深層領域2
あいにく空は暗い雲に覆われていたが、建屋の屋上から見た景色はオレンジが大部分を占めていた。武骨なコンクリート打ちっ放しの建物群(件のヒグマのせいか破損が目立つ)の先はいくつもの山が連なっており、それら全てが紅葉により染まる様は非常に壮大である。とはいえやはり風は湿気を多量に含み、そもそも寒い、長居したがる人間は少数派だろう。眼下にはなけなしのロケットランチャーを準備するバトルドールが1体、装甲版を片付けるもう1体。機械的な歩行音がここまで届く。
「起きたな? デフォルトのCD-5は戦闘能力が低い、単独行動には不向きだ。それにお前の行動目的からして人里に忍び込む事もあるだろう、そうなると外観は美麗な方がいい、過去の例では仕事効率に3割程度の差が出る……と思ったのだが……怒っているか…?」
「別に」
「怒っているな……」
屋上にはこの施設の所属ではない奴が待っていた、不機嫌を隠さずぽつりと言うと困ったような顔をする。
全身をボディアーマーで覆い固めたワンマンアーミーの具現みたいな機体だ、身長190cm、短く切りそろえた髪はアステルと同じベージュだが、稼働時間が長いためかくすんでしまっている。アーマー含めてガタイがでかく、これが人間なら筋肉オヤジといったところか、威圧感がとにかく強い。
「南東25キロのあたりに最近住み着いた人間の集団がいる、お前の要望通り攻撃はさせていない。人数は現在までに28が確認された」
「武装はしてる?」
「棍棒くらいは持っているだろ」
その筋肉オヤジ、個体識別名”ヴァニタス”が指差す方向へ屋上ギリギリまで歩いて行って、そこでボディ内臓の偵察装備を起動する。
具体的に言うと超音波を使った音響索敵だ、イルカやコウモリのエコーロケーションとほぼ同じである。周波数の高い音を発して、跳ね返ってきた時間や周波数変化などから状況把握を行う。十数秒の索敵の結果、人間の反応は認められなかったものの、移動中のヒグマを1体と、その進路上にある金属の物体を捉えた。ヒグマは体長10〜15m(恐ろしい事にまだ小さい方である)、餌を探してゆっくり移動しており、金属物体に接触するまでは30分といったところ。それでその金属は何なのかを調べるために音響索敵を終了、ECD-5Gの特徴となる電子戦装備を起動した。電子戦というと何やら大仰だが要はレーダー機器と通信機器のセットである、ちょっと普通より高精度かつジャミング能力と対ジャミング能力を持っているというだけで。
1人乗りの輸送機械、バイクというのがわかった。スタンドで立てられていて、スクラップではなさそう、まぁこのままだと30分後にぺしゃんこになる可能性は高いが。
「エンジン音の記録、あったりする?」
「ああ、55分前に故障寸前の4サイクルエンジンと思われる音を拾ったが、それが?」
うん、やばそうだ。
「じゃ、そろそろ行くから」
彼らにはもう少しここに住んでいて貰わないと困る、巨大ヒグマに食い殺された死体なんて見せる訳にはいかない。いや死体すら残らないような気もするが、とにかく駄目だ。注文した装備も製造を終えただろう、踵を返して階段へ、小型ドローンが追従してくる。あと筋肉オヤジも。
階段手前で立ち止まってじとりと睨みつける、しかし彼はこちらの心中を察してはくれず、さっきまで見ていた方向を親指で指差すのみ。
「手伝うぞ」
「いい」
「しかしサーバーから出るのは初めてだろ? 勝手が違うから、いきなり1人になるのは……」
「心配ないから! ついてこないでってば!」
気持ち悪い、と続けるのは自重した、必要以上に何かを抉りそうだ。狼狽えるヴァニタスから目を離し早足に階段を降りていく。地上階まで降りきり、止まらずに出口を通る。
外には新品のuM17ロボットが用意されていた、キモかわいい4脚の牛みたいなやつで、標準装備する5.56mmマシンガンの他に、しがみついて移動するための手すりと足場をリクエストしてある。タンクデサントよろしくアステルは搭乗、すぐに急加速させた。
「あっ、ちょっと待って思ったより揺れるわわわわ……!」
それに気付いたのは2秒後、製造可能な中で乗れそうなのはこれだけだったから仕方ないとはいえ、現場到着までの十数分、強烈なロデオを楽しむ事となった。




