三匹の熊1
特に苦労もなく原子炉は稼動した、放射線が漏れている以外はコントロールパネルの一部配線を繋ぎ直した程度である。いや普通なら炉に一切近付けなくなる致命的な故障なのだが、関係無しとばかりにあちこちいじって発電を開始、メインコンピュータを起動させてAIをインストールした。アステルがやるべきはそこまでだ、後は放っておくだけで核分裂反応は安定し、施設中で扉とシャッターの開く音がする。放射線量も下がってきた、放射性物質が飛び散っている訳でもないだろうし、これなら人も往来可能だろう。後はビーストの始末か、まぁそれくらいならサービスで。
「終わった、この先ずっと行けば元の場所にも戻れそう」
「それは良かった、このどしゃ降りじゃ外は無理だ」
入口まで戻ってユウヤに告げる、彼はバイクのスタンドを倒し移動させ始めた。
特に何もなかったらしい、激しい雨を受けながら佇むグリムリーパーに変化は無い。装甲に当たった雨粒で小気味の良い音を出すそれから目を離し、エンジンをかけようとする少年へ。
「復讐のために旅してるんだよね?」
「そういう事になるのかな」
「私達は? 憎くないの?」
「あぁ……俺にとってあんた達は…天災、絶対に止められないものだ、雷や地震に復讐しようなんて思わないよ」
「そんなものじゃない、見た目がどれだけ違ってもどれだけ強くても、プログラムに従ってるだけの機械だよ? CPUが壊れれば動かなくなるし、バッテリー切れも起こす。知らないと思うけど、地球上では1日に何百という機体が機能停止に追い込まれてるんだから。人間に壊されたものも少なくない、絶対なんて」
「面白いこと言うんだな、自分の味方なのに」
「私は……製造目的が特殊だから……」
なんて、天敵である筈のAI兵器に何の問題もなく守られた彼に問う。返ってきた言葉はそんな感じ、先程もそうだった、旅の目的について聞くと辛そうな顔をする。
「探してる人、名前はわかってるの?」
「フルネームはわからない、ただ、リンって呼ばれてた」
だからというか、先を聞きたくなって、次の質問を飛ばして、
直後、彼の腕を掴んでいた。
「え……?」
「あ……いやその……」
気が付いたら、である。人間みたいな事をしてしまった、管理者が用意したこのメンタルモデルは優秀が過ぎる。ばっと手を離し、後ずさり。
「見つけて、どうするつもり?」
「……償わせるつもりだった」
それはどうやって、いや、そんなものはひとつしか無い。
どうするべきか、さっきまでは測りかねていたが、止めたい、出来得るなら。
「絶対に諦められない? 大陸東岸からここまで来るだけでもたくさん無理してきたでしょ、たった1人でそこまでしたって……」
「いいんだ、他のやる事なんて見つからない」
「そんな事…!」
「やめてくれ。優しすぎるんだ、あんたの声」
しかし、思ったのも束の間、彼は目を逸らしてしまう。駄目だ、自分には止められない、立場が違いすぎる。
『警告、大型の生体反応が急速接近』
と、
その時急にドローンが告げた。
「っ……スクアッド2照準!」
『デンジャークロス』
「エラーを消去! 直ちに射撃開始!」
雨音に混じって走行音が近付いてくる、慌ててユウヤの肩を掴み、転げるように奥へ。その背後でごしゃりとグリムリーパーが潰されていく。
前の個体より大きい、15mはある。縄張りを荒らされ気が立っているようで、掃射される5.56mmや7.62mmの弾丸を意にも介さずグリムリーパーを破壊、轟音を立てて真上からぺしゃんこにしたのち咆哮、バトルドールを蹴散らしていく。ハンドレールガンを装備していた機体は突進を受ける前に発射を成功させるも頭部への直撃を得られず、次の瞬間には遥か遠くまで吹き飛ばされた。88mm弾によって左肩に大きな傷を受けたソレは大量の出血をしつつトンネル内の2人へ次の目標を定め、クマと呼ぶにはあまりに巨大な体を見てユウヤが悲鳴を漏らす。
「伏せて!」
だが間に合った、スクアッド2の発射した120mm迫撃砲弾が曲射軌道の頂点を越え、重力に捕まり落ちてくる。アステルがユウヤを地面に叩き伏せたかどうかのタイミングでそれらは着弾、強烈な音と衝撃波、振動を引き起こし、ビーストの全身を引き裂いて、しかしそれよりも早くトンネルの横穴を崩壊させた。落ちてきた天井によって穴は完全に塞がり、真っ暗闇の中砲弾の弾着音だけが響いていたが、それが収まると静寂が辺りを包む。
「……どうなった?」
『確認不可能、部隊の信号は途絶しています』
全滅したようだ、仕方ない、勝てない事は最初からわかっていた。
「全機、ライト点灯」
中に入れていたため無事だったアステルの機体群が前照灯を光らせ、トンネル内に光を戻す。まずユウヤは無事、バイクも茶色くなってしまったものの埋まったりせずそのまま佇んでいた。
『警告』
「今度は何…!?」
『施設内の監視カメラに映る別個体を確認、それに人間の一団が接近しつつあります』
「え、な、なんで!?」
接近しつつあるという事はビーストが居住地を襲っているのではなく人間が巣に向かっているという事だ、発電所に入れたAIが拾ってきたらしい映像をダウンロードすると確かに、今の個体よりもさらに大きいビーストと、我先にと走っていく人間達が見えた。
「何考えてんの!?」
「残留物の取り合いだ! いきなり扉が開いたから…っと! 落ちてる道具や物資は早いもの勝ちなんだよ! みんな見つけたものを独り占めしようとしてる! 乗って!」
なんと自分勝手な連中か、いや自分勝手にならないと生き残れないよう仕向けたのはこちらだが。急いでバイクのエンジンをかけたユウヤに言われ、後ろに飛び乗り、急発進したこちらの周囲をスコードロン隊に照らさせ続ける。
「止めさせて! 放送でも警報でもなんでもいい!」
『施設管理AIが既に実行、しかし効果は見られません』
「ああもう!」
とにかく早く、早く行かないと。
今、死なれたら困る。