ワクワク!フェルトの食べられる野草講座
「ワクワクしねーですよ、草でしょ」
「はいそこ無理にでもテンション上げて」
「……そのゴボウっぽいショウガみたいなサトイモ何?」
「これはキクイモです」
キクイモ
北アメリカ原産のキク科植物で、食用や飼料用として盛んに移入されたため、世界中どこでも姿を確認できる。日本においては江戸時代に家畜用に輸入された記録があるほか、第二次大戦末期に人間用としても栽培された。9月に黄色い花をつけ、10月に根が膨らんでくる。食べるのはこの根っこである、ヨーロッパでは一般的な食材で、バターで焼いたりフライにしたり、まぁジャガイモと同じ扱いと考えても構わない。ただしジャガイモと同じ味がするとは言っていない、キク科という共通点のあるゴボウの風味があるとか。あとめっちゃ健康にいいらしい。日本全国まとまった面積の土がある場所ならどこでも生えている、なるべく美味しく食べたいなら葉が枯れるのを待ってから根を掘り起こすべし。
で、なんでこんな事をしているのか、というと、トンネルに横たわる暴れ牛の解体作業に要する時間が、どう考えても携行食糧で耐えられる時間を上回るからだ。音信不通を心配してトンネルまで近付いた別部隊との間で通信に成功しており、こちらの状況を本隊は把握しているが、だからといって重機やらの支援は無い。そもそもまだ荒野越えをようやく終えて山を登っている最中である、ティーが助けにこようとするとなると仮拠点に辿り着いてから機材を展開し電波干渉に苦しみつつヘリに燃料を補給、周囲の索敵とマッピングと防衛線構築を済ませてからトンネル入口を改めて確保、工作隊を送り込んで牛さんを部位ごとに切り分けなければならない。そんなものを待ってる時間があったらさすがに自力でなんとかできる、1個あたり100kg以下までバラせればバッテリー切れを警戒して冬眠中のシマリスみたくなっているアンドロイド組を叩き起こして終わりだ。
「鈴蘭は?」
「クローバーも食べられるよぉって言ったら四つ葉探し地獄にどハマりして帰ってこなくなったから忘れて」
フェルトとシオンはそんな感じ、やがてアサツキというネギの仲間が群生しているのを見つけてそこから動かなくなった。ヒナもアケビ捜索の命を受けて以降木の上から降りてこないので、1人残ったメルは紅葉真っ盛りの森に別のものを求めて移動を続ける。
で、ちなみにクローバー。
説明の要を感じないレベルのTHE雑草である、僅かなりとも土があれば生えてくる。正しくをシロツメクサといい、春先から秋の終わりまでGKBRが裸足で逃げ出す繁殖力をもって農家を困らせ続ける。葉と茎はもちろん春から夏にかけて咲く花も食用可、茹でてお浸しにするか天ぷらが無難な食べ方になる。味に関しては、まぁ、うん、美味しいという理由でウナギを絶滅に追いやる日本人である、率先して食べたくなる味なら今頃刈り尽くして栽培までいっている。
さらにアサツキ。
見た目はタマネギの葉そのものだ、しかしタマネギほど大きくならず、1〜2cmの球根から直径3〜5mmの葉を伸ばす。春に葉を出して夏に枯れ、秋にまた葉を出して冬に枯れるサイクルを持ち、なので旬は春と秋。使い方は普通のネギとまったく同じ、四国より東の山あいや海外沿いにほぼ必ず自生する他、栽培もされている。
なおノビルというアサツキに激似なネギも同じ場所に自生するのだが、毒がある訳でなし、味も大差ないので、餓死の危険がある時にする心配ではなかろう。
「ネギじゃお腹膨れないでしょ」
野生化した松林にマツタケのコロニーができている事があった、あのキノコは松の木にしか寄生しないからマツタケなのであり、しかも着床地を踏まれただけで死ぬほどデリケートかつ繁殖力が低く、松のほぼ無いこの場で見つけるのは諦めるべきだろう。だが代わりに自生条件の合致する別のキノコがある、亜高山帯の針葉樹林にしか生えない世界三大キノコのひとつ、キノコの王とも称されるものが。
一応三大の中では最も手に入れやすく、最も安い、といっても比較対象がトリュフとマツタケなので高価高難度に変わりは無い。
探し方はマツタケとほぼ同じ、松にしか寄生できないあんなシャイボーイと違って針葉樹ならなんでもいいプレイボーイである。手頃な木の根元でしゃがみこんで枯葉を払えばこの通り、小ぶりながら1本見つかった。
「キノコもちゃんと見てよねー!」
「キノコー!?」
「ポルチーニー!」
ぶっとい軸のポルチーニ茸を掲げて採集隊長に存在を通達、さらなる大物を求めてメルは森の奥へ。
上の方で何かがガサガサしてる、甘味に飢えたサイボーグアマゾネスでもいるのだろう。彼女が探すのは木の実ではあるものの他物に巻きついて上を目指す蔦状植物で、単独で突っ立っていないために意外と見つかりにくい。だがヒナの姿を確認しようと上を見たら、彼女より先に踏み潰されたパックンフラワーみたいなのが目に入った。
という訳でアケビ。
山と人里の境目付近によく生える果樹だ、人気が高く熟したものはすぐ採られてしまうので、木を見つけても実にありつけるかは運がいる。いくつか種類があるが薄紫色の実が一般的、楕円形状で、熟れると口を開きゼリー状の果肉を露出させる。その様はまさしくパックンフラワー、水玉模様なら完璧だった。他のフルーツと同じく果肉を生で食べる他、皮は炒め物に使うことができる。
「ちょっと受け取ってくんない?」
「はいよー」
ポルチーニ茸は一度手放し、上から降ってくるアケビをキャッチする。近くで見るとややグロテスク、時期をやや外しているのもあって黒い種子を覆う果肉がなんというか芋虫っぽいというか、まぁバラしてしまえばなんとかなる。
「…………まず……」
「おや?」
続けて2個3個と受け取って、明らかに虫食いなのを投げ捨てたあたりで4人以外の人間の声が僅かに聞こえた。少年の声だったろうか、それに耳をすませばカチャカチャと機械いじりの音もする。
「姐さん、警戒」
『あーーん?』
「ヒナちゃん監視して」
ポルチーニに続きアケビも地面へ、背負っていた重アサルトライフルを引き出す。クレムリンなら即戦闘開始、いやこの孤立状態でやり合いたくない、離脱すべきか。
と、考えながら、メルは音源の方向へゆっくり進み始めて。