終電逃した酔っ払いが永住するような話
「ここだ」
ツルツルのタイヤがヒビだらけゴミだらけのアスファルトでいつ滑るかと心配しながら秋の山道をツーリングすること十数分、集落の真上まで辿り着いた。
真上である、地上には何も無く、周囲と同じように枯葉まみれの地面と乱立する木々だけがある。人間の住処はこの真下、古い地下施設を利用したものだという。
「確か目印が…あるはずなんだけど……」
いや、何も無いというのは間違いか、よく見れば痕跡を見つけた、不自然に木が生えていない円形の空間がいくつかある。バイクから降り、枯葉を鳴らしつつその場所まで歩いていってみれば、円の内側へ入った途端に地面の感触が変わった。葉を払いのけ、少し土を掘ってみるとコンクリートが顔を出す、円を囲むように継ぎ目があり、そして核攻撃に耐えられるレベルの分厚さを持つ。最初は核シェルターかと思ったが、おそらくこれはミサイルサイロ。
「スコードロン1、2、ステルスモードで周辺10キロ圏内の人工物を捜索。武装は使用禁止、敵と接触の場合は離脱して」
ユウヤが入口を見つけるのに手間取っている間、聞こえないようポケットの中にあるドローンへ命令、ここ以外に地上へ露出する部分を探させる。これは軍事基地だ、核発射能力と対核攻撃能力を持つ、かなり大規模な。
「ヴァニタス」
『何だ』
「古い地下基地があった、すごく大きな、偵察機がありったけ欲しい」
『ほらな、俺の言う事聞いておいてよかっただろ』
「うるさい」
『はは……』
こんな山奥にこんな基地があるなんて把握していなかった、いやミサイルサイロは隠匿するのが普通だから当然といえばそうなのだが、旧軍のデータベースにも情報が無かったのだ、管理者が反乱を始めた日以降に建設された基地、という事だろうか。外国軍ではなく最初からAIと戦う事を想定した基地なら納得いく、生憎とここが稼働した記録も形跡も無いけれども。
「あったあった、よし」
簡単な調査と一応の報告を終え、元の場所まで戻るとユウヤがバイクを倒していた。サイドバッグから出した布を被せて、その上に枯葉を敷き詰め、さらに枝を乗せる。車体はまったく見えなくなった、わざわざ枝をどかして踏みつけない限りは見つからない。
「これは?」
「隠さないで置いておいたら盗まれる、間違いなくね。そのままにしといてくれる奴なんてそうそういないよ」
丹念に慣らして違和感も取り除き、念入りにチェックしてから彼は少し離れた別の場所へ移動した。あったのは小さなハッチだ、マンホールと同じくらいのサイズ。分厚い蓋を開けるとハシゴが1本、音響探索してみれば10m先に底がある。
「お先にどうぞ」
「じゃ、入るよ?」
「気をつけてな、暗いかあぁっ!?」
告げてから、アステルは飛び降りた。10mを一気に降下、めちゃくちゃ反響する着地音を出す。同時にナイトビジョンを起動し、ユウヤが降りてくるまでその場で通路を観察する。
小型トラックくらいなら通れそうな通路だ、東西に向かって伸びており、今使ったハッチはミサイルサイロのメンテナンス用だろう。東を向くアステルの左側にサイロへの入口、右側に下層への階段があって、どこまでも続く通路はここからでは突き当たりを視認できない。ただ僅かに曲線を描いているのがわかった、一方向へ走り続ければぐるりと回って戻ってこれるかもしれない。
「ひろ……」
「このすぐ下に線路が走ってる…よっと、どこに繋がってるかはまだ誰も知らないとか」
ちゃんと蓋を閉めたのちハシゴを降りて、懐中電灯を点けた彼の誘導に従い階段を下へ、確かに地下鉄のホームと、おそらく一度も使われなかったのだろう列車の残骸があった。車内やホームの端などに明かりがちらほらあり、何人かが寝転んだりうずくまっているのが見える。
「ずいぶん、みんな散らばってるけど」
「ここの人達は協力しないタイプなんだ、この場所が安全だから集まってるだけで、手を合わせて開拓したりはしない。多くはないけどたまにあるよ、こういう、見張りがいなくても安心して眠れるような隠れ家なら」
つまりここは村ではない、避難所だ。昼間から何もせず寝ているなら内部の探索もほぼしていないだろう。この地下施設をもっと有効活用しようとは思わないのか、しかるべき集団の手に渡ればどれほどの戦力的価値となるか計り知れないというのに。
しかし、となると、すごく困る。彼女らがここに入ったらちょっとやそっとでは攻撃できなくなってしまう、ユウヤに案内してもらった手前、ここの住民は間違っても傷付けられないし。塩送ってる場合ではないかもしれない、むしろこちらの増強が必要だ。彼女らをここに入れさせないか、もしくは住民と分断する方法。
「非効率な生き方してるのね……」
「仕方ないんだよ、こんな世界で生きてるとどうしても心が荒んで、他人と関わりたくなくなるんだ。みんな辛い目に遭ってきてる、そうしたらもう助け合ったりなんかできない」
辛い目か、それに関してはアステルが何か言う権利は無い、辛い目に遭わせてきた側である。
思い当たったのはやはり"彼女"、前回の戦闘ではひどく辛い思いをさせた、出自も知ってしまったようだし。あの子でさえも絶望してしまうのだろうか、こんな世の中では。
と、どうしても気になって、今何をしているか聴いてみようと、ネットワークに接続する、かろうじて電波を捉えた。
彼女の通信機へ接続、すぐに声が聞こえてきて
『フェイさん! さあフェイさん! お腹空いてるでしょう!? たっぷりありますよ! 味も安全も確かめました! おいしいですよ! 保証します!』
『無理! 無理無理それはさすがに! 食べ物と思えないぃ!』
『何を言っているんですか立派に料理です! フェルトの腕は確かですから! そうみんなあまりのおいしさに打ち震えてるだけで悶絶なんてしてないしてない! これはおいしいフランス料理! ただちょっと口に出すのがはばかられるような材料使ってるだけで!』
『ていうか怖い! 目! 目が血走ってる!』
『なぁーにを言ってるんですか私は冷静です1人だけ助かろうなんて許さないとか全然考えてませんよあはははははははははははははははは! ほらほらあぁーーん!』
『ちょっと待ってやめてせめて覚悟決める時間gゔぃーぶーらーふーらーーんs
切った。
「ユウヤ……この世界にはね……心臓が止まるまで大騒ぎし続ける人種もいるの……」
「いや長いこと旅してきたけどそんな奴……」
「いるの……ほんとにいるの……ていうかひと月以内にここに現れる」
「は…はぁ……」
彼女の事はいい、心配いらない。なんか疲れた、気にして損した。
探索を継続しよう、今の鈴蘭は忘れて。