「誰がマタドールだアホ!」
「なんか見つかった?」
「少なくともワイヤートラップは張られてないねぇ」
雪で覆われる斜面にぽっかり開いた穴、という風体である、手前から見たのみではそれしか感想が浮かばない。すぐ近くにはツリーハウス、木の上に設置された監視小屋があり、情報通りのもぬけの殻、今はアトラとティオが周辺警戒に使っている。
穴の中はかなりしっかりした作りで、崩落の心配はさほどしなかったのだが、フェルトとクロ以外は誰も入っていこうとしなかった。というのも自分達がクレムリン側だった場合、どう考えてもブービートラップをしこたま仕掛けていくので、目に当てた多目的ゴーグルやら内蔵の金属探知機やらでトラップ捜索ができる2人以外は入れなかったのである。
で、ワイヤートラップとは、数あるブービートラップの中で最もポピュラーなものだ、ワイヤーやピアノ線を仕掛けておき、足を引っかけると何かが起こる。大抵は手榴弾の安全ピンに繋がっているが、クレイモアや跳躍地雷の場合もある。どこに何があるかわからない、それがブービートラップだ。
「もう少し奥までなら進めると思うけどぉ」
「うーむ……どうしよう、怖い、パーフェクト怖い」
なので珍しいかな、シオンが尻込んだ。地面の安全は確保できる、赤外線も検知できる。だがそんなものはブービートラップ道の序の口に過ぎず、ドアにも壁にも仕掛けを施す余地は無限にあるし、僅かな振動で天井から爆発物が落ちてくるかもしれないし、置いてあるものを動かしたら糸で繋げたライフルのトリガーが引かれるかもしれない。極端な話、手榴弾を泥で固めといて雨が降ったら爆発、とかいう、制御不可能な代わりに阻止解除も不可能なタイプすらある。
「一応、壁に何か仕掛けた形跡もなかったし、余計なものに触らなければ大丈夫じゃないかなぁ」
「山越え、トンネル、オバケ…」
「次その話ぶり返したら口に閃光手榴弾詰める」
とかなんとかフェルトとワンセットやりつつ、ヒナは内部をライトで照らしてみる。通路は直径5mという巨大なもので、円形のシールドマシンを使用し一直線に掘り抜いたらしい。壁はコンクリート張り、床はアスファルトで、あちこちひび割れ土が露出する。奥の方から水の流れる音がするから、どこかの割れ目から雪解け水でも湧いているのだろう。路上には瓦礫やゴミや自動車のスクラップ多数、トラップ設置を疑う場所には困らない。
「昔からトンネルって心霊スポットになりやすくてね……」
「わ゛ーーもう!! やめてやめて!! 帰るよ!? 私帰るよ!?」
「ちょっと静かに」
「へ…?」
で、観察を終えた頃、フェルトをいじめるメルを遮って、鈴蘭が反対側を指差した。
「何か近付いてきてます?」
『いや何も見えないが……いや…足音だ、今捉えた』
アトラの耳より先に気付く鈴蘭の気配察知能力も気になるが、足音とやらの対応を優先しよう。ヒナはフェルトと共にトンネルへ侵入、自動車の陰に隠れ、鈴蘭は監視小屋の2人と合流した。残るシオンとメル、クロは確認のため斜面を下っていく。
『……赤マント?』
『何だって?』
『赤マント要りません?』
『どういう意味……わうわうわうわう!!』
『カウ!!』
が、3人ばたばたと駆け戻ってきた。
「先生! 赤! コート赤くして!」
「なんで?」
「いいから早く!」
とか、シオンに言われるまま着ている迷彩コートの設定を変更、ランウェイでも歩くんかってくらい鮮やかな赤色にする。それで少しばかり車から身を乗り出すと、即時闘牛が始まった。
「逃ーげろぉーーぃ!」
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
キモカワ牛ことuM17をサイクロプスくらいまでサイズアップし可愛くなくしたような奴だ、主にキモい。彼がまったくの非装甲だったのに対し突撃してくるキモ牛は高速走行を阻害しない程度のプレートアーマーを持ち、戦艦の衝角に似た突起を頭部に持つ。射撃武器は胸部に埋め込んだ連装大口径短砲身の砲のみ、前方以外に撃つ事ができるとは思えず、明らかに体当たり狙いの機動からも突っ込む以外に能が無いタイプなのだろう。ちなみにスペインの闘牛士が使うムレータという赤い布、牛は赤色で興奮すると言われるが、実際は色を認識できず、重要なのはヒラヒラした動きの方なのだ。人間だって眼前で延々と布ヒラヒラされたらイラつくだろう。
とまぁとにかく生物の牛における赤色はさして意味が無い要素だが、機械の牛にはかなり意味があったようで、隠れる気のまったく無いド派手な赤コートのヒナを認識し次第奴は進路変更、トンネルに突っ込んできた。
「バカ!!!!」
シオンとメルは進路上から退避、クロだけが直進してきて車を跳び越え、空中でマシンガンを1連射する。キモ牛ではなく壁面の扉へ向けた射撃だ、ヒナのマッチグレード弾と比べて精度は低いが威力は同じな8.6mm弾がロック機構を容易く破壊、それを見てヒナとフェルトは蹴り開け逃げ込む。
避難用の非常経路かと思ったのだが、階段が下へ下へと伸びていた、トンネル以外に何かの施設があるらしい。壁には無数の配管が並んでおり、一拍遅れて駆け込んできたクロがマシンガンを投げ捨てパイプを1本引きちぎり、ボディサイズ的に絶対通れないだろう、しかしそれでも体当たりしてきたキモ牛へ突き立てた。
「おらぁぁぁぁ黒ひげ危機一髪しようぜオマエ黒ひげなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
なんて、シオンを真似ただろうセリフと同時にパイプと牛と壁がそれぞれ衝突音を出す。壁には盛大なヒビが入り、パイプは装甲を見事に避けて機体へ食い込み、衝撃でヒナとフェルトが転倒する。クロだけは転ばず素早くパイプを引き抜いて、違う箇所を刺突、また引き抜いて刺突。
「ほらほら早く吹っ飛ぶんだここかなそれともここかなあはははははははははははははははははは!!」
怖い。
「あれフェルトの真似じゃないの!?」
「私はあんなに傷つけないもん! 遅くても5回で言わせるもん!」
そういう問題じゃないと思いつつ退避、階段を下へ。1階ぶん降りたあたりで壁の崩落音、かなり長く続いた点からもう戻れない事はなんとなく察した。
「ごめーん! やっちゃった!」
「アイツは?」
「瓦礫の向こう!」
「ならまぁいいわ。シオン、どっかのバカに闘牛やらされたせいで戻れなくなった」
『すまんそ……いやでもこっちもバトルドール1個小隊とグリムリーパーに攻撃されてて。落ち着くまで隠れててください』
他は戦闘中らしい、微かに銃声も聞こえる。なら下を探索してみるか、マシンガンを回収したクロに前進を指示、先行させた。
「アイツの名前は?」
「アンガス牛がいいなぁ」
「アンタにはあれが肉牛に見えてたの……」