遠隔操作の軍隊
早い、もう接触していた。
「人間1人捕まえたくらいでアナタ絶対満足しないでしょうがっ!」
「うわっ!?」
ヒグマとはクマの中で最も繁殖していて、なおかつ最も凶暴な種である。いくつかの亜種を持ち、北米大陸に生息するハイイログマは特にグリズリーと呼称される。陸上生物の中では生態系の頂点に位置し、体格的に対抗できそうな他の大型動物と生息域が異なる点から、武装した人間以外に敵は存在しない。通常であれば体長は2.5mから3m、餌の豊富な地域で活動する個体は体重500kgにもなる。参考までに並べておくと、バスケットゴールの輪っかは高さ3.05m、一般的な乗用車は1000kg内外である。
それを踏まえた上で眼前のビーストを見てみよう、体長11m、足跡の沈み具合からして体重は4t程度と推測する。濃い茶色であるべき体毛は放射線で変異した関係からか赤みがかっていて、所々に白が混ざる。大きく開けた口は人間を丸呑みするに足るサイズ、凶悪な牙が整然と並ぶ。普通に考えれば簡単にわかるこんなでかい奴に勝てないってことくらい、としか言いようのないフォルムだ、実際個人携行できる小火器での撃破は不可能に近い。ロケット弾なら当てさえすればなんとかなるがコイツ、50km/hで疾走できるのだ、弾速の問題で高い命中率を得られない。
なので出し惜しみはしなかった、森の中を走る朽ちた自動車道の中央で転倒して、食われる寸前だった少年との間に割り込む形で突撃をかけ、ぶつかる直前にアステルは飛び降りる。uM17はそのままヒグマへの体当たりを敢行、マシンガンの密着連射と合わせて僅かなりとも怯ませた。今のうちに少年の腕を掴んで立ち上がらせ、混乱する彼を有無を言わさず突き飛ばす。「離れて!」とだけ告げたのち自分は立ちはだかるように体の正面をヒグマへ、あっという間に押し負け踏み潰されるuM17を指差し叫んだ。
「自爆!」
視界が明滅し、衝撃波がアステルの長い髪を吹き上げる。ヒグマの姿は爆煙によって覆い隠され、その内側で図太い咆哮、血の飛び散る音が響く。
「スコードロン1射撃開始! スコードロン2前面展開! スクアッド1頭部へ照準!」
煙の消滅を待たずアステルの右前方、ヒグマから見て左真横からの一斉射撃が始まる。次にuM17をぐっと小さくしたような中型犬サイズのロボットが4体、アステルの左右に整列し、マシンガンの射撃姿勢を取った。撃ち出すのはuM17と同じ5.56mm弾で、走行中でも高精度で射撃できるあちらと違い停止しなければならない、その代わり速くて安い。「開始!」と告げれば晴れ出した煙へ向かって連射を始め、最初から発砲していた4機と合わせて、足元で爆発が起きたとは思えない、ちょっと血が出てるだけのヒグマを足止めし続ける。
『スクアッド1、照準完了』
「撃て!」
効かなくともいい、本命はこちらだ。
森の中でレールの間を弾体が走った事に起因する火花が散り、機械の目でもほぼ同時と表現すべき速度で88mm弾が2発着弾、ヒグマの頭部を吹き飛ばす。脳をごっそり失って血を撒き散らし、地響きを立ててヒグマはその場に崩れ落ちた。
やはり4脚の、サイクロプスを小さくしたグリムリーパーをさらに小さくしたモデルだ、固定武装は無く、黒いボディにセンサーポッドとターレットのみを持ち、状況に応じた武器を任意に装着できる。現在は個人携行火器の88mmハンドレールガン、接続具と再装填装置を介してそれをターレットに乗せている。1部隊2機編成で、使用済みバッテリーを回収しつつ再装填作業を行うそれらとは別にもう1部隊が後方にあり、装備は120mm迫撃砲。1機が砲身を、もう1機が誘導能力付きの砲弾を運搬する。
自爆したuM17を除けば全12機、これがアステルの現在の"装備"である。
『対象が沈黙』
「全機武装をロック、A2へ戻って待機」
森を走る自動車道は静かになった、アステルの指示に従い兵器群が撤収を開始、 路上にはアステルだけが残る。振り返ると食われかけていた少年が1人、動かないらしいバイクにしがみついた姿勢で唖然としていた。茶色い革製のジャケットとジーンズパンツを着て、ヘルメットはしておらず、黒い短髪の上にゴーグルだけを乗せる。あまり背は高くないようだが体は適度に締まっており、おそらくかなり遠い場所から1人で旅をしてきたのだろう、そしてここで相棒が天に召された。彼のバイクは見た感じ250ccクラス、エンジンを足に挟んで燃料タンクを抱える形に乗るタイプで、ベースは黒、一部のパーツが赤色に塗装されている。大事に扱われてはいるようだが長距離走行による消耗は隠し切れず、特にタイヤの具合は酷い、ほぼツルツルだ。エンジン付近が分解されている事から故障理由はエンジントラブルなのだろうが、あれはもう寿命だ、ちゃんとした設備で完全分解してからの延命処置でも受けなければ修理しても仕方ない。
「……」
沈黙する彼と目が合った、合いはしたが、これ以上の接触は無用。助けられたならそれでいい、基地に戻るべく体を翻す。
「……って、歩いて帰るのか…」