をやってしまったのが最後。
幸運にも助かったものの、否応なしに後遺症と向かい合う日々が始まった。
こうなるともう、自分を嫌いな自分を受け入れるしかない。
以前であれば、嫌なものは見ない振りをして、表に出る部分だけで誤魔化しながら生活ができていた。
ちょうど、押し入れに詰め込むようなものだったと思う。
押し入れに突っ込んでおけば、捨てるかどうかの決断だって先送りができて楽だった。
病気は人を変えるというけれど、自分が病気をしてようやく、その意味がほんの少しだけだけれどわかった気がしている。
変わらざるを得ないのかもしれない、将来のことが不安すぎて。
私の場合、明確に障害持ちとならなかったのは本当に幸運なことだったけれど、それゆえに自己流で後遺症と付き合うことになった。
言語障害。思考能力の低下。半身麻痺。等々。
再手術後、なぜか後遺症は回復してしまったのだけれど、そこに至った原因は一切不明。だからある日突然、また後遺症が復活する可能性は充分あると思っていたりする。
天寿の日まで無事に済むとは思えない。
恐らくは、ある日目が覚めたら後遺症が復活している、そんな日が来るのだろう。ただの勘だけど、そういう危機感みたいなものは、なんとなくずっと残っている。
だから今も、断捨離を続けている。
断捨離をする人は、たぶん二種類に分かれるんじゃないかなと思っている。
スッキリした部屋を見て、もう絶対に物を増やさないと思うミニマリスト的な思考の人と、今度こそ自分が気に入った新しい物を増やそうという思考の人に。
私は間違いなく後者。
服を捨てまくったのも、たくさん新しい服を買うためだったし。
家具を捨てまくったのも、テンションが爆上がりする新品家具が使いたかったからだった。
新しい本棚を買うと、そこにどんな本を並べようか想像してワクワクするよね。あれと同じ。捨てたぶんだけ、新しい何かを手に入れられる気がして気分が上がってくるのだ。
もし明日、後遺症が復活したり。もっと大病をしてしまったり。もっともっと最悪なことが自分の身に起こったら、絶対に私は後悔する自信があるし、更に自分のことを嫌いになってしまうだろうと思う。
だけど、今この瞬間の私は後悔していないし、自分が嫌い度数も、以前に比べたらだいぶマシになっている。
上の子の引っ越しによって、足掛け六年に及ぶ断捨離の結果が示された。
すっからかんになった和室を前に、やって良かったと心底思える瞬間を迎えることができて、「私もやればできるじゃん」と、ちょっとだけ自分自身を肯定できた。ウジウジしてばかりの自分の性格からすると、すごい成長だと思う。
それらは奇しくも、いったんこの連載に最終回を入れようと思っていた先月に起きた出来事だった。
今も自己流ながらリハビリは継続中。
再手術で回復したとはいえ、言語障害も残っているし、体調が悪い時は左麻痺が出たりもする。
だけど、これまで大病を患ったことが一度もない健康な人であっても、多かれ少なかれ何かしら抱えながら生きているものだと思う。
私にしても、もしクモ膜下出血をやっていなかったとしても、それなりに問題を抱えながら日々を過ごしていただろうし。
それを踏まえても、定期的に断捨離をする強い動機を得る経験をもらえたのは、本当に幸運なことだった。
捨てまくって捨てまくって、ようやく自分が本当に好きなものが見えてきた。至ったのは、そんな境地。
逆に言うと、捨てられなかったものこそが、自分にとって本当に大事なものだったのかも……と思えるようになった最近だ。
相変わらず、無駄なものばっかり買ってしまう煩悩の塊だけど、そういう自分もまあまあ嫌いじゃないかもな、と受け入れられるようになれたのは、捨てる作業を続けて来たからこそかもしれない。
で、最も捨てられなかったものが、書くことだったりする。
クモ膜下出血の後遺症と正面から向き合えなかった時期に、どうしても何か書きたくて、このエッセイを始めていたりする。
今よりもずっとずっと拙い内容だったし、ただの現実逃避だったかもしれないけれど、書くことからも逃げてしまっていたら、言語障害がもっともっと深刻なものになっていたように思う。
実際はそうならずに済んでいる。
小説も書けるようになったし、連載をする気力体力も戻って来た。
そうなれたのは、このエッセイを読んでくださった方々のおかげです。
書かなくては、という程よいプレッシャーを常に保てたおかげで、今日こうして書けている自分がいます。
いったんこの連載は完結に入れますが、また折々で、投稿しようと思います。日記みたいなものになると思うけど、断捨離もリハビリも今後もずっと続くものなので…。
そんな感じで断続的に続いていくとは思いますが。
まさに奇しくもという言葉通り、断捨離の結果がまとめて示された時に最終回を投稿できることに、感謝申し上げます。
初投稿は2019年の年の瀬でした。
色々あって、嫌になっちゃったんだろうね。再手術前の不安もすごかった時期でしたし。 再手術を経て、その検査入院も終えて、「よしやるぞ!」と投稿したのが、3・4でした。
そこから丸三年間後の再開となったわけですが、こうして戻れる場所があったのも、読んでくださった方々のおかげです。
とりあえず、全10回。
我が家では、私の闘病を支えてくれた上の子が新たな進路先へと向かうために家を出て。下の子もお受験を迎えていたりします。
たくさんの物事が流動的に移り変わっていく中、読んでくださっていた方々の生活も変わっているのかな……と思いを馳せたりなんかしております。
まだまだ暑い中ですが。一部予報では、残暑は11月まで続くとアホなことを言っていますが。
及ばずながら、皆様とご家族の無事健康をお祈りさせてください。
どうかまた、明日もあさっても、来年の今日も、元気にお会いできますように。
最後の投稿まで見守っていただき、本当にありがとうございました!




