寒い
オペレーション1
59部隊"ファイブナイン"
クレムリン周辺
「寒い」
「うむ」
「寒い!」
「うむ、すまんがその苦しみを分かち合う事はできんのだ」
汗を吸うと発熱するインナーを下着の上に重ね、さらに断熱素材のシャツとパンツを重ねる。その時点で全身、特に胸、そんな目立っているつもりはないのだが少なくともサーティエイトの誰よりも大きい胸が押し潰されており、メルとフェルトの殺意すら込もった視線を受けつつ「これ本当に必要なんです…?」なんて数時間前の鈴蘭は言ったが、むしろ足りない、まったく足りない。いつものソフトシェルのフリースジャケットもカーゴパンツも強烈な冷気にまったく歯が立たず、雪山登山クラスのマフラーと手袋と靴下が凍傷をギリギリ食い止める。ライフルは素手で触れない温度、路面はうず高く雪が積もり、滑り止めの爪をブーツに後着けしてようやく安全に歩ける、そんな廃墟である。とはいえ震えているのは鈴蘭だけ、他の3人は追加ウェアこそ受けたものの、それは電子機器保護のためであり、そもそも寒さを感じない。
「ファイブナインは間も無く監視地点」
『さささ寒寒寒寒……』
「中隊長」
『あぁぁ……敵の姿は?』
「ちらほらあるな、第一目的地にも2人」
『ひとまず殺害は控えて、できるだけ存在を感知されないようにして頂戴』
「この環境じゃあ限界があるがな……目的地を第二に切り替える」
真っ白な道をずーっとまっすぐ進んでいたが、向かうべき監視点に人影を認めたため、先頭を進むアトラは左にうず高く積み上がる、おそらくかつては建物だっただろう瓦礫を登るルートへ変針した。雪をかき分けて一番上まで登り、中間付近でぽっきり折れたビルへと向かっていく。
ここはAIの拠点ではない、人里だ。数百m先にバンカーの100倍立派な城壁があり、その内側が居住区になる。城壁は中世だか近世だかに作られた石材積み上げ、立派は立派だが実際の防御力は大差なかろう。いくつかある尖塔にはやはり人がいて、外を監視している。
「あそこが…なんでしたっけ?」
「クレムリン」
クレムリンだ、
バンカー陥落の元凶を作ったあの連中。
『事を大きくする必要はないのよ、私達が欲しいのは管理者に近付くためのパスワードだけ。まぁ、それはそれとして憂さ晴らしはするけど』
「するのか」
『もちろん』
高い位置に登ったので周りをざっと見てみる。
真っ白で、何の音もしない、クレムリンを除けばどこまでも瓦礫の山が続いていた。事前情報によると冬季に入る頃合いのようで、空は雲で覆われ、今もぱらぱらと雪が降る。かつて都市だったのだろうこの場所の外側には畑があったが、完全に収穫を終えており、おそらく、春の訪れまで備蓄のみで凌ぐのだろう
それが済んだらビルの中に入って、階段を登れるところまで登っていく。壁の内側を覗くには高さも距離もまったく足りないものの、双眼鏡を覗けば壁際ほんの一部だけが見え、リアカーを引く人物が移動していくのを確認した。
「予想以上に何もわかりません」
「これもう忍び込んだ方が手っ取り早くね?」
「賛成」
「賛成」
「よし行くぞ」
『勝手に決めないで……』
中隊指揮を執るレアの通信を無視して後続部隊に連絡するアトラ、アンチマテリアルライフルとその周辺装備をすべて体から外してしまう。鈴蘭、ティオ、クロも同じく隠し持てないすべての武器を床へ、大急ぎでやってきた後続部隊からハンドガンの補充を受ける。
まず鈴蘭が使うのはサブマシンガンと同じ4.6mm弾を20発込められる全長21cm、重量840gの拳銃だ、さすがにサブマシンガンとまったく同じ射撃性能とはいかないが9mmやら45口径やらと比べると圧倒的に射程が長く(狙い撃てるとは言っていない)、予備弾倉含め装填された弾頭はすべて白塗装、魔力静音弾である、ほぼ意味は無いが。
ほぼ意味が無いのである、焦って撃った時に音が出ないよう静音弾にしてあるだけで、よっぽどでなければ自分で生成するし誘導もする。そして他の3人は人間ではないのでこの弾を起動できない。
「時間をかける所じゃないだろうよ、手早く済ませてティー中隊に追いつかないとならん。それに正直、正面から殲滅戦仕掛けてもノーダメージで勝てるだろ」
『まぁ…上空からカムパネルラに砲撃させれば9割終わりよね、彼らの装備が変わってないならの話だけど』
なのでアンドロイド3人衆はサイレンサーを携行した。使用するハンドガンもスライドをロックできる隠密行動専用、使う弾は45口径(11.42mm)で、音速を超えない。それをジャケットの裏に仕込む。
「この後に及んで非戦闘員を巻き込みたくないなどとほざくからこんな事をやってるんだよな? ならここは私に任せておけ、環境は最悪だが隠密行動は本職だし万一見つかっても強行突破してきてやる」
そして億が一突破できなければそこで初めてカムパネルラを呼べばいい、どこにどう転んでもレアには不都合とならない話だ。ただちょっと復讐の連鎖に繋がる種を残すくらいで。
『仕方ないわね……信号弾を持って行って、発射を確認したら中隊総出で攻撃をかけるわ』
「では行こう」
ついでに旅人っぽいマントを着用しつつ4人は立つ、壁の内側はもう少し暖かければ良いのだが。